第22話(前編下)
魔法と変装で悪魔に変身した軍記は、新宿御苑に潜入した。
「勇者の仲間がここにいるかだと?」
「げへへへ。
可愛い女の子って聞いたぜぇ。」
「…趣味が良い事だな。」
軍記は舌なめずりをして下品な悪魔を演じている。
声を掛けられた悪魔は難しい表情のまま答える。
「串刺しにして閉じ込めてある。
死なないらしいが、回復されるとマズいっていうんでな。」
なるほどね。
軍記は確証を掴むと仲間の元に走った。
「雅楽は確実に新宿御苑に設置された敵の基地にいる。
…回復できない様に串刺しにされてるとも聞いた。」
「ボオオオッッッ!!」
強烈な頭突き!
地面に頭がめり込むほどの頭突きを放ったのは北京だ。
北京は、「北京原人」から来たニックネームである。
もとはNYの博物館に展示されていた原始人だったが、選ばれし者として生き返った。
「許サン!!」
「北京ちゃん、やばーい。」
掃部が呑気にそういった。
だが、なかなかにこの女も辛辣だ。
「でー、いるのは良ーけど罠かどーかはどーなったん?」
「罠なら引き返すと?」
「ぃやー、軍記そーいったじゃん?」
確かに雅楽が居るのは分かったとして、敵がその上で罠を仕掛けていることは間違いない。
無策で突っ込めば雅楽が居たことを調べただけで何も解決していない。
「流石に敵の配置や作戦までつぶさに調べているほどの余裕はない。
雅楽がここにいることが分かった以上、情報が偽でないと確証を得た今、行動あるのみだ。」
「あそ。」
掃部はそういうと立ち上がって背伸びした。
恐れを知らない乳房が服の中とは言え、男たちの目の前でふるえる!!
軍記、虎仙の目線が突き刺さる。
「勇者がいれば、なんて言っただろうな?」
虎仙は掃部の身体から意識を逸らすように軍記に声をかけた。
軍記も意識的に目を逸らして答える。
「分からない。
しかし俺は多くの殺人計画や誘拐事件に立ち会って来た。
こういう時は時間との勝負でもある。」
炎の魔人、氷の悪魔、巨大な異形の悪魔たち。
光魔軍団十二神将が東京大要塞に参集した。
既に戦死した雷将と獄中にある聖将を除く10名だ。
指揮を執るのは、唯一の古参である炎将バギーラ。
「全員聞くが良い。」
集まった魔人たちの表情は暗い。
勇者離反に沸き立ち士気が高揚したのも束の間、新しく選出された十二神将の一人が早々と戦死しているのだ。
「勇者抜き、仲間の一人が拘束された今、選ばれし者たちは5名である。
が、既に我らと同格の雷将ヘカが奴等の手によって絶命した。
これは容易ならざる事態であると心得よ。
十二神将はかつての威信を失ったと認めざるを得ない。
ハッキリ言ってただの寄せ集めだ!」
バギーラの炎の髪が大きく舞い上がる。
全身からも激しく火柱が噴き出している。
「だが、私はここに十二神将の総力を集めた。
勇者は所詮は裏切り者。
奴を戦力として勘定に入れることはできない。
頼れるのは同じ悪魔だけと心得よ。
ここで我々が敗れれば、勇者すら再び人類側に寝返り、一大反攻の呼び水となる可能性すらある。
この一戦が戦争の趨勢を決すると言っても最早、過言ではない!」
「オオッ!!」
9人の十二神将たちを筆頭に他の幹部たちが声を上げる。
参謀役がバギーラの隣に立って大声で作戦を説明する。
「我々は選ばれし者たちに罠を仕掛ける!
