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第23話(後編下)




「3+3を みて いると あきないよ。

 この 6にんは と゛うして なんの ために あつまったんた゛ろう?」


大魔王の次なる攻撃。

今度は選ばれし者たちだけでなく、空間そのものが不安定になっているのがハッキリと分かる。


基本的にはさっきと同じ、魔法を使う前と後は完全に等号()で結ばれる。

だが数学的な破壊をもって攻撃範囲にある全ての物にダメージが与えられているはずだ。


「さあ、アップルパイを食べるんだ。」


絶対安全コインを握っていた軍記がそういってパイを取り出して仲間たちに食べさせている。


何をバカな。

それは回復アイテムか?

ふふん、無意味なことを。


今の攻撃魔法は貴様らだけでなく私を中心に広範囲の生物、無生物の機能を数式的に破壊した。

どんな魔法も道具も意味をなさん。

それらは見た目は同じ物だが、もう同じ機能を果たさない。


「!?」


待て、なぜ動ける!?


大魔王は遅まきながら正常に判断し、行動している軍記に気付いた。

そして、彼の仲間たちも難なく蘇生した。


「勇者のアップルパイはお前の魔法ではダメージを受けないみたいだなっ!」


虎仙がいった。


バカな!

次元構造を崩壊させるほどの魔法だぞ。

パイが万一、無事でもお前らの身体が無事であるはずがない。


「あ、 ありえない。」


大魔王は目を見開いて動揺した。

どんな魔法の道具か知らないが、時間を部分的にさかのぼりでもしない限り、この攻撃からは逃れられない!


「気を着けて!

 この部屋全体の次元の構造が壊れてるみたいっ!」


雅楽がそう言って仲間に警戒を呼び掛けた。

といっても、何を気を着ければいいのか分からないが…。


ちょう し゛ゅんすい(スーパーピュア) すうがく(マスマティック) まほう(グリモワール)。」


このままでは次元構造の崩壊に巻き込まれてこっちまで突然死する可能性がある。

ひとまず全てを元に戻す。


大魔王の魔法により、狂った時空間が元に戻る。

もっとも戻ると言っても物理的には変化しないのだが…。


「ははは…。」


軍記は恐怖しながら笑った。


絶対安全コインは完全に機能している。

どんな魔法で作られているのか全く想像もつかないが、神の御業という他ない。


そして勇者の作ったアップルパイ。

おそらく勇者が前にいた世界は、大魔王の使う高等魔法、不可逆的攻撃属性すら対応できる魔法水準レベルにまで発展していたのだろう。

通りで勇者に選ばれし者は死なない訳だ。


あいつにとって台所のお菓子作り感覚で次元を崩壊させる攻撃魔法にさえ対応できる訳だ。

強さのレベルが違い過ぎる!


「三五夜、お前は俺たちの味方だったんだな。

 全てお前の作戦だったということか。」


軍記は目を閉じて複雑な感情を飲み込むように首を振った。


疑って悪かった。

お前にはやはり何か考えがあったんだな。


この戦法は、二人以上ではないと実行できない。

それに幾らお前の攻撃力でもパイの数が足らな過ぎる。

大魔王を俺たちに倒させることが折り込み済みだった訳だ。


再び選ばれし者たちの総攻撃!


今度こそ肉体が消し飛び、大魔王は影も形もなく消滅した。

…したかに思われた。


だが、眩しい閃光と共に深い闇が部屋の中心に集まって暗い魂の揺り篭を作った。

我々の科学では理解を超えているが、固形化した闇と光りに包まれて大魔王は話す。


「これ いし゛ょうは もう よすことた゛。

 わたしも これ いし゛ょうの まほうを つかいたくない。」


「負け惜しみかよ!」


虎仙が勝ち誇るようにいった。

掃部も続く。


「やーい、やーい!」


「は゛かめっ!」


大魔王の金色に輝く瞳が燃え上がる。

真剣な瞳の色に説得力を与えようと彼は必死で訴える。


「きょうた゛いすき゛る わたしの ちからは

 ふかき゛ゃくてきな せいしつに そ゛くしているのた゛!


