その2 「ハイハイ、姫様。だからダメなんですってば」 「もう、この分からず屋ぁ!」 「……黙れ小娘」 「ひぃ……ッ!」
引き続き、とある姫様がメイドに噛みついていた。
「あたしはお城の外に出たいのぉ! あんたがちょっと見逃してくれればいいのよぉ!」
「ハイハイ、姫様。だからダメなんですってば」
「も~! この分からず屋ぁ!」
「……黙れ小娘」
「ひぃぃ……ッ!」
と、十分にビビらせておいてから、またもや嘆息するメイド。
「はぁ。……いいですか、姫様。だいたい、どうやって出ていくと言うのですか? 城内はともかく、正門には常に兵士たちが見張りをしているのですよ?」
「ふふふん、このあたしが何も考えてないとでも、思って?」
「はい、もちろん」
「即答されたしッ!」
「当たり前でしょう。これまで姫様が考えて行動したことがありますか?」
「あるよぉ! てか、目の前の本人に言うの、それぇッ?」
「よく考えてお答えください」
「だから、あるっつってんでしょぉッ!」
「……え……ある、の? ……まぢで……?」
「ちょいちょいちょいちょーい! なにドン引きしてんのーぉッ!」
ひめの さけびが こだまする!
ぜいぜいはぁはぁ、全身が悲鳴を上げている姫だった。
「で? どうやって城から出ると? まさか壁を蹴破るとか、言わないですよね?」
「う……ッ!」
姫はすっごい冷や汗を流し出したッ!
「図星ですね、姫様」
「だって! だって~ぇ! 前に書物で読んだんだもんっ! ――でんせつのおひめさまは、カベをけやぶって、ぼうけんにでかけました――って」
「いや無理ですから。フツーに骨折しますから」
「あたし毎日ミルク飲んでるし。だいじょうぶ、骨、丈夫」
「……黙れ、金パツ縦ロール」
「ちょええッ? ……き、きんぱ……っ、た、たてろーるって……」
ちなみに、金髪はともかく姫の自慢の縦ロールを毎朝仕立てているのはそのメイドさんだ!
そして仕切り直す、メイド。
「いいですか? 姫様こそ、ご自分の立場をよ~~~く考えてくださいませ」
「う……っ」
「いずれアナタはこの国の女王となるお方。今は小さな国ですが、やがて国民の上に立つ身なのです。もしものことがあってはいけません」
「……ぶー」っと、ふてくされる姫。
「それに、外には魔物がいっぱいいるのですよ?」
「そんなの知ってるよ~、何を今さら」
「怖いですねぇ。姫様は可愛いから、食べられちゃうかもしれませんねぇ?」
「別に可愛くないし。それに平気だし。あいつらそんなことしないもん。結構あいつら面白くて良いヤツらだったもん」
「黙らっしゃい」
「はぅ……ッ!」
メイドの視線が再び姫を貫いた。だが今度は真剣な眼差しだ。
「よいですか、姫様」
「は、はいッ!」
思わず姿勢を正してしまう、姫。
そして、メイドは静かに口を開いた。
「姫様は、また、捕まりたいのですか?」
「…………」
「今度、魔物たちに捕まれば、もう助かるとは限りませんよ?」
「平気だもん」
「何を根拠にしているのやら」
「勇者様がまた助けてくれるもん!」
「姫様、アナタはまだそんなことを……?」
「あたし大人しく待ってたよッ? でもちょっと帰りが遅くて心配だから、こっそり様子を見に行きたいだけなんだもん!」
「それはいけません、姫様……っ!」
何かが途切れてしまったようだ。
「やだヤダやだヤダぁー! 勇者様に会いに行くのぉ!」
姫は、心のまま泣き叫ぶ。
「勇者は……、もう、いません……」
「そんなことないっ!」
ぽろぽろと涙が落ちる。大きな瞳から、感情が溢れ出てしまう。
「勇者様に会いたい! 会いたい! 会いたいよぉッ!」
「姫様、あれからどれだけ経ったと思っているのです?」
メイドは静かに柔らかに語り掛けた。そこにいる、妹のように愛する者へ。
「城の使いの報告では、魔王と魔族たちの戦いに敗れ、その後の行方は不明ということです。きっと……、もう、あの勇者の若者は……」
「そんなのウソだもん! あたしと約束したもん! 帰って来たら結婚してくれるって!」
「あーじゃーもーそりゃ絶対帰って来ないんじゃないのかなー」
「どうしてそんなこと言うのッ?」
おっと。涙がどっかへ行ってしまったぞ。
しかもメイド、やたらと棒読みだったし。
「姫様、お察しくださいませ」
「なにをッ?」
「いずれアナタはこの国の女王となるお方」
「なんでまたそれ言ったのッ? てか、なんで女王? ウチって代々、男王だよね? つまりあたしは一生独身だとッ?」
「そうは言っておりません。ただ限りなく、その可能性が大きいゾ♪ と」
「ゾ♪ ……じゃないよぉ! 可愛く言っても失礼極まりないよぉ!」
「あ、私ですね、家系に少々、占い師の血筋がおりまして」
「なぜそれを今言うのっ? てか、信憑性が増したーッ!」
「まぁ、姫様。とにかく、落ち着きなさいな」
「あんたのせいだからッ!」
「いいですか、姫様。怖いのは、魔物だけじゃないのですよぉ?」
「え……ッ?」
「姫様を狙った怖~くて、悪~い人達だって、いるかもしれませんよぉ?」
「あっははははーッ!」
「あらヤダ、なに、このコ。突然なんで笑い出したのっ?」
「そんなのいるわけないじゃん!」
「あらあらまぁまぁ、それこそ何を根拠に?」
「悪い人間なんているわけないよ~、人間はみんな優しいんだよ~」
「こ、これは……、うーん、困りましたねぇ、とんだ世間知らずの小娘だったとは……」
「また、こむすめって言ったーッ! メイドのくせにーッ!」
つづく!