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第22話(後編上)




敵の幹部級に狙いを絞って打撃を与えつつ、逃げる敵をそのままに一同は集合した。


「このまま新宿御苑に戻って難民を解放しよう。」


と軍記は言った。

掃部も賛成する。


「そーだね。」


「ようやく本題に戻れた感じだな。

 仲間も…、取り敢えずは揃ったし。」


そういった虎仙の言葉に雅楽が反論する。


「まだ勇者が…!」


「あいつはお前とは違う。

 敵に捕まってる訳じゃない。

 自分で裏切って敵に寝返ったんだぞ。」


「何か考えがあるに決まってる!

 これまでだって勇者は裏切ったりしたことはなかったもん!!」


「何度もあってたまるか!!」


虎仙はずっと年下の雅楽と激しく言い争っている。

ふたりとも根が単純というか、優しいだけにこういうことになってしまう。


軍記と掃部、北京は何も言わずに押し黙っていた。

シズマに至っては終始、無表情のままだ。


「勇者は、この世界を救うために多重世界の中心にある大いなる意思(グレートスピリット)によって遣わされた調停者!

 だからこそ、勇者の導きを受けた私たちは、死ぬことなく戦い続けられる!!」


「そんなことは迷信だ!」


「迷信なんかじゃない!

 私は魔法界に行き、そこで魔法界を司り、大いなる意思に仕える神々に出会い教えを受けた!!」


「もう止せ。

 二人とも、もうやめろ。」


流石に軍記が止めに入る。

だが、虎仙も雅楽も納得はいかない。


「名探偵は勇者は敵か、味方か。

 いったいどう推理してるんだ?」


「推理なんか必要ない!」


軍記は黙ったままだった。

彼にも心の整理が着いていないのだ。


「………。」


「なんで黙ってるの?」


雅楽が不満そうな顔で下から軍記の顔を覗き込む。

だが、軍記の口と双眸は固く閉じられたままだ。


「…俺に訊かないでくれ。」


しばらく押し黙った軍記はそれだけいうと、もう何も答えなかった。




先に新宿御苑まで到着したのは炎将バギーラだった。


「人間どもを殺せ!

 殺してしまえっ!!」


「はあーっ!?」


バギーラの命令に現場の責任者は素っ頓狂な声をあげる。

彼はすぐに反論した。


「我々が優勢だった頃ならともかく、今、難民たちを虐殺すれば各地の人間の抵抗は激しくなりますっ。

 なぜ、殺すのですっ!?」


「ないのだッ!」


炎の悪魔、バギーラは火の粉をまき散らし、炎の髪をうねらせて言った。


「もう光魔軍団も十二神将も残っていないッ!

 ここに選ばれし者どもが来るのも時間の問題だッ!!

 私もお前も死ぬッ!


 だが、勇者、あいつにだけ上手く立ち回られてたまるか。

 厄介事も面倒事もあいつに押し付けて死んでやる。」


バギーラは劫火の槍を部下に渡すと自分の胸を引き裂いた。

胸元で弾ける乳房が揺れ、青い炎が噴き出し、溶けた溶岩が床に零れる。


「こおおおッッ!!」


バギーラの右手には彼女の心臓が握られている。

血液の代わりに炎を噴き出し、溶岩をほとばしらせた悪魔の心臓だ。




虎仙たちが新宿御苑に戻った時には、難民窟は火の海になっていた。


「なんだ、これ…。」


火に巻かれ、人間の焼ける匂いがする。


「追い詰められた人間(悪魔)は、何をするか分からない、ということか。」


そうはいってもこの事態を予測できなかったとは。

軍記は自分自身を責めた。


敵を攻撃するより、ここにいる人たちを解放することを優先するべきだった。


いや、敵がこんな狂気に走るとは予想できなかった。

これじゃあ、各地の人間が再び死に物狂いで反抗するようになるぞ。


「ひどい。」


雅楽は目に涙をためて惨劇を目の前にして力なく震えている。


掃部は何も言わない。

ただ雅楽をそっと抱きしめた。


「…引き上げよう。」


軍記が背を向けてそういった。


「え?」


「この状況で戦う理由がない。

 ここにいた人たちは、もう助からない。

 敵にしたって補欠の十二神将の2~3人なら生かしておいても問題はない。


 俺たちが一番に考えなきゃいけないのは大魔王ポオと勇者が本当に敵だった場合だけだ。

 不必要な戦闘で戦力消耗したくない。」


「何言ってんの、こんなことする敵を許せるの!?」


雅楽はそういって涙をハラハラ流して軍記に向かって叫んだ。

虎仙も同調する。


「軍記、お前の言ってることは理屈は取ってるかも知れねえ…!

