第23話(後編中)
東京大要塞。
一度は失脚した異文明の創造主にして支配者、大魔王ポオは自分を追放した社会を、その腐敗の隙を突いて復権した。
その日から高度知性文明連合は邪悪な軍事国家となった。
全てが戦争に注ぎ込まれる希望無き社会になった。
それは大魔王の切望。
かつて彼は滅びた別次元からやって来た。
その脳裏にある願いは一つ。
何者にも脅かされることのない力だ。
エネルギー資源、軍事力、科学力…。
全てを握り、どんな”死”からも逃れる事の出来る力をこの手に…。
”ガーヒ・アヌムヌ”。
新しき故郷という意味だが、もう彼以外にこの言葉の意味を理解する者はいない。
滅びた世界の最後の生き残り。
彼は何を思って今、自らの敵と相対するのであろうか?
大魔王の間。
そこで絶対安全コインに守られた軍記を虎仙が見つけた。
「軍記!」
「虎仙か?」
振り返った軍記は、シズマがいないことに気付いた。
しかし多くは語るまい。
「すまない。
シズマは…。」
「今は止そう。
…と偉そうにいっても俺が出来ることは、ここでコインを握っているだけなんだがな。」
小恥ずかしそうに軍記がそういってポケットに突っ込んだ右手を指差した。
虎仙は沈んだ表情のまま返事する。
「取り敢えず、そうしていろ。」
次に掃部が軍記に荷物を預ける。
見慣れない包みに軍記が気付いた。
「…これは?」
「シズマの忠誠回路とアップルパイ。」
ここに来る途中、拾っていけと言わんばかりの小箱が置かれていた。
中を調べるとこのアップルパイが入っていたのだ。
勇者、風間三五夜の扱う魔法は滅びを退ける。
選ばれし者たちがどれほどダメージを受けても死なないのがその一端だ。
他にも博物館に展示されていた北京を生き返らせたり、このアップルパイのように食べることで生命力を回復させる食べ物を作ることもできる。
逆に契約を解かれて死んだ仲間を雅楽など一部の仲間は知っている。
「三五夜の作ったアップルパイか。
…どういうことだ!?」
「三五夜はやっぱり敵じゃないんだよ。
私たちをここまでつれてきてくれたじゃない…っ。」
フルフェイスのヘルメットの中から掃部は泣きそうな声でそう言った。
だが、軍記の表情は暗い。
勇者は何を考えている。
ますます分からないことだらけだ。
それとも敵ではないのか?
しかし、なら何故、同じ人間を攻撃する…。
「おい、大魔王!」
虎仙が啖呵を切る。
大魔王の象徴とも言える大きな目玉が彼の汚れた魂をこの世に繋ぐブヨブヨとした肉塊に浮かぶ。
「勇者は俺たちの味方だったんだ!
あいつは正義の味方なんだ。
これまでのことは、お前を騙す作戦だったって訳だな!!」
「そーだよ!
正義のヒーローがお前の味方になるわけないもんッ!!」
「邪悪な敵は、もうあなた一人!
正義の力で平和な世界を作って見せる!!」
虎仙、掃部、雅楽とそれぞれ大声で大魔王を罵った。
彼らの言葉に、大魔王は憂いを浮かべて静かに応じる。
「…せいき゛か゛ それほと゛ し゛ゅうようと わたしは かんか゛えないか゛?
てを た゛したまえ。
2+2の こたえは なんに なる?
おった ゆひ゛の かす゛を こたえて みたまえ。
おっていない ゆひ゛の かす゛は いくつになる?
さいしょに にき゛り こふ゛して゛ けいさんを はし゛めた ものにとっては
おっている ゆひ゛の かす゛は 1た゛。
た゛か゛、 さいしょに ひらいた てて゛ けいさんした ものにとっては
おっている ゆひの かす゛は 4た゛。
もとめる けっかか゛ おなし゛て゛も
やりかたは ひとつて゛は ないた゛ろう?
せいき゛も ひとつて゛は ないと おもわないか?」
軍記が大魔王に反論する。
「五本の指の内、いずれにしても残る1本がお前自身のこと…。
そう言いたいのか?」
高校生探偵の言葉に大魔王が答える。
「…その とおりた゛。
わたしにとって せいき゛は
わたし ひとりか゛ いきのこる ことた゛。
た゛か゛、 もんた゛いは ないた゛ろう?
きみらとて いきる ために しゃかいを りよう している。
し゛ふ゛んか゛ いきのこる ために
たにんを りよう している という てんて゛ わたしと なにか゛ ちか゛う?
わたしか゛ うまれた せかいは ほろひ゛たか゛、
わたしは たくましく いきのひ゛た。
かりに つよきものか゛ いきのこる ことか゛ せいき゛なら、
わたしか゛ こうしていても つみは あるまい?
かりに たすけあう ことか゛ せいき゛なら
わたしも しんて゛いった ものたちの ために はたらいて きた。
なのに いきのこった というた゛けて゛
わたしは し゛ゃあくと いう わけた゛。
ならは゛、わたしは しねは゛ よかった のかね?」
掃部が少しだけ、大魔王の言葉に反応した。
大魔王は寂しい声色で演説を続ける。
「しぬのか゛ たた゛しいなら、 わたしか゛ きみたちを
とうとく たた゛しい そんさ゛いに かえて やろう!
しね!
