第六話 進軍
そして数週間の準備期間を経て行軍の為の準備を整えた俺は装備の確認をしながら眼前で騎士団の人間が整列するのを眺めていた。
まだ予定の時刻よりは多少早いが既に殆どの人間が準備を終えている様だ。中には待ちきれない様子でそわそわしている人物も見受けられる。
「それでは早く行きましょうか」
「その前に今回の作戦の説明からだ」
取りあえずそのそわそわしている人物の筆頭であるノートンを引き留め、冷たい視線を向ける事で静かにさせる。精鋭を率いてのダンジョンの探査に参加できると言う事で少しめんどくさい感じにテンションが上がっているようだ。俺の視線を受け気まずそうに視線を逸らすのを眺めながら思案を巡らせる。
今回の作戦でノートンの与えられた役職は調査官だ。弟子数名を連れての参加で安全にダンジョンの調査が出来ると考えているのか目に見えて浮かれている。
本人もそれなりに強いらしいのだが、希望しているのが研究関連の仕事で下手に武官としての実力を示しても意味が無いと考えているのか基本的には自衛以外を行うつもりはないようだ。
ちなみに俺は総司令官と言う役職も兼任している。軍事における最高の決定権と命令権を持つ存在である。俺の能力は戦闘で無類の効果を発揮するのでいざという時に前線に出る事が可能になるように考えて用意された役職である。基本的には他の人に任せるが俺が出ざるを得ない状況させられた時に立場上動けない。などと言う事にならないようにだ。まあ俺が前線にでないといけない状況など最悪以外の何でも無い様な気もするが……
今回の行軍に参加する人間は騎士団の人間が100人程度、ダンジョンは数の利を否定するこの世界随一の難所である数を揃えるよりは質で勝負した方がよっぽど被害が少なくすむ。それにアンダーコアの性能実験も考えているので、下手に数を増やすよりはこれくらいが適正だろう。
頭の中である程度の情報を纏め終えた俺は視線を周囲に向け、全員が集まり終えているのを確認してから声を発する。
「今回の作戦の目的はゴブリンのものと思われるダンジョンの討伐だ。最近は徐々にゴブリンによる被害が増えている事は全員が周知の事だろう。その原因であるダンジョンを討伐しこれ以上の被害を抑える為に早々にダンジョンを討伐する必要がある。そのための行軍であり、戦いだ。少しでも国に対する被害を減らす為に諸君らの協力が必要とされている事をよくよく理解して欲しい」
これが今回の遠征を行う理由である。死人が出たという報告は無いが農作物が食い荒らされるなどと言う被害報告が最近増えつつある。ゴブリン側のダンジョンとの距離はそれなり以上に離れているのだが、こちらにもその姿を見せつつある。
現在へステア王国は二つのダンジョンと接触していて、その二つを互いに争い合わせる事で互いに勢力を削っているのが現状だ。二つのダンジョンはどちらも弱小に分類されるダンジョンであり。出てくるモンスターの傾向からどちらもそれ程強力なダンジョンマスターだとも思えない。よって大した脅威では無いと判断していたのだ。
それにダンジョンはDPの限りモンスターを生み出せることが出来る。限界が分からない相手と無駄に消耗戦を行いたくは無かった俺は敵に消耗させる策に出たのだ。敵の敵は味方では無いが、上手く誘導すれば争い合うような関係性である。知能が低い相手なら誘導する事もそう難しい事では無かった。
だが予想外な事が起きた。互いに争わせ放置している内にどうやら決着が着いたようなのだ。二つのダンジョンから生み出されていたモンスターはゴブリンとオーク、共に下級に属するモンスターだがゴブリン側のダンジョンが勝利してオーク側のダンジョンはゴブリン側に取り込まれたようなのだ。
DPを消費させる為にこの戦略を取ったのだが、決着が着いたとあればDPの貯蓄は今後増えていくだろう。今まではへステア王国内部での仕事に圧殺されて討伐隊を出すのが遅れてしまったが、どうにか時間に余裕を作る事が出来たので他国との関りが深まる前に討伐してしまう事にしたのだ。
一応今説明した理由の他にも俺が戦場に慣れると言った意図も含まれているし、ダンジョンマスターの能力が戦争を想定した状況でどれだけ役に立つかという実験との意図も含まれている。
一つの行動で欲張り過ぎかもしれないが、今後を見据えるとへステア王国は少しでも力を付けないといけない時期なのだ。
「「「召喚!!」」」
大量のゴーレムが逃げ惑うゴブリン達を蹂躙する。質量と物量はそのまま破壊力に繋がり大人と子供、いやそれ以上の差を持って敵対者を殲滅していく。
