二十八話 反町若菜の告白(2)
「私の父、反町隆史は常に研究に没頭していて全く家族を顧みない人でした。神山博士が神山研究所を設立するとなった時にも自分から立候補してついて行ったくらいです。
家には私と母だけが残されて、父の研究者としての稼ぎだけで食べていけなかったので、母はパートを掛け持ちしてなんとか暮らしていました。そんな生活は私が高校入学まで続きました。
高校入学して数ヶ月経った頃に父が帰ってきて、いきなり私を誘拐同然に無理やり車に乗せてあの山梨県の秘密の研究室に連れ込まれたんです。
そこから少し記憶が飛んでいるんですが、恐らくその時にマイクロチップを脳に取り付けられたのだと思います。
それからの学生生活は航空自衛隊に入隊する為の鍛錬となりました。本当は大学に行って、大手企業に入社しようと思っていたはずなのに、自衛隊に入ろうとしている自分をを怪しむことも無かったのです。単なる気持ちの変化として受け止めました。
その後、私は高校を卒業すると自衛隊に入隊することとなりました。母は心配していましたが仕送りはしっかりするとだけ行って実家を出ました。
こうして母から私が離れ自衛隊に入隊した事で父の計画はスタート地点に立ったのです。
調べておわかりでしょう。父は神山博士とは違った思想を持っていました。その思想は危険であり、下手をすれば世界を間違った方向に歪めかねない程でした。
父は常に神山博士と間宮博士の2人を邪魔者、細胞の使い方をまるでわかっていない能無し共と思っていたようです。
そして今から4年前、父は計画を実行しました。父が独自に医療用細胞を改良して開発した巨大生物を作り出す細胞、α−biocellを実験中の生物に組み込む事で巨大生物災害を引き起こしたのです。
この時父は自身の細胞と医療用細胞で作った自身の腕を現場に置いておく事で死んだように見せかけました。
当時は何も知らなかった私は航空自衛隊の隊員として戦闘に参加しました。
巨大生物災害から1ヶ月後に私宛にあの山小屋に来いという手紙が届きました。
死んだ父が実は生きているなんて事を信じられなかった私は行かない事に決めていたのです。ですが、いつの間にか私はあの小屋の中にいました。
父はマイクロチップをアップデートして完全に私をコントロールできるようにしたと言いました。
私は父になんとか反抗しようとしたのですが、銃を額に押し付けられて少し怯んでしまって、そのあとの事は本当に苦痛であった事以外覚えていません。恐らく泉真奈美としての人格と偽りの性格を植え付けられたのだと思います。
そうして私は完全に父の操り人形となってしまいました。泉真奈美としてこの巨大生物特別攻撃隊に潜入していた事は勿論覚えていますが、所々記憶が曖昧なのです。多分私自身の人格が出てきそうになるとマイクロチップで無理やり押さえ込んだのだと思います」
「成る程…….これまでの事は大体分かった。それじゃあ、反町隆史の計画の最終目標とは何だい?」
「ええ、父は巨大生物を作り出すα−biocellを生物兵器として戦場に解き放とうとしています。つまり、戦争ビジネスです。細胞分裂を抑制する薬の開発にも成功していて、マイクロチップと合わせて任意のタイミングで生物を巨大化させ、さらに思うように操る事ができるのです」
「だからあの時……」
僕が思い出していたのはハエの巨大生物、ベルゼブブの事であった。
あの時、たしかにベルゼブブは反町隆史のタイミングで巨大化させていたし、マイクロチップのようなものも見えた。
「そう、でもそれで終わりじゃありません」
「どういう事だ?」
「父は間宮君を何故調べさせたと思います?」
「間宮の中に医療用細胞があるからでは?」
「それはそうなのですが、本当の目的は人間を巨大化させる細胞を作り出す為なのです」
「何だと!?」
高橋副隊長が声を荒げて立ち上がり、反町若菜の胸ぐらを掴もうとしたのを見て僕が引き留めた。
その間に飯塚隊長は話を進める。
「そんな事をして反町隆史はどうするつもりなんだい?」
「父はセルフマーケティングだと言っていました。自身を巨大化させ、それを生中継するんです。そうやって全世界に自身の細胞の素晴らしさと自身の偉大さを示すつもりです」
「その生中継はいつだ!?」
強い口調で高橋副隊長が問い詰める。
「巨大生物災害の日、7月8日にこの東京でだと思います」
現在は6月26日、既に猶予今日含めて12日しかない。
「高橋、すぐさま各隊にこの事を伝えてくれ。私は上層部に話してくる」
「わかりました」
「間宮、お前は大木を呼んで、そのまま第三作戦室に戻っておくんだ」
「了解」
隊長と副隊長は走って病室を後にした。早く行動しなければ多くの人が犠牲になってしまう。
僕は大木さんを呼ぼうとベッド脇にあるコールボタンを押そうとしたが、それを彼女が止めた。
「間宮君……その、本当にごめんなさい」
「……いいですよ。貴女も僕と同じだ。ただあのイカれた反町隆史に利用された被害者なんだ。もう貴女に対して怒りを抱いてはいない」
「……ありがとう間宮君。そうだ、これを」
僕の手に彼女が渡したのはUSBメモリであった。
「もしどうしようもない時、それをスターライトに……」
「……わかった。ありがとう」
メモリの中身が何かはわからないが、今の彼女はこちらの味方と見ていい。僕はありがたくメモリを受け取り、コールボタンを押して部屋を後にした。
「しばらくしたら大木さんが来ると思うよ。それじゃあ」
「どうか、父を、止めて」
「約束するよ」
僕は第三作戦室へ走った。




