第十二話 魔法戦と臆病な少女
「それで戦って勝ったら罪の軽減を求めたいと……」
「そう私の技術は欲しい筈、それなら無駄に命を散らさせるよりは考慮する余地はあると思う」
「要は魔法戦って事でいいのか?」
「そう」
二度目の対談……既に内心は子供の相手をさせられている気分だが、が行われここに来てようやく建設的な意見が出始めた。
俺とディア―ネが戦う事には変わりは無いが今回の提案は前回のとは違う、決闘では無く魔法戦、魔法の技量を比べ合う競技みたいなものだ。生死を掛けて戦う決闘と比べればまだ現実的だろう。
単純な魔法の技量の比べ合いでは俺に勝ち目は薄いのだが……まあそんなの戦い方次第でどうにでもなる。
「そうだな……最悪の自体を防ぐために先に首輪を付けさせて貰う。それと勝ったとしても多少の救済処置を行うだけで解放されることはまず無いとみていいが構わないのか?」
「……構わない」
既に内心では仲間にすることを諦めていたのだが、まあこれなら問題無いだろ。頷いたディアーネだがその時一度康生の方を見てから頷いていた。……これを考えたのは康生か、思って居たよりも関係は悪く無いんだな。
「準備はいいか?」
「問題無い」
「ルールは先に的を壊した方の勝ち、魔法以外の攻撃手段は禁止で構わないか?」
「構わない」
そしてその日の夕方、砦の外で行う事となった。ルールとしては魔法以外の直接的な攻撃は無しで相手に損傷を与える攻撃も無し、そして決められた的を先に壊した方の勝ちといったものだ。
本来は自らに防御魔法の類を掛けて、それを突破したら勝ちと言うルールなのだが、その場合不慮の事故も考えられるので今回はこのような変則ルールとなったのだ。
後は念のためディアーネに魔法を封じるマジックアイテムを効果を停止した状態で付けさせて、事故を装って俺を亡き者にしようとしたらいつでも戦闘能力を奪えるような状態にしてある。現状ディアーネへの信頼なんて無いも同然なので当然の処置である。
本来はこのような譲歩などはあり得ないのだが、沙紀たちの事を考えると、処刑するにしてもそうで無くても一戦するだけで後腐れを無くす事が出来るのであればこの位の手間は惜しくはない。
ディアーネが勝ったとしても得られるのはへステア王国内での権利、俺が勝てば全面的な従属、ディアーネからしたら死活問題かも知れないが、俺としては最悪どちらでも良かったりする。勿論勝った方が得るものは大きいが、負けたとしてもそこまで困る事でも無い。
確かに勝てば……例えば勝算の低い戦場に足止めとして投入する。などといったディアーネに対する配慮の欠けた命令を行う事もできたりもするが、いくら戦えるかと言っても研究者であるディアーネをそのような場面で投入しなければいけない時点で既に詰んでいる。だからこれは本質的には唯の余興、出来れば勝利して頭を押さえつけておきたいと言った程度の効力しか望んではいない。
それにこれもいい経験だになる。何が何でも勝とうとする相手と安全を保障された状態で戦うなどそうそうある機会では無い。この戦いを受ける事自体が沙紀たちへのいい訳にも使えるし俺に取って何も利益が無い訳では無いのだ。
魔法戦と言う事もあり手元に一本の長杖を取り出す。『叡智の杖』国宝級と呼ばれる程の杖で、召喚に必要なDPは100万pt超える程の逸品だ。
大部分が木製だが見た目に反して驚くほどの硬度を誇っており、近接武器としての使う事も可能である。
俺が羽織っているコートや服も似たような品質の物で、全てを売りに出したらそれだけで経済に混乱を巻き起こす事が出来るような品々だったりする。
当初は高品質な武具に頼る事をあまり好んでは居なかったのだが、王と言う身分になってからはそれを改めた。へステア王国は俺の存在を前提として成り立っている。それは俺が死ねばそれはそのまま国家の存亡に関わる事を意味している。
その為には俺の主義主張よりも安全性が求められるのは仕方が無い事だろう。鉄をも斬る技量を磨くよりは鉄をも斬れる武器を使う方が手っ取り早い。夢の無い話だがこれが現実である。
勿論それが訓練を怠る理由にはならないが、強力な武具を装備する事を前提とすれば訓練の方針が変わるのだ。
「ねえその杖頂戴」
「……今から戦おうって時に何言ってるんだよ」
「私のよりも、ズルい」
