第二十九話 職業案内
無事ダンジョンの公開を終えた俺は数日の間溜まった報告書に目を通しながらここ数日に事を思い浮かべていた。
まず大樹だが纏まったお金が入ったので独り立ち……と、思ったのだが前回の映像のせいで少し悪目立ちが過ぎたのでもうしばらくの間は屋敷に滞在する事になった。割と雑な理由で連れ出されながらも途中で戦力外通知を出されるという酷い扱いをされた大樹だが三層目まで普通に戦えていたと言う事によって勧誘を受けるようになったからだ。
表面的に見れば問題が無さそうに見える勧誘だが、実際には大樹の実力云々と言うのはまるで嘘、ただ俺との繋がりを求めての勧誘であったので面倒な事にならない様に断らせる事にした。多額の契約金に目が眩みそうになっていた大樹だったが、俺が勧誘の意図を説明しそれによって発生するであろう不利益を教えて上げたら納得してくれた。本人もまだ実力不足だという自覚はあったようだし上手い話過ぎるとも感じていた様だったのでそこまで話が拗れる事は無かった。
それに金額は兎も角として待遇と仕事内容で言うのなら俺との方が良かったというのもあるとは思う。普通はこういった勧誘を受けると支援者してくれる者の意向に従う必要があるのだが、俺との契約ではダンジョンの難易度に関する印象とギルドでの様子を報告して貰うと言った簡単なもので義務も束縛も大分小さい。無茶を言われる危険性も無く、他者の顔色を伺う必要性が少ないと言った意味では悪く無い選択肢だと言えるだろう。
大樹としては今後しばらくの間は訓練と仲間集めを中心に頑張っていくそうだ。そのために俺の方でも人を紹介したりと色々協力していくつもりだ。
確か候補者としては試験的に運営している学院の方で優秀な成績を出したという魔法使い数名と、適性試験で騎士団から落ちたが実力としては問題が無さそうだった人間数名、後は前に知り合った孤児院に預けた子供頼まれて推薦しておいた子が一人と言った所だったか、どうもこの世界の子供は独立志向が強いらしく十代半ばまでは独り立ちすると考える子がかなり多いらしい。俺の屋敷でも既に何人か見習いとして様々な部署で働いているのだ。
まあ大樹の事に関してはこのくらいでいいだろう。勧誘合戦がある程度収まったら屋敷を出ていくと言っていたし後は残りの三人だ。
康生はまあ、放置しておいても大丈夫だろう。今は研究部門での下働きとして働きながら企業する為の資金集めとコネ造りに奔走し、楽しそうに動き回っているので特に何か言う必要もなさそうだ。実際に何かする段階になって上手く行きそうなら一枚噛ませて貰いたいくらいか?
沙紀は暴走するディアーネの外付け良心回路として頑張っている。自由奔放を地で行くディアーネの行動によって生じた被害者に対して謝って回ったり、ディアーネの我儘によって生まれた要求を俺に頭を下げて頼みに来たりと大変そうだが、本人は何処か楽しそうなので、これまた放置でいいだろう。
問題なのは栞だ。栞は図書館の司書を希望したのだが、へステア王国に公的な図書館は一つしか存在していない。と言うのも印刷機が存在しないこの世界では本は稀少で図書館など設置しようものなら盗難が多発することが目に見えているからだ。
そのただ一つの図書館は教育施設の敷地内に併設されているのだが、高価な品を扱う都合上警備が常に詰められ、かなり物々しい雰囲気を醸し出してしまっている。そこに勤めるにはある程度荒事への耐性も必要なので栞には少し荷が重いだろう。
だから栞には屋敷に併設された書庫の管理の仕事を頼もうと考えている。こちらは仕事に必要な資料や本などを整理して置くための部屋で、そもそも屋敷の敷地内に入る際に警備があるので荒事になる事は殆ど無いと言った利点もある。
問題は本を常に増やし続けているせいで全くと言うほど整理が追い付かないといったくらいか。俺の私有する蔵書扱いになるから機密情報となるものだろうが関係なく片っ端から増やし続けたらこんな状態になってしまったのだ。数は多いのに少し世に出すには拙い情報も結構多く管理する人間を増やそうにも人材を厳選しないといけないので人手不足な部署の一つである。
「えっと、じゃあ私はこのままここに住んでてもいいんですか?」
「先に気になるのはそっちなのか? まあ屋敷に勤める事になるから別に構わないが」
