表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第23話(前編下)




斬殺された神民党の幹部たち。

彼らと行動を共にしてきた大企業の経営者、政党の支持母体である神道関係者たちの最期だった。


「ま、待て!

 話せば分かる!はなせびゃ!?」


勇者の槍が逃げるガリガリの老人を背中から刺し貫く。

埃をかぶった神棚、鮮血と汚物に塗れた天照皇大神、八幡大菩薩と書かれた書画。

日本という国の滅びが決定した瞬間である。


廊下では生き残った者たちが逃げ場を求めて殺到している。


「敵だー!敵が来たぞー!!」

「もうおしまいだ!」

「早く兵をよこしてくれーッ!」


最初は魚群のように疾走していた男たちも、すぐに大人数で通路につかえて網の中の魚のように動かなくなった。


「うぎゃー!動けないよー!」

「早く逃げろー!!」


男たちの背後に勇者はゆっくりと歩いて近づくと槍を構えて一息に突進して来た。

空気を切り裂き、衝撃波を伴って巨大な砲弾のように勇者は飛び込んでくる。

その衝撃で基地の壁が、床がガラガラと崩れ落ちる。


ビルの横っ腹に開いた大穴からバラバラになった人間と建材が口に含んだ水を噴き出すように飛び散った。


その穴から勇者は眼下の中庭を見下ろす。

そして軽くぴょんとその場から飛び降りると木の葉のように静かに着地して、ナマズ男の言っていた地下壕への入り口を探す。


中庭には植木や花壇があるが、手入れされずにすっかり自然に返っている。

だが、この庭が憩いの場であることを感じさせる人の営みが見受けられた。


ゴミ、煙草の吸い殻、使用済みのゴム、ケツを拭いた糞まみれの紙。

きっとここは有効活用されていたんだろう。


勇者が通りかかると奥の茂みから裸の女が飛び出して勇者の視界を避ける様に走っていった。

気配を察していたのか、勇者は女を全く無視した。


やがて中庭の隅に勇者は歩き付いた。

そこには四角い落し戸(タラップ)が地面に設置されている。

一応、トラップを警戒した勇者が入り口ごと地面を吹き飛ばしてから崩れた縦穴に飛び込んだ。


恐らく待ち伏せしていた九州列藩戦線のゲリラ兵たちが勇者より先に縦穴の底で精肉のように散らばっている。

焼肉屋の皿の上のようになった通路に勇者は降り立つ。


「殺せー!!」


それを合図にゲリラ兵たちが飛びかかって来る。

中には女子供もいるが、プリンをスプーンで潰すように勇者は彼らを槍で串刺しにする。


勇者は槍を真っ直ぐに突き立てているだけなのだが、あまりの刃の鋭さに倒れる死体が穂先に触っただけでバラバラになって落ちる。

慣れていないゲリラ兵は後ろの者が前の者を切ったり刺したりしている。


「馬鹿ッ!」

「ぎゃう!?」

「うひゃひゃひゃー!」


余りの恐怖に気が触れたのか、大笑いしながら男が勇者に向かっていく。

残る者たちもある者は震え、ある者は泣き叫んでいる。

しばらくすると洗剤でもこぼした様に足場には血と脂が混じり合って泡が立ち始めた。


やがて狂騒にも似た戦闘が終わり、血に飽いた者たちは逃げ出した。

床に伏せ、恐怖で動かなくなった者たちや逃げる者たちをそのままに勇者は地下壕を進む。


通路の終わり、大きな司令室に勇者は行き着く。


「勇者よ。

 やはり来ましたか。」


中でひとり待っていた村井求総理が勇者を迎える。

彼も逃げ場がないことを覚悟したのか。

彼の後ろの壁に日の丸国旗、天照大御神の筆書きを背負っている。


「最早、語ることは何もありません。

 一国の長を務める者の強さ…。

 味わっていただきましょう…!!」


ギリシア彫刻のような筋肉を露わにした総理が勇者に一撃する。

子供の胴体ほどもある腕が勇者の喉に突き立てられる。


「!!」


想像を超えるスピードに勇者は一方的にやり込められる。


甘く見ていた。

靴底に着いた血と脂も良くない。


くっくっく。

俺の足を滑らせる程度には、あのゲリラ兵共も役には立ったわけだ。

そう自嘲気味に仮面の中で笑うと勇者は総理から距離を取った。


総理も勇者の反撃を警戒して、その場で立ち止まっている。


「貴方に信じるものはないのですか?

