ロームズ領主決定会議(4)
午後6時半、各テーブルに豪華な食事が運ばれてきた。
ここでまた、皆が席を変わるようヨム指揮官が声を掛ける。
「新しい領主を決めるにあたり、自分が聞いた候補者の情報をたくさんの人と共有出来るよう、また、日頃交流出来ない方と会話が出来るよう、同じ領地の出身ではない方のテーブルを選びお座りください」
ヨムの掛け声で、やれやれ面倒だという顔をして、総勢50人が移動を始める。そして皆が着席すると、乾杯のための酒が運ばれてくる。
皆のグラスに酒が注がれ、国王バルファーが挨拶のため壇上に上がる。
「今日はこのレガート国に、新しい領主が誕生する喜ばしい日だ。だがしかし、こうしている間にも、ロームズではハキ神国との戦いが起こっているかもしれない。ここで勝たねば、新しい領主は必要なくなる。ロームズで戦っている優秀なレガート軍の兵と、優秀な指揮官たちの活躍と、優れた武器による勝利を願い、乾杯ではなく、勝利祈願の為にグラスを掲げる。勝利を!ロームズに勝利を!!」
「「「ロームズに勝利を!!!」」」(全員)
全員が国王に倣い、グラスを掲げ合唱する。ロームズで起こる戦争など、遠い異国のことのように思っていた者達に、ロームズはレガート国なのだと認識させる。
会場内は一気に戦争が現実味を増し、皆は勝って欲しいと願いを込めた。
「それでは皆様、食事をとりながら引き続き勇気と気概を持った候補者3人の話と、意気込みをお訊きください。午後7時半には投票し8時前には結果を発表いたします」
ヨムはそう言うと、改めて3人の候補者の名前、領地、現在の仕事内容を告げた。
2人の伯爵は、領内の軍や警備隊に関わる仕事をし、イツキは治安部隊の仕事をしていると紹介された。
国王は壇上を下り、家族が待つテーブルに戻っていく。
2人の王子にとって、公式な場での仕事(投票)は初めてだった。王子達は席を立たず、今日の仕事をこなすため候補者が来るのを食事をしながら待っている。
◇◇ テーブル1 ◇◇
「王妃様、マキ領の伯爵ネバルでございます。領主とは従兄弟ですが、私は領主を頼ることなく、選ばれし者として責務を全うしたいと思っています。サイモス様、私が領主になりましたら、珍しい諸外国の物を沢山お届けいたします」
「ネバル伯爵、頑張ってくださいね。応援しています」
王妃カスミラはにっこりと微笑み、応援していると告げた。
不思議なことにネバルは、同じテーブルの側室エバやリバード王子には、頭を下げただけで声を掛けずに去っていった。
「母上、今の方はロームズをどう統治するのか、何も話されませんでしたね」
「リバード、きっと王子にはまだ難しい話だと思われたのよ」
軽く無視された形になったエバとリバードは、作り笑いをして食事を続ける。
次にやって来たのはマサキ領のナテム伯爵だった。
ナテムには娘が3人おり、末娘はサイモス王子と同じ年だった。伯爵令嬢よりも領主の娘の方が、次の王妃に相応しいだろうと期待していたので、自分がロームズの領主になったら、必ず領地を広げレガート国に貢献出来るだろうと豪語した。
リバード王子が「ロームズは遠いので大変ですね」と声を掛けると、「領地というものは執事に任せておけばいいのです」とナテムは答えた。隣に座っていた兄のサイモス王子からは「お前にはまだ領主の仕事は分からないだろう」と笑われてしまった。
最後にやって来たのはヤマノ侯爵だった。
「ヤマノ領主、エルトと申します。王妃様、エバ様、サイモス様、リバード様、初めて御目に掛かります。この度は我が領の貴族が大変ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありませんでした。この度ヤマノ領唯一の伯爵が、ロームズの領主候補になりました。名前をキアフ・ヤエス・イツキといいます。まだ若い伯爵ですが文武両道です。そして不正を嫌い正義を行うことのできる者だと、自信を持って推薦いたします。どうぞ宜しくお願いいたします」
