授かりし力と使命
この話は、シリーズ4作目の上級学校の学生の外伝です。
ネタバレになりますので、先に上級学校の学生をお読みください。
よろしくお願いします。
◇◇◇ クレタ・ハッフ・ゴールトン ◇◇◇
僕は夜になっても、イツキ君(神?)より授かったペンをじっと見ていた。
見れば見るほど美しい、青い星形の石が埋め込まれている、黒い木で出来たペンを。
そして執行部部長のエンターと副部長のヨシノリと一緒に、今日の出来事を綴ったノートを開く。
その書き出しは、イツキ君が青い神服を着て、礼拝堂の祭壇に現れたところからだったが、王宮に向かう馬車の中で聞いた、イツキ君のこれまでの経歴はどうするべきだろうか・・・と考える。
そこで、机の上に置いてあるもう1冊のノートに目を向けた。
これは、3人で誓いを立てた後、ヨシノリの能力を確かめに町へ繰り出した時に、新たに購入したものだった。これから多くの出来事を綴っていく予定なので、もう1冊買っておこうと3人でお金を出し合ったのだ。
『2人には申し訳ないが、やはりイツキ君個人に関することも綴っておきたい。我々3人の物語も重要だが、その中心にはイツキ君が居る。そう考えると、イツキ君の物語も必要だ。うん、そうしよう』
しかし、僕に与えられた使命《なお一層勉学に励み、将来のレガート王の師となり助けよ》を果たすためには、家族にある程度のことを話しておかないと、春休みも夏休みも、全てをリバード王子の受験の為に捧げることになる。
もちろんイツキ君から授かったペンのことや、教会で起こった奇跡のことは話せない。それでもバイトも出来ないし、毎年必ず行く家族旅行にも行けない。
下手をしたら、いや恐らく連休で家に帰れる時も、教会で教えることになるだろう。
待てよ……資料はどうしよう……参考書は市販の物でもいいが、問題集は作らねばならない……それも2人分だ……!……のんびりしている時間なんて何処にも無いじゃないか。
これは、今夜からでも計画を練らなければ間に合わない!
ギャーッ!!
「父上、母上、大切なお話があります。僕の部屋まで来ていただけませんか?」
「何だ?改まって……ここでは話せないのか?」
「はい、父上。大切な人の命が懸かっているので」
「はあ?」
両親は怪訝そうな顔をしたが、僕が改まってお願いすることなんて滅多にないので、夕食後に寛いでお茶を飲んでいた2人は、兄や祖母に目配せをして立ち上がり、僕の部屋まで来てくれた。
2人をベッドに座らせて、僕は半分だけ真実を話すことにした。
「実は今日、ある方から依頼を受けたんだ。それは、中級学校に通う、とある伯爵家の子息の、家庭教師をして欲しいという内容だった」
「ほう……伯爵家の子息か。それで何処の伯爵家だ?」
「それを答える前に、約束して欲しいのです。この話を、絶対誰にも話さないと。お婆様にも兄上にもです。約束できなければ、私の命もゴールトン家全員の命も無いかもしれません」
「・・・いや、確かに現役の学生が家庭教師をするのは珍しいし、先方は伯爵家だ。家庭教師を雇ったことは知られたくないだろうが、命まではなあ……」
「フゥ、父上、伯爵家の名前はラシードです。そして僕は、僕と友人とで力を合わせて、ご子息ケン君を今年の上級学校の試験に、合格させねばならないのです」
ラシードという名前を聞いた父上の顔色が変わった。母上は絶句して心配そうに僕の顔を見ている。
「ラシード伯爵家……では側室エバ様の兄上……王家縁の子息。だが、ラシード伯爵は、温厚で評判も良いし、そんな命がどうのこうのと言われる方ではない筈だが」
父上は首を捻りながら、ラシード伯爵の人柄について話し、探るように僕を見る。
「前以て言っておきますが、僕は雇われた訳ではありません。これは・・・そう、僕の将来に関わる大事なことなのです」