栞にその事を確認すると思いのほか簡単に了承を得る事が出来た。出回る事になると困る情報は日本語や英語で書かれているので正直ありがたい。
「じゃあ着いて来てくれ……っとそれは前回貸した本か」
「あ、はい。最近ようやく読める様になってきたので次はもう少し難しいのをお願いしてもいいですか?」
「構わないけど、それも書庫に置いてある本だから一旦返してしまうか。また読みたければ借りればいいし……もうこれが読める様になったのか」
単純にこれからの仕事場着いて行くとだけ説明して栞を連れだしたのだが、その際に貸していた本を返して貰った際に予想以上に語学の学習状況が良かったので少し驚いた。やはり読書好きと言うのは大きいようでこの分なら半年もしない内に読み書きならある程度出来るようになりそうだ。本が読みたくなったら適当なメイドにでも言いつけるよう言って置いたので最近は学習状況を把握できていなかったからな……
「ここでの生活はどうだ?」
「皆優しくしてくれるのでかなり気は楽です。これならやっていけそうなので本当にありがとうございます」
「こっちも俺の都合で日本に帰る支援が出来ないから、その罪滅ぼしとでも思ってくれればいいよ。……っと次は左だ」
「あ、はい」
軽く話をしながら歩き続けると巨大な扉が見えてくる。そこに用意しておいた鍵を差し込み捻るとガチャと重々しい音が鳴り響いて扉が開いていく。
「……え?」
「ここが屋敷の書庫になる。少しばかり散らかってるがそれは勘弁してくれ」
「あ、はい。いや、えっと……何か外から見えた敷地と中の空間の広さが違いませんか?」
「魔法で空間を弄ってるんだまあ危険は無いからそう言うものだと思っといてくれ。現状は地下に三階と地上十階、計十三階分あって各階ごとにある程度の分野別に分けてるのが現状だ。ただ表記が此方の言葉で無いのも幾つかあるから部下に任せても細かく分類分けすることが出来なくて困ってたんだ」
扉の中には巨大な空間を埋め尽くすようにして本が存在している。階段により層が十階層にも分けられ壁を埋め尽くすようにして本棚が積み重ねられ、それでも足りないと言う様に床にも本が敷き詰められているのだ。
当然ながら管理する人間もそれなりの数を必要とされているのだが、増え続ける本を前に管理する側の人間の採用数が追い付いていないのだ。しかも盗難に備えて幾つかの言語を使い分けているのでそれが更に困難にしている。
栞を連れてこの部署の管理を代表する人の挨拶をさせてから、再び俺が案内を始める。普通ならそのまま代表者に任せて俺も自分の仕事に戻るのだが栞には少し違った仕事を任せたいのだ。
「この区画だな」
「えっ、これって日本の本ですか?」
「と言うよりは地球の本だな。ほら、そっちに英語のだし、あっちの方はドイツ語のもある。下手に広まったら不味い内容が載っている本はこっちの公用語に直さない様にしているんだ」
「でも何か漫画も置いてありますよね。あれもですか?」
「戦争を題材としてる本なんかは割と危険な内容も書いてあったりするからな? それに世界の違いからちょっとしたことで危険に繋がるような事もあり得る。例えば海に出るとすれば危険なのは何だと思う?」
「えっと、方角を把握する事と天候の変化、後は病気とかですか?」
「それもある。だがこっちだとすれに加えて水棲型のモンスターの危険が大きい。しかもそいつらとの生存競争で生き残る為か毒を持った魚の比率がかなり多いみたいだしな」
「へ、へぇ……」
「まあ現実味が湧かないよな。まあイメージとしては殺傷能力を持った好戦的なクジラがそれなりの数存在している程度に思ってくれればいいよ。そのせいで全くと言うほど大陸の外の情報は入って来なかったりするからな?」
太陽の傾きなどから調べた結果だと、この大陸の広さはこの惑星の中で一割にも満たない。だから他の大陸がある可能性は高いと思って居るのだが、今言ったように情報が入らないのでどうなっているのかは分からないのだ。
もっと余裕が出来てきたら本格的に情報を得る為に海軍を設立したいとも考えてるが、今はこの大陸での地位の確立を優先としている。
「えっと、それで結局この区画の整理をすればいいんですか?」