「いや、意味が分からないからな、まあへステア王国に所属するなら考えて置く」
「ホント……少しだけ考えて置く」
「勝っても負けても所属する事には変わりは無いがな……」
何と言うかペースが崩されるな。まあいい。
意識を戦いに切り替え体内で魔力を循環させておく。魔法戦……魔法による戦闘では発動の速さが重要である。魔法の威力に比べて人体の強度など大したものでは無いので先手を取った方が勝ちとなる。先手必勝、それが魔法戦の基本だ。
観客などが居る場合は、魅せ合う戦いならば派手で見応えがある戦いを求められるのだが、今回はなりふり構わず勝ちに来る格上の魔法使いが相手だ。手段を選んでいる余裕なんてない。
審判を務めてくれる騎士が前に出る。そして……合図を掛けた。
「喰らえ」
「見え見え」
魔力を収縮させた爆裂魔法。開始の合図と同時に的の向けて五つの爆風を伴う魔法を撃ち込んだ。だがそれは読まれていたらしく。自らの的を魔法で引っこ抜く事で回避されてしまう。
今回の的は地面に突き刺した杭のような物を使って居るのだが、それを操る事で物理的に破壊を阻止しに来た。地面に突き刺してあるものを移動させるのは流石にどうかと思うが……
「それは少しズルく無いか?」
「ルールは破って無い」
確かにルールは破って無いが……それはルール以前の常識的にどうかと思うな。
即興で追加したルールが仇となった形だ。俺には魔法での攻防を行いながら杭を守り切ると言うのは少々荷が重い。魔力操作に関してはそれなりに自信はあるが、それでも三桁を超える年月を生きるディアーネに勝てると思うほどには思い上がってはいない。
奇策によって先手を取られた。だが、これも考えようによってはこれはディアーネには俺の攻撃を防ぐ手段がないともとれる。
俺の魔力量はディアーネのそれと比べても圧倒的に多い。多少の技量差など正面からの撃ち合いに持っていけさえすればそれだけで勝ちが確定する程だ。
これはディアーネがそれを避けるために取った行動とも受ける事が出来る。
ディアーネは自身の宙に浮かび始めた。飛翔術、難易度の高い魔法をこうも簡単に使われるとため息をつきたくなってくるが、ディアーネの魔法の技量が俺を遥かに凌ぐ事は元々理解して居た事だ。戸惑う程では無い。
ディアーネは本格的に空中戦を行う腹積もりであろう。だが俺にはそれに付き合う道理も無い。魔法と言った観点から見ればディアーネは俺より一歩も二歩も先に行っていると考えてもいい。使える魔法の種類も練度も負けている。勝っている所と言えば無尽蔵ともいえる魔力量くらいだろう。
だからこそ、その勝っている部分を活かして戦う。
「っ!!硬すぎ」
「ルールは破って無いぞ?」
的に向けて魔力弾を放ったディアーネに先程の意趣返しとばかりにそう言い返すとディアーネは少しだけ表情を歪めた。俺のしたことは単純、ただ障壁で的を囲っただけだ。生半可な攻撃では突破する事はできない。
我ながら大人げない行動だがそもそも戦いとは始まる前にある程度を勝敗が決まってしまうのだ。ルールを決める時点で俺が優位になるように決めるのはある意味当然と言える。
だがそんな心境は即座に捨てさせられる。なんとディアーネが放った一見何の変哲もない魔力弾、それが障壁を突破していったのだから。
パッと見は自棄になったように撃ちまくっていた魔力弾だったのだが、何発か弾いたのち、放たれたそれは障壁をすり抜けたのだ。
「構成が甘い。だから付け入られる」
「っ!!だが、今ので仕留めきれなかったのは失敗だったな」
多分だが今のは限りなく俺の魔力と性質を近づけた魔力弾を放つことで障壁に直接干渉してきたのだろう。言葉にすると簡単だが、現実として要求される技量はどれ程のものになるかは想像もつかない。少なくとも俺なら考慮の余地も無く諦めるだろう。
そもそも魔力の質を言うのは個人差も大きい。言うならば遺伝子情報と同じ、それを手動で誤認させるとは途方もない技量だろう。
だが流石に一発で完璧に成功とはいかなかったようで、障壁を何層か超えた所で攻撃は止まってくれた。保険として多重構造にしておいて良かったな。
だが、これだと防御固めてれば負けないといったものでも無いようだ。細かい弾幕だと簡単に避けられてしまうし、これは広域攻撃魔法に変えた方がいいだろうな。
