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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
本編-春休み編-
31/202

第30話『サクラが咲いた。』

 黒パーカー犯人が逮捕された後、俺達は事情聴取のために、四鷹駅の近くにある四鷹警察署に行く。

 逮捕された人は、やはり武蔵原市で発生していた連続窃盗事件の犯人だった。

 犯人は会社をリストラされてしまい、金銭的に生活が苦しくなり、財布や高く売れそうなものが入っていそうなバッグを何度も盗んだという。小さい頃から、脚力には自信があったので、自分なら逃げ切れると考えての犯行だったそうだ。駅構内に設置されている監視カメラの映像が決定的な証拠となり、男による犯行であると認められた。

 警察の方から、連続窃盗犯を捕まえたことについて感謝の言葉を言われた。このことは四鷹高校にも伝えるという。

 あと、駅構内の監視カメラの映像を確認したとき、犯人確保のためとはいえ、スマホを思い切り投げて犯人の頭に当てたことについては注意された。一瞬、俺も暴行罪や傷害罪で逮捕されてしまうのかと思ったけど、注意で済んでほっとした。良かったよ。

 また、事情聴取をする中で分かったことだけど、俺が追いかけている間に犯人とぶつかった女性は麻生一紗(あそうかずさ)さんといって、俺達と同じ四鷹高校に通う生徒で、同じ学年とのこと。今日は買い物のために電車で四鷹までやってきたのだという。俺が抱き止めたこともあり、麻生さんは体の痛みやケガは特になかったそうだ。


「これでひとまず終わったな」


 事情聴取が終わり、俺は文香と小泉さん、麻生さんと一緒に四鷹警察署を後にする。その際に両親に連絡した。

 また、スマホには哲也おじさんと美紀さんから、『文香のバッグを取り返してくれてありがとう』とメッセージが届いていた。

 今は午後7時近く。なので、空はすっかりと暗くなっており、肌寒さを感じる。


「すぐに終わるかと思ったら結構かかったね。あたしも防犯カメラの映像を確認することになるとは思わなかったよ」

「小泉さんは目撃者だもの。気付けば、時間が結構経っていたわね。……あと、私が犯人にぶつかっていなければ、速水君が犯人にスマホをぶつけて、そのことについて警察から注意されることもなかったのよね。ごめんなさい」