新宿御苑に奴らの仲間を収容したという情報を流し、奴らを誘い込む手筈であります!!」
ネット検索で見慣れた地図が画面に映し出される。
参謀はそれを操作して新宿御苑が中央に映るように地図を移動させる。
「人類最後の戦士、選ばれし者たちに死を!!」
悪魔たちの雄叫びがこだまする。
その様子を勇者が物陰から覗き見ていた。
天は選ばれし者たちに味方した。
十二神将の移動より、虎仙たちの行動が早かったのである。
新宿御苑管理事務局に潜入した虎仙たちは、雅楽が捕らえられている部屋を探す。
「…ここだろう。」
軍記がしばらく見取り図を見ながらいった。
「何故ダカ?」
北京が質問する。
軍記は推理パートを始める。
「そもそもここは東京に溢れた難民を収容するために公園に小屋を建てて押し込んだだけのものだ。
ここに雅楽を移送した意図は、東京大要塞の他に決戦の場を用意するためだろう。
東京大要塞には中央情報局が置かれているし、戦闘に巻き込まれたくない。
そこで手近で重要度の低い施設が選ばれた。
だが、他の難民と一緒に露天に放り出す訳にはいかない。
事務所内に拘束するにしても、既に全ての部屋に使用用途が割り振られている。
…外の蛮行から推理するに今、光魔軍団を指揮する立場にある十二神将は無軌道な性格。
型にはまった考えや行動を選択しない人物と推察できる。
そんな人間がわざわざ使っている部屋を空けてから新しく捕虜を収容するために使うとは思えない。
第一、これは一時的な処置であってすぐに部屋は元に戻す必要がある。
となれば、こういう人物が新しく厄介な荷物を保管する場合、こういう場所を選ぶと推察できます。」
軍記の指先には何もない。
そこは部屋ではなく、ただの廊下の一部だ。
「…そこは何もないぞ?」
不信そうに虎仙が口を挟む。
だが、軍記は大まじめだ。
「そうです。
この施設を選んだ傾向、ここの管理から言って、この性格の人物は厄介な荷物は仮置きする。
部屋を片付けてしっかりと保管するなんて考えない。
外の難民たちと同じ。
適当に空いたスペースに、目が着く様に置いておけばいい。
そう考えるはずです。」
果たして軍記の推察通りであった。
何もない普通の廊下に仮置きされた荷物のように雅楽は巨大な鉄の杭で固定されていた。
魔人たちも平然と雅楽の隣を歩き回っているようだ。
「ぎゃう!」
「信じられない。
捕虜を廊下に放置するなんて…。」
虎仙のバットが偶然、通りかかった悪魔の頭部を吹き飛ばした。
素早く他の仲間たちが雅楽に駆け寄る。
「皆!
よくここが分かったね!?」
「簡単な推理ですよ。」
軍記はそういって雅楽の頭と心臓を貫いた鉄杭を調べる。
同じ選ばれし者とはいえ、死んでいないのが不思議に思える。
「掃部、大精霊剣で切り落としてください。」
「かしこま。」
黄色のフルフェイスのライダーヘルメットに黄色のライダースーツのような衣装の掃部が装飾の着いた青く光り輝く長剣を抜く。
もともと怪人と日夜戦う秘密戦隊の特殊戦闘員だった掃部。
彼女の他に何百という特殊戦闘員、何十という秘密戦隊が国連などに所属していたが、この戦争で命を落とした。
同じ秘密戦隊の仲間たちが十二神将に惨殺された後、彼女だけが生き残った。
「いっ、掃部!
逃げるんだーッ!!
お前だけでも生き延びてぐぢぇッ!?」
馬鹿な奴ら。
彼女はそう思いながら仲間たちの死に顔を見届けた。
掃部は裏切ったのだ。
世界中の軍隊が次々に文明連合の主力戦闘団、光魔軍団に蹴散らされている。
当時、その中にもう秘密戦隊が幾つも入っていた。
秘密戦隊は、世界中の特殊部隊でもトップの戦闘力と特殊装備を駆使しているんだぞ。
それが負けたんだ。
戦っても無駄なんだ。
頼まれなくたって、生き延びてやる。
掃部は十二神将の一人、剛将ラギア・ゲーの手駒になっていた。
黄レンジャーとしての立場を利用し、他の秘密戦隊や軍隊を欺いた。
それ以外の時には悪魔たちに媚び諂い、屈辱を受けたとしても耐え続けた。
自分は仲間を裏切ってまでも生き延びたんだ。
いまさら、どうして楽に死ぬ道を選択できる。
だが、彼女の前に鮮烈を以て勇者が現れた。
勇者は剛将ラギアを瞬く間に倒すと暗い闇の中にあった掃部に手を差し出した。
「ちと待って。
私は皆をうらぎったんだ。
ここで、殺してよ。」
勇者は何も答えなかった。
「ひどいことされたね。
…私なら、たえられなかった。」
雅楽を助け起こし、ビンに保存された回復効果のある紫細胞培養液を傷にかけながら掃部がぽつりと漏らした。
それは自分ならば裏切ったという意味だが、雅楽はその意味まで理解できなかった。
「きっと皆が来てくれるって信じてたから。」
雅楽の無垢な瞳を掃部は逃げるように顔を背けた。
この子はどう思ってるんだろう。
勇者のことを。
掃部はそう思うと複雑だった。
「俺の推理によれば、敵はまだ俺たちの行動に気付いていない。
となれば、敵は包囲網を布くどころか、ここに移動している最中だと考えられます。
…虎仙、ここで敵に奇襲を仕掛けたい!」
人差し指を口の前に置きながら軍記は虎仙にそう進言した。
「なんだと!?
