ハビテ後始末をする 前編
久しぶりの外伝です。
この話は《予言の紅星3 隣国の戦乱》の最終話の続きの話になります。
まだ隣国の戦乱を読んでいない方は、ネタばれになりますので、先に隣国の戦乱をお読みいただくことを薦めます。
前後編の話になっています。
1096年、ハビテが32歳の時の話になります。
いつもながら何時もの如く、リーバ(天聖)様のご指示に従うのは大変で、今度こそ無理ですと断ろうとした今回のロームズへの旅だったが、イツキと会えるなんて思ってもみなかった。
最近シーリス(教聖)のイバス様から、「お前、人相が悪くなったぞ」と言われ、「皆さんが私に、面倒なことを押し付けるからです!」と反論しむくれていたので、不憫に思ったイバス様が、イツキに会えるようリーバ様に進言してくださったのかもしれない。
しかし昨日(6月17日)、2年ぶりにやっと会えたイツキはどうだ……俺の目の前で倒れ、嬉しいより心痛が増えることになったではないか。ふーっ……
しかも、目覚めたイツキは、とんでもない能力を開花させていて、これまた心痛が増えてしまった。はーっ……
まあ、何はともあれイツキの成長は親代わりの俺にとって、とても嬉しいことなのだが、成長が早すぎるのが気になる。
教会的には歓迎なのだろうが、イツキ1人に背負わせる負担が大きすぎる。
自分の目で視て実感したが、あの【鎮魂の儀式】は神父の領域を既に越えている。起こった奇跡も想像すらできないものだった。
他のメンバーに確認をしたが、他の祈りでも病人が元気になったとか、3度行った【鎮魂の儀式】全てで奇跡を起こしたとか、規格外過ぎて理解できないくらいだ。
なによりも、《神降ろし》はどうなんだ・・・?そんなこと知ったら、リーバ(天聖)様やリース(聖人)のエルドラ様でさえも、絶句されるに違いない。
極め付けは、突然現れた眩しく光る琥珀の石と、「これは……《予言の言葉》と共に神より授かりました」だ・・・もう俺はどうすればいいんだ?
本当は、その《予言の言葉》も訊けば教えてくれたのだろうが、俺にはその勇気が無かった。情けない親だが、訊けばイツキから離れて暮らすことなど出来なくなっただろう。
神の言葉を伝え、神の言葉を直接授かる・・・それが《予言の子》だからだとしても、まだ12歳の子どもなんだ。
かと言って、レガート軍の上官や軍学校の教官や、王の目のメンバーという凄い人たちに、躊躇なく指示を出していた姿は、既に俺の期待を越え、俺をも越えているのではないかと思う程だった。
でも、俺の顔を見て涙を零したイツキは、あどけない顔をした12歳の子どもだった。もっと甘えさせてやりたい、遊ばせてやりたい、好きなことを好きなようにさせてやりたい……親として、いや、親代わりとしてそう思っちゃいけないのか?
まあ、そんな俺の気持ちなど、イツキにはお見通しなのだろう・・・
旅立つ瞬間まで、弱音も吐かず笑顔だった。だからこそ俺は苦しい……イツキが弱音を吐かないのに、親の俺が苦しいなんて親として失格なんだろう。
でも本当の父親であるレガート国王と、伯父であるエントンは、イツキを抱きしめることさえできないのだ。俺が、この俺があの2人からイツキを奪ったも同然……その罪を思えば、贅沢な苦しみなのだろう。
「ハビテ様・・・ねえ・・・聞いてますか・・・もしもし」
おっと、こんな感傷に浸っている場合ではなかった。
隣に居るクロノスの声で、俺は我に返った。
目の前の後始末をどうするか、火急的速やかに対処せねばならなかった。
「ハビテ様、先ずはロームズの住民に、奇跡の口止めをすることが先決です」
クロノスは、違う世界に行ってしまって、遠くを見つめている俺を現実世界へと引き戻した。
「そうだな。運良くこの町は戦争で隔絶された状態だ。しかも、疫病が発生したという噂は、瞬く間に拡がるだろうから、誰もやって来ないだろう。かといって、人の口に戸は立てられない。かなり強烈な脅しが必要だ」
「えっ!脅しですか?」
俺の言葉に驚いて、思わず声に出してしまったクロノスは、慌てて自分の口を塞いだ。
イツキたち一行が去った後、住民のほぼ全員が、同じ奇跡の体験をしていたこともあり、暫く奇跡の話題で興奮状態だった。
そんな住民たちに、口止めする方法を考えなければならない訳で、おまけに疫病の処理もある。
よりにもよって【神の怒り病】とは・・・大陸中のブルーノア教会が、震え上がるに違いない。
イツキの作戦には度肝を抜かれたが、食糧難を考慮し行ったのであれば、大騒ぎになってもリーバ様のお怒りも少ないだろう。しかし、200人もの人間をどうやって眠らせたのだろうか……?
