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第24話(後編下)




「うっごぉ…。

 おえっ…、おえっ…。」


今ちょうど胸元を大きなミミズが這っている。

張りのある掃部の乳房の隙間を虫たちが移動する度にスキンスーツが波打つ。


他にも尻の間、指の隙間、鼻の中、耳の穴…。

あらゆる自由を怪蟲たちに支配され、戦車を操縦する部品となった掃部。

裏切り者には相応しい結末だ。


「やだ、もうやだ。

 たすけて、ゆるしてー。」


何度、そんな台詞を吐いた?

罪を重ね続けた悪女にとって、言い慣れたセリフだろう。

きっと何も考えて無くても反射的に口にする与太事だ。


逆に勇者、風間三五夜は許しなど請わない。

自分が正義であり、弱い者の味方だと一貫して主張している。


もう彼女の中の価値観が壊れているのか、そこまで彼女を決心させるほど、この世界が邪悪なのか。

それは異世界人である彼女にしか分からない。


もしこの世界の人間に罪があるとすれば、自分たちだけで戦わず異世界からの勇者に全てを委ね、押し付けたことだ。


偏見や差別かも知れないが異なる環境で育った人間なら価値観が違っても不思議ではない。

もっと異世界から来た勇者に注意を払うべきだったのだ。

彼女の口にする正義や弱い者の味方とは、自分たちと果たして同質のものか鑑定するべきだったのだ。


今となっては遅すぎる。

この世界の人間は、自分たちの堕落と怠慢のツケを十分以上に払って貰うしかない。


最後の希望、呪われし者たちが戦う今も、誰一人として手を貸さない。

三五夜の言う通り、この世界の人間は、滅びるべくして滅びる。


今も地球上のあちこちでクーデターや裏切り、暴力が繰り返されているだろう。

雅楽の祈りは誰にも届かない。




「さあ!

 助けを呼んでみろよ。

 だぁ~れも来てくれやしないけどな。」


終わってるよ、お前ら。


三五夜は怒っている。

ヘラヘラと人を食った調子だが、この世界の腐敗に心底、嫌気がさした。


彼女だって全能で完全な正義ではない。

だが真剣にこの世界を救うはずだった彼女以上に怒る権利など誰にもない。


「回復アイテムの時間だ。」


三五夜はそういった。


途端に北京は千切れた両腕でアップルパイを自分の口に投げ込んだ。

何処からパイを出したのかも分からない。


「ぶっ!?」


北京も死んだ。

ヴァイドと同様にパイを口にしたのに回復せずに死んだ。


「ど、どういうことだ?」


軍記は訳が分からない。


大魔王と戦った時、確かにパイは回復効果があった。

それとも大魔王戦で使ったパイだけが偶然、毒入りではなかったとでも?


「…純粋数学魔法?」


大魔王の攻撃を軍記は思い出した。

高度な魔法攻撃は生物に限らず、空間や物質の性質にも干渉できる。

大魔王に等しい能力を持つ勇者なら、そういった魔法も使用できるのかも知れない。


「くそっ!

 回復効果のある道具を攻撃用のアイテムに変質させたというのか!?」


軍記はカバンを開いた。

だが、さっきまで残っていたハズのパイがない。


いや、正確には入っているのだろう。

だが、それを認識することができないのだ。


「しまった。

 絶対安全コインを離した隙に、俺の脳が…!」


パイとパイ以外の道具の違いを認識できない。

おまけに捨てることも使うこともできない。

絶対安全コインすら見分けが着かない。


狂狂金剛界マッドマニアクス。」


三五夜の攻撃魔法。

しかし、見た目には何も起こらない。


「な、なにをした!?」


軍記が震える声で三五夜に訊ねる。

だが、三五夜は「くっくっく…。」と笑うだけだ。


「…まさかっ!」


軍記が雅楽の方を見るとパイを食べる瞬間だった。


「止めろ、雅楽ッ!!」


震える身体をいなし軍記は雅楽に駆け寄るが、一歩及ばず、彼女はパイを食べてしまう。


「うっぶ!!」


青白く顔色を変色させ、耳から黒い血を吐いて雅楽も倒れた。

全身から蛆が湧き、攻撃用に住まわせていた怪蟲たちも死に絶えていく。


あまりのおぞましさに軍記は目を背けた。


地獄のような光景が広がっている。

幼くキレイな女の子の死体が暗色の蟲たちの群れに覆われ、今、死んでいく。


これが魔法界が女の子に与えた世界を救う力か。

あまりに醜く、おぞましい…。


その結果がこんな悲惨な姿で実を結ぶとは。


「…た、頼む。

 やめてくれ、三五夜。」


軍記は勇者に向き直って、そういった。


「命乞いか?」


「俺たちがお前に逆らうのが邪魔なら殺してくれ。

 でも、この世界の人間をこれ以上、殺しても何にもならないぞ!」


軍記の言葉に勇者は肩をすくめた。

そして冷笑的に答える。


「世界の危機だっていうのに助け合わずにいる連中だぜ?」


「それでもお前にその権利はないっ!」


「違う!」


三五夜は初めて激しい怒りを露わにした。

彼女は続ける。


「僕にこの世界の人間を殺す権利を与えたのは、お前らだ。

 この世界の人間だよッ。


 さんざん悪魔どもと手を結んだ人間を僕に殺させた!

 その挙句に僕を、殺させた連中が死神と呼ぶッ!!


 …いい加減にして欲しいな…。」


勇者の槍が軍記の両脚を跳ね飛ばす。

ダルマ落しのように軍記は地面に倒れ落ちる。


「おっ、ごほっ!」


人間無骨の鋭い刃先がソフトクリームのように軍記の足を切断した。

その上に倒れ込んだ軍記は激痛の中で悶える。


「あああ~ッ!!」


同じころ、暴走する蟲たちに食われ、掃部はおぞましい死体に変わっていた。

戦車の中で怪蟲たちは1年は共喰いしながら生き続けるだろう。

誰も戦車のハッチを開けない限りは。


…まあ、近代戦車のハッチを気紛れに子供が開けるのは無理だから要らぬ心配だが。


「手順は普通と違うけど、僕はこの世界を平和にしてみせる。

 邪悪な世界には、邪悪なヒーローが必要なんだ。」


黄金仮面の中で自嘲するような勇者の声がした。

しかし軍記には聞こえていない。


「るうあああ~!」


「パーティは全滅した。」


勇者の槍が軍記の頭を貫いた。




勇者、風間三五夜を支配者として地球は新しく蘇った。


彼女は悪のある限り、戦い続けるだろう。

彼女にとって都合の悪いことに、悪はなくならないだろう。


黒い正義が振りかざされ、多くの人々は口を噤む。


規律正しく勇者と呪われし者たちの隊列が地上を進む。

終わることなくパーティは戦いを続け、勇者に従う者だけが生き残る。


きっと清い世界が生まれるだろう。

そのために邪悪な血を抜き取る限り。


そう。

永遠に。




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