このまま逃げないのか!?」
「逃ゲロウ。」
北京も目を丸くして驚いた。
だが、理に適っている。
掃部がその話に横槍を入れる。
「あー、敵はゆだんしてるだろーし、スキを突くってわけね?」
「全ての攻撃は、奇襲となるべく行われることが相応しい。
これまでの俺たちは、常に敵の基地に飛び込むばかりで大きな反撃を受けて苦戦して来ました。
しかし、今回は移動中の敵を攻撃することで奇襲が可能となる。
上手くやれば十二神将を壊滅させることもできると推理します。」
軍記の意見に虎仙も頷首した。
これまではわざわざ雑魚の警備を蹴散らし、トラップを掻い潜り、鍵を探し回ったり散々だった。
結果、ヘロヘロの状態でボス戦である。
敵に対してハンデがあり過ぎるというものだ。
「即ボス戦か。」
「ウウウー。
オレ、十二神将、殺ス!!」
北京も腕を鳴らしながら意気込みを見せる。
傷の癒えた雅楽と彼女を抱き抱えていた掃部も立ち上がる。
「じゃあ、魔法で敵のところまで飛ぶよ。
クトゥルフケーンは?」
「どうぞ。」
暗緑色の石でできた不気味な杖を、ずっと直立不動だった女の子が雅楽に渡した。
「ありがとう、シズマ。」
「…。」
ガラス球の瞳、人工の皮膚。
シズマはロボットメイドである。
ひょんなことから勇者に導かれ、選ばれし者の一人として行動している。
金色の星をあしらった白と青を基調にした清潔感のある可愛いドレスに雅楽は変身した。
手に持っているねじくれた石の杖と妙に釣り合っていない。
「瞬間転移魔法!!」
廃墟となった都内を疾走する戦車軍団。
それらに乗って移動する十二神将たち。
彼らとて敵襲を全く警戒していない訳ではないが、意表を突く攻撃!
「あーがッ!?」
「れたっ!?」
「何事かー!」
異常に気付いたバギーラだけが戦車から飛び降りた。
他にも数名の幹部たちが戦車から顔を出した。
見ると戦車に向かって空から巨大な塊が落ちてくる。
「あれは…、えがーッ!?」
それは虫だ。
大量の虫の塊が戦車に向かって降り注ぎ、乗員を食らう。
その重さで戦車そのものがひしゃげる。
「敵襲ー!」
だが、戦車から離れると今度は羽虫の群れが襲い掛かって来る。
地面からも地虫が湧き出して悪魔たちの足や腿に飛びついて肉をくり抜いて侵入する。
「あしがっ!あしがっ!!」
「あべばっ!?」
「ハンドガトリング。」
両手を回転式機関銃のように回転させながら、無表情のままメイドロボ、シズマが悪魔たちにとどめを刺す。
足をやられ、目を羽虫に傷つけられた魔人たちは鴨撃ち状態のまま、抵抗も出来ずに死んでいった。
「ママー。
たすけてぇー…。」
人食い虫に包まれて泣き言を繰り返す悪魔を見下ろしてシズマはためらいなく銃弾を撃ち込んだ。
「どお!」
撃たれた悪魔は身をよじって苦しんでいる。
まだ絶命しているわけではない。
だが、シズマの人工知能の回路は標的の戦闘復帰は不可能と判断した。
安楽な死を敵に与える慈悲をロボットメイドは持たない。
「いたい…、あ…、あああー…。」
別の所では虎仙たちが新米の十二神将たちを倒していく。
もともと選ばれなかった連中から正規の十二神将の代わりで選んだのだから、戦力は二線級以下だ。
「ボオオオ!!!」
北京の頭突き!
衝撃波が大地を駆け巡り、悪魔たちを襲う。
「うらーっ!!」
虎仙のバットが怯んだ魔人の胴体に深くめり込み、くの字に折れ曲がった敵が地面に倒れる。
「こ、こんなのズルいよーっ!!」
急に一人の悪魔が叫んだ。
武器を捨て、両手を上げる機械の悪魔。
両足には人食い虫が群がり、目には涙をためている。
「スチームライフル!!」
蒸気を噴き出し、歯車や真鍮製の管が輝く半自動小銃を掃部が取り出して構える。
聞く耳持たないという様子で狙いを澄ませる。
ガション、ガション、ガション!
銃身のカラクリが動き、薬室内に銃弾が装填され、スコープ越しに敵の泣き顔が見えた。
「スチームギアロック、イジェークトッッッ!!」
黄色の水蒸気がライフルから勢い良く噴き出し、辺りがそれらに包まれる。
銃口からは歯車の弾丸が飛び出し、敵の十二神将を撃ち抜いた。
敵の身体には大穴が開き、突き抜けた弾丸が地面に命中して砂埃をあげて破裂した。
「お、おのれ~!
せめて、せめて最後に巨大化して目に物見せてやるわ~!!」
鋼鉄の身体を持つ魔人はそういって右腕のカバーを外してボタンを押す。
しかし、何も起きない。
「な、何も起きない~!?」
「貴方のようなタイプの悪魔が、巨大化機能を持っていることは推理していました。
その上で体のどこにそのための器官があるのか、俺が仮説を立てました。
掃部には、そこを狙ってもらった。」
軍記がそういって掃部の肩を叩いた。
掃部もヘルメットの中で誇らしげに笑い、親指を立てて拳を突き出した。
「やだやだ!
巨大メカ戦…、死ぬ前に経験したいわいな~!!」
そういってこの魔人は動かなくなった。