 けど、俺たちは納得できねえぜ!!」


「じゃあ、好きにしてくれ。

 俺は東京大要塞ガーヒ・アヌムヌ攻略について考えをまとめる。

 時間は限られてる。俺たちにできることもな。」


それだけ言うと軍記は魔法で体を透明にすると、この場から立ち去った。

残された仲間たちが愕然とした表情で仲間の撤退を見届ける。


「ああ、いいさ!

 もともとお前は戦力に勘定してないからよぉ!!」


虎仙は吠えた。

だが、北京が虎仙の腕を掴むと首を振った。


「ソレハ、良クナイ。」


「…っていってもこの火の勢いじゃね。」


掃部が新宿御苑を包む地獄絵図を見ながらそういった。

確かにこれじゃ、中に入ってどうこうすることもできない。


しかし、今回ばかりは探し回る必要はなかった。

敵が彼らを先に見つけて包囲していたのだから。


「…敵が集まってきます。」


シズマが敵の気配を感じ取って両腕のハンドガトリングを解放する。

10本の指の先端が開いて銃口があらわになり、弾丸を補給する給弾帯を手首にセットする。


「私は光魔軍団、攻撃部隊長、ズンム。

 死に場所を求めて来た。」


ズンムは、すっかり禿げ上がった頭頂部の周りに白い毛が伸びている。

深緑の肌に長い耳、雑巾のようにシワシワの顔。

まさに若い頃から戦場を駆け抜けて来た叩き上げの戦士という印象である。


手にはバギーラから譲られた劫火の槍を持っている。


「死に場所ぉ!?」


虎仙が腕まくりしてズンムに言った。

ズンムは堂々とした態度で返答する。


「君らに挑めば、私たちの命はない。

 勝ち目はない。


 だが、私の話を聞け。

 勇者が寝返り、全ての抵抗組織が壊滅した。


 既に人類は文明連合に屈している。

 このまま君らが戦い続けても戦いが長引くだけだ。


 いずれは人間からも戦闘員が徴兵され、君らと戦うことになるだろう。

 あるいは勇者が君らの討伐に充てられるのも、それほどありえん話ではない。


 何処まで行っても君らにとって悲惨な結末しか残っていない。


 だから、勧告する。

 今すぐに君らも武器を捨て、東京大要塞に投降するのだ。」


ズンムの演説、選ばれし者たちの命を保証するかは別として、殆ど事実だろう。

いかに選ばれし者たちの戦力が強力でも戦いの趨勢は決している。


「俺たちにも大魔王の手先になれってのか!?」


虎仙がそういってがなった。

対するズンムは右手を広げて前に突き出し、彼を制した。


「君らが武器を捨てれば戦いが終わるという事だっ。」


「そうだっ!」

「もう止めるんだ。」

「人類は負けたんだッ。」


ズンムの部下である兵士たちも口々にそういった。


「嘘だね。」


掃部がそういって大精霊剣を構える。

彼女に合わせて雅楽もクトゥルフケーンをズンムに突き付ける。


「あれでしょ、永久戦犯えーきゅーせんぱんとかいってどーせ殺す気でしょ?

 つーか、ここまできてゆるしてやるなんて、ありえないじゃん。」


「君らが一番、知っているはずだ。

 勇者の力を!!」


そのズンムの言葉に、一同の表情に緊張が走った。


「十二神将に数々の妖力を授けた大魔王陛下…。

 そしてあの勇者が同じ陣営にそろっているのだ。


 もう文明連合に軍など必要ではない。

 あの二人の超戦力に逆らえるものはいないのだ。

 逆らう意志さえなければ、もう殺し合う必要はない。」


頼む、武器を捨ててくれ。

彼はなおもそういって説得を続けようとしたのだろうか?

それともこれは選ばれし者たちを油断させる作戦だったのか?


