ブルーノア教、シーリスとリース
で、どうして俺が神父になったのか……
それは事件に巻き込まれて4日目の夜、「もしかして能力者の仕業かも」と、イバスさんが発した一言が始まりだった。
5日目の早朝、街の中心地にある商会の倉庫から火の手が上がった。
その日は風が強く隣のアパートに延焼し、近所の者たちがなんとか火を消そうと頑張っていて、調査の為に近くにいた俺たちは、煙を見て走って駆け付け消火作業を手伝った。
アパートの半分が炎に包まれた頃、30歳位の女性が、半狂乱で叫びながら走ってきた。
手に持っていたパンを放り投げて。
おそらくこのアパートの住人なのだろう。
「娘が、リリーが中に……リリー無事なのー? ああ誰かリリーを助けてー!」
なんてことだ。まだ中に人が残されていたのか……早く火を消さなくては。
俺達はバケツリレーのスピードを上げて、必死で消火作業をする。
水路から手押しポンプで水を汲み上げ、ホースで水を掛け始めてからは、なんとか火も鎮火したようで、バケツリレーをしていた俺たちは、危険も顧みずアパートの中へと飛び込んだ。
『どうか生きていてくれ』と祈りながら。
隣の倉庫から一番遠い2階の部屋は、なんとか焼け残っていたが、煙を吸ってしまったのだろう……リリーちゃんは亡くなっていた。残念ながら間に合わなかった・・・
母親は半狂乱で駆け寄り、3歳位のリリーちゃんの亡骸を抱きしめ泣き叫ぶ。
可哀想に、リリーちゃんの顔は苦しみで歪み、すすで黒くなっていた。
アパートの住民や近所の人たちも、幼い子の死を悲しみ泣いていた。
俺たちも悲痛な泣き声を聞いて、涙を我慢できなかった。
とうとう死者が出てしまった。
何なんだこの犯人は?何がしたいんだ?
俺は怒りが我慢できずに拳を強く握り、何としても犯人を捕まえたいと思った。
それから俺達は、その場にいた全員でリリーちゃんの冥福を神に祈った。
『どうかこの小さな女の子の魂が安らかであるように』と。
ふと涙に濡れた顔を上げた俺は、ある男を見付けてしまった!
その男は体から赤いオーラを放っていたのだ。赤いオーラを放つのは火を使う能力者の特徴である。
特殊能力を持つ俺にしか視えないだろう赤いオーラを見付けた俺は、全身を怒りで震わせる。
そしてブチッと切れた。
「きぃさぁまぁー!!よくもこんなことしやがってーっ!」
気付いたら、もうその男に飛び掛かっていた。
「何をする!やめろー」
痩せ型で背の高い、頭からすっぽりマントを被った男が、大声を出して抵抗する。
突然始まった取っ組み合いに、何事かと辺りの皆が注目する。
「こいつが犯人だー!」俺が叫ぶ。
「違う。俺じゃない!」男も叫ぶ。
やっとどういうことか見えてきた人々が、俺に加勢してくれる。
「お前が犯人かー、こいつめー!」
「この人殺しめ!」
と口々に叫びながら、男を取り囲むようにして立ち塞がり取り押さえる。
その時、男の赤いオーラが強くなった!!
「みんな危ない!この男から離れろ!」
俺は叫んだが一瞬遅く、取り押さえていた男性が持っていた荷物と、他の男性の服の一部に火が着いてしまった。
「違う!俺は犯人じゃない!」
男が狂ったように声を上げた時、付近の街路樹の何本かが一瞬にして炎に包まれた。木全体がパチパチと大きな音を立てて燃えていく。
何が起こったのか分からない人々は逃げ惑うが、俺は目の前の2人に着いた火を、自分の服を脱いで消す。
俺は懸命に火を消しながら、近くの水を探そうと視線を前方に向けた。
すると、青いオーラを纏った一人の男?が、大噴水の前に立っているのが見えた。
『なんて綺麗なオーラなんだろう』
俺はその人物から、その美しい青いオーラから、目が離せなくなった。
その人物は、噴水の方を見ながら、何かを唱えているように見える。
すると、噴水の水が何かに操られるように、突然空に立ち登り始めた。そして燃えている街路樹の上まで移動したかと思うと、まるで大粒の雨のように降り注ぎ、一瞬にして炎を消してしまった。
『『・・・・・・?』』
その奇跡のような光景を、その場にいた町の全員が見ていた。
皆ポカンと口を開け、呆然とした後「ウオーッ!」と大歓声を上げた。
何者だあの人?と思いながら見ていたら、何故かその人は、俺の方に向かって歩いてくる。
そして目の前まで来て、顔まですっぽり覆っていたフードを取り、立ち止まり笑ってこう聴いてきた。
「私の色は何色だい?」と。
えっ?能力者の持つ力がオーラの色で判ると、俺が視えていると、何故分かったのだろう?
その男性?の笑顔から、キラキラした光が溢れていて、俺は眩しくて思わず右手で自分の目を隠してしまう。
「えーっと、青色ですよね」
何故か俺は、言う気も無かったはずの答えを、言わされた気がした。
「はっは、やったぞイバス。遂に見付けたー!」
嬉しそうに笑いながら、やたらと美しいその男性?が、大声で叫びながら俺の肩をガッシリと掴む。
振り向くと何処から出てきたのか、同じ【教会の離れ】の宿泊者のイバスさんが、嬉しそうに手を振りながら、後方に神父様を2人を従えて近付いてくる。
よく見ると、青い服に3センチくらいの銀糸の縁取りがしてある、まるで神服のような衣装を着ている。
後方から走ってくる2人の神父様が、ゼーハーと息を切らしながら追い付いてきて、イバスさんに向かって叫んだ。
「シーリス様、お待ちください。危険です」
「危ないですからー、シーリス様ー」と。
シーリス様??