アンダーコアを使ってのモンスターの召喚、それを各部隊の指揮官に持たせてみたらと言う意見は前から出ていた。モンスターを使役する事が出来るのだ思考が軍事利用に繋がるのはそうおかしなことでは無い。
突如大量のモンスターを召喚出来ると言うのは奇襲にも役に立つし、食料品などの消耗品の召喚は補給部隊への依存性を下げる。使い道は様々だががどれもが限りなく有用である事は確かである。
問題となるのはDPと言う能力の使用限界、アンダーコアを渡した人間が好き勝手つかったりした場合は簡単に底を尽きてしまうだろう。こちらでDPの供給量の調整が出来るとは言え、考え無しに渡したりしたら色々と困る事もでてくるだろう。
DPは有能だが有限だ。今もそれなりの貯蓄はあるが好き勝手使えるかといわれたら、それは難しい。国となれば規模が大きくなり、一つの事業でも莫大な量のDPが必要となる。人口の増加に比例してDPの供給量は増えるが、消費量も増えていくのだ。
だが、それでも指揮官にアンダーコアを使わせるという案は魅力的だ。現在は実験的に今回の部隊の部隊長に貸し出しているに過ぎないが、それでも数倍のゴブリン相手に余裕をもって対処できている。高い指揮能力を持った人間がこれを使えば戦争の際にかなり有用だ。
討伐し終えたみたいなので、アンダーコアを預けていた指揮官の所にまで向かい。話を聞きに行く。
「使い心地はどうだ?」
「……かなりよろしいかと。ただ戦闘中ですと選択肢の多さが逆に混乱が生じてしまう可能性があります。それとかなり単純な命令にしか従わないようにも見受けられました」
「そうか、それで戦争に使えるとなればどう思う?」
「かなり有用かと、ですが騎士団での受けはあまりよろしくは無いかと……」
申し訳なさそうな表情でそう告げられる。騎士になるような人間は自ら武器を振るって戦う事に何かしらの思い入れがある事が多い。アンダーコアを用いた戦術は騎士団と性質的な面で相性が悪いみたいだ。
今は我慢して貰うしか無いが今後は騎士団とアンダーコアを用いた戦力は分けていくべきだろう。数の部分をアンダーコアが質を騎士団が担っていく形にするのが無難だろうか。
この世界では一定を超えた技量を持つ人間は数の差を簡単に覆してしまう。英雄などと呼ばれ一騎当千の活躍をする人間などはその筆頭だ。
現在騎士団で最も実力があるクリストンなども一騎当百くらいの活躍は可能だろうし、アンダーコアの能力が有用だからと言って質を疎かにしてはいけないのだ。
今後は騎士と言うのを名誉ある称号として扱い、高い戦闘能力を持った人間のみがなる事が出来るようにと考えている。数は少ないが高い質を伴った精鋭部隊、へステア王国の騎士団とはそういった部隊にしたいと思うのだ。
逆にアンダーコアを用いた部隊は軍とでも呼称するべきだろうか。アンダーコアは個人に簡単に力を与えてしまう。そして簡単に力を得た人間は得てして暴走し易い。それを防ぐためにも高い規律と力に酔わない強い精神性を持った人間で構成された軍規の徹底した部隊にしていく必要があるだろう。
個における強さで無く、兵力の指揮・運用能力と命令に対する従順さを求めた部隊だ。今はまだ構想の段階でしか無く、一部の人間に教育を始めた段階だが、いずれはこの国における主戦力となると考えている。
それから一ヶ月ほど掛け今回の行軍は順調に消化されていった。性質の面での相性は悪いかもしれないが指揮官によるアンダーコアの運用は巧みで色々と参考になる部分も多い。召喚されたモンスターを主戦力に据えての軍隊など一般的である筈が無く未発達な部分が多い。
実戦では机上での話し合いだけでは分からない問題なども数多く見つけ出す事ができる。今後の為に少しでも学んでいくべきだろう。
時には俺が指揮役を担い指揮官としての訓練を積む、時には前に出て乱戦における立ち回りなども学んでいく。俺が出ている間は執務の大部分をノワールに任せているのだ。苦労を掛けている分俺も学ばなければ合わせる顔が無い。
そして行軍が始まり二ヵ月を少し過ぎた頃、俺達はゴブリンが住まうダンジョンの入り口まで辿り着いたのであった。
「ここか……」
「何やら洞窟みたいですね」
「そうだな」
ダンジョン同士の戦いではお互いの空間が物理的に繋がる。だが、偏にダンジョンと言っても内部の高さはダンジョン事に異なる。
例えば俺のダンジョンは人が閉塞感を感じない様に、過ごしやすいようにと外観はほとんど外と変わらない空間となっている。当然ながらダンジョン内の高さは非常に高い。見上げても天井がどこにあるか分からないと言えばどの程度かは何となく想像がつくだろうか?
