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第24話(前編上)




― The Hero Strikes Back ! ―

最終回「勇者との戦い」




大魔王ポオ・グアイ=ヌンタークに支配された悪魔たち、高度知性文明連合が地球に飛来。

それを端に発した両陣営の戦争は終わることなく苛烈を極め、被害だけが拡大していた。

そこに現れた異世界からの勇者、風間三五夜は人類に希望を与えた。


ところが彼女は敵側に転向し、逆に人類の敵になった。

それでも多くの人々が、それは敵を欺く作戦だと信じていたが…。


「僕と一緒に戦って欲しい。

 共に世界を救おう。


 くっくっく…。

 君たちにそう声をかけて回ったのが僕だったね。」


大魔王を倒した選ばれし者たちの前に映し出されたスクリーンに登場した勇者。

彼女はかつての仲間たちに公然と殺害予告をする。


腰までの長い黒髪。角縁のメガネ。

そして嘲笑的な笑みを浮かべた表情。

ほんの数週間前まで行動を共にしていた勇者だった。


「の、三五夜…。」


掃部は血の気が引いた顔で目の前のモニターを見ている。

雅楽は足が震えて、膝をついて床に倒れている。


完全なる離別を宣言した勇者は、絶望に打ちひしがれる仲間たちをさらに煽るように告げる。


「いや、少し話していいかな。

 きっと納得させられるから。


 僕は異世界からこの世界にやって来た。

 あー…。

 だから正直いってこの世界には何の愛着もないんだ。」


まるで反応を楽しむように彼女は全員の顔を見渡す。

双方向通信のようだ。


「最初はちょっとおかしいと思ったんだ。

 次に段々とむかっ腹が立って来た。

 結論としてこの世界の連中は僕がもともといた世界に比べるとクズだって気付いたのさ。


 …おっと…!

 パンツからお尻がはみ出た。」


勇者の姿が画面から消える。

どうやら下着が尻の頬からズレてしまったらしい。


イカれてる。

言ってみれば俺たちは、勇者を擁護できる最後の仲間だ。

それを前にして、ふざけ過ぎだ。


いや、もう擁護者など必要でない。

大魔王に匹敵する強大な戦闘力を持つ勇者に対抗できる戦力はない。

彼女を非難し、排斥できる者は地球上に存在し得ないんだから。


「三五夜。

 どういうつもりだ?」


軍記が精一杯の声を振り絞った。

それでも唇が震えている。


「…いうことにしたから。

 じゃあ、切るね。

 バイバーイ。」


画面が暗転した。

勇者が通信を切ったんだろう。

恐らく下着を直しながら話していたんだろうが、マイクが拾っていなかったらしい。


ともかく、そんなことはどうでもいい。

勇者が東京に戻って来る。

それも自分に対抗できる最後の敵として自分たちを見做し、抹殺するつもりだ。


「ど、どーしよー!?」


泣き叫びながら掃部が大声を上げた。

雅楽は耳を塞ぎ、顔を伏せている。

虎仙もずっと首を左右に振っている。


「…三五夜は、自分に対抗できる敵を全て抹殺し、独裁者になろうとしている。

 俺たちはあいつにとって、最後の敵というわけだ。」


「戦ウシカナイノカ?」


北京がいう。

彼だけはこの事態にそれほど驚きを感じていない様だ。


「分からないっ!

 なんで、なんでぇーっ!!」


掃部は雅楽に抱き着いて変身を解除する。

フルフェイスヘルメットと黄色のスキンスーツから黄色のパーカーとホットパンツに戻った。


あまりの動揺ぶりに雅楽の方が怖がり始めている。

金切り声を上げ、ひたすら足をバタつかせながら雅楽にしっかりとしがみ付いている。


仕方ない。

雅楽は黄土色のムカデを魔法で取り出すと掃部の耳の穴に落とした。


「ぎゃーう、あうっ!?」


しばらく掃部は苦しんでいたが、すぐに意識を失った。

錯乱した人間を落ち着かせる蟲魔法なのだろうが、おぞましいことだ。


「なんだ、今のは。」


「心配ないよ。

 ただの気持ちを落ち着かせるための魔法だから。」


虎仙が心配そうな表情で雅楽に訊ねた。

雅楽は平然と答えているが、子供は本当に時々、恐ろしいことをさらっとやり腐る。

そう思って虎仙は、腕を組んで体を震わせた。


「バラバラニ逃ゲヨウ。

 勇者ト戦ッテ勝テルハズガナイヨ。」


北京が軍記にそう提案した。

確かに一つの手ではある。


勝ち目のない敵、しかも勝っても戦略上の意味を見出せない敵だ。

勇者を失えば、今以上に世界は混乱に陥るかも知れない。


「確かにそれも一つの手だが、ここまで来たらまとまって戦うことを提案する。」


軍記は仲間を前に演説をぶった。


「こうなったら力ずくで人間だけじゃなく悪魔からも仲間を集めよう。

 勇者を倒さなければ自分たちが危ないんだぞというスローガンを掲げて、団結するんだ。」


「そ、それって嘘つくってこと?」


雅楽がいった。

純真な女の子としては、受け入れがたい話だ。


「嘘…。

 確かに嘘だ。

 だが、一方では事実に変わりつつある。


 何のために勇者は人間を裏切った?