だが、ズンムの口から大量の蛆虫が噴き出した。

さらに巨大なムカデが雅楽の魔法の杖から飛び出し、彼の身体を襲う。


ムカデたちは目や耳の穴を目指して這い上ると次々に血飛沫を飛ばしながら潜り込んでいく。


「んんんーッ!!!」


おぞましい光景の中、ズンムは死んだ。

部下たちは青くなってそれを見ていた。


ひとりが膝をついていう。


「た、たすけて…。」


一人目が命乞いを始めると残りの悪魔たちも膝をついて許しを乞い始めた。


「隊長は死んだんだ、許してくれ。」

「この通りだ。抵抗しない。」

「見逃してくれ~。」


だが、虎仙が険しい表情で彼らを睨みつけた。

鋭い目、大きく食いしばった口、鬼の形相だ。


「…お前らが雅楽にしたこと。

 そして、ここにいた人たちにしたことを考えてみろ。」


シズマの銃口、掃部のスチームライフル、雅楽の杖、そして虎仙のバット。

それに加えて北京の拳と石頭。


それらがためらいなく命乞いした悪魔たちに振り下ろされた。


許しを求め、命乞いして武器を捨てた相手を見逃すのが正義なのかも知れない。

だが、連中の所業を知ってしまった以上、許すことはできない。


あるいは彼らは敵を許せないからこそ、自分たちも武器を捨てることができないのかも知れない。




新宿御苑の戦いが終わると虎仙たちは軍記を待った。

既に3日が経った。

しかし彼が敵地に潜入して情報を持ち帰るまでは、迂闊に動くべきではない。


「ちっとアレ欲しー。」


そういって無邪気に掃部が指さしたのは濃い紫の肌をした女魔人のヘソピアスだ。


「あーゆーの買って。」


掃部はそういって虎仙を困らせた。

虎仙は耳まで真っ赤になりながら答える。


「はあ、知らねえよ。

 どこに売ってるんだよ。

 店とかで見つけた時に言ってくれ。」


「だーから、あーゆーの今日は、さがしてってことじゃん。」


二人は付き合っている。

…と言っていいのだろうか。


虎仙は16歳だが、掃部は不詳である。

察するに26~8歳で当たらずも遠からずといったところだろう。


一方的に掃部が虎仙に迫って今の関係になった。


別に愛しているとか気に入った訳ではない。

こうやってたまに甘えたり、精神安定上の理由から毒を吐いたり、欲しい物を買ってもらったりして欲しいだけだ。

あとセックス。


セックスする気も起きない10歳も年の離れたガキに真剣に恋愛するほど、掃部も奇特じゃない。


「もー悪魔も人間もないね。」


街の様子を改めて見て掃部がそういった。

もう人類と文明連合の戦争は、ごく一部の抵抗組織レジスタンスの問題になりつつある。

世界中の国家、政府が崩壊し、文明連合が地球の唯一の統治機構だ。


人間は文明連合の法律に従って生活し、税金を納め、悪魔も地球での暮らしに順応している。


「俺たちのやって来た事は、一体何だったんだろう。」


虎仙が無力感を奥歯で噛み潰すようにいった。

彼は続ける。


「この侵略者共に大勢、家族や友達、それ以外にも人間が殺されたんだぞ。

 なんでそれが一緒に生活できるようになる?


 死んでいった連中は何だったんだ。

 この戦争は、俺たちの戦いは、全く無駄だったってのかよ。」


「それは違うよ。」


掃部が目を伏せがちに、そう言った。


「違う?」


「人間と悪魔、地球と文明連合の戦争は結局、起こったと思う。

 でも、きっと魔王が攻ゲキ的なやり方しなきゃ、もっと違ってたと思う。

 戦争はどこかでしかたなく起ると思うけど、全面戦争?みたいにはならない可ノー性だってあったと思う。


 悪いのは、魔王。

 だから魔王をやっつけるために私たちは戦うわけ。」


流石に正義味方、秘密戦隊がひとり、黄レンジャーだ。

普段はいい加減そうな軽口を叩いているが、しっかりした正義感を持っている。


掃部はそういって、柔らかな陽の光の下を軽やかに歩いている。


通りに面する誰もが幸せそうにしている訳ではない。

むしろ、重く暗く沈んだ表情をしたものばかりだ。


それは人間も悪魔も変わらない。


もうぶつかってしまった二つの文明を引き裂き、一方を追い出すなり滅ぼすなりすることはできない。

ひとつに統一してしまうことが賢明と信じるしかない。


だが、許すことのできない悪がいる。

この戦争を指導し、別次元を滅ぼして飛来した大魔王ポオだ。

奴が支配する限り、再びこの世界の文明も滅びてしまうだろう。


そして大魔王に味方する裏切り者の勇者、風間三五夜だ。


あの二人だけは倒す。

次の平和な時代を迎えるために、世界は禊ぎを迎えなければならない。


「あいつ…。」


それでも虎仙は、決心しかねていた。


なぜ勇者は今頃になって大魔王を守る側に移ったのか?

本当に今、お前は何を考えている。




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