第十七話 価値観の違い
栞から相談を受けた件だが……まず結論から言おうか。ガッツリ巻き込まれた。
と言うのも肝心の最も思い悩んでる沙紀から直接相談を受けたのだ。流石に本気で思い悩んでる人間にも距離を取れなどとは言えずにズルズルと引き込まれる形である程度は仲の改善に協力しなければいけなくなったのだった。
裏で康生辺りが手を引いていたなら……とも考えたがそんな事は無くただ単純に俺に相談しに来たのだから手に負えない。人間関係の問題など俺の苦手とする分野なのに何で俺に相談するかな……
相談されたからにはやれることはやろうと思うが、これも経験だと割り切ってやれるだけやってみるしかないか。正直上手く行くとは思えないが。
「まず言わせて貰うが、現状では和解など不可能だ」
「……やっぱりそうですか」
とは言え俺に上手く言葉を選んで距離を詰めさせるような器用な真似は無理なのでざっくりと現実を突きつけるしかないのだが。
端的に現状を告げると沙紀は理解はしていたのだろうが、やはりショックだと言わんばかりの表情でそう呟いた。はぁ、なんで俺がこんな役を……
「問題となっているのは、倫理観や価値観の違いからくるものだ。これに関しては単純に沙紀の方が受け入れられるかどうかだな。ディアーネに変われと言うのは現状不可能だ。何せ本人に代わる気が無い。そして受け入れられないなら話は簡単だ。諦めろ。それなら素直に距離ととって関わり合いにならない方がお互い幸せだ」
かなり厳しい事を言っていると思うが俺に相談するという事はこう言う事だ。適材適所、素晴らしい言葉だ。人間関係の調節などまさに俺にとって最も向いていない分野を他人に任せる事が出来るのだから。
俺は直視したくない問題を率直に告げすぎてしまうらしい。オブラートに包んで伝えようとすると内容が上手く伝えられないなどと言う相談役としては壊滅的な適性の無さを誇っている。根本的に俺に相談事を持ち掛ける方が間違いなのだろう。相談と言うのは大体自らの意見に共感して欲しい。同意して欲しいと言った意味合いが殆どだ。だが俺はそれでは無く思ったことを、実際の解決策ばかりに思考が行ってしまうから駄目なのだろう。だが感情論って苦手なんだよな。物事に関してどうするのが正しいかでは無く。どうすれば解決するのかと考えてしまうからな。
多分やろうと思えば表層だけ上手く共感してあげて、気分良く終わらせてあげることも出来るのかもしれないが、全くもってやろうと思えないからな。まあだからと言って非常な現実を年下の女の子に突き付けても良いという免罪符にはならないと思うが。
「それで沙紀はどうしたいんだ? 受け入れられないと言うのなら話は終わりだ。精々無駄な足掻きを続けろ。俺から出来る事は何も無い。逆に理解しようと思うのなら障り程度にだがこれまでのディアーネの研究を教えようと思う。正直な所、一生知らない方が幸せだとおもうような内容もあるしあまりお勧めは出来ないがディアーネと仲良くなりたいと思うならこれは知らなければいけない事だろう」
「そんな酷い内容なんですか?」
「まあ端的にって最低だな。人として最低限持たなければいけない倫理もモラルも全て投げ捨てなているも同然の内容だ」
「……見せて下さい。このままディアーネとの関係が終わるなんて私は嫌です」
「ディアーネの方はそこまで沙紀との関係を重要だと感じて居ないとしても?」
「お願いします」
頭を下げて頼み込んで来た沙紀に再度知らない方がいい事だと念押しし、『それでも』と言うので諦めて口頭で俺が知ったディアーネの研究について話していくのであった。
ーー若い男女を監禁し、肉体に改造を施した状態で子供を産ませる事でより強力な個体を生み出す実験、とある民族で信じられていた儀式で子供を生贄にすれば神の力を持った神子が生まれると聞けば、それを実際に試して魔法的に検証したりーーー
殺害する事が目的では無く検証し、自らの研究目標の役に立つかを確かめる事が目的の為、被害者の数自体は少ないかもしれないが、それなりの月日を生きて居た事を考えれば被害数は三桁を優に超えるだろう。
最近だとホムンクルス……錬金術を用いた人体の創造に興味が向いている事から外部への被害を考えると、多少はマシなのかもしれないが、それでも非人道的な事には変わりが無い。
生み出された生命を真っ当に生かそうなどとは考えて居ないだろうし、そもそも思考の端にでも浮かんでいたかすら怪しい。ディアーネは本当の意味で研究にしか興味が無く。そのための犠牲を何とも思って居ないのだ。