「確かに有り難い人脈だ。しかし、無料奉仕なのか?何時教えるんだ?」
「父上、母上、お教えするのは春休み、夏休み、そして外出できる休日全てになると思います。場所はラミル正教会です。そして、そこにもう1人勉強をお教えする方が来られます。その方は、最近魔獣の毒で死にかけ、これからも命を狙われる可能性が高いため、教える方も、教えられる方も命懸けなのです。分かりましたか父上?そんな高貴な方からお金なんて貰えないでしょう?それに、話が漏れたら命が危ないのです」
流石に鈍い父上でも、王宮で働いているのだから、話の内容で察してくれるだろうと思った。すると直ぐに分かったようで、目を見開き固まった。
それはそうだろう。うちは貴族と言っても、領地も持たない、しがない男爵家だ。王様や王子様と接することなど新年の挨拶の時ぐらいだ。それもお声が掛けて頂けるのは子爵様までなので、父上でさえお顔を拝するくらいだ。
その上父上の仕事は経理関係で、経費に関わる精査なので、仕事でも王家の方との接触はない。
「では、今日来られたマサキ公爵のご子息や、エンター伯爵もご一緒に?」
「そうです母上。誰かが漏らせば、彼等の命も危うくするのです」
「「…………」」
両親は顔を見合わせて、困ったことになったと動揺しているようだ。
その気持ちは分かる。僕だって今日の出来事を、まだ信じられないくらいだ。
いきなり王宮の馬車に乗せられ、エバ様やリバード王子に会ったんだ。それより王宮にだって初めて入った。その上、家庭教師を頼まれて……教会に行って奇跡を体験し……イツキ君が……ああぁ……ダメだ~……考え過ぎると現実が受け入れられなくなりそうだ。
「クレタ、話は分かったわ。約束しましょう絶対に話さないと。あなたを危険な目に遇わせられないもの。ただ1つだけ訊かせて欲しいの。この依頼は何処から来たの?」
流石は母上、頭の回転も早いが、抜群に頭がいいだけある。質問の内容が核心をついていて、答えなければ納得しそうにない・・・我が家は、誰も母上には逆らえない。
「はい母上、それは今日僕が質問をした事柄を思い出してください。僕は御会い出来たようです」
母上は午後のことを思い出したようで、にっこりと微笑むと「それは僥倖に恵まれたわね」と言って、礼をとった。
父上は何のことだか判らないようだが、そのままにしておこう。
「午前中お城で、エバ様とラシード伯爵にお会いしました」と父上に言ったので、依頼はラシード伯爵家だと思っただろう。
両親の承諾は得たので、明日は朝から必要なものを買いに行こう。
そう思っていたら、リビングに戻った母上がやって来て「はい、これ」と言って、お金を渡してくれた。
母上には一生敵いそうにないなと思いながら、僕は「ありがとう」と言った。
◇◇◇ ヨシノリ・ビ・マサキ ◇◇◇
いやー、初めて《印》を使って人を視たけど、悪人が纏っている黒い煙みたいな物が視えた時は驚いた。
エンター先輩とクレタ先輩と、《印》の力を確認しようと町に繰り出したのはいいが、始めは何がなんだか判らず、片目で人を見たり、両目でじーっと見たりしたけど、なにも見えなかった。
商店が建ち並ぶ問屋街で、怪しげな動きをしている奴がいるとクレタ先輩が言い出した。先輩はひそひそと声を潜めて、指を指しながら説明を始めた。
「あれは、スリか泥棒かもしれない。ほら、その前を歩いている貴族風の金持ちの、荷物を狙っているんじゃないだろうか」と。
僕はどれどれ、何処のどいつだ?って感じでその男を目で追うと・・・?あれ?その男が黒い煙のような物に包まれていた。
何度視てもその男の周りだけ黒い煙が、もやもやっと体を包んでいる。
『そうか!これだ。これなんだ!悪意ある者を見極めることが出来る能力……間違いない。あの黒い煙だ』
