ロームズ領主決定会議(3)
何故か3話でも終わりませんでした・・・
あと1話、お付き合いください。
「皆さまようこそ。王宮警備隊のヨム・マリグ・カミスです。本日は領主様、新領主選定に挑戦頂いた10人の貴族の皆様をお迎えし、各大臣を始め、副大臣、軍関係者、警備隊関係者も出席し、日頃中々交流する機会のない方々との交流を図って頂きたく、久し振りに王様主催のパーティーを開催いたします。勿論パーティーの後半には、新領主の発表をいたします。また本日は、王妃様、側室エバ様、そしてお2人の王子様もご出席くださいます。美しいご婦人方はいらっしゃいませんが、メイド達が精一杯おもてなし致しますので、どうぞ最後までお楽しみください」
警備隊の指揮官であるヨムが、王宮警備隊の白い制服を格好良く着こなし、流れるような美しい所作で頭を下げ、パーティーの開始を宣言した。
パーティーの開始早々、ヨム指揮官はマキ公爵39歳とマサキ公爵44歳に近付き、耳元近くで何やら囁いた。
「治安部隊を指揮しているヨムです。先ほど指摘を受けた伯爵には、前半話し掛けるのを控えてください。他の貴族との……勿論大臣も含めて交友関係を調査しますので」
ヨムはそう言うと深々と頭を下げ、何処かへさらりと消えていった。
先程は王宮警備隊の人間だと名乗っていたのに、今度はわざわざ【治安部隊】を指揮している……と告げ、釘を刺しに、いや、指示を告げに来たのである。
2人の領主は、外見だけは美しい貴公子風のヨムの笑顔が、心から恐ろしいと思った。あれは、自分がギラ新教徒に成ろうものなら、美しい笑顔のまま後ろからブスリと躊躇なく殺る男であると、想像してブルリと震えた。
パーティーの前半は午後4時から6時までで、主にアルコール以外の飲み物と、菓子や果物や軽食が用意された懇談会のようなものだった。会場内は6人座りのテーブルが10卓用意してあり、何処に座っても良く移動も自由であった。
皆はパーティーの開始早々王様が告げた、ロームズ乗っ取りとハキ神国との戦争の件で、心配したり不安になったりしながら、大変なことになったと噂しあった。
当然ロームズを乗っ取った極悪人が居る、マサキ公爵とカイのラシード侯爵に向けられる視線は厳しい。
何故なら、バルファー王は意図的に、ロームズを乗っ取ったのがギラ新教徒であると告げなかったからである。
パーティー開始1時間が経過したところで、エントン秘書官が壇上に立ち、今回ロームズの領主に課せられた領主としての条件を発表した。
条件の一部は、新領主選定試験を受けた者にしか告げられていなかった。領主でさえ半分しか知らされておらず、大臣や他の関係者達は初めて聞く内容だった。
*** 新領主の条件 ***
1、伯爵又は伯爵家の子息以上の貴族であること 2、ロームズに建設中の医学大学の運営が出来る者 3、ハキ神国からロームズの住民を守れる者 4、中級学校を建設出来る者 5、カルート語が堪能であること 6、年齢制限はないが、防衛重視の観点から軍関係者、又は軍経験者が望ましい 7、住民に対する賠償として、半期分の納税を免除すること 8、医学大学の運営費を半分負担し、教職員を集めること 9、医学大学の建設費を半分負担出来る者 10、防衛費を半分負担出来る者
「以上の10項目が、今回の新領主選定の条件です」
エントンはニヤリと笑い、受験者以外の出席者に選定条件を教えた。
「こんなの無理だろう。現在の領主でも無理じゃないか?」(外務大臣)
「いやいや、これではなんのメリットも有りませんな!」(ホン領主)
「防衛費がなあ……それに医学大学というのが素人では無理だ」(国務大臣)
「厳し過ぎて、普通の者は誰も手を上げんだろう」(キシ公爵)
出席者は半分呆れ顔で、半分は本当に領主を選ぶ気があるのか?と囁きながら、懐疑的な視線を秘書官に向ける。
「大変厳しい条件にも拘わらず、2人の伯爵が手を上げてくださいました。そのお2人の名前は後半の食事会にて発表いたします。また、今回この場には出席出来ておりませんが、レガート軍ギニ司令官推薦の伯爵がもう1人、この条件を了承くださる予定です」
エントンはそう言うと、3人の紹介は後半直ぐに、新領主の発表は最後に行うと付け加えた。
