第十八話 ディアーネ・エクス・フォリア
俺の現状での印象では幼い少女の皮を被った狂人それがディアーネに対する評価だ。
短い時間接しただけで相容れない価値観を持っている事は理解できたし、危険人物に接するような態度でこれまで接して来ていた。
その対応が間違っていたとは思わない。寧ろ今でのその選択は正しかったとすら思っている。だがそれは正しいだけで最善とは言えないのではないかともとも思うのだ。
俺は基本的に最善の選択肢を選ぶことなど不可能だと思ってる。最善の選択肢を選べる存在などそれこそ全知全能の神かそれに準ずる者だけだろう。世界は常に多くの人間の策が複雑に入り組み合っていて正しい答えは常に変わり続ける。そんな中で最善を選び続けるの等全知でも全能でも無い俺にはそんな事は不可能だ。
だが最善を目指す事は怠ってはいけないとも思って居る。人は決して最善の選択を選ぶことはできないが、より善い選択を求める事は人に与えられた義務だと考えているからだ。
特に俺のような人を率いる立場の人間が最善を求め無くなったら、より多くの人間に不幸が訪れずれるだろう。だからこそ、少しでも良い選択肢を追い求めなければならないのだ。
決して最善の選択肢を選ぶことなど出来ないとしても人は最善を求めなければいけない。矛盾している様だが少しでも良い選択を選ぶ為にも考え続ける事は大切なのだろう。
話を戻そうか。要はディアーネの事を狂人だが、だからと言ってそれだけで理解を放棄するのもどうかと思ったのだ。これは決して安易な同情から来る考えではない。いや、そう言った感情が皆無とは言えないが、きちんと今後の事を考えての事である。
ディアーネは狂人だが話が通じない訳でも無い。会話が出来るのなら相互理解を深める事も不可能では無いのではないかとも思うのだ。違う価値観を持っていたとしてもそれを理解しある程度の妥協は可能かもしれない。
現に沙紀たちは勘違いを前提とするものではあったものの、ある程度仲良くなる事が出来ていた。それならば仲良くなるとまではいかなくても共存していく道もあるのでは無いか。
それにさっきも言ったがお互い寿命が存在しない者同士なのだ。長い付き合いになる可能性も十分に考えられる。仲良く出来るに越した事は無いだろう。
「何となく主旨は分かった。でも自己紹介って何を言えばいいの?」
「そうだな……さっきも言ったようにまずはどんな環境で育ったのかと。何が好きで何が嫌いだとか。どんな趣味を持っているかとか、そんな事でいいんじゃ無いか?」
「……難しい。先に見本を見せて?」
「見本て俺がか?……まあ構わないが」
さて、どんなことを言えばいいか……
「知っていると思うが俺の名前はゼロ、一応へステア王国の国王だから正確にはゼロ・へステアになるんだろうな語呂が悪いからか誰もそんな名で呼ばれたりすることは無いが。育った環境は不明。元となった種族は一応人族になる筈だ。正確には異世界人もしれないが……
趣味はボードゲーム全般と読書、最近は鍛錬もだろうか? 好き嫌いは特には無いな。……短いが特に言うべき事も無いしまあこんな所だな。何か質問とかあるか?」
「ダンジョンマスターの能力を詳しく教えて」
「……そう言った趣旨の話では無かったんだが、まあ当たり障りの無い内容なら構わないが、代わりに能力の解明も付き合ってもらうからな」
「別にいいけど、自分の事なのに分からないの?」
「ダンジョンマスターになったのは後天的で、能力自体は感覚で使えるんだが分からない事も多いんだよ。だがこの話はまた今度だ。今からその話をすると日が昇るまでかかりそうだし今回の話の趣旨にもあっていないからな」
「……分かった我慢する。それで今みたいに話せばいいの?」
「出来れば環境に関してを中心にな。俺の場合少し特殊だから話しようが無いからああなっただけで、俺が一番知りたいのはディアーネがどういった考え方をするかだからな」
「分かった。特に面白い事でも無いと思うけど……」
なんて事ない様子も無く語られる内容は壮絶なものだった。
「私はエクス家の四女として生まれた。エクス家は当時苦境に立っていたらしく、なんな中高い才能を持って生まれた私はそれこそ幼い頃から研究をしていた」
「お父様は研究の為なら、望んだもの、頼んだもの全てを手に入れてきてくれた。多分だけど私を使って一族の再興を図ろうとしてたのだと思う。そのためのただでさえ少なかった資産のほとんどを費やして私の研究に宛ててたかもしれない」
「私は多分その期待に応えられていたと思う。10……4,5歳だったかな? 禁忌とされていたアンデットの研究を完成させて、死者の軍勢を作り上げた。お父様はそれを使って周辺の貴族の領地を片っ端から従属させていった。あれがエクス家の最盛期だったのかもね。まあそれで調子に乗って管理できない土地を統治しようとして滅んだのだけど」
