第九話 お風呂
「さて、そろそろDPを何に使うか……」
起きてから直ぐに魔法の練習をしていたので遅れたが、未だ今日貯まった分のDPは残っている。なのでそれを何に使うかだ。まあ考えるまでも無いが。
「風呂だな」
「お風呂ね」
意見の一致にお互い頷き合う。
前から欲しくはあったのだ。清潔さを保つことは病気にならない為にも必要だし生活の大半を異性と同じ空間で過ごすのだ。最低限の身だしなみくらいは気を付けたくもある。
森の中を一人で逃げていたノワール程では無くとも、俺ももう三日も同じ服のままだ。ずっと真っ白な空間に居ると気が狂いそうになるので、適度に運動も挟んでいるのでそれなりに汗の匂いなども気になっていたりする。
「だが、出来るだけ安く済ませたいな。単純に風呂としての機能がついた部屋と言うだけで50pt、流石に高すぎる」
「そうね、それだけに二日も掛けたくは無いし他の物で上手く代用できそうなものはある?」
「風呂と部屋を別に用意して使えばいいだろ。取りあえず風呂で一番安いのを……これは」
風呂の項目の中で最も安いもので召喚されたのは……ドラム缶だった。ドラム缶風呂というのがあるがこれは……
「……酷いな」
「……これはお風呂なの?」
「必要なのが5ptにしてもこれは酷いな。殆ど同じものの癖に切り口なんかを加工しているだけで普通のドラム缶より2pt高いとは……」
2pt分だが損した気分だ。まあもう買ってしまったものは仕方が無い。
「浴室は一番安いので12ptか、個室より2pt高いだけって事はあまり期待出来そうに無いな」
「……それでも買うしか無いでしょ」
ノワールもげんなりした表情をしている。だが出来るだけ安く済ませる為だから仕方が無いと割り切るしかないな。時間を掛けても仕方が無いので早速選択する。すると個室の扉と全く同じ扉が出現した。
「開けるぞ」
「ええ」
扉に手を当て押していく。
「……真っ白だな」
「……そうね」
予想通りと言うか個室と同じように真っ白。浴室だからか水が流れ出る設備はある以外全く持って個室と差異が無い。ついでに鍵も無い。風呂場の癖に完全に外から出入り可能な状態だ。
「……取りあえずあのドラム缶を運ぼうか」
「……そうね」
気落ちしたノワールに声を掛けてドラム缶を運び始める。何とすまん。いや、俺が悪い訳では無いが。
「……お風呂なんだけど。私が先に入ってもいい?」
「構わないが服はどうするんだ? 流石にそのままって訳には行かないだろ?」
そう言ってノワールの服を指差す。逃げて来たと言っていたことから分かるようにノワールの着ているドレスは所々破け汚れている。逃げ出した時の服装そのままらしいが
「……悪いけど代わりの服を召喚して貰っていい?」
「これも必要経費だろ。それよりどんな服がいい? 流石に今着てるようなドレスなんかは馬鹿みたいに高いから駄目だぞ」
「分かってるわよ。そうね……動きやすい服装で頼むわ。今後を考えると私も動き回る必要があるでしょうし」
「そうか」
元王女と言ってもノワールは殆ど我が儘を言わない。と言うより我が儘より義務感の方がよっぽど高そうだ。今でも自分の贅沢より仲間の救出を優先している。それこそ自分を掛け金に乗せる程に。それに関して文句がある訳では無いけど少しくらい自分の欲を出してもいいと思うんだが。
まあ、俺が何かを言う事じゃ無いか。ダンジョンコアを使って女性服をピックアップしノワールの前に差し出す。頼むって言われたけどどういった服が好みなのか分からないからな、本人に決めて貰うのが一番だ。
十分程悩んだ後、ノワールは決めた服を俺に言って来た。ダンジョンコアは俺以外操作出来ないから召喚する時は俺が操作するしかないのだ。そして問題が起きる。
「……すまん。服のサイズ調整が手動なんだが」
「………………………」
……無表情は怖いから辞めて欲しい。正直怖い。
「目を瞑ってるから。ノワールが俺の手を動かして操作してくれ」
「いえ。大丈夫よ。あなたのせいじゃないし……今後何度もある事だと考えればその度にあなたに迷惑を掛けるは忍びないわ」
「い、いや、毎回目を瞑るくらい大丈夫だから」
「そう。なら今回は甘える事にするわ」
た、助かった……
目を瞑って人差し指を立てた状態で目を瞑る。向かい側にノワールが来た気配がし、俺の手首を掴んで動きを誘導し始める。そして少しし経った所でノワールの動きが止まった。
「……ねえ、このBWHって何なの?」
「えっと……確かバスト、ウエスト、ヒップの略だったと思うけど……まさかサイズを測る単位が違うとか?」
「……ええ」
そうか。まあ世界が違うならそれは仕方が無いな……って。痛い!痛い!