いったい誰がこの条件を呑んだのだろうかと、会場内はざわざわし始める。
「王様、この度は本当にありがとうございました。本来なら取り潰されても当然の失態を犯したヤマノ侯爵家を、存続させて頂けただけでなく、大掃除までお手伝いくださり、亡き義父共々感謝申し上げます」
ヤマノ侯爵エルトは、心から王を敬愛し、王の器の大きさに感謝した。
「いや、悪いのはギラ新教だ。どうやら次はカイとマサキの大掃除をすることになりそうだよ。それにエルト、ギニ司令官推薦の伯爵はヤマノ領だからさ、とりあえず年齢は伏せといてね。ほら、まだ学生だし……まあ……色々と煩い奴も居るだろうから……ね。この機会に自分の顔を売っとけ」
「えっ?まさかイ・・・彼ですか?確かに私も彼ならと思いましたが、あまりにも忙し過ぎるのでは?」
エルトはイツキが候補者だったのかと驚きながら、ヤマノ領以外にもギラ新教の拠点があったことにも驚いた。
「ああ、レガート国はこれから本格的な戦いに突入する。国中に嵐が吹き荒れるだろう」
「そんなに奴等は……この国に根を張っていたのですね……私で出来ることがありましたら、何なりとお申し付けください」
「ではとりあえず、彼を領主にしてくれ。彼には使命があるから、レガート国だけに置いておく訳にはいかないからね」
バルファーは厳しい顔をしてこれからの戦いを思い、寂しそうな瞳でイツキを思う。
エルトは、王はイツキ君がリース様であるとご存知なのだと分かり頷く。そして新参者の自分を前に出そうと、いや、堂々と前に出ろと背中を押してくださるのだと理解し、改めて深く礼をとった。
午後6時、パーティーは後半に突入し、仕事を終えた部長級の高官も加わり、食事の前に3人の候補者の名前が発表されることになった。
発表の後、候補者達は各テーブルを回り、質問に答えたり自分の抱負を語る。そして参加者全員が記名式で投票する。
テーブルの席は自由なままだが、王様の席には、王妃、側室エバ様、サイモス王子、リバード王子だけが座ることになっている。勿論投票もする。
「それでは、名前を呼ばれた2人は前へどうぞ、欠席者の推薦人である司令官も……いえ、司令官は恐過ぎるので、代わりに領主であるヤマノ侯爵前へどうぞ」
秘書官の話に「おいヤマノって……」「伯爵が居たんだ」「確かに司令官に質問なんて出来ないよな」「何処の金持ちだ?」等と、ひそひそ囁く声がする。
「1人目は、マキ公爵領のネバル伯爵(42歳)、2人目はマサキ公爵領のナテム伯爵(52歳)、3人目はヤマノ侯爵領のイツキ伯爵、イツキ伯爵はキシ公爵領の子爵でもあります」
「「「オオォーッ!」」」と歓声が上がる。皆は興味津々で3人を見る。ヤマノ侯爵は、これが正式なお披露目みたいなものだった。
「さあ、次の幕を開けようか」とヨム指揮官が言い、ソウタ指揮官はニヤリと笑った。
この時のマキ公爵とマサキ公爵は、もう逃げられない!自領の伯爵がギラ新教徒であると知られてしまうと、生きた心地がしなかった。
しかし無情にも、多くの高官や大臣に、候補者について質問されることになり、赤くなったり青くなったりしながら地獄の時間を過ごすのである。
最近国王に対して、批判的な発言の多かったマキ公爵は、自分の従兄であるネバル伯爵とは、意見を交わすこともあり、そう言えば国王に批判的だったと思い出す。ネバルと話すと、何故か自分も国王のすることに批判的になっていたと気付き愕然とする。
3人は選挙活動のように、早速各テーブルを回りながら、自分を自慢したり、自慢したり、とにかく私なら簡単に出来ると自慢する2人と、当の本人は居ないが、やや控え目にイツキ伯爵のことを話すヤマノ侯爵とに分かれ、その様子は対照的だった。
そこに、職場の上司として登場する2人の指揮官の存在が、この場に居ない謎の伯爵を、より謎の人物に仕立て上げていく。
◇ テーブル2 ◇
「ヤマノ侯爵領は、全ての伯爵を子爵にしたと噂に聞きましたが?」
「ああ、はい。でもイツキ君はあの事件の後で伯爵にしたんですよ。彼はヤマノの恩人ですから」
「恩人ですか?」
「ええ、彼が毒殺の犯人を捕らえ、私の毒殺を阻止してくれたんです。彼は医者ですから」
財務大臣とミノスの領主が座るテーブルで、エルトは笑顔で質問に答えた。
◇ テーブル3 ◇