「ああ、僕の教育係はヤマノの者だったが、今はホン領の者に替わっている。もうヤマノの者とは関わりたくないよ」
サイモス王子は不機嫌そうに言い、王妃様もエルトから視線を逸らされた。
「若くて文武両道なのですね。僕の尊敬する人と同じ名前なので応援させて貰います」
無邪気で無知を演じているリバード王子は、それが本物のイツキだとは知らずに応援を約束する。エバ様も笑顔で「頑張ってくださいね」と声を掛けられた。
◇◇ テーブル7 ◇◇
「ネバル伯爵、貴方はどうやって医学大学の建設費や防衛費を捻出されるのだろう?」
「マサキ公爵様、私には国中に支援者が居るので、その辺は問題ありませんよ」
「ほほう支援者ねぇ……そんな金持ちが沢山居るとは、羨ましいことだな」
「マサキ公爵、私は選ばれし者ですから、統治など容易いことです」
余裕の態度のネバル伯爵は、金の出所を誰も突っ込まないので、自分の話に疑問を持たれていると気付いていなかった。
少し前にやって来たナテム伯爵も、全く同じ答え方をしていた。自領のナテムの話を聞いたマサキ公爵は、目眩を起こしそうになったが、なんとか耐えて「どんな支援者だ?」と聴いた。ナテムはそれは言えませんと答えて去っていった。
このテーブルには、マサキ公爵とギニ司令官、他には国防費の事務方トップ、教育大臣、国務費担当大臣(補助金・警備費担当)、この国で1番金に厳しくケチな財務副大臣が座っていた。
「ところで、ギニ司令官が推薦されているイツキ伯爵は、何処からお金を出すのです?まさか支援者等と、惚けたことは言われませんよね?」
2人の候補者のあり得ない話に腹を立てている財務副大臣は、イツキ伯爵にも疑いの目を向けてきた。
「フッ、確かに支援者は沢山いますよ。でも、とりあえず軍からの支払いが1,000万エバーは下らないでしょうし、彼は天才ですから、人の手を借りることもないでしょう」
「えっ?軍からの支払いが1,000万エバーですと?それは一体何代ですか?」
驚いた顔で訊いてきたのは、国防費の事務方トップである。
「何代?あぁ、なかなか彼が請求してこないので、とうとう王様が困って、勝手に金額を決めました。本当なら2,000万エバー払っても、国防費的に考えると安いくらいでしょう。彼は、イツキ伯爵は、レガート式ボーガンを作ったんですよ」
「「「何だって!!!」」」(他の5人)
「それと今回ロームズに、技術開発部部長が持ち込んだ投石機、名前は【キアフ1号】です。イツキ君の名前はキアフ・ヤエス・イツキですよ。今回ロームズが圧勝すれば、それは全てイツキ伯爵の手柄でしょう」
ギニ司令官はこれまで極秘にしていた武器情報を、さらりと暴露する。
「・・・確かに安いかも知れない。昨年のレガート軍の勝利は、弓の飛距離の差がもたらしたことは周知の事実だ」
財務副大臣は、もしもレガート式ボーガン無しで戦った場合の損失を瞬時に考え、1,000万エバーを安いと言った。ケチで金を出さないことで有名な財務副大臣を持ってしても、投石機込みで1,000万エバーなら安いと思える金額だった。
「勿論ここだけの話でお願いします。もしも彼が他の国に奪われたら……それはもう大変なことになりますから。いいですね!」
ギニ司令官は真剣な顔をして5人に注意する。絶対に喋るなよと。
5人はコクコクと何度も頷き、そんな重要人物をロームズに行かせて良いのか?と思ったりもしたが、武器作りの天才だからこそギニ司令官が選んだのだと理解した。
午後7時半、全員に投票用紙が配られ5分後に回収された。