 まだ確定していないが、あいつは自分が独裁者になるために都合の悪い人間側の権力者を排除したかったのさ。


 今のあいつの頭には権力しかない。

 自分を脅かす全ての敵性勢力を排斥して、その上に絶対的な支配権を確立するつもりなんだ。

 そんな奴、許しては置けない。」


「待って!!」


雅楽が立ち上がった。

彼女は真っ直ぐに済んだ瞳で高校生探偵を見て言う。


「三五夜は、まだそんなことしてない!」


「だからなんだ!?」


軍記は、怒鳴った。

正しくはそこまで感情的になってはいなかったが、ほぼ怒鳴っていた。


ここまで来て、仲間同士で意見を争うのは危険だ。

これまでだって勇者に関する考えは一定ではなかった。


「じゃあ、聞くが大魔王ポオはこの宇宙を滅ぼしたのか?

 確かに奴は前いた自分の宇宙を滅ぼした邪悪な魔神さ。


 だが、まだッ!

 …まだ、この宇宙を滅ぼした訳じゃないんだぜ?


 でも殺した!

 俺たちが殺した!!

 それは可能性があったからだ!!」


そうだ!

ここまで来て、勇者が完全に白か黒かなんて、どうでもいい。

仮に俺たちが悪で、あいつが神に遣わされた救世主でも、俺たち自身が殺されるのを待ってる訳にはいかないだろう?


きっと殺されたポオもこんな気持ちだったのかもしれない。

でも、そこまで大人しく殺されなきゃならない理由ってなんだ!?


そこまで俺たちは罪深いのか?

そこまで勇者様ってのは偉いのか!?


「そんなの、おかしいよ…っ!」


雅楽ははらはらと涙を流した。

軍記だって汗と涙をにじませて反論する。


認める訳にはいかない。

殺されても仕方ないのだ、などとは。


「勇者が何だっていうんだっ。

 ただの人間だっ。」


「違う!」


雅楽は叫んだ。


彼女は信じたいのだ。

この宇宙には間違えようのない絶対の正義があり、それを助けるために救いの手を指し伸ばす超常の存在を…。

神々が間違っているはずがない。


「私たちが何か間違ったことをしたのっ。

 だから勇者は…っ。」


「止せーっ!!」


軍記は自分の体重の半分もない雅楽に掴みかかった。

すぐに北京と虎仙が飛びかかって二人を引き離す。


「何考えてる、軍記!」


「ボオオオ!

 落チ着ケ!!」


「はあーっ。

 あああ~…っ。」


軍記も体を震わせながら深く息を吐いた。

考えがまとまらない。


さっきの大魔王の魔法の影響か?

いや、そんなものはとっくに抜けているはずだ。


それともこの判断も、もう冷静じゃない証拠なのか?


「雅楽…。

 皆、俺は探偵として、人殺しも犯罪者も被害者も大勢見て来た。

 だから知ってる。


 この世に満足できる行動原理の人間なんかない。

 心理学なんてうそっぱちだ。


 親を殺されても平気で生きてる奴もいれば、肩がぶつかっただけで人を殺す奴だっている。」


軍記は汗をぬぐった。

そして、息を吐いてわめいた。


「考えろぉっ。

 風間三五夜は、異世界からやって来て、無償で世界を救うヒーローだったんだぞ。

 もともと”異常者”なんだ。


 その行動に常識的な法則なんか見出せるはずがないっ!

 異常者のキチガイだ!」


すぐに虎仙が何も言わずに軍記を殴った。

床に倒れながら、彼は大声を挙げて叫び続ける。


「もともと殺しが好きなだけだったんだよ!

 悪魔でも人間でもいいのさ!

 あいつはおかしいんだーッ!!!」


気が済んだのか、軍記は床に突っ伏して黙り込んだ。


誰もが軍記の意見を否定できる根拠が見つからなかった。

これまで自分たちが正義と信じたのは、異世界から神に選ばれた勇者が隣に立っていたからだ。


だが勇者を敵にして初めて考える。

彼女は本当に正義なのか?




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