第三十二話 ヘラス族への訪問
「「「うおぉぉぉぉぉ!!」」
「さっさと眠れ」
正面からやってきた男の顔面を殴り飛ばし、背後から襲って来た攻撃を躱す。左右からの攻撃には宙へ舞い蹴り飛ばす事で対処する。
だが倒したそばから敵は迫ってくるので埒が明かない。無駄にしぶとく意識を飛ばさないと這い上がってくるから確実に意識を奪わないと戦いは終わらないのだ。せめて魔法を構成するだけの時間があれば一瞬で終わらせてやるのだが、こうも息を吐く間も無く攻勢ではそんな余裕は無い。
幸いな事に一人一人の強さは大したことは無い。技量も俺と同じかそれ以下、素のスペックで圧倒している俺は一方的に立ち回れる。殆どの攻撃に対して見てから対応出来る程の差があるので負ける事はまず無いだろう。
ただこの物量だけは厄介で完全な敵という訳でも無いので殺すわけにはいかない。だからこそこうして手間を掛けて一人一人動けない様にしていかないといけないのだ。
一向に終わらない攻勢に戦い方を変える。吹き飛ばして攻勢を緩める者から一人一人確実に意識を奪う方向へ、こいつらの耐久力は並ではない。死なない様にと手加減した攻撃ではいつまで経っても終わりが見えてこない。
目の前にいた男の顎を打ち抜き意識を奪う。そのまま倒れ込む男を踏み台に一瞬の間をつくる。その際に空中で魔法を構成し手近にいた男を吹き飛ばしておく。
「ふぅ……」
軽く息を吸う。これだけ同時に仕掛けられると呼吸一つとっても一苦労だ。敵の包囲網を脱したが歩数で言えば数歩分しか移動してはいない。直ぐに敵は殺到し俺もまた殴り飛ばす作業に戻って行く。
……ホント、面倒な問題だな。
事の始まりはヘラス族の視察に向かった事に始まる。ミスト族とヘラス族、共に似通った風習のある部族だが現状ではミスト族の運営は上手く行っているにも関わらずヘラス族はそうでは無い。
理由は簡単だ。単純な性別の差である。ミスト族は女性のみで構成されているのに対し、ヘラス族は男性のみ、お互い他所の血を受け入れることによって存続する部族であるのだが、自ら子供を産むことが出来るミスト族と比べてヘラス族にはそれが出来ないのだ。
へステア王国に来る前は他所から攫って来ればよかったのだろうが、へステア王国に所属するようになってからは当然ながらそのような真似は禁止となる。ならばどうするか、その対策をヘラス族は上手く立てる事が出来ないでいるのだ。
一応他所からヘラス族への移住の募集を行ったり、金銭での妊娠契約のような物を結んだりはしているようなのだが、前者は壊滅的、後者もへステア王国では経済的弱者への救済をかなり頻繁に行っている為あまり数が集まらないというのが現状らしい。まあ過度な男性優遇社会であるヘラス族へ好き好んで住みたいという女性などそう滅多に居るものでは無いし、仕方が無いだろうと言った感想しか出て来ない。
そして俺が何故戦う事になったかと言うと、……女に飢えた馬鹿共が俺に連れて来るよう言って来て、下手に断ると後々禍根になりそうだからいっそ俺に勝てばいいって言ってやったからだ。
その結果が現状の積まれゆく男たちの骸(死んでない)である。血気盛んで強者を尊ぶ彼らを従えるには分かり易く力で示すのが手っ取り早い。前に戦いを見ていた感じからまず負けは無いと思って居たので今後の為にもここで力の差を分からせておこうと思ったのだ。
「さて、お前で最後だ」
「ひぃっ!」
最後まで残っていた男を気絶させ、ようやく事態が収拾する。
「はぁ、それにしても疲れるな……」
一対多数で殺さない様に加減するというのは思いほのか気を遣う作業で体力よりも精神的に疲れる。あいつらも最初に威圧した時に怯えていたのだからそのまま諦めてくれれば良かったのに。
気絶した男たちの山を見て改めてため息を吐く。分かってた事だがヘラス族の集落は順調とは言い難いみたいだ。
「……申し訳ございません」
「謝罪はいい。それにもう済んだことだ。それよりこれからどうするかを考えようか」
「……はい」
集落を歩き、他より二回りほど大きい屋敷に訪れた俺は部屋に案内されて早々に冷や汗を浮かべながらやってきたフィリップから謝罪の言葉を受けた。
謝罪の理由は彼らの暴挙にも近い決闘騒ぎの件だろう。今回は俺が対処したが本当はこのような事は起きる前にフィリップが対処しなければならなかった問題だろう。
「……ゼロ様も察しの通り、ここしばらくの間女っ気が無い事で気が立ってしまっていたようでして、私が行った対処も上手くはいかずに……」
「だろうな。俺も上手い解決策は思いつきそうにない」
「はい。分かっています。ゼロ様に紹介させろ、と言う人間も多かったのもですから、先立って対処していただいてありがとうごさいます」