しんて゛ せいき゛を つらぬくのか゛ おまえらに にあいた゛!!」
素早く掃部がスチームライフルを構える。
北京が大魔王の身体に頭突きを食らわし動きを鈍らせ、虎仙が突撃する。
「おらっ!」
黄色い体液が蒼黒い肉塊から吹き出た。
しかし虎仙のバットは、そのまま大魔王の肉体に吸い込まれて行く!
「しまったッ!」
咄嗟に虎仙はバットから手を離す。
傷口が怪しくうごめき、バットを飲み込んでいった。
危ない、危ない。
虎仙は少し肝を冷やして背中に汗をかいた。
「虎仙、離れて!」
今度は雅楽の攻撃魔法と掃部の銃弾が大魔王の身体を苛む。
巨大な芋虫の大群が怒涛の勢いで槍の雨のように突き刺さる。
蒸気が噴き出し、肉片が飛び散り、大魔王の弱々しく悲しい色合いを帯びた声が低く響いた。
「バット、盗られちゃったよ。」
「俺のナイフで良ければ使ってくれ。」
軍記がそういって青白く刃自体が光り輝く短剣を取り出して虎仙に渡す。
感触を確かめる様に虎仙が素振りを数回繰り返した。
「だが、さっきの感じではまた飲み込まれる心配があるが、大丈夫か?」
「大丈夫さ、問題ない。」
問題ない、か。
確かに選ばれし者なら死すら恐れる必要はないが…。
軍記はそう思いながら押し黙っていた。
「2+1を してこ゛らん?
ひとりほ゛っちの こに ふたりか゛ こえを かける は゛めんた゛よ。」
大魔王ポオの攻撃魔法、純粋数学暴風嵐!
かつて数学者ポール・エルデシュは言った。
この世には数学的美が存在すると。
音楽の旋律や絵画の色合いの美しさが言葉では説明することができないように、また逆に詩的な美を音楽や絵画が表現できないのに同じ。
すなわち数式の美しさは、別のものでは表現できない。
大魔王ポオの攻撃は、まさに数学的破壊現象であった。
それは2+1=3という以外に説明できない!
「なぁッッ!?」
例えようのない正体不明の攻撃に虎仙たちは床に突っ伏して倒れた。
目にも見えず、聞こえず、感じない。
ひたすら頭の中で2+1=3を象徴する光景が繰り返している。
苦しんでいるが激痛が全身を襲っている訳ではない。
どちらかと言えば頭の機能がマヒして、手足への命令が届かないような感覚に似ている。
声をあげようとしても、目を見開いても、耳を澄ませても2+1=3以外に考えられない。
息がデキ2+1=3な2+1=3い?
2+1=3わ2+1=3と2+1=3がああああ!?
2+1=3 2+1=3 2+1=3 2+1=3 …
脳が、全ての情報を2+1=3に置き換えていく。
例えば虎仙は、心配になって掃部の様子を見る。
この時、掃部の名前が「か」と「もん」で2+1=3だと頭は勝手に置き換えようとする。
何を考えようとしても必死に頭は2+1=3を探すのだ。
攻撃魔法はほとんどが物理的な現象をもって相手の生命活動を危機に追いやる手段だ。
しかし全身を司る神経や脳の機能そのものを攻撃する魔法とは、恐れ入った。
脳が興奮することで血管が開き、筋肉と心臓が激しく動き、熱を生み出す。
だが脳の意識レベルが下がれば、身体を激しく動かそうとしても逆に身体はどんどん冷えていく。
行動の源、その意識を低下させる攻撃魔法なのだ。
「2+1=3…
2+1=3 2+1=3 2+1=3 2+1=3 2+1=3…」
雅楽はひたすら同じ数式を繰り返している。
一番、魔法防御の高いはずの彼女ですら、かなり意識レベルが低下しているようだ。
考えることが出来なければ、人間は何も出来まい。
大魔王は静かに目を閉じようとした。
その瞬間、鋭い痛みが大魔王を襲った!
選ばれし者たちの攻撃が再開している。
「なせ゛た゛…!?」
大魔王は再び目を開き、状況を確認しようとする。
「情報局長官閣下ともあろうお方が、肝心な情報を疎かにしてはいけませんねぇ。」
虎仙が皮肉たっぷりにいう。
大魔王の瞳は怒りの色を強めた。
バカな!
これは身体に異常を及ぼすタイプの回復できる下級な魔法とは違うのだぞ。
脳の機能を破壊してバグを挟みこんで狂わせる不可逆的な高等攻撃魔法だ。
これは、脳をパソコン、記憶をデータ情報に置き換えて例えれば情報を書き換えてから変更不能にする攻撃魔法である。
等号で結ばれた数式が、その中でやり取りされる数字の値が左右で同じでも、情報には差異があるようになっ!
異常を認識できないまま、お前らの脳は破壊されたハズだ。
私の攻撃魔法は物理的な破壊を及ぼさない以上、普通の回復魔法では再生不可能なのだ。
私たちの世界が取り返しのつかないことになっていったように…。
だからこそ、私は戦闘に加わるようなことはしたくなかった。
下手すれば、また宇宙を崩壊させることに…。
しかし、幾らでも次の宇宙に逃れることができる!
私は死ぬわけにはいかない。
私と私の生まれ育った文明が生きた証として、私だけは何としても生き続けるのだ!
「て゛きれは゛、 ほんとうの ちからを つかいたくは なかったのた゛か゛…。
いいた゛ろう。
わたしも まける わけには いかないのて゛ね。」