キシ公爵の座るテーブルに来たナテム伯爵(マサキ領)に、軍の事務方のトップが質問した。
「ロームズの防衛費は大変じゃないかね?」
「それは税を重くすれば良いでしょう。武器はただですから、住民を使ってもいいし、なんとかなるでしょう。それよりキシ公爵、イツキという子爵はなんの仕事をしているんですか?」
常日頃からキシやミノスは敵だと教えを受けているナテムは、キシ公爵の後に様さえ付けない。このテーブルは軍関係者ばかりだというのに……
「イツキ君は軍学校の教師もしていたな」
キシ公爵の返答に礼を言うこともなく、「はあ?教師ごときが領主に?フーンそうですか」と言って、去っていった。当然そのあまりにも失礼な態度の伯爵に、皆が殴り掛からなかったことを、キシ公爵は笑顔で褒めた。
こっそりその会話を聞いていたマサキ公爵は、倒れそうになるのを懸命に耐えた。
◇ テーブル4 ◇
「ネバル伯爵(マキ領)、剣の腕の方はどうかね?」(外務大臣)
「はい、結構強い方だと思います。上級学校ではAクラスでしたよ」(ネバル)
「イツキ伯爵は武術は出来るのかなヤマノ侯爵?」(外務大臣)
「ええ、上級学校の1年の時、槍の正選手で大将を努め、上級学校対抗武術大会で優勝し、確か乗馬も選抜選手でしたよ。剣はどうだったかな?」(ヤマノ侯爵)
「剣なら私の弟子ですから、まあそこそこには・・・一応うちの部隊で指揮官補佐をしてますので」(ソウタ指揮官)
「「「・・・・・」」」
偶然同じテーブルで顔を会わせたネバル伯爵(マキ領)とヤマノ侯爵は、同時に質問に答えていた。このテーブルには、外務大臣とソウタ指揮官、そして新領主を目指していた、他の伯爵と伯爵の子息2人が座っていた。
剣聖と名高いソウタ指揮官の弟子は、そこそこ強い上に、治安部隊の指揮官補佐であると分かったテーブルに座っていた者は、気の毒そうにネバル伯爵を見る。
◇ テーブル5 ◇
「ヤマノ侯爵、何故そのイツキ伯爵はここに来ないのだ?」(ホン領主)
「それは……まあその内分かりますが、イツキ君は今、ロームズに行っていますから。しかもキシ組のフィリップ秘書官補佐と技術開発部のシュノー、その他【奇跡の世代】と一緒に戦っていますよ。彼は【奇跡の世代】のお気に入りですから」(ヨム指揮官)
「私はイツキ君の仕事には、口を出してないんです父上」(ヤマノ侯爵)
「でも、ヤマノ領の領地はどうするんだ?統治させなくていいのか?」(ホン領主)
「ええ父上、今のところその必要はありません」(ヤマノ侯爵)
「しかし、ロームズは領主と言えど、レガート国で1番小さな領地だ。領主と言ってもなぁ、あんな小さな領地ってどうなんだろう。俺なら領地持ちって恥ずかしくて言えないな、俺の領地の4分の1だ。キシ公爵は領地でも広げたいのかな?」(商業副大臣)
「しかし、貴方の同郷のナテム伯爵も立候補されてますが?そんなことを言われていいのですか?」(ヨム指揮官)
なんで今キシ公爵が?と思いながらもヨムは笑顔のまま、探るように質問する。
「いや、彼は選ばれた特別な人間ですから、直ぐにでも領地を5倍くらいに広げるでしょう」(商業副大臣)
「いやいや、それではハキ神国のオリ王子と同じでしょう?侵略や略奪は必要ないですよ。うちのイツキ君は、今更領地の広さになんて拘らないでしょう。だって彼の領地は、レガート大峡谷ですよ!間違いなくこのレガート国で、1番広大な領地を持っているんですから」
ハハハと笑いながら、ヤマノ侯爵は父であるホン公爵のテーブルを離れていく。
ヨム指揮官は黒く微笑み、ギラ新教徒であるナテム伯爵と随分と親しそうだった、同じマサキ領出身の商業副大臣を、ギラ新教徒認定した。
そしてヤマノ侯爵の父であるホンの領主は、公爵の子息でありヤマノ領の領主であるエルトを、バカにした商業副大臣をしっかりと敵(ギラ新教徒)認定し「ヨム指揮官、ギラ新教の人間の特徴がよ~く分かりました」と言い、今後ホン領は、ギラ新教徒撲滅に協力すると約束した。
ギラ新教徒包囲網がじわじわと進行する中、パーティーは進んでいき、いよいよ王妃様他、王族の皆様をお迎えする時間になった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




