第24話(前編下)
「おい、お前!
何をしている!?」
一人の悪魔が大荷物を抱えた悪魔を呼び止める。
声を掛けられた悪魔は、一瞬立ち止まったがすぐに走り去ろうとした。
「おい、待て…っ!?」
逃げ出した悪魔をさらに呼び止める。
その声をかけた悪魔を別の悪魔が撃ち殺した。
物資の強奪だ。
秩序の崩壊した東京大要塞は破壊と暴力が支配する世界となった。
そして、ここが今の地球の政府の全ての情報が集まる場所だ。
ここの崩壊は、文明社会の崩壊を意味する。
「おい、情報省は応答せよ。
誰かいないのかー!」
各地から通信が入ってきているが答える者はいない。
ただ親切な悪魔が、大魔王が死んだことを発表してしまったらしい。
世界中で再び文明連合と人間たちの争いが再燃するだろう。
文明連合最高評議会や軍部は、新たな命令を発信しようと試みた。
だが、そのための情報を管理する部署がストップしているのだから、打つ手は限られている。
全ては情報局長官であるポオが文明連合を実質支配するためにあらゆる政治機能を自分に集めた結果だ。
彼が死んだ今、権力の空白と共に文明連合は思考停止状態にある。
「ただちに命令系統の再編を。」
「大魔王陛下の無事が確認されたらどうする?」
「バカな、あの方が生きていれば社会機構がストップするものか!」
緊急取集された閣僚が青筋立てて論争を繰り返している。
裏切りか、忠誠か。
大魔王の死が確認できない以上、迂闊な行動は命取りだ。
それでも確かめる術が今はない。
「議長、議長権限で採択を!」
「閣下ーっ!!」
その場に一人の魔人が飛び込んで来た。
挨拶もせず、息を切らせて肩を上下させている。
「なんだ、どうしたというのだ!?」
閣議室に飛び込んで来た魔人が震える身体を必死に抑え、気力を振り絞って発言する。
「ぐ、軍が…、将軍たちが動き出しましたっ。
ここに向かってきます!」
「なんだと!」
「バカバカしいっ!
ここを制圧できるだけの兵力を動かす時間が、今まであったというかッ!?」
閣僚たちはにわかには信じなかった。
だが、飛び込んで来た魔人は続ける。
「クーデターですっ。
早く逃げてくださいっ!」
ふざけるな。
議長と呼ばれた如何にも偉そうな悪魔が椅子から飛び上がるように立ち上がった。
「こんな時に、守旧派と我々が争ってどうなるというのだ!?
どけぇい!!」
「議長!?」
他の閣僚たちを押しのけて議長は進む。
既に外では迷彩服の悪魔たちが官邸に向かって突進してくる。
こちらからは衛兵たちがクーデター派の兵士たちに飛びかかり、サーベルを振りかざす。
「どけ!」
議長がそういって衛兵たちを掻き別ける。
背中をむんずと掴むと力任せになぎ倒し、前に進んでいく。
すぐにクーデター派の部隊を指揮する将校が議長に気付く。
「待てーい!
ドリス議長閣下であるぞ、攻撃をやめーいっ!!」
「議長だ!」
「議長、我々の要求を受け入れていただきたいっ!」
「議長~!!」
なんと単純なやつらか。
金で転んだ将軍共にそそのかされたか。
人間を裏切る人間がいるように、悪魔を裏切る悪魔もおろう。
将軍たちめ、人間と結託して何を企むか!
議長は威厳をもって声を張った。
「どけ、若造共!」
国家の重鎮、元老の言葉に兵士たちが委縮する。
武器を持たないたった一人の悪魔が武装したクーデター部隊の間を通り過ぎていく。
「クーデターは失敗した!」
「議長と大臣たちを拘束できなかっただと!?」
クーデター部隊の指揮官たちが集まる一室。
若い軍人たちが大慌てで取り乱し、顔色が青くなったり赤くなったりした。
一番、高い地位にあると思われる悪魔がいった。
「自決せよ!」
部屋はすぐに死体の山になった。
だが、自決を命じた将軍だけは部屋から逃げ出した。
軍の施設だろうか?