 なぜ人類を裏切り、敵に着いたのか?

 …野心でしょうか?」


総理はそういいながら、熱くなり過ぎた全身の火照りを治める様に呼吸を整える。


マズいな。

身体が温まり過ぎている。

これでは続かない。


この国の未来を思うあまりに気持ちが逸った。


総理はオーバーヒートした体を庇いながら、勇者の動きを見守る。

先方は血でぬめった足を気にしている。


お互いに睨み合っていると勇者は首を横に振った。


「…野心ではないと?」


総理は勇者の返答が自分の問いかけの答えかと尋ねた。

すると勇者は首を縦に振った。


「貴方は神によって異世界からこの世界を救うために送られて来た。

 …わたくしにそういいましたね?


 では貴方は、これが神意だと?

 私たちは神意を受け入れて、貴方と大魔王に屈するべきだというのでしょうかっ!?」


衝撃波三連打。

総理の拳から発せられる圧縮された破壊力。

勇者は初弾を空中に逃れて回避し、2発目を天井を蹴って逃れたが、着地点を狙った3発目が命中する。


「―――っ!」


総理は続ける。


「人と神が共に歩むことが神道。

 ならば私は党とこの国の精神に従い、神の誤りを訴えなければなりません。

 国民の代表として、神々の使者たる貴方を倒す!!」


勇者の反撃、まずは突き。

先ほどの豚どもをミンチにした時よりも数倍の衝撃波を伴って勇者が突進する。

総理はこれを上半身をひねってかわしたが、勇者が素早く横薙ぎに転じる。


「ふぐ!」


人間無骨。

人間を骨のない柔らかななますのように引き裂く勇者の十文字槍の鋭さ。


にも拘らず、総理の左腕はその横薙ぎを防いだ。

肘鉄で人間無骨の矛を受け止めている!?


「!?」


おいおい。

光魔軍団の十二神将にもそんな体の鍛え方してる奴いなかったぜ。

勇者は驚き半分、不快感が一周して何故か嬉しさすら感じていた。


「これが一国の長を務める者の強さですよ。」


驕り昂ぶった心が貴様の敗因だ。

総理は心中でそう叫びながら、勇者の身体を撃つ。


ごぎりっと骨がきしみ、肉の爆ぜる音が総理の拳を伝わる。

もちろん、勇者の身体にもその音は流れていっただろう。


次第に勇者の身体は、サンドバッグのように宙に舞い、突き立てられる拳に対応できなくなっていく。

黄金仮面からは吐血が溢れ、槍も手から落ちた。


「………。」


その一瞬、勇者の身体が半透明の黒い何かに変化すると地面に崩れ落ちる。

それは影だ。


咄嗟に変身した勇者から総理が距離を取った。


好機!

影は総理から逃げると司令室のドアをすり抜け、血の海を走り、縦穴を這い出すと中庭に逃れた。

そのまま陽の光を避ける様に影は中庭の木陰の中に吸い込まれて行った。

一呼吸おいて影は元の黄金のマスクを着け、黒い鎧をまとった少年に戻る。


一方で地下壕を総理は走って勇者を追う。


まさかここまで来て止めを刺す前に逃げられるとは!

焦りが総理を包み込む。


半壊した地下壕の出入り口から飛び出すと彼は勇者を探した。

左右に首を振って総理は敵を見つけた。


敵は三角に切られたアップルパイを取り出してモソモソと食べている。


戦闘中に何をしている!?

総理は訝しんだが、どうやら生命力を回復させる特殊な物であったらしい。

勇者の呼吸が正常なものになり、ふらついていた手足が生気に満ちて力強さを取り戻していく。


「…。」


アップルパイを食べ終えてマスクをかぶり直す瞬間、嘲り、愚かな弱者を見下すような勇者の表情が総理の眼に飛び込んで来た。


焦り、疲労を与え、手の内を探ることが勇者の目的。

全て最初から作戦だったのだ。


「う、うわーっ!!」


首相である村井求以下、神道民主党、日本政府、九州列藩戦線の主要な幹部の死亡により人類最後の抵抗組織は壊滅した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