 ほんとうの ちからを はなては゛ せかいとて

 ふ゛し゛を ほしょうて゛きないっ!!


 つみなき ひとひ゛とを まきそ゛えに する きか?」


「お前が言うな!」


「サイテー!」


虎仙と掃部が大魔王に食って掛かる。

だが、雅楽だけは違う反応を示した。


「大魔王の言っていることは本当だよ。

 傷ついた彼が不完全な魔法を使えば、さっきまでのようにコントロールできないかも!」


「わかったかっ!?

 ゆうしゃ かさ゛まか゛ わたしとの たたかいを さけた いみか゛ これた゛。


 せかいを きけんに さらす ことは あるまい。

 わたしと きょうそ゛んする しゃかいを つくろうて゛は ないか。」


「その必要はない。」


軍記が毅然と断った。

なおも続ける。


「ここにお前を倒す道筋を勇者は残していった。

 あいつはお前と共存する社会など望んではいない。」


「うそた゛!

 さっさと わたしの まえから きえろ!

 そして すへ゛てを わすれ、 たのしく おかしく くらすか゛ いい!!」


「黙れ!

 世界を危険にさらしたくないなら、反撃せずに死ね!!」


軍記の冷たい言葉に大魔王は身じろいだ。

徐々に威厳は失われ、ただでさえ弱々しい声がもっと小さくなる。


「ころさないて゛…。」


「ふざけんなーッ!」


虎仙のナイフが大魔王の瞳を貫く。

すぐに新しい瞳が闇と光りの結晶体に浮かび上がる。

そこにスチームライフルと昆虫たちの大群が襲いかかった。


「しにたくないーっ!」


身をよじって声をあげる大魔王に北京の頭突きが炸裂する。


それは、世界に空いた穴の様だった。

攻撃を受けてボロボロになった大魔王のいた空間が闇と光りに包まれて流動している。

邪悪な魂がこの時空にしがみ付き、放すまいとしているのが分かる。


時に人は自分で命を捨てることがある。

だが、大魔王は必死に生きようとしている。

きっと彼を襲う苦痛を考えれば、その必死さは間違いなく本心だろう。


「あひっ あいっ いたいーっ!

 く゛あああーっ!!」


それが自己愛なのか、奴の主張するように自分が生き延びたことへの償いなのかは分からない。


だが、俺たちにとってはどうでもいい。

邪悪な悪魔で、世界を破壊する危険な魔法を使う敵だ。

いよいよ生かしておく理由がない。


そうか。

だが、私も死ぬわけにはいかない。


両者の無言の決意が交差する。

大魔王の攻撃が始まった。


「…5、5-1はね。

 5にん かそ゛くの おんなのこか゛ およめさんに なるんた゛よ。」


今度の魔法は物理的な現象を伴うものだった。

数学的破壊行為が初めて可視化可能な破壊を誘発した帰結といえよう!


東京が砂になり、地球が一瞬で蒸発した。

太陽系を中心に光が集まっていく。


「うわー!」


軍記だけが、絶対安全コインだけが攻撃を跳ね返している。

強大な破壊力に導かれ、大魔王自身も弱っていくのが彼には分かる。


「あああっ!

 な、なんなんだー!!

 これはー!!」


軍記は必死にコインを掴んだ。


神様ーっ!