杖を翳し広範囲に渡って魔法を放っていく。点でも線でも無く面、空間を埋め尽くすようにして魔法を放ち続けるのだ。
流石にこれだけ大雑把な攻撃だとディアーネの防御を突破する事は出来ないが、それでも動きは止められる。そしてそこが付け入る先だ。
幾度と渡る広域魔法に対してディアーネが防御の態勢を取る。そう面を制圧するような魔法には迎撃か防御、それしか選択肢が無いだろう。回避し切れる程の速度があれば別だがディアーネの動きは精緻ではあるが機敏では無い。ブラフの可能性もあるがその時はその時だ。
「くっ……!?」
攻撃を防ぐディアーネだがいつまで経っても終わらない魔力弾に苦悶の表情を浮かべる。一度足を止めてしまったらそこからは、俺が望んで居た戦いだ。足を止めての撃ち合いは技量よりも威力が重視される。言ってしまえば出力の差、それだけが勝敗を決める要素となるのだ。
ディアーネもそれが分かっていたから、避けようとしていたが、足止めをする為だけに魔力を湯水のように使った戦術には対抗できなかったのだろう。
終わりだな。
俺は出力を弱める所か更に強めていく。技量で負けている相手に手っ取り早く勝つ方法は勝てる土俵で戦い事だ。戦闘慣れした戦上手な人間にはこうも簡単にいかないが、ディアーネは魔法使いとしては優秀でも戦闘者としてはそれほどでも無かった。
確かに対策は考えていたようだそれに身体が着いていけていない。誰もが思った通りに身体を動かせるわけでは無い。理想通りに身体を動かすには相応の訓練が必要となるのだ。その点、ディアーネは及第点にも届かない。俺が何をしてきたらどう対処するのか、それを事前に考えていたのはいいが、敵に対処するという考え方は言い換えれば後手に回るとも言い換えられる。俺もタイプとしてはそっち寄りだが、自ら仕掛けるパターンも考えている。その辺が研究者と戦闘を前提に訓練を積んでいた俺との差なのだろう。
防御に手一杯に見えるディアーネに向かって更に周囲に魔法陣を展開して牽制を掛ける。下手な行動をしたら追撃を掛けるとプレッシャーを掛けるのだ。そして追い詰められた人間が取る行動は読みやすい。
「戦闘中に個人での転移が使えるのは凄いが、敵に知られ、尚且つ誘導されたとなればただの隙にしかならないな」
俺の懐にまで転移してきたディアーネ、そこに気絶する程度に威力を抑えた魔力弾を撃ち込み事で勝敗は決したのだった。
「さて、終わったな……どうしたんだみんな?」
「いや、何と言うか……ねぇ」
「色々凄すぎるんですよ。映画か何かだと思いましたよ」
気絶したディアーネを背負いみんなの居る場所へ戻ったら何故か全員から微妙な表情で迎えられた。彼らの感性からするとあれは少しやり過ぎらしい。
「あ、これって結局ディアーネはどうなるんですか?」
「国からの命令で研究させられるだろうな。まあ最低限の生活は保障するからそこまで気にする必要は無いと思うぞ?」
「は、はぁ……」
「それより、そろそろ帰還するから全員これからの事についてはよく考えておけよ。国に戻るまでがタイムリミットだからな」
ダンジョンは既に討伐し終え、首謀者である魔法使いも捕獲した。後は野に放たれたゴブリンの数を適当に減らしつつ帰還するだけだ。
今回の行軍も既に三か月近い。そろそろノワールの顔を見たくなって来た頃だ。
ふと、思う。
会話するとしてどのような相手が一番困るだろうか? 理詰めの問答を好む相手、搦め手を多用する相手、人を喰った会話をする相手、その辺は人によって異なるだろう。
その点俺はこれまでの間、そこまで苦手とする相手が居なかったりする。理詰めに関しては得意分野だし搦め手も苦手では無い。最後のにはまだ会った事は無いが……まあ何とかなる気はする。
何で急にそんな話をしているのかというのだと……
たった今その苦手だと感じる相手と対面してしまっているからだ。
「……大丈夫か?」
「うぅ……ごめんなさい……大丈夫です」
気休め程度にそう声を掛けるが効果は薄そうだ。口では大丈夫だと言っているが擦れた声と涙の後が残る表情で嗚咽交じりにそう呟く姿はどう見ても大丈夫そうには見えない。
話は単純、帰還の可能性が絶望的である。それをしって耐え切れない人も居たと言うだけだ。
砦を去る最後の日の夜、慌てた様子の沙紀が俺の所にまでやって来て加藤さんが何処に居るのか知らないかと問われたのだ。