「下手の放置すると悪化しそうだったからな。だがこれだと力で押さえ付けただけでそんなには持たないだろ」
「……はい」
……どうも本気で困り果てているみたいだな。
問題はこれまでのやり方だと次代が残せない。それと男たちの欲求不満、正直自分でどうにかしてくれと言いたいが下手に放置しておくと他に迷惑が掛かる事になりそうだから出来るだけ解決したいんだよな……
だがその解決策が思いつかない。そもそもヘラス族内部での女性の扱いが物に近いのだ。好き好んで住もうと思う女性など滅多にいないだろうし、罰則として送るのも色々と問題があるだろう。
もう根本的に文化がへステア王国と合って居ないのだ。そのそも他所から略奪するという前提を元に部族が成立している。聞いた話と資料を見る限り変わろうとしているのは理解して居るのだが。それでも根本的な所で女性を下に見る傾向がある。
へステア王国でも男性のみの社会を維持していくのであれば、他の女性の協力は必要不可欠になる。それなのに俺から見ると出す賃金も対応も色々と足りていなく思える。正直これでは断れれても仕方が無いだろう。ヘラス族ではその辺の譲歩が足りていない様に思えるのだ。
「フィリップは統治が上手くいかない原因は何だと思って居る?」
「……やはり女性が足りていない事ですね。今までとは違い他所から攫って来ることは出来なくなったので、お金に困っている人を対象に交渉しているのですが、それも難航しているのが現状です」
「まあそうだろうな。悪いが女性のヘラス族の評判はあまり良くは無い。好んでそんな契約を結ぶ人なんて滅多にいないだろう」
ここでは言葉にしないが契約を結んだ人の扱いもあまりいいものでは無いだろうからな。それにそもそも多少お金に困っても国の方で最低限の生活は出来るので飢え死にするような事にはなりはしない。
ヘラス族で奴隷に近い扱いをされるよりかは、街で下働きをしながら生活した方がよっぽど待遇がいいのだ。労働者階級の人の手が足りず、選り好みをしなければ仕事はあるので尚更だ。
これはヘラス族に変化が必要とされる問題なのだろう。今まではヘラス族では女性の扱いは物に近いものであった。だがそれはここでは通用しない。妊娠が女性に負担を掛ける事柄である以上それを求めるには相応の対価か待遇が必要になる。こればっかりフィリップ一人がどうにか出来る問題では無く部族全体の考え方を変えていく必要がある問題だ。
「……一応若い世代の人を多く連れてきているので少しずつ変わっていくしかないのだと思います。幸いな事に此方で世話になってから病気などで死ぬ事などは殆ど無くなりましたから」
「そうか、まあ価値観は簡単には変わらないだろうからな……」
目の前にいるフィリップも割と女性を軽視する傾向が見えているからな。幼い頃に固まった価値観や考え方はそう簡単には変わらない。俺も周囲との価値観の差に悩まされることは多いのでその大変さはそれなりに分かっているつもりだ。
本人も変わらなければならないとは頭では理解して居る様だが、現実として認識はそう簡単に変える事は出来ないのだろう。
このままでは駄目だと言う認識があるだけ優秀とは言えるのだろうが……難しいな。
「ゼロ様。出来ればでいいのですが部族の子供を留学と言う形で預って貰うことは出来ないでしょうか?」
「それは何故だ?」
「私たちが考え方を変えるのは難しそうだからです。ですから今の内に次世代の子供たちに違う考え方を学んできて欲しいのです。当然ながら費用は此方で負担しますし問題が起きた際にも責任は取ります。だからどうぞよろしくお願いします」
細かい条件を話し合った後この話を受けることにした。自分たちで無理なら次世代にか、こういった考え方もあるんだな。
フィリップのこの提案は計画通り後にヘラス族が変わっていく転機へとなっていった。首都ゼスカへ留学と言った形で訪問した子供たちは少しずつ違った価値観を学んでいき、ヘラス族の集落へ戻ってから元の風習と上手く折り合いを付けていくのだった。
やっている事は少し特殊かもしれないが、これらの日々は俺に取って平和な日常の一幕だ。だがこの戦乱の時代で平和などそう長々と続くものでは無かった。
ヘラス族への訪問から僅か一年後、へステア王国はサンドニア王国から宣戦布告を受ける。ぬるま湯のような生活は終わり、大陸は束の間の平穏を終え再び戦乱の世へ舵を取り始めたのだ。
多くの国や種族、部族が各々の思惑の元に本格的に動き始める。へステア王国を舞台に様々な勢力が集う。後にへステア大戦と呼ばれる戦争が幕を開けるのであった。
この話を最後にしばらく休載する事になりそうです。気が向いたら閑話を何話か投降するかもしれませんが、本編は基本的に投降しない予定となっています。




