その11 「ねぇ……」 「はいはい? なんでしょう、姫様?」 「あんたのこと、なんて、呼べばいいのかな?」 「どうぞ、姫様のお好きなように」 「じゃぁ、あのね、いくよ?」 「はい、姫様。よろこんで」
「で、こんな牢屋にいるなんて、このヒト、何者なの?」
姫。
「まぁ、いわゆる、盗っ人……、コソ泥ですね」
メイド。
「なんで言い直したぁッ? 格下げされちゃったよぉ、語感的にぃ、俺ッ!」
盗っ人ダーツが叫んだ。
と、
「えっ、同等でしょ」
「同等ですわね」
「「ね~ぇ」」
「ハモるなッ! ってか、もぉいいからさっさと話を進めろよ、オマエらッ!」
「そっ、そうだよっ、あんたね、いきなりあたしをこんなとこに連れて来て、どぉしようっていうの?」
やっと思い出したように姫はメイドに言い寄った。
メイドが静かに答える。
「姫様、城の外へは、この者に連れ出してもらいましょう」
「ええええーッ!」
「……なるほどなぁ。まっ、タダで脱獄させてくれるなんて、おかしな話だとは思ったが、そぉいうことか」
ひとり納得したかのような盗っ人ダーツだった。
「早くしないと夜が明けてしまいます。薬の効果も、そろそろ切れるころかと」
「う……、うん、そっ、そぉだね……っ」
「おいおい、姫さんよ。オマエ、そんなんで、大丈夫か?」
「姫様、いまなら、まだ、間に合いますよ。――お止めになりますか?」
はい
→いいえ
姫は首を横に振った。そして、
「ううん、平気。行くよ。だいじょぶ。あたし」
「……ったく、カタコトになってんじゃねーか」
「せいッ!」
メイドの こうげき!
ぬすっとの くびすじに けっこうなダメージ!
「痛ぇなぁおいッ! ぁにすんだよ! いきなりぃッ!」
「ウチの姫様になんて口の利き方をするのですか、あなたは! ワタクシは、ぷんぷん、だぞっ!」
「ああん? 可愛くねぇなぁ、おい」
「……黙れ小僧」
メイドの ひとみが あやしくひかる!
「ひぃ……ッ!」
ぬすっとは たちすくんだ!
ぬすっとは おもった!
……うおおおお、なんだこのメイドっ、ただもんじゃねぇ……ッ! 一瞬だったが、俺には分かるっ! コイツの目、殺気が、まぢパネェよ! なんつーの、こう……まるで、そう! 御頭にも匹敵するような眼力だぜ……って、あれれ……?
「まぁ、この一ターン行動不能中の盗っ人は、ひとまず放っておくとして。さて、姫様?」
「うん……、ごめんね、大丈夫」――姫は顔を上げ、真っ直ぐメイドを見つめる――「せっかくあんたが用意してくれたチャンスだもんね。……うん。あたし、行くよ、行ってくる!」
にっこりと柔らかにメイドは微笑んだ。
「ええ、姫様。良い目を、しています。もう、大丈夫ですね。――さぁ、本当の本当に、出発の時間ですよ、よろしくて?」
メイドの言葉に応えるダーツ。
「おうよ、作戦――『俺にまかせろッ!』だぜっ」
「………………っ!」
「えっ、なにっ? ぁんだよ?」
「いえ……、ツッコもうか、私もノリボケしようか、と思いましたが、時間がないので、我慢しました……うぅ」
「偉いよ! ここにきて、あんた偉いよぉっ!」
「ったく、なんなんだよぉ、このメイドとお姫さんはぁッ!」
「さぁ――あそこの階段を駆け上がって棟の最上階へ、窓から城外へ出て、屋根を伝って行けば、城壁も越えられます。すべてのカギは開いておりますので」
「おぅよ、はやくしねぇと、あいつも心配してるしなっ」
「? 誰か、待ってるの?」
「まぁ、な。へへへっ」
不敵に笑う盗っ人だった、が、
「………………ぐっ!」
「がんばっ! 堪えてぇっ!」
「……なぁ、このメイドさん、病気なのか?」
「ま、ある意味ね……」
メイドは グッと こらえた!
「よしッ! ではッ! 行きますよ~ッ!」
「いやいやいや。てかよぉ、なんで、アンタが気合い入れてんだ? アンタ、見送るだけだろ……?」
すると、
「きゃあああああッ! たぁすけぇてぇええええッ! さぁらぁわぁれぇるぅうううう~~~~ッ!!」
メイドの さけびが こだました!
「……えっ?」
「……ちょ、おい!」
どこから ともなく こえがする!
「なっ、なにごとかッ!」「てっ、敵襲かッ?」「皆の者ッ、ひめさまをお守りするのだーッ!」
なんと!
お城のあちこちから兵士たちの声が上がった!
「うっわ、あんた、あたしの声真似、上手いじゃん」
やった!
ひめは かんどうした!
「ちょいちょいちょいちょーい! それどころじゃねぇよッ!」
上の方からドタバタと足音が響き渡り、誰も彼もの混乱した声が上がる。
たった一声で、城内はみるみる喧騒で包まれていく。
「ほぇぇ、よく通る声してんのねぇ、あんた」
ひめは よいんに ひたっている!