「私に人手不足を何とかさせようとしてアンデットに農作業をさせてみたのだけど、思った程の成果が出なかったのと死体を動かせ続けたせいで疫病が流行ったりして散々な結果になったりしたし。魔法の研究しかさせてない私に統治まで求めるのは流石に無謀だったのかもね。そんな事を何度か繰り返してそれでも私に何とかしろって怒鳴り込んで来たお父様に私が抵抗して殺してしまった事でエクス家は終わりを向かえたのだけど」
適当に相槌を打ちながら聞いていくが、本人が気にしていないだけで、下手したらトラウマになってもおかしくはないような内容だろう。
時折質問したり、その時どう思ったかなどを問いかけながら話を聞いていくが偶にこの世界の歴史書に載っているような話題を当事者視点で語られたりするにで反応に困る事もある。話の流れからしてディアーネの年齢は大体300前後といった所だろうか。これくらいなら長寿種の中でもある程度生きている人間ならば居なくはない。ただその殆どの時間を研究に費やしているとなると話は変わる。
長く生きているとしても普通、社会で生きているなら仕事や人間関係などでかなりの時間を取られる。しかも全ての人が絶えずに努力を重ねるようには出来ていない。長く生きているからと言ってそれがイコール優れている事に繋がる訳でも無いのだ。
だがディアーネは他の雑事に時間を煩わされる事無くひたすら研究をしていたのだという。しかも話を聞く限りだとかなり高い才覚を持って実際に成果も出していたみたいだ。
そんな存在の300年間は決して侮れるものでは無い。研究内容からして戦闘には向いていないだけであって研究者としてはかなり優秀な人材なのかもしれない。
「そうか大体わかった。話してくれてありがとう」
「こんな話で良かったの?」
「ああ、聞くと聞かないでは全然違う」
「なら血をくれる?」
「まあ、今後の働き次第では考えなくはない。ただホムンクルスの研究に関しては少し考えないといけない事もあるから、実際の行うのは少し控えて貰えるか?」
「……分かった」
「頼んだ」
……話しを聞く判断は悪手だったかもしれない。
客観的に考えればやはりディアーネは危険だ。倫理観は無いも同然だし価値観も一般的な感性から大きくズレている。
だが、前ほど邪険に扱う事が出来ないだろうと感じている自分がいるのだ。それ程までにディアーネの過去は重くまた同情せざるを得ないようなものだったのだ。
ディアーネのこの価値観は自然に生まれたものでは無い。周囲の環境が彼女にそうある様に望んだからなのだ。子供の内から欲しいものを欲しいだけ与えて、非人道的な研究に従事させたらこうなってしまうのは目に見えている。
決闘の意味は知っていても実情は知らない純粋な一面。欲しいものを駄々を捏ねるように欲しがると言う子供の様な行為、それでいて自分の出した被害を何とも思って居ない非道な一面。この歪んだ価値観は本人のせいでは無かった。周囲の大人にそうあるように望まれた結果だったのだ。
死霊術、しかも人の死体を扱うとなれば真っ当な価値観など邪魔以外の何物でもなかったはずだ。それを子供に強いるなど家を存続させるという貴族としては正しい判断だったかも知れないが、親として、人としては最低の行為だろう。
嘘をついている可能性も皆無では無いが、これまでの観察の結果ディアーネはそもそも腹芸が得意な方ではないと判断している。話を持ち掛けたのも急なので、その短期間でここまで細かい設定を思いつくとはとてもでないが思えない。
こんな時でも嘘の可能性を疑う自分に自嘲の笑みが浮かびそうになるが、ディアーネに別れを告げて立ち去る。そうしなければ同情から取り返しのつかない事までいってしまいそうだからだ。
寝床に向けて歩きながら天を仰ぎ内心の感情をため息と共に吐き出す。言うまでも無く最悪の気分だ。酒でも飲んで全てを忘れ去りたい。
これは沙紀には聞かせられないな……将来が心配になるくらい善良で優しい彼女がこの話を聞いたら、ここ最近のわがたまりなどかなぐり捨ててディアーネに味方しかねない。
その行為は尊いものだと思うが最終的に訪れるであろう未来は破滅である。人と関わり生活するならばディアーネは変わる必要がある。狂人が周囲の人間と上手くやっていける筈はないからだ。
危険だと分かった当初は隔離して研究だけやらせておけばいいと思ったのだが。既に俺にその気は無くなりつつあるしな……
「ホント、ままならないものだな……」
創られたダンジョンの中だと言うのに空に浮かぶ星空は皮肉な程に輝いて見えた。




