全学生立て籠り事件 (北寮の乱)(1)
このお話は、シリーズ6 疾風の時の外伝です。
本文54話に続く話しになりますので、疾風の時の54話まで読んでからお読みください。
その一報が食堂に届いたのは、午後6時40分だった。
「大変だ!副教頭が、風紀部1年隊長のイツキ君を、陥れようとしている!」
そう叫びながら食堂に飛び込んできたのは、3年首席でありイツキ親衛隊の隊長であるクレタだった。
この時既に、部活を終えた学生の半数近くが食堂内に居り、北寮の持ち物検査の話で大騒ぎになっていた。
「なんだって!イツキ様(君)が!」と、イツキ親衛隊とイツキ第2親衛隊と1年A組の全員が、驚き叫んで立ち上がった。
「どういうことなんですかクレタ隊長!」
副隊長であるモンサンがクレタに詰め寄り、他の親衛隊の隊員も、一斉にクレタの元に集まってくる。
「副教頭の狙いはイツキ君だった。イツキ君の部屋で酒盛りが行われているとか、イツキ君が部屋で風紀を乱すようなことをしていると疑い、停学や退学させようとしている」
「なんだって!イツキ君を停学や退学にする?詳しく話してくれクレタ」
クレタの説明を聞いて怒りの形相で低く叫んだのは、植物部部長でありイツキ組のパルテノンだった。
他の学生達も話を聞きたがったので、北寮の2人部屋に入寮しているクレタは、これまでの経緯を始めから説明することにし、食堂内の全学生に聞こえるよう、前に出て椅子の上に立ち話し始めた。
「インカ隊長は、副教頭が掲示板に貼った規則に対し、他の寮にもない規則を、北寮にだけ課すことは完全に差別であり、到底認められない。風紀部隊長として断固抗議し、本日の持ち物検査を拒否すると言ったんだ」
「それで、副教頭はなんと言ったんだ?」(パルテノン)
「君は領主の子息だから、何でも意見が通るとでも思っているのかと副教頭は言った」
「なんだそれは!インカ隊長は風紀部の隊長だぞ!」
クレタの答えに、インカ親衛隊の隊長が怒りを込めて叫んだ。
クレタは立ち上がったインカ親衛隊の学生に、右手で座るように指示を出す。
「そこでインカ隊長は、とんでもありません、私は風紀部隊長として認められないと言いましたとハッキリ告げ・・・副教頭は、私が領主の子息だから何でも意見が通るとでも思っていらっしゃるのでしょうかと、逆に質問を返した」
「おおーっ!流石インカ隊長」(インカ親衛隊の皆さん)
パチパチパチとあちらこちらで手を叩く音が響く。
「しか~し!副教頭は、領主の家に生まれたというだけでとバカにし、所詮は次男だと言った」
クレタはハッキリと大きな声で、そして段々怒りを込めて話していく。
「何だとぉー!」(インカ隊長のクラスメート)
「はあ?なんだそりゃ!」(風紀部副隊長のヤン)
食堂内は一気に騒然となる。
「みんな聞いてくれ!腹が立つのは分かる。だが、これから長い話しになるだろうから、全員食事しながら聞いてくれ!立っている奴はさっさと配膳口で夕食を取ってきて座れ。これから全員が揃う頃には、エンター部長もインカ隊長も戻ってくるだろう。全員が座れるよう詰めてくれ!僕は執行部副部長として、このまま引き下がる気はない!とにかく、クレタ先輩の話を静かに聞いてくれ!10分後に続きを始める」
ヨシノリはクレタの横の椅子の上に立ち、騒然となる学生達を静めるよう大声で叫び、執行部副部長として指示を出した。
日頃大声を出さない、貴公子イメージばりばりのヨシノリが、珍しく大声で叫び指示を出したので、学生達はちょっと驚きながら指示に従っていく。ヨシノリがこうして表に出る程の、とんでもないことが起こっているのだろうかと学生達は不安になる。
次々に夕食にやって来た学生達は、食堂内の異常な雰囲気に、どうしたのかとキョロキョロする。
イツキのクラスメートであり親友のナスカが、掲示板を出入口に移動し【現在、北寮で起こった事件について、北寮の学生が説明中!静かに入場し食事すること 執行部】と貼り紙をしたので、以後食堂にやって来た学生達は、緊張しながら配膳口に向かった。
午後7時、北寮に残っている6人以外の学生全員が食堂に集合した。
クレタの話を聞いていなかった者も、クラスメートやイツキ親衛隊からこれまでの情報の説明を受けていた。
クレタとヨシノリは急いで夕食を掻き込み、再び2人は椅子の上に立ち、クレタは北寮で起こったことの続きから話し始めた。
「インカ隊長の話を無視した副教頭に、執行部部長のエンターも、今日の持ち物検査は認められないと言った。承認も受けていないような規則は無効であり、そして、どうしてもと言うのなら、校長か教頭の同行をお願いしますと条件を付けた」
「おおーっ」(学生達)
「おーいクレタ。副教頭が勝手に決めた規則って、どんな内容だったんだ?」
北寮の持ち物検査のことを何も聞いていなかった3年生が、手を上げてクレタに質問した。
「ああ、済まない。大事なことだったな。説明しよう」
クレタはそう言うと、なんと、実際に副教頭が北寮に貼り出した実物の紙を取り出し、皆の前で広げて読み上げていく。
【 寮の規則について 】
※ 本日の持ち物検査において、酒・学生に相応しくない書物・高額な金・武器が見付かった場合、部屋に施錠することを禁止する。
※ 禁止物を持ち込んでいた場合、ペナルティーを与える。