俺は常識が通用しないイツキの作戦に、はははと笑うしかない。
共に行動していたレガート軍のメンバー(魔獣調査隊)も、恐ろしくて真実を明らかにできないでいるようだった。半分は真実で半分は嘘・・・そんな受け止め方をしていたように思う。
マルコ教官が言っていたが、「我々の目的は、出来るだけ無血決戦でハキ神国軍を撤退させることだったので、作戦は大成功であり、1滴の血も流れなかった。その事実が全てです。国王様もお喜びになられることでしょう」と。
『なんて親孝行な息子なんだイツキは……』
「クロノス、明日の朝の祈りでファリス(高位神父)がとても重要な話をするので、8時、8時半、9時、9時半と4度に分けて住民全員、または家族の代表を必ず参加させるよう、町長に指示しに行ってくれ」
「はい分かりました。直ぐに行って参ります」
クロノスは元気に返事すると、グレーの瞳を輝かせ町長の元へ走っていった。
6月19日早朝、俺は心を決めた。やるしかない!
恐らく今日の午後には、隣のビビド村から支援物資が届く。
ロームズの町に居たビビド村の8人には、村に帰る前に俺が固く口止めをしておいたが、何も知らない村の住人が来れば、つい話したくなるだろう。凄い奇跡の体験を……
「神の怒り病の患者が目覚めた!」「花びらが舞った!」「白い雲が・・・」「ランドル山脈の上を飛んだ」「病が良くなった・・・」「祈りの声で泣ける」とか、想像しただけで恐ろしいことになりそうだ。フーッ……
午前8時、ロームズの東に住んでいる者たちが礼拝堂に集まってきた。どうやら東西南北に分けて集まってくるようだ。
これまで熱心な信者でもなかった住民も、イツキの強大な力(ブルーノア教の神父の力)により、今では熱烈に熱心な信者に変わっている。
俺は静かに朝の祈りを始めた。
誰も泣いたりしないが、ファリスの威厳は有効なようで助かった。
そして祈りが終った時、俺は神の前で嘘をついた。仕方なく、本当に仕方なくだ。
全てはイツキを守るために。ギラ新教にイツキの存在を知られないようにするために。
「皆さん、これから大切な話をします。皆さんの命とロームズの町の未来に関わる、とても大切な話です。聞き漏らしてはなりません。何故なら今日私は、ご神託を受けた4つの話をしますが、ここに居る皆さんに話すのは、4つのうち1つだけだからです。4回行う朝の祈りで、各々1つの話をしますので、他の地区の人たちに話を伝えて、4つ全ての話を知らねばなりません。もしも・・・もしも1つでも聞き漏らすと、最後の奇跡を体験できないからです」
住民たちは、ゴクリと唾を呑み込んで静まり返る。
『『まだ奇跡が起こるのだ!!』』
わくわく半分、不安が半分の表情で、俺の言葉を聞き漏らしてはならないと、血走った視線が集中する。
東地区の皆さんに伝える話は次の通りですと言って、俺は話を始めた。
「【鎮魂の儀式】で体験した奇跡を、他の町の人に話してはいけない。何故なら、戦争で苦しんでも、疫病で人々が死んでも、奇跡が起こると勘違いした愚かな王が、無防備になり国民を護らなくなるからです。それは疫病で死ぬ人を増やし、家族を殺され辛い思いをする人を増やすことに繋がります。あなた方は、選ばれて奇跡を体験した人たちなのです。決して他人の不幸を望んだりしないはずです」
俺はこれ以上できないくらい真剣な顔で(恐い顔)、住民たちに話を伝えた。
住民たちは、自分たちが奇跡の体験を他所の人に話すと、人を不幸にしてしまうのか・・・と、考えてもいなかったことを告げられ顔色が青ざめていった。奇跡を体験した感動を、出来るだけ多くの人に自慢してやろうと思っていたのだから。
「神は、あなた方の行いを、いつも見ておられます」
俺はそう締め括った。思っていたより顔が強張っている住民たちの顔を見て、そっと安堵の息を吐いた。
その後は、同じように朝の祈りの後に前置きを伝えてから、各地区の人々に4つの話をしていった。
西地区の皆さんに伝える話は次の通りです。
「奇跡を起こした神の使いである神父の名を、他の町の人に話してはならない。神の使いである方の名を軽々しく口にすると、ロームズの町を守っている神力が無くなり、町は再び戦場となる。残念ながら神は2度と奇跡を起こされることはないでしょう」
俺は、これ以上できないくらい悲愴な顔で、脅しをかけた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。