当然俺は知らないと答え、万が一外に出てしまった場合を考えて部下に周囲を捜索させたのだ。その時は俺も丁度仕事を終えて居た事もあり、身近な場所だけでも探してみようと考えてた結果……見つけてしまったのだ。彼女が居たのは食料を置く倉庫既にこの場を立ち去る事となり大半を消化してしまった空白地帯だった。
加藤栞、俺が彼女と話した事は殆ど無い。精々自己紹介をして貰った時に一言二言会話を重ねたくらいだ。同情はしているが俺は必要以上に彼らに関わろうとしなかったし、それは彼らも同じだ。精々がディアーネ関連の事で沙紀と、何らかの目的を持っているらしい康生の二人と多少話すことがあるくらいだ。
彼女は召喚された日本人の中で最も精神的に弱かった。ただそれだけだ。誰が悪いかと言われればそれはディアーネだろう。拒否権無しの強制召喚、しかも帰還の可能性がかなり薄いとなれば普通は文句の一言だっていいたくなる。その点彼女は不幸な目に遭った時に溜め込んでしまう気質だったのだろう。それに周りの人間が悪かった。
沙紀は精神的に強くどう考えても糾弾されるべきディアーネを既に許してしまっている。康生は逆、思う所はあるのだろうが現実を見据え早々に現実を受け入れてしまった。大樹は細かい事を気にする気質では無いためか既に此方に馴染み始めている。それこそ騎士団の人間に積極的に交流を重ね武器の扱いを教えて貰ったりしている程だ。
全員考えに違いはあれど加害者である筈のディア―ネに何も言わない。それは当たり前の感情としてディア―ネに悪感情を抱いているであろう栞に多大な疎外感を与えていたのだろう。
「……そうだな。気休め程度に言って置くが別にお前は悪く無いんだぞ? 悪いのはディアーネでお前にはあいつを糾弾する権利がある。周りの奴らみたいに許すのが一概にもいい事とは言えないしな。あんな自己中心的な価値観を持たれていると俺も仕事を割り振る時に困るしな」
「……そうなの?」
「ああ、まあ俺がどうこう口出しする事でも無いとは思うんだがな……」
柄にもなく慰めの言葉を口に出してみるが難しいな。人を立ち直らせるなどと言う事には無縁だったしな……俺の身近にいる人物はどいつもこいつも精神的にかなり図太い人間ばかりだからな。強いて言うならミティが気弱な人間に当たるが、彼女に関しては基本的にシンディが一緒だから特に心配した事など無いし。
「……あのゼロさん。少し話を聞いて貰ってもいいですか?」
「構わないが俺でいいのか? 多分沙紀当たりなら喜んで相談に乗ってくれると思うが……」
「ゼロさんでいいんです。その……失礼ですけどゼロさんって私たちの事をどうでもいいと思って居ますよね?」
「……どうでもいいとは思って無いぞ? ただまあ……本気で心配しているかと言われると微妙だが」
「やっぱりそうですよね……」
困った様に笑いながらも何処か納得した様子の栞を見て少しだけ罪悪感を感じたが、それでも前言を覆す気は無い。確かに彼らの境遇に関しては同情するが、俺の立場や心境として彼らより自国の人間を優先しようとしている事は否定できない。
「その……ゼロさんは私が守って欲しいって頼んだら困りますか?」
「まあ、な」
「えっと、ごめんなさい。迷惑だって分かってるんですけど……私、怖くて、何でみんなあんな簡単に状況を受け入れられるんだろうって、私なんて部屋に籠って泣き喚いたりもしたのに」
「あいつらを自分の基準にしない方がいいと思うな。あいつらは良くも悪くも普通じゃ無い」
「それ、ゼロさんが一番いったらいけないと思いますよ……でもありがとうございます。お陰で元気が出ました」
「大したことはしてないと思うが……それならよかった」
「はい。あ、後私もへステア王国で暮らしてもいいですか?」
「それは帰還を諦めるって事か?」
「はい……その清水君がメモ書きしてるのを見てしまって、それで帰還は難しいというか無理なみたいですから。それに私友達居なかったし、家族には邪険に扱いされてるし……」
何と言うかこっちもこっちで大分闇を抱えてる気がするな……
結局はみんなが戻って来るまでの二時間程の間、栞と取り留めも無い雑談を交わすのだった。本好きなようで好きな本の事に関してはかなり饒舌になったのが印象的だった。




