旅立ちの朝
卒業式当日、本当に迎えはやって来た。
準備に1日貰い、もう行くしかないのだと心を決めて家族に挨拶をする。
領地を持たない貧乏貴族とは言え、一応伯爵家の次男である俺は、家を継げるわけでもなく、モーリスという名誉ある地位を、家族も俺も断れはしなかった。
「予言のなんとか・・・?のためにと言うより、行かなければ絶対に、あの人たちがやって来るのが想像できる。拉致られるよりも、行った方がましだからな・・・」
俺は一人呟きながら、王都ラミルを後にしハキ神国の本教会へと向かった。
18歳のモーリス任命は、なんでも50年振りらしかった。
本来なら一般神父から修行を重ね、最低でも10年勉学をしなければモーリスにはなれないはずなのだ。
到着したハキ神国の王都シバにあるブルーノア本教会で、シーリスのイバス様から任命書が下された。
そこから地獄の特訓(修行)の日々が始まった。
俺は、ブルーノア教に殆ど関心が無かったのに、歴史、教え、組織、仕事、その他諸々、10年で覚えて身に付けるべきことを、2年でマスターしなければならなかった。
肝心の《予言のなんとか?》の話は、修行の2年間で1度も聞いたことがない。
俺はなんのために、ここにいるのだろうか?そんなことを考えながら、やっと神父の生活にも慣れたある日のこと、またしても、とんでもない手紙をリースのエルドラ様から受け取り、修行していた地方の教会から、本教会へと戻ることとなった。
【 そろそろ時はきた。ファリスにするから帰ってこい 】
相変わらず要点のみの手紙だ・・・
ファリスになるには、特別な能力が認められる者か、30年以上の経験がなければならない。この広いランドル大陸に60人しかいないファリスになる……全く喜べないし気が重い。
俺は渋々ファリス任命式のために、ブルーノア本教会にやって来た。
広い教会の中庭を足早に歩いていると、冬には珍しい薄緑の花が咲いている花壇が見える。薬草の一種だと神学校の教官が教えてくれた気がするが、最近薬学の研究にも力を注いでおられるリーバ様のお考えが、少しずつ実を結んでいるのが分かる。
天に向かってそびえる2つの天守を持つ、石造りの大聖堂からは讃美歌が聞こえる。中庭の右奥は教会内の病院だ。今日も忙しそうに看護部の学生が走り回っている。左奥はモーリス以上でなければ入れない執務室が並んでいる。
その建物の中央にある階段を上がった所に、三聖(天聖・聖人・教聖)の執務室と、それぞれの謁見の間があるが、そこはファリス以上の神父でなければ、立ち入ることはできない。
扉の装飾は三聖各々で違っていた。俺は一番重厚でブルーノア教の紋の入った扉をノックして開ける。
リーバ様の謁見の間に入ると、三聖の3人が古い地図を広げて何か相談をしていた。
俺は右手を軽く握り胸の前に置く。右足を後ろに一歩下げ腰を落とし右膝を床に着き、頭を下げて正式な礼をとる。
リーバ様が右手を挙げられたので礼を解き顔を上げた。
中央でニコニコしながらこちらを見ているのが、1番偉いリーバ様。
歳は不明だが噂によると40歳位だとか……背中まで伸びた銀髪に銀色の瞳。身長は170センチ位で全体的に痩せている。真っ青な神服がよく似合うイケメンだ。
右側で地図を見ているのがリースのエルドラ様。
金髪の長い髪に金の瞳。身長は165センチ位で遠目だと女性に見えるが、それは絶対に言ってはいけない。
神学校の学生達から超絶美人(男だけど)だと憧れられているが、それはリースの衣装を着ている時だけで、普段の服装はかなり残念な感じなのを学生達は知らない。
性格(適当、強引)は言いたくない。歳は30位に見えるけど本当はもっといってるはずだ。
左側で難しい顔をして地図に何か書き込んでいるのはシーリスのイバス様。
銀髪のショートカットでグレーの瞳。身長180センチのがっしり体型。
王族出身で一見優しいおじさん風に見えるが、騙されてはいけない(俺は過去に騙された)。歳は35歳らしい。
皆オーラが眩しすぎるのは、さすがだと認めるしかない。
今日はファリスの任命式だと言われて来たのだが、なんだか嫌な予感しかしない。
この3人(特にエルドラ様とイバス様)が、俺に優しい言葉など掛けてくれたことがあったか?
やれ能力を研けだの、勉強しろだの、自分の役割を自覚しろだの、いつも言いたい放題だ。
そのくせ、「肝心なことはその内分かる」で誤魔化される。
「20歳でファリス任命は、72年ぶりらしい」
リーバ様は神々しいオーラを放ちながら、明るく微笑まれ任命書を下された。
へーそうなんだと思いながら、リーバ様の顔を見ると、妙に笑顔だ・・・?
なんだか含みがありそうで怖いんですが……俺は良くない予感を打ち消しながら、一応、恭しく両手で任命書を受け取り、リーバ様からのお話を聴く。
「ハビテよ、その能力を以て《六聖人》を探し出せ。先ずはレガート国に行き《予言の子》を探して連れてくるのだ。出会えなければ、大陸は悪意に染まり戦争と混乱の時代が始まることになる」
無駄に美しいリーバ様の声が、荘厳な謁見の間に響く。
『まるで、脅しにしか聞こえないんですがその話……』
出会えなければ戦争と混乱が始まるとか、俺の責任重過ぎじゃない?
「それで、《六聖人》や《予言の子》の特徴や性別、年齢などは判っているのでしょうか?」
俺は言いたいことがたくさんあったが、眉をピクピクさせながら、大事なところを質問した。すると、やはり嫌な予感が当たってしまった。
「いや、何も判らないが、そなたであれば分かるであろう。そなたもまた、《予言の書》が示した者なのだから」
はっ?何も判らない?いやいやそれでは探せないでしょうと、心の中で突っ込むが、目の前の人達(リーバ様、リース様、シーリス様)は、当たり前だろうという顔で俺を見ている。
は-っ。なんだか胃が……やっぱりか……
ガクリと項垂れ、もう一度礼をとり帰ろうとすると、リーバ様に再び声を掛けられた。
「お前は《予言の旅人》だ。開祖ブルーノア様を信じろ!」
真面目な顔をして、リーバ様は励まし?の言葉をくださった・・・
「ファリスの仕事もきちんとやれよ!取り敢えず拠点はミノスだ。ミノスは良い街だ。思い出の地に帰れて嬉しいだろう?」
リースエルドラ様が、含みのある笑顔で俺を見て、思い出したくないミノスでの出会いを思い出させる。
「何処に行ってもファリスの権限があれば、警備隊を動かせるし、国も人も協力的だ。ファリスの服を着てたら飯も只同然。お前なら大丈夫だ。頑張れよ!」
最後にシーリスのイバス様から、ありがたい激励?の声が掛かった。
翌日の朝、これからハキ神国の本教会を一歩出ると、遂に《予言の子》探しが始まるのだと思うと、正直気が重かった。
しかし俺は《予言の旅人》として、自らの役割を果たさなければならない。
自信など全くないが、生まれ故郷のレガート国へ向け一人旅立つ。
そして、《予言の子》イツキと出会い、俺の人生は大きく変わっていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ここから話は、【予言の紅星2 予言の子】に、続いていきます。
【予言の紅星1 言い伝えの石板】はイツキが生まれる前(イツキの両親の話やイツキの祖国の話)の話と、イツキ誕生の時の話、イツキに関わる大切な人々の話が入っています。