 麻生さんは申し訳なさそうな様子でそう言い、俺に向かって深く頭を下げた。


「顔を上げてくれ。そもそもの原因は麻生さんにぶつかった犯人だから。麻生さんにケガがなくて本当に良かったよ」


 それに、スマホを犯人の頭にぶつけることしか思いつかなかった俺も悪いし。あと、初対面だけど、同じ学校の同級生だから自然とタメ口で話せる。

 麻生さんは顔を上げると、俺に柔らかい笑顔を向けてくれた。麻生さんは綺麗な顔の持ち主だけど、笑みを浮かべるととても美しくなる。


「ありがとう、速水君」

「いえいえ」


 それから、俺達は何も言わずに四鷹駅に向かって歩いていく。警察署の中で色々と話したからか、無言になってしまっても気まずいとは思わなかった。

 数分ほど歩いて、俺達は四鷹駅の南口に到着する。


「私は電車だからここで」

「あたしも電車だよ。西萩窪駅だけど、麻生さんは?」

「私は萩窪(はぎくぼ)駅」

「そうなんだ! じゃあ、一緒に帰ろうよ!」

「いいわよ。速水君、桜井さん、またね。もし、2年で同じクラスになったらよろしく」

「またね、文香、速水君」

「みんな同じクラスになるといいな。またな、小泉さん、麻生さん」

「……またね、青葉ちゃん、麻生さん」


 その挨拶が警察署を後にしてから初めて聞く文香の声だった。

 南口から小泉さんと麻生さんが駅構内に入っていくのを見送り、俺は文香と一緒に自宅に向かって歩き始める。

 駅前では人の数もそれなりにあったけど、少し歩くと急に少なくなる。

 窃盗事件に遭ったことや、大切なバッグが証拠品として押収され、犯人の裁判が終わるまで返却されないこともあってか、文香はずっと俯いたままだ。

 また、犯行があったとき、財布はスカートのポケットに入っており、スマホは手に持っていたので、その2つは今も手元に持っている。


「……ねえ、大輝」

「どうした?」

「……手、繋いでもいい?」

「……いいよ」


 立ち止まって、俺が左手を差し出すと、すぐに文香はしっかりと握ってきた。御両親や和奏姉さんと別れた日や、文香が風邪を引いたときよりも握る力がずっと強い。


「ありがとう」


 微笑みながらそう言う文香。そして、ゆっくりと歩き出す。

 しかし、それから家に帰るまで文香は俺に一言も話さなかった。手を離すこともなかった。


「ただいま」

「……ただいま」


 家の中に入ると、煮物のいい匂いがしてくる。これは……肉じゃがかな。バイトをして、連続窃盗犯のこともあったから腹が減ったな。


「2人とも、おかえり」

「無事に帰ってきてくれて良かったわ」


 リビングから父さんと母さんが姿を現した。特に母さんの方はほっと胸を撫で下ろしている。窃盗犯を捕まえて警察に行くときと、事情聴取を終えたときに電話はしたけれど、実際に顔を見るまでは安心しきれなかったのだろう。


「徹さん、優子さん、ご心配をおかけしました」

「防犯カメラの映像や目撃者の証言で、今日の犯行については認められた。犯人に盗まれた文香のバッグは証拠品として、裁判が終わるまで警察や検察で保管されるそうだ。突き飛ばされた子も無事だよ」

「それなら良かった。あと、大輝はお手柄だったな」

「2人が無事に帰ってきてくれて良かったわ。……夕ご飯の焼き魚と肉じゃがはもうできているけれど、すぐに食べる?」

「どうしようかな……」


 文香のことを見ると、文香は今も俺の左手をぎゅっと握っており、俯いた様子になっている。


「警察と色々話して疲れているんだ。俺はバイトもあったし。だから、俺達はあとで夕ご飯を食べるよ。文香、それでもいいか?」

「……うん」

「分かったわ。じゃあ、お父さんと2人で食べているわね」

「いつでも食べに来なさい」


 父さんと母さんはリビングの方へと戻っていく。


「部屋でちょっと休むか」

「……うん。私の部屋まで一緒に来て?」

「……分かった」


 俺は文香と一緒に家に上がり、文香に手を引かれる形で、2階にある文香の部屋へと向かう。

 文香の部屋の中に入ると、文香はようやく俺の手を離し、俺と向かい合う形で立つ。俺と目が合うと文香は穏やかな笑顔になる。


「大輝と一緒に自分の部屋に戻ってきて、やっと気持ちが落ち着いたよ」

「……そうか」


 この部屋が、文香にとって安心できる場所になって良かった。俺と一緒に、という一言を言ってくれるのが嬉しい。

 文香の笑みは切なげなものに変わり、「はあっ」と小さくため息をついた。


「お昼前に大輝から窃盗犯には気を付けてって注意されたのに。窃盗が起きているのは武蔵原市だし、今日は青葉ちゃんと一緒で人の多い場所にいるから油断してた」

「誰かと一緒だと安心感はあるよな」

「うん。……バッグを盗られた瞬間は何が起こったのか分からなかった。尻餅をついたときの痛みで、バッグを盗られたことが分かって。それと同時に、悲しい気持ちと悔しい気持ちが一気に湧いてきて。あのバッグは、大輝が誕生日プレゼントにくれた大好きで大切なものだから。大輝の顔を思い浮かべたとき、オリオのエスカレーターから大輝が駆け下りて、犯人を追いかけていく姿が見えて。あのときの大輝、凄く格好良かったなぁ」


 そのときのことを思い出しているのか、文香は可愛らしい笑みを浮かべている。俺のことをかっこいいと言ってくれたこともあり、今の文香を見ていると凄くキュンとする。


「追いかける大輝を見た瞬間、きっと大丈夫だって思ったの。途中、犯人とぶつかった麻生さんを抱き止める場面もあったけど」

「……俺のこと、凄く信頼してくれているんだな」

「……小さい頃から、私のことをたくさん助けてくれたじゃない。お花見ではお母さんに私のことを守るとか支えるって言ってくれたし。看病してくれたり、雷が鳴ったときに一緒に寝てくれたりして、さっそく有言実行しているから」

