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第22話(後編下)




心臓を掴み出したバギーラは、息絶え絶えになっていた。

彼女の命を捨てた最後の切り札だ。


掴み出したといっても動脈と静脈の血管がくっついたままである。

炎の心臓は体内の血液を汲み上げながら、火を吹き、周囲を焦がす。


こんなことをすれば人間は勿論、悪魔でも死んでしまうだろうが、十二神将はすぐには死なない。


「情けない。

 まともに一度も戦わず、最後までこのざまとはな。」


バギーラが自嘲する。


いや、小狡く生き延びて来た事は恥じていない。

だが、最期になって今更、こうなる前に戦って死んでいれば良かったなどと思う自分が恥ずかしい。


戦って死ぬのと自然に死ぬのとで何が違う。

立派な戦死なんて寒気がするぜ。


だが、武人として。

こんな自分にも武将としての誇りやメンツが残っていたとは。


それが我が事ながらお笑いだ。


「ふふふ…。

 思いがけない発見だ…。」


バギーラは、そのまま意識を失った。

本来なら、このまま永遠に彼女は目を覚ますはずがなかった。


だが、彼女は目を覚ました。


見覚えのない場所に移されている。

人間どもが巣くっている掘っ建て小屋だ。


「ああ、流石に悪魔だ。」


若い男がバギーラに話しかけた。


「人間か。

 …何のつもりだ。」


「いや、死にかけてたのを仲間が見つけてね。」


バギーラが取り出した心臓が元のように胸の中に収められている。

鋼鉄製のワイヤーが手術用の絹糸の代わりに傷痕を閉じていた。


「…これは、悪魔がやったのか?」


「ああ、この辺で医者をやってるんだ。

 立派な人だよ。俺たちも世話になってるんだ。」


それはそれは、奇特な悪魔もいたものだ。

だが、おかげで生き延びたぞ。


「なぜ光魔軍団に届けなかった?」


バギーラが人間に訊ねた。

男は答える。


「う~ん、たぶんだけどジャドさん、そのお医者さんも訳アリなんじゃないかな。

 深く詮索はしないけど、やっぱり事情があるんだと思う。」


男の話を聞いて、バギーラは合点がいった。


勇者との戦いに惨敗した光魔軍団から脱走兵が後を絶たない。

おおかた、そのジャドとやらも脱走兵なんだろう。

もっとも今となっては自分も、十二神将のひとりですら脱走兵になっている。


「…なるほど。

 じゃあ、私もそのジャドという悪魔に関して深くは質問するまい。」


バギーラがそう話しているとくだんの医者と見慣れた顔が姿を見せた。

勇者に導かれた選ばれし者たちのひとり、高校生探偵の軍記だ。


「…勇者は東京大要塞から離れています。

 おそらく残った抵抗組織レジスタンスを叩きに行ったんでしょう。

 もう、あいつを人間の味方と思わないように世界中に発信しなければ…。

 あいつを信じて立ち上がった人間が、あいつの手で殺されるなんて、そんな理不尽は…っ!」


「お気持ち、お察しします。」


ジャドはそれほど背の高くない悪魔でボロボロの軍服を着ている。

間違いなく光魔軍団の元兵士だ。


二人はおもむろにバギーラの寝かされているベッドに歩み寄った。


「…西村軍記だな?

 選ばれし者のひとり…。」


苦しそうにベッドの上でぐったりしながらバギーラがそういった。

対する軍記は悪魔に負けない冷酷な目で死にかけた女魔人を見ている。


「全身を覆う炎、溶岩の身体に、その装備…。

 俺の推理が正しければ、貴方は炎将バギーラですね?」


軍記の言葉に、その場の者たちが身体を震わせるほど驚かされる。

運び込まれた彼女が光魔軍団の十二神将の一人だったなんて。


軍記は続ける。


「ずっと貴方は卑劣な作戦で俺たちと直接戦うことを避けて来た。

 そのくせ人類側に確たる損害を与え、味方からの譴責けんせきを免れていた。

 自分一人を利することだけ考え、大局的な視野を持ちながら自分以外のために動くことはない。


 一級の戦略家であり、卑劣な女…。

 しかし型にはまらない貴方だからこそ、自滅を顧みない極端な行動に出る可能性があると俺は推理していました。

 そして、実際に貴方は、これまでの自分からは考えられない利益にならない行動を取った。


 おそらく自分でもこんな行動を選ぶとは思っていなかったと考えていたのでは?