沙紀たちに関しても召喚した後は興味を失ったから放置していたようであるし、逆に興味を引いていれば解剖されて今頃死んでいたかもしれないだろう。
段々と顔色が悪くなった沙紀を視界に収め、これは無理そうか。と内心嘆息する。真っ当な感性をしていればこれが普通だ。別に落胆したりはしない。
俺はディアーネを危険人物だと考えて接しているし。その考えが間違って居るとは思えない。ただ別にディアーネの考え方を変えようなどとは思って居ないのだ。
人の考え方は様々だと思うし、自分の考えを強制しようとも思えない。ただ国家として運営する上で法に反するようなら容赦なく罰すればいい。
ディアーネに関して言うならばそのための首輪をつけているのだし、有能だから生かしている。その程度の相手でしか無いのだ。
例え相容れない考え方をしているとしても、実害が無いのなら特に何も言う事は無い。ディアーネも過去に色々やっていたとしても、それはへステア王国の事では無いので特に興味も無い。ただ危険であるとだけ思考の片隅に入れるようにするだけだ。
まあ嫌っているのは否定しないが。捕虜にも関わらず態度は大きいし、要求は多い。ディアーネが原因で放逐された大量のゴブリンの対処やそれに伴う問題の数々、好きになれる要素の方が少ない。
法に反しない範囲では研究に必要な材料は用意してやるが、研究内容に関しては全て管理させて貰うつもりだし、そのことに文句も言わせない。
ディアーネは野放しにしてはいけないタイプの人間だ。放置しようものなら何をしでかすか見当もつかない。下手に能力があって倫理感が存在しないから尚更危険だろう。
「っとこんな所だな。これでも多少はオブラートに包んだんだが……十分すぎるようだな」
顔色が青いを通り越して蒼白になってしまった沙紀を見て、これ以上は流石に無理かと思って言葉を止める。
正直普通の感性を持っていたら、ディアーネは近づいてはいけないタイプの人間だ。基本的に無関心だが関心を向けた存在は解明せざるには居られないマッドサイエンティスト。同じように知的好奇心が強い存在でもノートンが霞んでしまう程の問題児だ。
「……あの、最近ディアーネはゼロさんの周りをうろついているみたいですけど、平気なんですか?」
「……多分だが研究対象として目を付けられたみたいだ。遺伝子情報を寄越せとか言い出されて少し困ってる」
話を聞いている内に最近ディアーネと接触する機会が増えた俺を心配してか沙紀は俺にそう聞いて来た。
人族ベースのダンジョンマスター、不老で高い魔力量を持ち特異な召喚能力を保有するなど、ディアーネの望む完璧な人間を造り出すという目的の為に、俺の遺伝子情報は非常に貴重なサンプルとなるらしく最近ディアーネは俺の細胞情報を寄越せと詰め寄ってくるようになり始めたのだ。
だが下手に渡すと気が付いたら俺のクローンが造られていたりしそうで正直怖い。ディアーネにまともな倫理観を期待する方が間違っているのでそもそも造れる環境を与える訳にはいかないと内心決意する事を決めたりもしたりもした。
「だが分かったろ。ディアーネと関わるのは百害あって一利ない。平穏を望むなら関わらない方がいい相手なんだ。それとこれはお節介かもしれないが、沙紀も今後の事について考えた方がいいと思うぞ? 他の三人は大体の方向性は決めつつあるみたいだし」
「えっと……そうなんですか」
「ああ、康生はノートンと仲良くなっているみたいだしそのまま弟子入りするかもな。大樹の方は戦い方を習って戦闘系の職を考えてるみたいだ。栞の方は更に具体的で図書館の司書を希望しているな。前から思ってたけど沙紀は他人の事を優先しすぎるな。優しい事はいい事だと思うがもう少し自分の事も考えないと……」
説教がましくそう告げてしまうが、沙紀はあはは……と困った様に笑うだけだ。こうガミガミ言いたくは無いのだが、『不運』などと言うマイナスの意味でかなり珍しいスキルを保有しているにも関わらずどうしてこうも心優しく育つことが出来たのだろうか。
取りあえず持ち掛けられた相談は終わりを告げたが、俺の言葉が何か役に立ったのだろうか? 正直な所現実と突き付けて諦める様に示唆しただけに過ぎないと思うのだが……。
「…………あ、居た」
「……………うわ」
深夜の休息中出会いたく無かったディアーネに出会ってしまった。出会う度に付きまとわれて面倒だったので極力すれ違う様にしていたのだが、少し気を抜いていたかもしれない。
「ねえ待って、血の一滴でいいから頂戴」
「何度も言うが断る。いい加減諦めろ」
「研究材料は用意してくれるって言ってた筈」
「一般的なものに限っての話だ。俺の生体情報とかは約束の適応外に決まってるだろ」
