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第22話(前編上)




― Battle Against Baggyra ―

第22話「新宿御苑の戦い」


東京の中心、かつての江戸城跡地に文明連合が建設した東京大要塞ガーヒ・アヌムヌ…。

その最奥に邪悪な異次元の魔王、ポオ・グアイ=ヌンタークが潜み、全ての情報を統制し、人類も文明連合も実質的に支配していた。


枯れ果てた老人の腕が無数に生えた脂身のようなブヨブヨした腹が部屋の床を埋め尽くすほど広がり、その上に木乃伊ミイラのような上半身が乗せられている。

鶴嘴つるはしのように尖った鼻、細いあごしわの畳まれた額、星のように怪しく光る瞳…。


これこそ穢れに満ち、2兆年の昔に欲望が連鎖して滅びた異世界の亜空間をさまよってこちらに漂着した病める魂が取り付いた人間のなれの果て。

実体を得た悪魔は、宇宙の片隅に自分の細胞を培養して奴隷たちを作った。


だが彼の作った怪物たちに受け継がれた人間の善なる魂は、一度は邪悪な悪魔の支配を拒んだ。

しかしそれも一時の事。


文明連合が腐敗の隙を見せた時、邪悪な魔王が再び君臨し、彼らの社会を乗っ取ったのだ。


「…ポオは、滅びた別次元から飛来して来た悪魔なのだ。

 奴は醜い欲望の煮えたぎる世界で自分一人、生き残ろうとあらゆる手段を使った。

 奴が支配する限り、いずれは人類も文明連合も、奴の故郷と同じ運命を辿るのだぞ…!!」


勇者の前で聖将ヴァイドは、そう語るのだった。

味方である文明連合を裏切った彼はかつての味方、東京大要塞の地下牢に囚われている。


かたや漆黒の鎧を身にまとい、すっかり大魔王ポオの配下となった勇者。

世界各地の人類側の拠点攻略に参加し、その命脈を打ち砕いて帰って来た。


「…私の言葉を信頼できないというのか?

 ノゾムよ…。」


白銀に輝く金属の檻に放り込まれ、ボロを着せられたヴァイドはすがるように格子にしがみ付いて、黄金仮面の奥の勇者の眼をじっと見つめる。

だが、勇者は答えない。


「何故だ。

 私には貴方の心が分からない。

 あれほど人類を守る為に戦って来たではないか…!!」


無言のまま、勇者はマントをたなびかせてヴァイドの前を去った。

その背中をヴァイドは祈るように見送った。

これは何かの間違い。

いや、あるいは勇者の作戦なのだ、と。




「一度は勇者と志を共にしたヴァイドが、まさか勇者の手で捕らえられるとはな。」


文明連合の主力軍である光魔軍団の12人の将軍、十二神将、その最後の一人、炎将バギーラ・ノイスートラ。

予備役招集により十二神将の補充は済んでいるが、所詮、彼らは二線級に他ならない。

正真正銘の十二神将は、バギーラとヴァイドの二人のみ。


「ふふふふ。

 女の心変わりは恐ろしいのう。」


バギーラは皮肉を込めて肩を震わせ、低く笑った。

彼女の部下らしい異形の魔人が声をかける。


「ですがヴァイド将軍は志の高い武人。

 …生かして捕らえておいたところで宗旨変えするとは思えんのですよ。」


「まあ、な。」


私と違ってか?

バギーラはそう心中で独白した。


「しかしヴァイドも目の前で勇者が文明連合に寝返るところを見たのだ。

 これまで通りとはいくまいよ。


 奴の性格から言っても裏切った勇者をそのままにはしておくまい?

 あの人間が何やら企んでいるとすれば、その時はヴァイドをぶつける。」


暗黒の宇宙に浮かぶ炎の星のようなバギーラの瞳が赤く燃えている。


炎の悪魔、バギーラ。

だが炎のイメージさせる熱血より、その性格はむしろ冷血な悪女だ。


しかしそれにしても悪女というのは女が美人に育つ要素のひとつなのだろうか?