 残念ですが、貴方の行動は実に単純で、一定の規則性があります。

 常に利に敏いが、共通して無軌道な行動を取るのが貴方の行動パターンだ。


 もともと貴方は型にはまらない派手なことが好きなだけ。

 それを正当化するために合理性とか自分の利益を優先しているように周囲に見せかけ、振る舞っている。

 ただの”お調子者”だと思われたくないからだ。


 だからこそ、追い詰められた時、出来るだけ目立つような行動を取ることは予想していた。

 例えば自爆…。

 出来る限り多くの人間の命を奪い、自分の行動が人目に触れるから…、ですよね?」


「ふっ、その推理が何の役に立った?」


バギーラが軍記を嘲笑うように鼻を鳴らした。

しかし軍記は静かに言葉を返す。


「おかげで俺の仲間はお前の自滅行動から助かった。」


「ふはは。

 じゃあ、新宿御苑の人間どもを見捨てたという事か?」


「いえ。

 貴方は無軌道な人間ですから、いつどこで暴発するかまでは予測できません。

 ただ、暴発したことが分かったなら、俺は貴方と戦うべきではないと決めていた。」


バギーラは縫い合わされた自分の胸元を見た。

今一度、心臓を取り出して、ここら一帯を焼き払っても良いが…。


「では、何しにここに来た?」


「賢明な人間なら、ここで俺たちに情報を提供する方が利口だと考えるでしょう。

 実際、聖将ヴァイドはそうしました。


 ですが、貴方は無軌道な人間です。

 自分の有利不利とは全く関係ない無秩序な行動を選択する可能性が常に存在している。


 そこで俺一人で来ました。

 もし、貴方が自滅覚悟で事を起こしても、戦力として一番過少な俺一人道連れでは、納得できないのでは?」


バギーラは、再び顔をうつむけてしばらく笑い続けた。

軍記は黙ってそれをしばらく見ていた。


それでもバギーラがいつまで経っても答える気配がないと察したのか、矢庭やにわに軍記は口を開いた。


「どうですか?

 貴方が知る限りの情報を俺に提供する気はありますか?」


「…実は、私はお前の言う通り、自分でも驚いているんだ。

 他人を蹴落として生きて来たが、まさか…。

 最期はやはり武人として戦って死にたいと思っていたとはなッ!」


よろよろとバギーラはベッドから立ち上がった。

全身を覆う炎が弱々しくなっている。

光もくすんで溶岩の身体も黒くなっている。


それでも薄暗い小屋の中、大きく前に突き出した乳房の間で大地の亀裂のように縫い合わせた傷痕が赤く輝いている。

時折、白い炎が吹き上げ、ぽたぽたと溶けたガラスのようなものが噴き出している。

それに合わせて彼女の上体も上下し、呼吸する度に苦しそうな音が聞こえてくる。


「ぐふっ!」


バギーラの口から溶鉱炉の中の鉄ように粘り気のある輝く液体が漏れる。

床に落ちるとそれらは固まり、煙と炎を上げた。


まったく生きているだけで厄介な化物だ。


「ジャドさん、炎の悪魔をどうやって治療したのですか?」


軍記がここに来る前にあらかじめ聞いていた悪魔の特徴からバギーラと推察し、ジャドに質問した。

ジャドは、その時に次のように答えている。


「基本的に悪魔の身を包む力は神秘の力…。

 持ち主が意図しない限りは、相手を傷つけることはありません。」


それを聞いて軍記はガックリした様子で腕を組んだ。


「…あまり、参考にならないな。」


「ええ、炎を防ぐ魔法でもあれば良かったのですが…。

 そういう種も仕掛けもないシロモノでして。

 何もお役に立てません。」


ジャドも苦笑する。


さて、何か秘策がある訳でなく、死に体とはいえ十二神将とどう戦う?

軍記の実力から言えば、九分九厘勝ち目はない。


とはいえ、胸元の大きな傷から流れた溶岩が身体の上を伝って、すっかり足元まで流れている。

ここまで弱った敵に、おいそれとは攻撃し兼ねる。


「あぐ…ッ!」


ベッドから起き上がったもののバギーラは、その場で倒れた。

一同、どうしたものかと倒れた彼女を見守る。


助け起こした方が良いのだろうが、この状態では近づけない。

本当に困った悪魔だ。


バギーラは生まれたての仔山羊のように床で四つん這いになっている。

不謹慎だが、お尻がエロい。


「…。」


バギーラの性格から言って罠ということも考えられるが、ここまで来てそうとも思えない。

流石に軍記は気が進まないものの、バギーラを殺すことにした。


「西村君、待ってくれ。

 私がこの手で治療した患者だ。

 殺さないでくれ。」


「分かりました。」


軍記はそういうと武器を納め、バギーラに背を向けた。


「教えてくれてありがとうございます。」


「いや、気にせんでくれ。

 …早く戦いが終わる事だけ、祈っている。」


ジャドはそういうと恐る恐るバギーラを抱き起した。

軍記はしばらくその様子を見守っていたが、小屋を後にした。


結論から言ってバギーラは死ななかった。

犯した罪の重さに相応しい報いを受けることにはなったが。




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