何処か分からないが古ぼけた森の中の邸から将軍は抜け出すと外で待っていた車で逃走した。
こんな調子であちこちで血生臭い騒動が起った。
おまけにここまで生き延びた連中だ。
裏切りも教唆も手慣れている。
すっかり地球上に信頼できる者は誰もいなくなった。
大魔王を倒せば、世の中が良くなるどころか、世界中のこういったのっぴきならない厄介者を抑え込む実力者が倒れて、かえって混乱の度合いを加速させる結果となった訳だ。
邪悪だが有能な人材だったのだ、ポオは。
それでも大魔王は、その力にかこつけて、この戦争を起こした。
批判する者は尽きないだろうが、奴が死ぬべきだったことは、今更、考え直す必要はないだろう。
大魔王の死から2日経った。
三五夜が新しい選ばれし者を6名選出したことを虎仙たちは噂で知った。
選ばれし者というシステムは、勇者に選ばれた6名だけは絶対に死なないというものだ。
にも拘わらず、最初期のメンバーで生き残っている者はいない。
少なくとも高森掃部が仲間になった時、他に4人いたが全員、今日までに死んでいる。
今では掃部が最古参ということになる。
それでも掃部は三五夜を批判することはなかった。
なぜなら、殺されたメンバーはすべて人間的に問題があったからだ。
通俗的な言い方をすれば善人ではなかった。
勇者の仲間ということを利用して私欲を肥やそうとしたり、三五夜を裏切ろうとした。
だから掃部は三五夜の行動に納得していた。
しかし今思い返せば、三五夜は独善的だった。
そもそも誰も彼女に反論できないのだから処断は一方的に繰り返された。
時には仲間だけでなく、政治的信条の違いから他の抵抗組織を壊滅するように仕向けたこともあった。
最悪の場合、仕向けるだけでなく、自分の手で直接、指導者や幹部を殺すこともあった。
これまで掃部は全面的に三五夜を肯定してきたが、それは逃避だったと思うようになった。
やはり、軍記のいうように初めから三五夜は完全な善人ではなかった。
「ああっ。」
貫くような刺激に全身を震わせ、たまらず声をあげる。
弓なりに背中を逆に反らせ、背骨が折れんばかりに身をよじった。
掃部は多幸感と疲労でベッドに倒れた。
「ああっ。
…あ、ああ~…。」
光を失った暗い目で掃部は壁のシミを見ている。
このまま快楽の中で死んで行けるならどんなに気が楽か。
なんとなく気怠さの中で掃部は、かつての同じ秘密戦隊の仲間たちを思い出した。
大罪戦隊ハンザイシャー。
爆弾魔に詐欺師、密輸犯などと全員が元犯罪者という異色の秘密戦隊だ。
全員がそれぞれの特技を認められ、罪の帳消しと交換条件で秘密戦隊に所属していた。
普通なら毛嫌いされる集団だが、本当に秘密戦隊っていうのは正義の味方だ。
他の秘密戦隊は、ハンザイジャーを色眼鏡で見る事無く同じ秘密戦隊のひとつとして受け入れてくれた。
でも、ダメなんだよ。
そういう風に信頼されると私たち、犯罪者はうずいちまう。
良い人たちだな、では済まない。
こいつら旨い事、騙してやれないかと考えてしまう。
少なくとも掃部はそう考えていたし、実行した。
「…。」
激しい運動を済ませた後の虎仙がぐったりしているのを掃部は確認した。
若いっていうのになってない。
でも、今回は好都合。
「ごおッ!?」
喉を貫き、頚椎を砕く大精霊剣の鋭さ。
刃の冷たさと溢れる血の熱を感じながら虎仙は死んでいった。
正確に頚椎を貫いた身体は、反撃する間もなかった。
剣を引き抜く。
すると支えを失った頭がぐりんと胸にまで垂れ下がった。
まるで金玉だな。
首の皮だけで繋がっている虎仙の首は情けなくぶらぶらと左右に揺れてやがる。