投票用紙は別室で、秘書官と8人の領主立ち会いで開票された。
「さあ皆様お待たせいたしました。これよりロームズの領主と成られた方のお名前を発表いたします。投票数55、最高得票数は49票でした。それでは3人の候補者の皆さん、壇上へお上がりください」
いよいよ発表の時がきた。ヨム指揮官は相変わらずのポーカーフェイスで、候補者3人を壇上へと迎える。
バルファー王は結果の書かれた用紙をヨム指揮官から受け取り、その結果を見て満足そうににっこりと笑った。
「結果を発表する。ロームズの領主に決まったのは、ヤマノ領のイツキ伯爵である。イツキ伯爵はロームズで【治安部隊指揮官補佐】として任務に就いている。ロームズを勝利へと導き無事にラミルに帰ってきたら、私はロームズ辺境伯の爵位を与える。なお辺境伯は、領主の侯爵と同等位とする」
「「「オオーッ!」」」と歓声が上がり、大きな拍手が起こった。
壇上に上がっていた2人の伯爵は、結果に納得出来なかったのか、ヨム指揮官が持っていた投票用紙を確認させろと詰め寄る。
「私の話はまだ終わっていない!ネバル伯爵、ナテム伯爵静かにしてもらおう。今日私は、新領主選定ともう1つの目的でパーティーを開いた。それはレガート国内に潜んでいる、ギラ新教徒を捕らえることだ。ロームズを乗っ取った3人の犯罪者は、全員ギラ新教徒だった。そしてあろうことか、ハキ神国のオリ王子と通じ、ロームズをハキ神国に売ろうとした」
「「エエェーッ!!」」(ほぼ全員)
ロームズ乗っ取りの真実を知った者達は、あり得ない話に驚きの声を上げた。
「そこで私は、本当に新領主に相応しい者と、ギラ新教徒の疑いのある者の両方を連れてくるよう、全領主に要請した。その結果、私の心配が的中し2人のギラ新教徒と思われる者を発見した。ここまで言えばお分かりだろう。ギラ新教徒は、自分をギラ神に選ばれた特別な人間だと思っている。領主や上司に対しても横柄な態度をとり、貴族こそが人であり、そうでない者は人として扱わない。その特徴が、今夜のパーティーで皆もよく分かったと思う」
若干の作り話も含め、バルファー王はギラ新教徒の特徴について話していく。そしてゆっくりと壇上の2人に視線を向け睨み付けた。
2人の伯爵は驚愕の表情で王を見て、会場の全員を見る。そして自分に向けられている視線が、憎しみと侮蔑の混じった視線だと気付くと、ガタガタと震え始める。
ヨム指揮官はドアの前に控えていた、王宮警備隊に合図を出し、あっという間に2人は5人の隊員に取り囲まれていく。
「離せ!俺は選ばれた人間だ!この国を変える人間なのだ!」
「俺に触るな!お前らごとき軍人に屈したりしない。選ばれし者の国を作るのだ!」
2人の元伯爵は、抵抗しながら会場の外へと引き摺り出される。その光景を見て青くなる者が2名居たが、パーティー終了後、会場を出た所で【治安部隊】によって、何処かへ連れ去られることとなる。
「さて、もう1つ重大な発表をする。レガート国の皇太子選定についてだが、リバードが18歳になった時、誰もが納得する方法で、サイモスとリバード、どちらが皇太子に相応しいかを決定する。選定方法は決まっているが、その発表は3年後とする」
驚きの連続だった国王主催のパーティーは、最後の最後に、国王の重大発表で幕を閉じた。
イツキのロームズ辺境伯就任も無事に決定し、エントン秘書官とギニ司令官は、作戦成功に安堵の息を吐いた。
後はイツキ達が無事に帰ってくることを祈りながら、2人はギラ新教徒との新たな戦いに勝利することを誓い、拳と拳をぶつけ合った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
前後編の予定が何故か4話……なんとか完結です。
また外伝を書くと思いますので、よろしくお願いします。