自信に満ちた生意気な胸元、すくっとした背に長い脚、いつも挑戦的で勝ち誇ったような顔の作り…。

静的なものだけでなく立ち居振る舞い、言葉選びなどの動的要素に至るまで。


仮に美人に生まれても悪女でなければこうはならないはずだ。


「バギーラ将軍!

 ヘカ将軍が勇者に選ばれた小僧共に討ち取られましたッッ!!」


「なんと!」


バギーラの側近は小鳥のような叫んだ。

だが、バギーラはさほど驚いた様子もない。


もともと雷将ヘカは、例の倒された十二神将の代わりとして新しく補充された予備役だ。

いまや勇者抜きとはいえ、その残党でもあの程度の男ぐらいやれるだろう。


潮時か。

バギーラはそう胸の中でつぶやくと部下たちに檄を飛ばした。


「残りの十二神将を集めよ。

 奴らの狙いは、ここ東京大要塞ガーヒ・アヌムヌだけなのだ。

 …ここまで来て人類側に反転攻勢などさせてなるものかよ。」




新宿御苑管理事務所。


半壊した東京で焼け出された人間たちがニワトリのように園内に放逐され、小屋を建てて住まわされている。

日に一度、担当の悪魔が家畜のエサのような食料をずっと洗っていない据え置きのドラム缶に向かってぶちまける。

そこにやはりニワトリのように人間たちが集まって来る。


何時何処とは時と場所を定めずに悪魔たちが女や小さな少年たちを追い回し、狭いフェンスの中を走り回る。

そして捕まったが最後、彼らの気の済むまで怖気のする蛮行が住人たちの前で繰り広げられる。


絶叫と哄笑。

まさに家畜小屋の地獄。


「なんて奴等だ…。」


勇者の転身後、パーティを率いる宗像むなかた虎仙こせんは、その光景に歯を食いしばった。


まるで昭和の漫画から飛び出して来たようなケンカ番長の虎仙は、パーティでは一番の新顔。

だが、行動力というか押しの強さから今では勇者によって選ばれた仲間たちのリーダーになっている。


「ここに雅楽が…。」


パーティの頭脳、参謀役の西村にしむら軍記ぐんきも顔を青くした。

これまでも光魔軍団の人間に対する非人道的な残虐行為は見て来たが、これは常軌を逸している。


これまでの光魔軍団の行動には、少なくとも秩序があった。

生贄の儀式、強制労働、洗脳教育…。

どれも目的がハッキリしていて、その行動に論理性があった。


だが、この新宿御苑に展開する光魔軍団の蛮行にそれはない。

目的もなく人間を集めて、欲望の赴くまま人間を弄る悪魔たちをそのまま放置しているだけ。


理由のない暴力、無秩序、頽廃の檻!


「ここの光魔軍団は、十二神将の命令で人間をどうこうしている訳ではないようですね。

 …逆に言えば、この軍団を率いる十二神将は部下の悪行を止める気がない様だ。」


軍記が状況を推察する。

だが、冷静でいられない虎仙は声を荒げる。


「とにかく攻撃するぞ。」


「待ってください。

 雷将ヘカは、ここに雅楽がいると話していましたが、こんな所に選ばれし者を捕らえているとは思えない。

 …罠かも知れない。」


「引き返すってのか!?」


軍記は、この争いが始まる前は天才高校生探偵として知られて来た。

文明連合との戦いが始まってからは、このように軍師という印象に転じているが。


常に彼の頭脳は勇者たちに勝利をもたらして来た。

それはたぶん、これまでは間違いではなかっただろう。


「それはまだ…。

 ここに着いたばかりで情報収集もまだですし。」


「てめえ、良くもこんなものを見て冷静にそんなことが言えるなっ!?」


「感情的にならないでください。

 確かにここに集められた人々への虐待は、胸が悪くなります。

 でも、もう俺たち以外に光魔軍団と戦っている人間はいないんですよ?」


「このモップ頭ッ!!」


辛抱堪りかねた虎仙が軍記に掴みかかった。


「ちょっとケンカしてる場合じゃないじゃん。」


だらしない格好をした若い女が二人の間に割って入る。

高森たかもり掃部かもんだ。


「掃部!