「それを通常業務に追加してやって欲しい。情報を制限するために敢えて訳さなかったんだが、逆にそのせいで読める人がかなり限られてしまってな。まあ栞なら同じ日本人だし知られても問題無いと思うから、ここで読む分には問題無いからな。それと偶にだが俺から特定の本を持って来てほしいと頼むかもしれないからそれも頼む」
「はい。分かりました」
……予定より早く説明が終わったな。まだ一時間程時間もあるし、何か適当な本でも探してようか、そう考えた時、ふと、背後から声を掛けられた。
「あ、あの!! ゼロさんですよね!!」
「そうだが……君は?」
声を掛けて来た少女の外見は十歳ほど、もしくは更に下かもしれないといった所だ。ディアーネと言う例外を除けばそこまで幼い外見の子供は屋敷で見かける事はまず無いと言ってもいい。
まあ、そのディアーネも必要な時以外は殆ど与えられた研究室に籠っているので殆ど見かける事は無いのだが。
この少女が誰か、俺が頭を悩ませている内に少女は俺を見据え、緊張し強張った顔で思いっきり頭を下げて来た。そして……
「あ、あのわたしはミモリといいます。わたしをここで働かせて下さい!!」
「……は?」
あまりにも予想外の言葉に俺は思わず固まってしまった。
少しの間思考が停止してしまったが、話を聞いたところ、この少女ミモリは前に知り合い。孤児院に預けたテアンと言う少年が面倒を見ていた子供の一人らしい。
俺も何度か孤児院の様子を見に行った事はあったので、よく見れば確かに、テアンの後ろで小さくなっていたのを見た覚えがある気もしなくもない。ただ言い訳させて貰うならその時とは服装が違うし屋敷に気軽に来られるような立場でも無かったので選択肢から外してしまっていたのだ。
ここに来ることが出来たのはそのテアンからの推薦だ。どうも今回大樹の仲間を募集するにあたって、紹介された問いのがこのミモリで、この年にして既に実用的な魔法が幾つか使う事が出来るようになった程だとか。
……あいつ、年齢制限を付けたのを態と無視したな。
紹介してきたテアンだが、かなりふてぶてしいと言うか、強かな性格をしている悪ガキだ。食糧難で村を追い出されてから自分よりさらに幼い子供を抱えてへステア王国までやってきたらしく、日雇いの仕事を繰り返して何とか食いつないでいたが、他の子を養うには流石にお金が足りず、一攫千金のため酒場で賭博している時に見つけたというのが最初の出会いだ。
その後は話の流れで新しく孤児院をつくり、そこに入れたのだが僅か数か月で年少組と呼ばれる子供たちを見事に纏め上げ、リーダーシップをとっていると聞いている。
かなり自立心が強く、孤児院で寝食が保証されているにも関わらず年少組を率いてお金を稼ぐために奔走しているさまを時々見かけたりするほどだ。
生意気で、意地っ張りだが俺は割と気に入っていたりするので面白そうな話ならこっそりと支援したり、孤児院の視点から見た意見を聞いたりしたりする仲でもある。あるのだが……
今回のこれは本当に困ったな……
「ご、ごめんなさい。大樹さんからはわたしの年齢だと無理だと断れてしまって、施設のみんなにも絶対に受かるからって言ってしまって、預ったお金も全部杖とかを買うのに使っちゃったからその……」
無言でいたら断られると思ったのか泣きそうな表情で何とかして貰おうと色々理由を言って来た。……これが狙いだな。
隣ではすっかり絆されてしまった栞が何とかしてあげて欲しそうに此方を見ているし、ここで断ると本気で泣かれたりしそうで内心非常に困っている。
一応こういった事で俺への直談判は断る事にしている。そんな事にいちいち対処していたら仕事に差し支えるからだ。俺の元で働きたいとすれば正規の手順を踏むか、能力を示し此方からのスカウトを待つかするべきだろう。
だから今回悪いのは明らかに常識外れの行動をとったこの子なのだが……さすがに今にも泣きそうな様子を見ていると良心が咎める。これがテアンの策略だと分かっていても泣いている子供には勝てない。
既に見捨てる気にはなれないのだが、それでも流石にこの歳の子を雇う気にはなれない。聞いて見ると魔法使いとしては結構素質が高そうなのだが、せめて後四、五歳は歳をとってから来てほしいと思うのは俺の我儘なのだろうか?




