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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
本編-春休み編-
17/202

第16話『また会おう-前編-』

 3月28日、土曜日。

 四鷹市は朝から青空が広がっている。

 今日は午前中に哲也おじさんと美紀さんが名古屋に引っ越し、午後には和奏姉さんが千葉に帰る。別れの多い日だ。だからなのか、文香は朝から浮かない表情で。姉さんも笑みこそ浮かべているものの、普段の明るさはあまり感じられなかった。

 朝食を食べているとき、文香と和奏姉さんが「最後にもう一度家に行きたい」と言った。文香が連絡し、哲也おじさんと美紀さんに家に行く許可をいただいた。

 引っ越し業者の方は午前9時半頃に来るらしい。なので、朝食後に全員で桜井家の住まいがあるマンション『アミティエ・ヨタカ』の612号室へ向かう。

 俺にとって、文香の家にお邪魔するのはおよそ3年ぶり。なので、家に足を踏み入れたときはかなり緊張した。

 ただ、一歩中に入れば、緊張はすぐに解け、懐かしい気持ちがどんどん湧いてくる。


「さすがに今までと雰囲気が違うね」


 リビングに入ったとき、和奏姉さんがそう呟いた。


「そうだな」


 テーブルやソファーなどの大きな家具やテレビはそのままだけど、リビングには多くのダンボールが置かれていた。そのうちのいくつかは文香の引っ越しでも使ったものなので、いよいよ桜井家全員がここから離れるのだと実感する。

 リビングからベランダに出ると、四鷹市の景色が見える。6階からなので結構広い。四鷹高校の校舎、駅の方に繋がる桜並木、お花見をした四鷹こもれび公園、屋根だけだけど自宅も見える。晴天なのもあってとても美しい景色だ。


「ここからの景色はひさしぶりに見たけど、前と変わらずいいね」

「そうだな。うちからじゃ、こんなに広い四鷹の景色は見られないし」

「そうだね。昔、ここであたし達と美紀さんの4人でジュースを飲んだり、お菓子を食べたりしながらミニお花見したよね」

「やったなぁ」

「私も覚えてます。……最後にここからの景色を見て良かったです」

「……最後か」


 和奏姉さんはスカートのポケットからスマホを取り出し、ベランダからの景色を撮影する。「私も」と文香もスマホで写真を撮り、姉さんと一緒にツーショットで自撮りもしている。

 おそらく、もう二度とここからの景色は見られないだろう。和奏姉さんを真似して俺も写真を撮る。


「大輝も入って、お姉ちゃん達とスリーショット撮ろうよ」

「……最後だもんな。分かった」


 文香を真ん中に立たせて、俺達はスリーショット写真を撮る。その際に文香と結構近くまで寄り添ったので、結構ドキドキしたな。その気持ちが顔に出ていないかどうか心配だったけど、写真に写る俺の頬は赤くなっていなかった。文香の頬の方が赤みを帯びていた。


「よし、これでスリーショット写真も撮影できたね。あと、フミちゃんの部屋も最後に見たいけど、いい?」

「いいですよ、和奏ちゃん。もぬけの殻ですけど」

「うん。それでも最後に見ておきたい。大輝も一緒に行こうよ」

「ああ」


 文香と和奏姉さんと一緒に、文香の部屋へ向かう。

 文香が扉を開けると、文香の言っていたこととは違って、ダンボールがいくつか置かれている。引っ越しの準備をして、荷物置き場に使っているのだろう。


「ダンボールがあるだけで、フミちゃんの部屋の面影は全然ないね」

「そうですね。……自分で言っておいて何ですけど、ダンボールがあって良かったです。本当にもぬけの殻だったら泣いていたかもしれません」

「……あたしもどうなっていたか」


 静かな声でそう言うと、和奏姉さんは文香の頭を撫でる。そのことで文香の顔に微笑みが生まれる。

 文香と和奏姉さんとここにいると、ここで遊んだり、泊まったりしたときのことを思い出すな。おままごとしたり、アニメを観たり、ゲームをしたり。とても小さいときは文香のベッドで3人一緒に寝たこともあったっけ。リビングで哲也おじさんと美紀さんと5人でおままごとをしたり、トランプで遊んだりしたこともあったなぁ。


「……あれ」


 色々なことを思い出したからか、少し視界が歪んだ。その瞬間に、桜井家3人の引っ越しは、俺にとって思い出の場所との別れなのだと今更になって気付いた。文香が俺の家に引っ越してくれば、俺にとってはもう終わりだと思っていたけど、それは違ったんだ。

 文香が引っ越してくると知ってから、最後にここへ来たいと一度も思わなかった。それは3年前の一件で文香と距離ができているからこその気まずさや、文香が俺の家に住み始める嬉しさもあったと思う。ただ、一番は……ここに二度と来られなくなることを実感したくなかったからだったんだ。