 お前はどうなんだ!?」


虎仙が軍記を掴んでいた右手を放しながら彼女に訊ねる。

掃部は即答せず、髪をめんどくさそうに手で後ろにやって、上着を引っ張って胸元を仰いだ。


若い男、二名の熱い視線!!


ち、こいつら馬鹿でえ。

そう小馬鹿にした掃部の表情である。


「ちっと待って。

 別に私、トイレいきたいって言ーにきただけっすから。」


掃部はそれだけいって姿を消した。


「あ、おい!」


虎仙は怒鳴ったが、掃部はさーっと逃げるように姿を消した。

残された軍記と虎仙はお互いの顔に目をやる。


「虎仙、いま世界中で文明連合は、こんな悪行を繰り返しています。

 気持ちは分かりますが、やはり焦って俺たちがやられる訳にはいかない。

 …情報収集は急ぎます。

 少し、待っててくれ。」


「…お前のやることには確かな理屈がある。」


軍記は口元に手を当て、頭脳をフル回転させつつ、虎仙に背を向けた。

残った虎仙は、しばらく悪魔たちに襲われ続ける難民たちを見守っていた。




「選ばれし者どもは本当に死なんようだな。」


冷酷な光を瞳に宿した魔人が床に倒れた少女を見下ろしていった。

あきらかに少女の心臓と頭に黒い大きな鉄の棒が突き刺さり、床にまで達している。


にも拘わらず、息をし続ける少女。

これが異世界から降臨した勇者に選ばれた仲間たちに宿る神の祝福だというのか。


「…諦めなさい。

 私たちは神様に選ばれた戦士。

 邪悪な侵略者であるお前たちを倒すまで、けっして倒れることはないの。」


久坂くさか雅楽うた

勇者の仲間、選ばれし者の一人であるが、やや他とは毛色が違う。


彼女は魔法界と呼ばれる異次元の助けにより、多重世界の構造と知識を得ている。

全ては人々を守る魔法少女として授けられた能力だ。


「お前たちを指導するポオは、この世界の住人ではない。

 そして彼の思想は邪悪そのもの。

 彼に従い続ける限り、神々はお前たちに味方することはないの。」


「ほう、それは大層なことだ。


 だが、お前らを救ってくれるはずの勇者が今や文明連合の味方になったんだぜ。

 これは、どういうことだ?」


魔人の質問に雅楽は口を閉ざした。

あきらかに勝ち誇った表情に転じた魔人は彼女に宣告する。


「もともとあいつの行動には謎が多かった。

 敵だった俺たちから見てもあいつは本当に人間の味方なのか?」


「そんなことないっ!」


「違うというのか?」


彼は苦し紛れの反論を一蹴した。

でっぷりとした腹を突き出し、翼の生えた悪魔は両手を大きく広げてみせる。

そして拳を腰に当て、少女を見下ろしながら演説をぶった。


「北米大陸で核貯蔵庫に爆弾を仕掛けたのは、あれはなんだ。

 まるで味方を攻撃するようなものじゃなかったのか?


 俺たちの仕業に見せかけて和平派を皆殺しにもしたな?

 偽情報とも言われてるが、いろいろと行動に矛盾があるんじゃないのか?


 自分にとって気に入らない奴を見捨てていくこともあった。

 選ばれし者たちって何度も選び直されてることは知ってるはずだろ?

 役に立たない仲間は死んでる訳だ。」


雅楽は床に流れる自分の血を見ながら唇をかんだ。

少し考えて反論をした。


「勇者にもできることとできないことがある。

 あの人だって必死に大勢の人を守ろうとしているの。」


「そうだよな。

 役立たずや自分に都合の悪い連中を見捨ててる訳じゃない。

 あいつが助けられなかった人間が、偶然、たまたま、本当に仕方なくそういう人間だったんだ。」


魔人は腰を下ろして雅楽の顔を間近で見ながら続ける。

その表情は、少し寂しい色を帯びている。


「とんでもない悪党に目を着けられちまったのさ。


 …強い奴には逆らえない。

 どんな悪人だと気付いても今更、大魔王や勇者を、連中をどうこうする力なんかないじゃないか。

 俺たちに何ができる?


 なあ。

 何ができるよ?」




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