一方ゴブリン側のダンジョンは見た目では大き目な洞窟と言った様相をしている。俺のダンジョンの端である巨大な壁に大きな穴が空き、そこからゴブリンが湧きだしてくるといった感じだ。
「取りあえずは拠点の用意だ。ここから少し離れた……そうだな。あの丘の辺りに砦を建設しよう。そこを拠点にダンジョンの攻略を行っていく。何か質問は……無いみたいだな」
取りあえず砦を召喚し長期戦の為の拠点を造る。そしてそれなりに安全な拠点を作り終えた所で軍議に入った。現在確認されている情報、予測される敵勢力、その運用傾向などを整理し話し合っていく。参加者は俺と今回の部隊の指揮官、それと調査員としてのノートンが参加している。
「今回の戦いの基本方針としてはゴーレムを用いた制圧戦となる。敵ダンジョン内に多くの拠点を築き上げ、ダンジョン内を制圧、その後にダンジョンマスターの捕縛、もしくは討伐を行うのが今回の目的となる」
「ダンジョンマスターを捕縛する意図は何ですか?」
「研究の為だ。俺もダンジョンマスターではあるのだが、自分でもわかっていない事が多い。俺自身に対して危険な研究を行う訳にもいかないので余裕があれば、ダンジョンマスターの生態調査の為に捕縛したいと考えている」
ダンジョンマスターの能力は謎な事が多い。俺も研究と実証を重ねてある程度は理解しようと努力してはいるのだが、それでも分からない事が多い。そこで敵対しているダンジョンマスターを捕獲し、研究材料にしてしまおうと考えているのだ。
ベースとなる種族の違いはあるが、それでもダンジョンマスターである事には変わりが無い。逆のそのベースとなったモンスターとダンジョンマスターとなった後とで検証実験を行えば、ダンジョンマスターになった事で何が変わったのかが分かるのでは無いかと考えている。
「その研究に私は参加できるのですか?」
「……その研究結果は基本的に秘匿させて貰うことになるが構わないのか?」
「構いません。知る事が目的ですので」
「それなら所定の手続きさえ行えば可能だ」
ノートンの参加要求に関しては予想できていた事なので軽い注意を挟むだけで受け入れる。未だ研究者と呼べるような人材は数が少なかったりするので素直にありがたい申し出でである。
「一応言わせて貰うが、ゴブリンだからと言って侮らない事だ。このダンジョンは格上であろうオークのダンジョンに勝っている。ゴブリンもオークも俺達からしたらそう強力なモンスターでは無い。だが自分より強い敵に勝っている以上油断は禁物だ。確実にこのダンジョンを攻略しなければいけない」
全員が真剣な顔で頷く。ダンジョンマスター同士の戦いは二度目だが、今回は前回とは違い攻撃側だ。防御を固める敵をこちらが突破しなければならない。そしてダンジョンマスターはその能力の特性上防衛側でこそ力を発揮する。
戦力的に優位なのは確実に俺達の方だ。多くの人が住まう俺のダンジョンは常に多くのDPを供給され続けているし、騎士団の訓練として不明けの森に何度も遠征に行かせ多くのモンスターを討伐したことによって、召喚する出来るモンスターの種類もかなりのものだ。
だが油断は出来ない。格上を倒した、その事実はそれだけで慢心を捨てさせるものがある。敵より戦力的に勝っていても、ここは敵の土俵で敵の詳細情報が分かっていないという問題もあるのだ。慎重になり過ぎて鈍重になり過ぎても問題だし策に溺れるような事も問題外だ。幸いにして頼るべき人間は数多くいるし間違えて居たら助言をしてくれるような人も存在している。最終的に決めなければならないのは俺だが、何も考えるのまで俺一人でやる必要もないのだ。
頭の中でそうプラス思考に持っていける要素を羅列し、無意識の内に力が籠ってしまっていた拳から力を抜いていく。深呼吸をし肺から息を吐きだしていく。長丁場の戦いになるのだ。今から緊張していたらとても最後まで持たないだろう。
大丈夫、思考は十分に働いてくれている。戦場に慣れるのが目的なのだ。最初なのだから緊張して当然、敵地に居るという緊張感も、自らのミスで他人を死なせてしまうかもそれない不安も慣れて乗り越えなければいけない事なのだ。
「よし。なら戦争を始めようか」
多少無理矢理だが口元を緩め笑みをつくりあげる。余裕のある態度などとてもでないが俺には無理だ。だが例え演技でも貫き通せばそれは本物だ。上が不安を表に出したら全体に不安が芽生えてしまう。だから無理にでも余裕のある態度を演じなければならないのだ。
緊張はあるが戦力的には勝っているのだ。思考を柔軟に、他者の意見を上手く聞き入れながらやりきれば勝てない相手では無い。
こうして内心に不安を抱えつつも初のダンジョン攻略が始まった。