「文香は小さい頃からの大切な幼馴染だからな。これからも文香を守って、支えていくつもりだよ」

「……ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」

「いえいえ」


 俺は文香の頭を優しく撫でる。そうなると思わなかったのか、体をピクッとさせるのが可愛らしい。文香の茶色い髪は柔らかくて、ふんわりと甘い匂いがした。

 あと、ドキドキしているのか、文香の頭から伝わってくる熱が強くなっていく。そんな文香の顔はほんのりと赤くなっていた。

 ゆっくりと手を離すと、文香はチラチラと俺を見てくる。さすがに頭を撫でるのはまずかっただろうか。何とも言えない空気になり、なかなか次の言葉が出てこない。


「……ごめんね、大輝」

「ど、どうしたんだ? いきなり謝って。俺が注意したのに、俺がプレゼントしたバッグを盗まれそうになったことか?」

「それも……そうだね。あのとき、大輝に申し訳ない気分になったよ。ごめん。ただ、一番に謝りたいのは……この3年間のこと」

「3年間……か」


 それは文香に酷いことを言ってしまってから今日までの期間。なので、ドキリとする。

 赤みの残る顔に真剣な表情を浮かべ、俺のことを見つめてくる。


「大輝は小さい頃からずっと優しくて。私に何かあったら助けてくれて。それは分かっていたのに。3年前、大輝が謝ってくれたのに、それを無視して冷たい態度を取り続けてごめんなさい。一時期、私のせいで、私の友達中心に大輝に酷い目に遭わせて。本当にごめんなさい」


 そう謝罪すると、文香は俺に深く頭を下げてきた。

 3年前のあの出来事をきっかけに、文香と距離ができてしまった。時間が経つにつれ、少しずつ縮まっているけれど、かつてのような関係には今も戻れていない。文香もずっとそのことについて気にしていたのだろう。


「顔を上げてくれ」


 俺がそう言うと、文香はゆっくりと顔を上げて、真剣な様子で再び見てくる。


「……文香の気持ちは分かった。ただ、そうなったのは俺のせいだと思ってるよ。本心じゃないことでも、俺が口にした言葉は文香を深く傷つけるものだった。だから、一時期は文香の友達を含めた女子中心に、心ないことをたくさん言われた。それは自業自得だって思ってる。改めて謝らせてくれ。あのときには酷いことを言って、文香を傷つけてごめんなさい」


 今度は俺が深く頭を下げる。3年前も今のように文香の目の前で謝って、とても深く頭を下げたことを覚えている。

 すると、頭をポンポンと軽く叩かれ、優しく撫でられる。


「……許すよ」


 優しい声色で文香はそう言ってくれた。

 酷いことを言ってしまったときの文香はとても怒っていたし、謝っても無視された。だから、到底許されることではないと思っていて。だからか、3年経った今言われる「許す」という言葉は心の奥底まで響き渡る。嬉しい気持ちやほっとした気持ちを抱く。

 ゆっくりと頭を上げると、そこにはちょっと照れくさそうにしている文香が。


「本心じゃないってことは……私でも恋愛対象になるってこと? 当時は今と違って体は子供っぽかったけど。中身は……今も子供っぽいかもしれないけど。へ、変な意味はないよ! ただ、言葉の確認をしたいというか……」

「……な、なるよ。小さいときから今までずっと」


 あのとき言った言葉が嘘だってことを伝えられたのは嬉しいけど、実際に恋愛対象になるって言うと結構照れくさい。全身が熱くなってきた。


「……そ、それは嬉しいお言葉です」


 いつになく敬語で答えることや、顔を赤くしながら「えへへっ」と笑う文香はとても可愛い。


「……まずは幼馴染としてまた仲良くなりたいな。だから、また大輝をこういう風に呼んでもいい? ……ダイちゃん」

「もちろんいいよ。……サクラ」


 ひさしぶりにこの愛称で呼ぶとより照れくさい気持ちになる。ただ、文香……いや、サクラは嬉しそうな笑顔を俺に見せてくれる。まるで、サクラという花がひさしぶりに咲いたように思えた。


「いいね。ダイちゃんがサクラって呼んでくれるの」

「俺も……いいなって思うよ。昔みたいに仲良く過ごせそうな気がして」

「そっか。……今日はダイちゃんのおかげで凄く助かったよ。そのお礼と3年間のお詫びもあるんだけど……ダイちゃんを抱きしめたい気分なんだ。いいかな?」

「……ああ、いいよ」


 俺は両腕をゆっくりと広げる。

 すると、サクラはすぐに俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。そのことでサクラの温もりや柔らかさ、甘い匂いがはっきりと伝わってきて。サクラと密着しているのでドキドキするけど、仲直りして愛称で呼び合えるようになったことの嬉しさが勝る。

 俺は両手をサクラの背中に回す。以前よりも大人っぽい体つきになったように見えるけど、抱きしめると華奢なのだと分かって。そんなことを思いながら、サクラの頭を撫でる。


「ありがとう、ダイちゃん」


 サクラはそう呟くと、俺の胸の中に頭を埋める。サクラと触れている部分から強い熱が伝わってくる。ただ、その中でも特に、サクラの顔が触れている胸のあたりから一番強く伝わっているように思えた。

 3年近くもの間、とても長い回り道をして、サクラと俺はようやく仲直りできたのであった。

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