掃部は取り敢えずシャワー室に駆けこんだ。
虎仙をこっちに引き込むことも考えた。
でも、相手は根っからのお人好しだし、自分がそこまで利口とは勘違いしてない。
形を保ったまま、ぷりんと前に突き出した乳房に着いた血の滑りを取る。
身体を洗っていると背中にまで滑りを感じて血潮の激しさを知った。
「…。」
できれば雅楽はそっと殺してやりたいが。
いや、カッコつけるのは止めよう。
連中の首を土産に三五夜に取り入るしかない。
ああ、本当にこの女は馬鹿なんだ。
どう考えても勇者、風間は交渉の通じる相手ではないだろうに。
あるいは、そう思い込まなければ精神が保てないのだろう。
「やっと見つけた!」
軍記は東京大要塞で聖将ヴァイドを見つけた。
要塞が正常に機能している間も探していたが、誰に探りを入れても見つからない。
結局、要塞から誰もいなくなってから探し回っていたのだ。
「…君は、西村軍記か?」
「大魔王は死んだ。
次の敵は、勇者こと風間三五夜だ。」
軍記の目は真っ赤だった。
ヴァイドはそれを見て、何か思うところがあったのだろう。
我が事のように唇を噛み、目を伏せた。
「そうか。
…仲間である君らにとっても勇者が敵だと認めざるを得ない事態という事か。」
「もう、誰が信頼できる仲間なのか分からない。」
軍記はそういって檻の鍵を使って扉を開ける。
ヴァイドは手錠の穴を軍記に差し向けて言う。
「お互いに高い代償を払わされたな。」
「ああ。
でも、幸運なことにまだ手遅れじゃない。
打つ手は、あるさ。」
手錠を外されたヴァイドは自分の手首をさすった。
浮かない表情で軍記の言葉を返す。
「打つ手はまだあるか。
…そう信じたいものだな。」
ヴァイドは、すこし頼りない足取りで立ち上がると檻を出た。
軍記は戸惑っていた。
さすがに十二神将の長でも、長く檻の中では実力が衰えているかも…。
そんな不安を察したのかヴァイドが先手を打つように言う。
「大丈夫だ。
三五夜は私にとっても許せない裏切り者だ。
憎しみは剣を鈍らせるが、奴への義憤が私の身体を支えてくれていた。」
「…貴方の武器だが。」
そういって軍記が二振りの剣を取り出した。
「剣が2本ある。
どちらかが貴方の物だと思うが…。」
「如何にも。
その二振りとも私の剣だ。」
ヴァイドはそういって軍記から受け取ると腰に二振りの剣を吊った。
「ところで戦力を増強させるなら心当たりがある。」
「…実は俺も。」
軍記とヴァイドはお互いの顔を見て笑った。
部屋を出た掃部の恰好はラフな上着にテカテカと光るいやらしい蛍光グリーンのパンツ一丁だ。
しかも布地が凄く少ない。
変質者と思われるかも知れないが、これが仕事着だ。
下手にボトムズを穿くと動き難くてかなわない。
ベッド際の殺人鬼、交際相手専門の殺人犯、女テッドバンディ、それが掃部という女の本性だ。
「北京、軍記は?」
ホテルの部屋割りは、虎仙と掃部が二人で、北京、軍記、雅楽が三人で同室だ。
だから運の悪いことに北京と雅楽は常に一緒にいることが多い。
「掃部カ。
…何カ用カ?」
「あー、ちっとね。」
そういって掃部が部屋に入り、雅楽を探す。
いないなら好都合だ。
そう思っていると北京が鋭い口調でいった。
「血ノ臭イハゴマカセナイゾ。」
掃部は素早く反応した。
だが、それでも用意していた北京の方が早かった。
「いっ!」
北京が掃部の利き手を押さえる。
同時に掃部の鼻の穴から青緑の回虫が這い出して来る。
「げぇあっぐうっ!?」
目を背けたくなる光景に、さすがの北京も目を細めた。
だが、雅楽は怒りを込めて掃部を苦しめる。
よくも虎仙を!