※ 半期でペナルティー3以上を与えられた者は、以後抜き打ち検査を実行する。
※ 寮で淫らな行為をした者は、停学処分や退学処分とする。
北寮監督責任者 副教頭 アレクト
「これが北寮にだけ新たに貼り出された規則だ。そして副教頭はエンター部長に、なんだと生意気な!伯爵であることがそんなに自慢なのかエンター?と暴言を吐き、エンターは、はあ?大丈夫ですか副教頭?と言って呆れていた」
クレタはフーッと大きな溜め息をつき、前髪を掻き上げた。
「そんなの横暴だ!」「そうだそうだ!」「エンター部長に失礼だ!」と声が飛ぶ。
「そこで僕は、副教頭、まるで高位の貴族やその子息に、個人的な敵意があるように聞こえますが、まさか高位の貴族を守る目的である北寮に住む副教頭が、学生を攻撃するのですか?と尋ねた」
今度はヨシノリが、自分が副教頭に言ったことを続けて話していく。
「そして、そこにちょうど校長先生がやって来て、どう言うことだねヨシノリ君!北寮の学生を攻撃するだと?と厳しい口調で聴かれた」
「おお、ナイスタイミング、ボルダン校長」
何故か同じようにクレタ達の話を聞いていた、イツキのクラスの担任ポートが声を上げ、学生と教師達の視線を集めた。
「副教頭は途端に顔色を変え、何故校長が来たのかと聴いた。すると校長先生は、北寮の持ち物検査を手伝うルイス先生の代わりにやって来たと答えた。しかし、北寮に関係のないルイス先生が何故呼ばれたのか、副教頭に確認する必要もあったと校長先生は付け加えた」
クレタの話を聞いた全学生が、不機嫌な表情でお茶を飲んでいた社会担当のルイスに、睨むような視線を一斉に向け、心の中で『お前も副教頭とグルだったんだな!』と悪人認定した。
「そして校長先生は、【寮の規則について】という貼り紙を見て、監督責任者とは何だね?君は寮の管理責任者でもないし、こんな権限を私は与えた覚えもないがと言われた」
「やっぱり副教頭は、勝手に行動したんだ!」
クレタの話を聞いて、確信したように大きな声を出したのは、学生ではなく発明部顧問のイルート先生だった。
そもそも、校長にも届けず、勝手に規則を変え、寮の管理責任者でもない副教頭が、北寮だけ持ち物検査をすることが違法だったのだ。
その場に居た教師達も、今回の北寮の持ち物検査はおかしいと思っていた。
本来持ち物検査は、全ての寮で一斉に行われるものであり、その日程は職員会議で決められていた。だから教師達は、副教頭自らが行う程の緊急事項や、安全上の問題が生じたのではと思っていた。
なのに、校長が知らなかったというのは有り得ないことだと首を捻った。
「そしてここからが本題だ!副教頭は言った。・・・実は、ある学生から通報があり、執行部や風紀部の学生が、定期的に会議と称して酒盛りをしているとか、一部の学生が、複数の学生達と不適切な関係にあり、毎晩のように淫らな行為に及んでいると聞いたのだと。だから北寮を預かる者として、その実態を確認するために持ち物検査と、部屋の中を確認する必要があったと。・・・まるで俺達北寮の学生を、汚いものを見るような目で睨みながら言った・・・」
クレタは両拳を強く握り、怒りで肩を震わせながら、怒気の隠った声で最も重要な話をした。
「僕は悔しい!僕達執行部や風紀部は、皆の手本になるよう頑張ってきたつもりだ。特にエンター部長とインカ隊長は、学生の為に自分の時間を削り、様々な案件に取り組んできた。イツキ君なんか、特産品作りをリードし、新しいスポーツや競技を考え、僕らを楽しませてくれた。それこそ寝る時間を削って頑張っていた。・・・それなのに……副教頭は、僕達を酒盛りをするような学生だと決め付け……北寮で……淫らな行為をしている学生が居ると……通報の方を信じて規則まで変えようとした。・・・僕達の頑張りは……何も認められていなかった。・・・僕は悔しい・・・副教頭は、有りもしない罪で、北寮の学生を陥れようとしたんだ」
ヨシノリは次第に声を詰まらせ、とうとう我慢できずに涙を零してしまった。
ヨシノリ親衛隊の10人は一斉に立ち上がり「ヨシノリ様、我々は信じています!」と全員が見事にハモりながら言い、何故か同じように悔し涙を流し始める。
「くそ副教頭!俺達は執行部も風紀部も信じているぞ!」
「そうだ!これは虐めだ!俺達学生を犯罪者に仕立てようと画策している!」
「誰だ!そんな有り得ないことを通報したのは!」
「横暴だ!何故通報の方を信じるんだ!」
「執行部も風紀部も副教頭を許すな!断固闘おう!」
「負けるな北寮の寮生!」
食堂内は、怒りの声で溢れていく。静かに聞いていた学生達は我慢できなくなり、立ち上がって叫んだり、テーブルを叩いたりボルテージが上がっていく。中には励ましの声を掛ける声も聞こえるが、殆どの学生は怒りの感情に支配されていく。
クレタは「みんなー!俺達を信じてくれてありがとう」と大きな声で言って、右手を上げ食堂内を静かにさせた。そしてまた話を続けていく。
「副教頭は、何故かイツキ君の部屋の検査を最後に残し、俺達は北寮から追い出された。当然、誰の部屋からも酒瓶も禁止物も出てこなかった。最初から、副教頭の狙いはイツキ君だったんだ!」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あと1話?続く予定です。よろしくお願いします(^-^)