その場にいた街の全員が、シーリス様と聞いて静まり返る・・・
えっと、シーリス様って何だっけ?と、俺は頭の中のデーターをフル稼働させた。
ああっ!ブルーノア教の凄く偉い人!
ブルーノア教会で1番偉いのがリーバ様、次がリース様、そしてシーリス様という三聖がいらっしゃって、そのあとにサイリス様、、ファリス様、モーリス様、そして一般神父様と序列がある。
回りを見ると、全員がひざまずいて礼をとったり、中には平伏している人もいる。
友人2人も飛んできて、ひざまずき礼をとる。
「おい、ハビテ。礼、礼をとれ」と俺の上着の裾を引っ張る。
「あ、ああ……」気の抜けた返事をしながら俺も礼をとった。
イバスさん、いや、シーリス様が右手を上げると、皆は礼を解いた。
「皆さん、大変な目に遭われたようですが、ここにいらっしゃるリース様のお力で、大事にならずに済んだようですね。どうぞ私にではなく、リース様に感謝の礼をお願いします」
イバスさん……えーっと、シーリス様が爆弾発言をした。
「「「…………?!」」」
「リース様!!」
「えっ、えっ?リ、リース様?」
「!!!」
皆の動きが急にぎこちなくなる。
そしてもう一度シーリス様に紹介された人物を見て、「ぎゃーっ!」とか「えーっ!」とか「わーっ!」とか訳の分からない声を発しながら、皆が慌てて平伏す。
確かイバスさんは、礼をとれって言ってた気がするけど……
まあそうだよなぁ。リース様と言えば奇跡の人。
《死ぬまでに1度でも会えたら本望。いつお迎えが来ても後悔なし》と言われている雲上の人だ。
どうりで何だか眩しいはずだ。
そのやたら眩しいオーラのリース様、長く美しい金髪に金色の瞳。遠目だと女性に見える程の細身。色白で顔も整っている。
もしも神官服だったら、男か女かきっと分からないだろう。年齢は30歳位だろうか?
ただ、服のセンスが薄汚い……いやいやボロで残念だ。
リース様は右手を上げるが、皆礼を解いて立ち上がっても良いのか迷い、半分は立ち上がりながらも深く頭を下げ、半分は平伏したままだ。
「皆さん、どうぞ楽にしてください。私は偶然通り掛かっただけですから」
よく通る声でゆっくり、そして優しさに溢れた笑顔で話し始める。
「この度の火災は、残念ながら貴重な能力を、悪に染めた者が起こしたようです。本来なら警備隊の方に引き渡して、厳罰に処して頂くところですが、炎の能力者が暴走したら、先程のような事態を招きかねません」
リース様は、なんと悲しいことだ……という顔をして、深く息を吐く。
「そこで、私の責任において、ブルーノア教本山(聖山)で厳しく修行させ、改心させたいと思います」
その声は、街に響く鐘の音のように響き渡った。
火災と犯人逮捕の報せを聞いて駆け付けて来ていた、警備隊長とスミス先輩が、リース様とシーリス様の前に出てきて礼をとる。
「警備隊長のヤングルです。リース様のお言葉に従います。我々ではあの炎は消せません。しかしながら、犯人を国境まで護送するのはお許し下さい」
緊張した声でヤングル隊長は伝え、深く頭を下げた。
「必要であれば、ハキ神国まで何人か警備に付けます」
深く顔を下げたまま、スミス先輩が付け足す。
「了解しました。後はシーリスとミノス正教会のファリスと相談して決めてください。私はお忍び旅の途中なのでね」
と、にっこり笑うリース様の笑顔はやっぱり眩しい。
警備隊員に引き摺られながら、犯人が連れてこられた。ぐちゃぐちゃに泣きながら。
先程の狂気はすっかり消え失せ、別人のように大人しくなっていた。
「殺すつもりなんて無かったんです。本当に申し訳ありません。ご、ごめんなさい……すみません。まさか隣のアパートに燃え移るなんて……うっ、私を、どうか私を殺してください……」
地面に頭を擦り付け、全身を震わせながら、最後の声は掠れて小さくなっていた。
犯人にとってもシーリス様の登場は予想外。ましてやリース様まで現れたら、まるで神に裁かれているように感じただろう。
恐怖と後悔の念で立ち上がることさえできない。
「あなたはこれから死ぬまで、厳しい修行の中で罪を償うのです」
リース様の厳しい声が、悲しい響きで辺りに静かに響いた。
犯人の目の前で、シーリスのイバス様が地面に石で文字を書き始めた。
その文字を円で囲むと、シーリス様は円の中に犯人を入れた。
そしてお腹に力を溜め、その文字を不思議な言葉で叫んだ。
「カイ!」と。
それは宗教用語で、『戒め』とか『境界線』とか『解く』等の意味のある言葉だった。
すると、円の内側が光る灰色の霧で覆われ始めた。
そして3分後その光が消えると、犯人の額に【カイ】の文字がハッキリと刻印されていた。
「これでこの者は、私の許しなく能力を使えないでしょう」
イバス様は警備隊長とリース様に向かって、シーリスの顔をしてそう伝えた。
『なんか格好いいんだけど』と思ちゃったよ俺……
いつもお読みいただき、ありがとうございます。