【王都ブナンテへの道】
幌馬車の中で横になりながら、ハボと他愛ない話をしているうちに、あの灼熱地獄のような日光からは完全に解放されていた。
焼け爛れた皮膚はすでに綺麗に再生し、体内の異常な修復能力がまるで「死」を拒絶するかのように傷を消し去っていく。
ハボの屋敷に世話になる頃には、すっかり元気を取り戻していた。
あらためて先ほどの戦闘を思い返す。もっとも、意識があるうちに覚えているのは最初の一匹だけだ。
――筋骨隆々の、三メートルを超える巨躯の魔獣が、俺の拳一つで弾け飛んだ。
常識では考えられない。恐ろしいほどの力。そして、腕を喰われても痛みは薄く、虫にでも噛まれた程度にしか感じなかった。むしろ……快感すらあった。
何より、失った腕は、瞬きする間に再生していた。
もはや人間とは思えない異常な治癒能力。
だが、それを深く考えるのはやめた。もう十分だ。
今の俺は――
(強い……へへっ……俺、強ぇ……!)
心の奥から沸き上がる恍惚に、ニヤリと口元が歪む。
そんなときだった。
「おーい!黒川!起きてっかー!見えてきたぞ!」
御者台からの声に身体を起こす。馬車の前方、草原の向こうに現れたのは――
「ここがこの国、カウンテ王国の王都だ!」
視界に入りきらないほど巨大な、薄っすらと黄金に輝く半球状の結界。その内側に、堂々と鎮座する白亜の城。
まるで、絵画のような美しさだった。
「この薄い膜みたいなのは……なんだ?」
「ああ、それは結界だ。魔物や敵国からの襲撃を防ぐためのものでな。カウンテ中から集められた一流の人魔術師様たちが常に維持してるんだと!」
ハボは誇らしげに空を仰ぎ、両手を広げて叫ぶ。
俺はその姿に苦笑しながらも、魔術師という存在に心が踊った。
(俺も……魔法、使えるかもしれねえ……)
胸の奥で希望が弾ける。魔法。それは、この異世界における力の象徴だ。
そんな夢想に浸っていたのも束の間――現実が俺を引き戻す。
王都の門の前、延々と続く長蛇の列。
「あの列……なんだ?」
「あれは検問さ。魔人やスパイの侵入を防ぐためのな」
(……ま、魔人? 俺、吸血鬼なんだけど……これ、魔人扱いされねぇよな?)
焦りが脳内を駆け巡る。
(やばい……もし“魔人”認定されたら……終わりだ)
不意に、あの黒い靄のことを思い出す。ウルフを殴る直前、腕に宿った闇のような力――。
意識を集中し、手に力を込めると、やはりあの靄が現れた。
(やっぱり、これは魔力……!)
力を抜くと、それは霧散する。
以降、列に並ぶあいだ、俺はその“靄”を意図的に出したり消したりを繰り返し、やがて自在に操れるようになっていた。
――そして、ついに順番が回ってきた。
衛兵がハボと一言二言話し、俺に向き直る。
「怪我人と聞いたが……悪いが、規則だ。ちょっと来てくれ」
俺は無言で頷き、言われるままに門の横の小窓へ向かう。
「この水晶に手を当ててくれ」
言われるがままに手を当てる。黒の靄は完全に消していた。
すると、水晶が白く、柔らかく光った。
「……問題なし。入っていいぞ」
(ふぅ……ギリギリセーフ、か)
かくして、俺は王都の地を踏みしめた。
そこはまさに中世ヨーロッパを思わせる壮麗な街並み。石畳に重なる足音、人々の喧騒が心地よく響く。
視線の先、天を突くように聳え立つ王城。
(入ってみてえな……)
そんな妄想を浮かべていると、馬車はある邸宅の前で止まった。
「ようこそ、我が家へ!」
ハボが誇らしげに言う。
高い鉄柵に囲まれ、噴水があり、庭園があり――まるで王侯貴族の屋敷のようだった。
「部屋は余ってる。好きなだけ泊まってけ!宿代はもうたんまり貰ってるからな、はっはっは!」
その豪快さに、自然と笑みが零れる。
邸内に入ると、整列した執事とメイドが頭を下げ、従者が荷を下ろす。まるで夢の中だ。
客間へ案内され、俺はそこでハボの正体を知る。
彼はカウンテ王国随一の大商人――
(肝が据わってんな、こいつ……)
そう思った矢先、突然、窓ガラスが砕けた。
「うおっ!? 奴らか!! 黒川、逃げろ!!」
ハボの叫び。だが、俺は動かない。
むしろ――
「ははっ……面白れぇじゃねえか」
右腕に黒の靄を集中させ、笑みを浮かべる。
「追い返してやんよ、俺がな」
「や、やめとけ!あいつらは本物だ!聖騎士を待て!」
――聖騎士。いい響きだ。
この異世界で、俺がどこまで通用するのか。
俺は、血が沸き立つのを感じていた。
これからどんどん面白く書けるように善処しますので、どうか見捨てずに見守って頂きたいです