「感心してる場合かっ! それどころじゃねぇだろぉがッ! ったく、まぢかよぉッ!」
「ええ、ダーツ様には申し訳ございませんが、このほうが、私たちにとって、都合が良いので。――『姫様は、賊によってさらわれてしまった』――という事実が、ね♪」
「「ええええーッ!?」」
姫と盗っ人はビックリだ!
「ちなみに、姫様を寝衣のままにさせておいたのは、その方がよりリアリティがあるからなのですよ」
「そぉいえば、あたし、パジャマのままだったーっ!」
「忘れていたワケではないのですよぉ~ん。ささっ、お急ぎなさいな~」
「こ……っ、んのぉぉぉおおおお……ッ!」
「きゃぁっ!」
「ちぃっとばかし、我慢してくれよな、姫さんよッ!」
盗っ人が姫を抱き上げた!
そして、
「しゃぁッ! 行ッくぜぇ……、「――おいっ!」
と、いざ駈け出そうとした瞬間、メイドに引き留められる。
「……大事なとこで、もうコケんじゃねぇぞ、小僧?」
にやり、とメイド。
「――ッ?」
「あの賊が怪しいぞッ!」「牢屋へ急げッ!」「皆の者ッ、地下へッ!」
ヤバいぞ!
兵士たちの足音が近づいて来る!
「じゃ、まぢで行くぜッ! ――いいかッ?」
文字通り、お姫様抱っこの盗っ人だ。
「最後に、いっかい、呼んでも、いい……?」
と、盗っ人の腕の中から、姫が。
「はい、どうぞ」
ニコリ、とメイド。
「おねぇちゃぁあああぁん……っ!」
そして、盗っ人は駈け出した。
「――いってらっしゃいませ、姫様」
妹のように愛する者へ。
メイドは手を振り続けていた……。
*
城壁を越え、気づけば民家の屋根から屋根へ。
明けかかった空の下、盗っ人はまさに疾風の如く、町を駆け抜けて行った。
その両腕にお姫様を抱えて、だ。
「……なぁ、今日って、姫様の生誕祭だったんだろ?」
「うん……」
「なんだってそんな日を選んだのかねぇ?」
「警備が、お城の中だけに集中するからって。みんなのご飯に薬を混ぜたんだって」
「なー……ッ!? まぢかよぉ、ったく、半端ねぇな……、毎度毎度」
「え……っ?」
「いや、なんでもねぇ。にしても、俺ぁ平気だったけどな。あれかね、やっぱ牢屋の飯にまでは入れなかったのかな」
「さぁ。わからないけど……?」
思い出したように盗っ人が言う。
「……お姉ちゃん、か。なんか、良いよなぁ」
「……うん。普段、あんまり呼ばないけど。……あいつが、ウチに来てから、本当の姉が出来たみたいで、あたし、うれしかった……」
「なら、本人にちゃんと言うんだな」
「え……っ?」
「まっ、そのうち、な」
「……うん」
「俺は孤児でね。親も兄弟も居ねんだわ」
「そぉなんだ……。でも、誰か待ってるって……?」
「ああ、そうだったな。居たわ、ひとり。つっても、弟分だ。血のつながりは無ぇよ」
「へぇ」
「てか、血ぃつながってるワケがねぇ。ヒトじゃねぇし」
「え……っ?」
「まぁ、見りゃ分かるさ。うん、なんだろな、ありゃぁ……、なんつーか、こう……、まっ、可愛い家族だよ」
「…………」
「? なんだい? 姫さんよ」
「顔、赤いよ?」
「うっ、うっせぇ降ろすぞッ、ばーろぉッ!」
「……重くなった?」
「ぜんッぜん! 逆に、軽すぎるぜっ。ちゃんと飯食ってんかぁ? 姫さんのくせによ!」
「あっ、いやっ、でもっ、そろそろ、降ろしてほしい、かな……、ちょっと、恥ずぃ、かも……」
ヤバい。
意識すると。
思い出してしまう。
……あのときも、ずっとお姫様だっこされてたっけ。
「今さら何言ってんだよ。てか、こうした方が早ぇんだよ。それに…………ほらよっ!」
町はずれに、馬車が見えた。
そして、……?
なんだろう、小さな、ヒト……? なのか。
とにかく、何者かが待っている。
「あにきーッ! もぉ、遅いでやんすよーっ! 早くしろっでやんすーッ!」
元気よくこちらに両手を振っていた。
毛むくじゃらの、ちびっこいヤツが。
射しかかる朝陽に盗っ人ダーツが笑う。
「見ろよ、姫さん。夜が明けるぜ?」
「――うんッ!」
元気いっぱいに姫は答えた。
第2章 完。
*
「あ、そうそう、姫様。お誕生日おめでとうございます」
と。
独り言のつもりで、メイドはつぶやいたのだが、
「やられたよ……、これは、一体どぉいうことだい?」
「…………あらあら、お早う御座います。――黒ぶちメガネ様」
「……その呼び方、やめてくれないかな……?」
「では、呼び方を変えましょうか――、仮面の大魔道士さん」
「ほぉ……、それで――、ひめさまはどこだい?」
「さぁて、ね……♪」