とは言ってもこれくらいで諦めてくれるなら苦労はしていないのだが……
頂戴。断る。お願いだから。他を当たれ。何でもするから。特にして欲しい事など無い。と押し問答を繰り返しながらも歩みは止めない。出来れば振り切りたいのだがそのために本気を出すのも何か負けた気がするので多少早歩きで歩くのだがいい加減面倒になってくる。
「ディアーネ。正直な所俺はお前の事があまり好きじゃ無いんだ」
「そう? ならそれはいいから早く頂戴」
「……何と言うか本気で面倒。いっその事処分した方がいいかもしれない」
「それは困る。でも私の研究にゼロに細胞は絶対欲しい」
「……あのゴブリンのじゃ駄目だったのか? あれも一応ダンジョンマスターだろ?」
「人族ベースのホムンクルスに細胞を混ぜてみたけど拒絶反応が強くて上手く成長しなかった。何度か試してみたけど多分ゴブリンの細胞だと上手く行きそうにない」
私の卵子を使ったんだけどな……と内心ドン引きするような発言が混じっていた気もするが、気にしないことにする。一々突っ込んでいたら話が進まない。
そして何とか話題を話を終わらせ、聞きたい内容に入る。
「で、沙紀と少し話をしたんだが、お前はどう思ってるんだ?」
「別に。ただ何で私に構うんだろうって思ってる」
「迷惑とは思って無いのか?」
「うん。でも多分そろそろ離れると思う。今までも似たような事をしてきた人はいたけど私の研究内容を知ったらみんなそんな感じだったし」
「私の研究内容を伝えたんでしょ?」と何てこと無いように言われたので首肯する。
前から思って居たが頭は悪く無いのだ。ただ対人能力が皆無に近く倫理観が存在せず、それでいて価値観が人とズレているというだけで。……十分に壊滅的だな。
ディアーネの反応からして沙紀を嫌ってる風ではない。ただ自分を変えるつもりが無く。だからこそ経験則的に沙紀が離れていくのだと思って居るだけのようだ。そうなるとこれはもう沙紀が次第だな。俺にどうこう出来るような問題でも無いだろう。
「お前は現状についてどう思ってるんだ?」
「別に多少煩わらしいと思うけど、研究が出来るなら特には何もない」
「俺を恨んで居たりは?」
「面倒な状況になったとは思ってる。私は何もしてないのに」
「いや、ゴブリンを大量に放逐するってのは普通に考えて最悪に分類される行為だからな?」
繁殖力が高く。人を襲う。死体は疫病の原因となるなど、ゴブリンは強さの面では大したことは無いが、非常に厄介なモンスターなのだ。これで食用にでもなれば話は違ったのだが、不味いを通り越して身体に害を及ぼすらしい。全く持って使えない。割と劣悪な環境でもしぶとく生き残り繁殖するゴキブリのような奴である。
「別に私の意思じゃない」
「お前が住んでた場所から出たのだからそれは関係ないだろ」
正論を告げると、そんななの知らないとソッポを向いてしまうので非常にめんどくさい相手だと再度認識させられる。
「……まあいい。これからは今まで程好き勝手には出来ないとは思っておけよ?」
「一応は理解してる。でもある程度の研究内容は許容して貰えないと困る」
「それは内容と状況次第だろうな。内容が法に反しないなら問題無いし、そうで無いなら許可はできない。後は戦時中とかだろうか? なりふり構わない状況になれば手段なんて選んでる状況では無くなるだろうし多少その辺、緩くなるとは思うが……まあ難しいだろうな」
だが戦争でディアーネの力を借りるかと言われれば微妙だが……三桁もの数の軍勢を召喚出来る死霊術や単純な魔法使いとしての実力は惜しいが信用が皆無という致命的な欠陥が存在する。軍隊を率いらせても上手く運用できるとは思えないし、かといって何の枷も付けないまま単体勢力として扱ったらそのまま逃げ出しす可能性もある。
それを防ぐためにディアーネを抑えられるほどの実力を持った人間を付けるのはそれこそ本末転倒なので、戦時中での役割としたら監視下での兵器の開発とかだろう。
ディアーネが望む研究とは人体の創造に関する分野であると予想される。それを俺が与える環境で叶える事は難しいだろう。
「まあ俺の方で少しはその辺の事を考慮するよう言ってもいいが……少し今更だがお互い自己紹介をしようか。正直俺はお前の事が分からない。そんな状況では信用しようもないし信用できないなら譲歩のしようもないからな。
取りあえずどんな環境で育ってきてどういう考え方をするようになったのかを話そう。どうせ否が応でも長い付き合いになるんだ。険悪でいるよりはお互い歩み寄った方がまだ建設的だろ」