無意識に魔力で強化したのか手首が万力のような力で握られる。バキバキと鳴ってはいけない音が鳴った気がするが大丈夫だと思いたい。
「あ、ごめん」
「いや、大丈夫だ」
幸い直ぐに気が付いたノワールが離してくれたが、それでもしばらく手首に違和感を感じるくらいには痛かった。
結局は俺がダンジョンコアに表記をこの世界基準に変えてくれるよう頼むことで何とかする事が出来た。まああれだな。女性にとっては重要な事だったのだろう。男では数値を見ただけで具体的なサイズなど分かったりはしないんだが。
その後下着を買う際にも軽い騒動があったりしたのだが……まあそれは蛇足か。
そして今現在の俺だが自室に籠っている。服を手に入れたノワールは早速とばかりに風呂に入ったのだが、現在浴室はダンジョンの基礎部分、大広場と言うべき場所と直に繋がっている。つまり何が言いたいかと言うと……着替えるための空間が無いのだ。
よって風呂から出るときは一度裸でダンジョンの大広間に出た後自室に戻るといった手間が必要となっている。なのでノワールが風呂を出るまでは鉢合わせにならないように自室で籠っているの事にしたのだ。
待っている間暇なので適当に魔法の練習をする。一度も成功はしないが暇さえあれば練習する癖を付けれるようにしているのだ。
コンコン。
しばらく無心で練習していると控えめに扉をノックする音が聞こえて来た。
「入っていいぞ」
「失礼するわ」
そう言って部屋に入って来たのはノワールだ。二人しかいないのだから当然と言えば当然だが。風呂に入ったからかさっぱりしたようだ。
それにしても服を買えるだけで大分印章変わるな。黒いドレスから洋服へあまり高いものでは無いが、それでも元の素材がいいからか十二分に輝いて見える。
ドライヤーなどが無い為、少し湿っている髪に見た目不相応な色気を感じてしまう。
「お風呂が空いたから伝えに来たわよ」
「あ、ああ、ありがと。直ぐに入るよ」
「……どうしたの?挙動不審よ?」
「いや。大丈夫だ」
思わず見とれてたとは言えず、その場は誤魔化して逃げるように立ち去る。その際少し不思議そうな表情をしていたが風呂に行くと言って早々に立ち去った。
誰も居ないとは言っても大広間で服を脱ぎだす事には抵抗感があったので、一度浴室に入り服を脱いだ後、ドアから放り出す。……今後の事を考えると洗濯機も買わないとな。だが機械類は他と比べて少し高かったな、そうすると最初は洗濯板からか?面倒だな……
ドラム缶風呂は既にお湯が張ってある。ノワールが魔法で沸かしてくれたのだろう。お湯に浸かる前に一度身体を流してから湯に浸かる。
「ふぅー」
思わず声が出てしまうほど気持ちがいい。その際体積が一杯になるお湯が零れるのを見て、流れ出た水はどこに流れるのだろうと、益体の無い考えが浮かんだがお湯の気持ち良さに直ぐに気にならなくなった。
そしてしばらくゆっくりした後、バスタオルで身体を拭き、用意しておいた服に着替えて自室に戻った。色々大変だがそれでも風呂があるだけで、一日の終わりに楽しみが出来るな。