 文香と和奏姉さんに気付かれないように、俺は右手で両目に浮かんでいる涙を拭った。


「フミちゃん、大輝。ここでも写真を撮ろうか」

「いいですね」

「分かったよ」


 ベランダのときと同じように、文香を真ん中にして和奏姉さんのスマホでスリーショット写真を撮った。

 その直後、和奏姉さんはLIMEで写真を送ってくれた。近いうちに、駅のショッピングセンターの中にある写真屋さんで現像して、俺の部屋にあるアルバムに貼るか。思い出を形に残せる術があるのはいいなと思うのであった。




 午前9時半頃に、引っ越し業者の方が家にやってきた。

 同じ会社に引っ越し作業頼んでいたこともあってか、文香の引っ越しを担当してくれたマッチョで元気なお兄さん達が担当してくれる。今回は運ぶ家具や荷物が多いからか、2人加わって4人体制。その2人も、マッチョでとても明るそうなお兄さん達だ。こういう人達が担当してくれると、引っ越しが楽しみな人はより楽しくなって、不安や寂しさのある人には心強く思えていいんじゃないだろうか。


「再び弊社のサービスをご利用いただきありがとうございますっ! 家具や荷物は名古屋のご新居までしっかりと運ばせていただきますっ!」

『よろしくお願いします!』

「お世話になります。今日もよろしくお願いします」


 哲也おじさんがそう挨拶をすると、さっそく家具や荷物の搬出作業が始まる。邪魔になってはいけないし作業が終わるまで時間がかかるので、速水家4人と文香は家に帰った。

 文香が少しでも元気が出るようにと、俺の部屋で美少女日常アニメを観ることに。その間、文香はずっと和奏姉さんに寄り添っていたのであった。




 家に帰ってから1時間半ほど。

 搬出作業が終わったと美紀さんから連絡があったので、文香と速水家4人はアミティエ・ヨタカのエントランスに向かう。すると、そこには引っ越し業者のトラック2台と、文香の家の車が駐まっていた。車の近くに哲也おじさんと美紀さんがいた。


「お父さん、お母さん……」

「無事に搬出作業が終わったよ。だから、母さんと俺はこれから新しい家に行くよ」

「向こうに着いたら連絡するからね。あたし達と離れ離れになるけど、お互いに頑張ろうね」

「……うん」


 文香は首肯すると、哲也おじさんと美紀さんと抱きしめ合う。今のやり取りを見て、文香の御両親と別れるときがいよいよ来てしまったんだなと実感する。俺でさえも結構寂しい気持ちを抱くのだから、文香はどれだけ深い寂しさを抱いていることか。


「速水、優子さん、大輝君。これからも文香のことをよろしくお願いします」

「和奏ちゃんも千葉に住んでいるけど、文香を気に掛けてくれると嬉しいわ。みんな、よろしくお願いします」

「僕達に任せてくれ、桜井、松倉」

「私達が側に付いているから安心して」

「昨日のお花見で言ったように、文香を支えていきます」

「あたしも気に掛けていきますね」

「……ありがとう」


 哲也おじさんがお礼の言葉を言うと、おじさんと美紀さんは一緒に頭を深く下げる。

 速水家4人は頭を下げると、哲也おじさんと美紀さんと握手を交わした。その際、2人から「文香をよろしく」と言われたので、それぞれの目を見て「分かりました」としっかりと返事した。


「じゃあ、母さんと俺はそろそろ名古屋に行くよ。またな、文香。何かあったら、父さんや母さんに連絡しなさい。そして、四鷹にいる人達を頼りなさい」

「てっちゃんの言う通りね。体調に気を付けながら、これからの学校生活を頑張って。またね、文香」

「……うん、またね。気を付けて新しい家に行ってね」


 小さな声で文香がそう言うと、哲也おじさんと美紀さんは車に乗ろうとする。すると、文香は一歩前に出て、


「待って!」


 とても大きな声で哲也おじさんと美紀さんを呼び止める。2人はこちらを振り向き、驚いた様子で文香のことを見る。


「お父さん、お母さん、今までありがとう。夏休みとか年末年始とかにまた会おうね。いつかはそっちに遊びに行きたいな」


 涙を浮かべながら文香はそう言った。

 哲也おじさんと美紀さんと会える場所は四鷹だけじゃないもんな。もし、名古屋に会いに行くなら、俺も一緒に行きたい。

 文香の言葉のおかげか、文香を見る哲也おじさんと美紀さんの表情は優しいものに変わる。


「ああ、また会おうな。そのときは名古屋のお土産をたくさん持っていくよ」

「逆に名古屋に来るときは、文香の好きな料理をたくさん作って待っているわ! また会おうね」


 哲也おじさんと美紀さんはそう言うと車に乗る。

 それから程なくして、引っ越し業者のトラックと、2人の乗る車は名古屋の新居に向かって走り出す。


「またね~!」


 美紀さんは助手席の窓から顔を出して、こちらに向かって笑顔で手を振ってくる。その姿が見えなくなるまで、俺達は大きく手を振り続けた。

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