「血の臭いって、本当?」
涙をこらえながら雅楽が北京に訊ねる。
北京は掃部を床に抑え付け、馬乗りになってから答える。
「イヤ。
掃部モソコマデ馬鹿デハナイ。
ダガ、アレダケ露骨ニ殺気ヲ放ッテイテハ隠シ通セルモノデハナイ。
アレハ”カマ”ヲカケテミタダケダ。」
犯罪者の思考は単純だ。
彼らは犯罪という異常な行動は、常に他人から予測されていないと思い込む。
だから自分たちの犯行は上手くいくと信じ込む。
軍記は既に作戦を授けていた。
掃部が一人で部屋を訊ねたら容赦するな。
虎仙には悪いことをしたが、話しても協力的になって貰えなかったろう。
「そうか。」
雅楽と北京の話を聞いて、軍記は短くそう答えた。
「掃部に何をした?」
ベッドの上に腰かけながら掃部はボーっとしている。
雅楽が怒りと悲しみの入り混じった凄まじい表情で答える。
「虫を入れて…。
…私の言い成りになるように…、した。」
「虎仙は?」
「確認シテキタ。
喉ヲ剣デ突キ刺サレテ死ンデイタ。」
北京が自分の喉に親指を指して、そう答える。
軍記は憎しみと憐れみを半分半分の表情で掃部を見た。
結局、この女は自分を信じる人間を裏切ることで得すると思い込んで生きて来た訳か。
「その結果がゾンビ蜂の毒で操り人形とはな。」
ヴァイドは信じられないという表情だ。
一度は三五夜や彼らと行動を共にしていた彼だが、随分と何もかも変わった。
彼の知る掃部は虎仙と恋人に見えたし、こんな風になるとは思えなかった。
雅楽ももっと笑う純真な女の子で、秘密警察めいて拷問器具を扱う様に怪蟲を操るような子ではなかった。
「君らだけでも助からないものか。
まだ子供ではないか。」
「それは無理でしょう。
三五夜にとって俺たちは力を持ち過ぎている。」
軍記はモップ頭を掻きむしって掃部と反対側のベッドに倒れた。
「…ちょっと何も訊かないでください。」
「ああ、すまない。」
ヴァイドはそういって礼儀正しく上体を倒して礼をした。
それから雅楽をなだめてから、半死人になった掃部をソファーに移した。
「北京といったかな?
私に着いて来てくれ。」
「オウ。」
国会議事堂。
2年前ぐらいの爆撃で半壊しているが、雨風はしのげる。
「取り敢えず地球の人口を30億人まで減らすぜ。
今、人間と悪魔を合わせて100億人ぐらいいるよね。」
三五夜は、独り言で言っている。
部屋の片隅には血塗れのバッテリーと通信機材が並んでいる。
外のアンテナが無差別にチャンネルを選んで放送しているらしい。
実に壮大で手の込んだ独り言配信だ。
「今日1日でだ。
最終的にこの地球の人口を100万人にしたい。
確か近親交配を避けて人間が生活すると200人で2000年ぐらいしか持たないんだっけ?
なら1万人もいれば生物としては人間は絶滅しない訳だから、これって優しさなんだぜ。
それに近代的な文明を維持するには20億人は要るって話だけど、もう文明は要らない。
中世みたいに暮らしな。
僕の目の届く範囲で善良で真面目な人たちだけの世界を作ろう。」