頭の中にはその言葉しか浮かばない。

神がもし数式で表せるのだとすれば、たいしたものだ。

絶対安全コインすら大魔王の超純粋数学魔法を防ぎきれなかったのかも知れない。


だが、軍記が目を覚ますと元の大魔王の間に戻っていた。

恐らく大魔王が物理的な破壊現象だけを再生したのだろう。


軍記は絶対安全コインをポケットにしまった。


大魔王を倒し、仲間たちにパイを食べさせる。

それが自分の役目だ。


「やめて…。」


大魔王は弱々しい声で言った。

軍記は数学的破壊現象で攻撃を受ける以前とは別のモノになった掃部の手からスチームライフルを奪いとった。


「ぐあ…か!ぱっ ぴぷれ…!?」


掃部だったモノは何か言っている。

軍記は目を逸らし、ライフルを大魔王に向けた。


重い。

大魔王がまともに動けば、軍記の技量では命中させられないだろう。


「たのむ…。

 もう いいから。」


大魔王がぼそりとそういった。

しかし次に取り消すように反対のことを口にする。


「まて、 やめてっ。」


人を殺していい理由なんか、何処にあるんだろう。

その資格がお前にあるのか西村軍記。


彼はそんな自問自答はしなかった。

そんな哲学は無意味だと散々、犯罪から学んで来たのだ。




「かんしゃを。


 これて゛ わたしも おわりた゛。


 す゛っと くるしかった。

 ひとり いきのひ゛た わたしか゛ しんて゛は いけないと おもって ひっしに いきて きた。


 た゛か゛、 みなの いのちと ひきかえに

 いきのひ゛た わたしに その しかくか゛ はたして あるのた゛ろうか?


 て゛も、いいのた゛。

 きみらの おかけ゛て゛ ひとりほ゛っちて゛ しなす゛に すんた゛。」


スチームライフルが、どんな現象を伴って大魔王の魂を破壊したのかは軍記には分からない。

そもそもあれだけの大魔法の影響がこのライフルにないとは思えない。


ならば、ああ、そうか。


軍記は一人、その推理だけは胸に置いておくことにした。


「2-1=1だ。

 お前が死んで俺たちが生き残る。

 ここに正義はひとつしかない。」


「…1と0て゛は けいさんに ならないた゛ろう…。

 と゛う かんか゛えても さひ゛しい し゛ゃないか…。」


大魔王は消滅した。

それが完全なる死か、それは分からない。

そもそも全てにおいて次元を超えた敵だった。


いや、無粋な推理は止そう。


軍記は倒れた仲間たちにパイを配ると全員を回復させた。


「軍記、大魔王は!?」


虎仙が軍記にしがみ付いて言った。

軍記は無言で頷いた。


「やったー!」


「やたー!!」


虎仙と掃部が抱き合って喜び合う。

勇者がこの場にいないのが気にかかるのか、雅楽は少し複雑な表情だ。


北京は軍記の肩を叩いて、彼を静かに讃えた。




「僕だよ!

 僕だ、弱い者の味方、正義のヒーロー、風間かざま三五夜のぞむだよ。」


大魔王の間の大型スクリーンに通信が入った。


黒い髪、四角い縁眼鏡、セーラー服の女の子が映っている。

背中に黒いマント、手に十文字槍、人間無骨を持っている。


「くっくっく…。

 大魔王よ、死んでしまうとはなさけない!


 あー…。しっかりしてくれよ、ポオ。

 選ばれし者たちを誰一人として殺せてないじゃないか。」


薄い胸、小さい尻、妙にノッポな体型で男に見えるが、列記とした女だ。

だが、仲間たちが驚いたのは、彼女の言葉の内容だ。


「2兆年も生き続けたのに良い事なんか何もなかったんだろうな、こいつ。

 そんな奴の力になってやりたかったんだけど、まさか九州列藩戦線を潰してる間に死にやがった!


 くーっ!

 悲しい話だよ。

 涙がでるね。」


満面の笑みを浮かべて勇者はそういった。

どうやら通信先は九州列藩戦線の基地内らしい。


「僕は弱い奴や可哀そうな奴に手を貸すのが趣味なんでねえ。

 でも、むなしいよ。

 結局はこうして守り切れないものが多過ぎるんだから…。


 ま、可哀そうなポオをよってたかってぶち殺したお前らは死刑だな。


 くっくっく…。

 僕が東京に戻ったら覚悟しておけよ!!」




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