「先輩、間違いありません。僕の目には、彼奴だけ違って視えます」
僕がそう答えると、エンター先輩は嬉しそうに指をボキボキと鳴らし始め、クレタ先輩は狙われている男の前に回り込んだ。エンター先輩は男との距離を詰めていく。
僕だけ置いていかれた感があるが、ここに弓さえあれば、僕だって、僕だって役立てるのに……と思いながら、様子を窺っていると、前に回り込んだクレタ先輩より少し前に、同じように黒い煙を纏っている男が居た。
自分でも驚いたが、気付いたら、その前の男を目で追いながら僕は走っていた。
僕が前の男に近付いたその時、その男が振り返り合図なのか右手を上げた。
後ろの泥棒は、待ってましたとばかりに、狙っていた男の荷物を奪い走り出す。
「泥棒だー!」と叫んだのはエンター先輩で、直ぐに捕まえようと追う。前ではクレタ先輩が振り返り、犯人を挟み撃ちにしようと待っている。
しかし、犯人は挟まれたところで、盗んだ頭位の大きさの荷物を、前方の仲間に放り投げた。
「あっ、仲間が居たのか!」クレタ先輩が叫んでいる。
「チッ、こいつ逃がさないぞ!」と、エンター先輩は犯人を取り押さえる。
僕は仲間の男より早く、その荷物をキャッチした。
そして仲間の男と揉み合いになるが、周りで見ていた町の人たちが加勢に入ってくれた。お陰で2人の犯人を捕まえることができ、暫くして駆け付けてきた警備隊に、身柄を渡して一件落着した。
「悪意ある者を見極める能力恐るべし……しかし、難点にも気付いた」
「難点って何だ?ヨシノリ?」
「はいエンター部長、悪意は分かるけど、何をしようとしているのかが分かりません。今回は泥棒だと予測出来たけど……ああ、ほら、あの屋台で串焼き食べてる男、あの男も黒い煙を纏っています。でも、どんな悪意を抱いているのかは、全く分かりません。ふう……イツキ君っていつもこれが視えていたんだ」
「そうかぁ……でも、王様や王子様に近付く者の中に、悪意のある者が居ると一目で分かる……それって、やっぱり凄いよ。後は洞察力とか観察力とかを身に付けるしかないな。まあ頑張れよ」
クレタ先輩は、流石に冷静に物事を判断されるな……この能力、僕で良かったのかな?と不安になったよ……少しだけ……でも、守るべき人がいるって、頑張りがいはあるよな……うん。
この能力で、僕は将来の王を守り、外交を行うのだ。
外交・・・それは即ち、外国語が必要となる訳だ・・・ああ、本当に、本当にこの能力を僕が授かって、よかったのだろうか……?
「まあでも、外交ならヨシノリが間違いなく適任だ。公爵家に生まれて立ち居振舞いもマナーも完璧、特にお茶の接待は最高だ。相手がどんな地位でも臆することがない。それは我々では越えられない壁だ。イツキ君は6か国語が話せる。まあ頑張れよ」
エンター先輩がそう言いながら、頑張れと僕の背中を叩く。クレタ先輩も頷きながら「そうだぞ」と言いながら肩を叩く。痛い。本当に痛いから止めて・・・
「先輩、他人事だと思って……僕たちは一蓮托生でしょう?」
「大丈夫、ヨシノリなら出来るさ。俺たちは先に卒業する。だから、来年は君が学校でリバード王子を御守りするんだ」
ちょっぴりしんみりしてしまったが、先ずはリバード王子を合格させねば。それに、勉強を教える時だって、悪意のある奴は絶対に近付けさせない。うん。頑張ろう。
「はい、頑張りますエンター部長!」
僕を適任だと言ってくれた、2人の先輩をがっかりさせないよう努力するしかない。
僕は改めて心に誓った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
エンターの話がまだ残っています。
2、3日の内にはアップしたいと思います。