第二話 武力を用いぬ戦い
「昨夜はお楽しみでしたね」
「……ハンナか、お前分かってて言ってるだろ?」
「いえ、そんな事はありませんよ。ただ夜中遅くまで姫様が部屋に戻って来なかった事から邪推……もとい推測したまでです」
「今完全に邪推って言ったよな。……まあいい、それより準備は出来てるか?」
「はい、最低限の教育を終えた人のみを選びましたので粗相を犯す様な事は無いと思われます」
「そうか」
今回の交渉の為にハンナに頼んで前もって侍女としての仕事をこなせる人材を育てるよう頼んでおいた。
交渉の為の使節団にはある程度の人数の世話役がいるのがこの世界では常識なのだ。俺もそれに常識に倣ってそういった人員の教育を頼んでおいたのだ。全てを合わせる必要は無いと考えているが無駄に事を荒立てる必要も無いと考えている。この世界では俺の方が異端なのだ。合わせられるところは俺の方から譲歩するべきだろう。
そして兵力を誤魔化すために動く鎧と呼ばれるモンスターを召喚する。全身鎧のモンスターである彼らは遠目にはモンスターだと判別できない。ある程度近くによると生気の無さからモンスターだとバレてしまうだろうがそう大きな問題でも無い。モンスターを召喚して戦力として用いる例は珍しいが存在しない訳では無いのだ。騙していたと言われるいわれは無い。
へステア王国から出立した俺達は幾つかの村を経由してガンガニア王国へ向かった。武装した集団に見えるリビングアーマーを連れている俺達は行く先々で警戒されたがそれも大した問題では無い。そもそも略奪されるかもしれないと思うからこそ警戒するのであって、最初に事情を必要以上に近づいたりしなければ何事も無く終わるのだ。
偶に疲弊している村を見つけると物資の支援をちらつかせ、代わりに人材を要求したりもする。ここはサンドニア王国の領土に当たる場所なのでそこからの人材の引き抜きはそのまま敵勢力の減衰に繋がるのだ、やっておいて損は無いし表向きは救済なので非難もされ辛い。既にかなりの数の引き抜きを行っているが未だ苦情の類は出ていない。出たとしても無視するが出ないと言うのなら思う存分好き勝手させてもらおう。
それに飢えた人間に食料を与えて対価を受け取るのが駄目と言うのなら、そもそも飢えさせなければいいのだ。飢えてるからこそ簡単に国を捨てるのだ。救済も保証も無く人が着いて来るかと言われればそんんな筈は無いだろうに。領主は統治と街のモンスターの討伐などに忙しくそんな暇がない事は分かっているにも関わらずのこの発言を言っているのだから我ながら性格が悪い。だが正論でもあるし救済でもある事は確かである。
途中訳アリの獣人の子供を拾ったりと予想外な事もあったが大きな問題が起きることなく俺達はガンガニア王国まで歩を進めて行ったのだった。
「これは凄いな……」
ガンガニア王国が見える位置にまで辿り着いた俺はまずその外観に圧倒された。
ここに来るまでも幾つかの砦を見ていたのでガンガニア王国の建築技術の高さと言うのは知っていたが、流石本国これまでとは桁が違う。
この世界では街と呼べるような規模になると周囲を壁で覆う城壁都市と呼ばれるような造りが一般的だ。戦争もあるがそれ以上にモンスターの脅威から身の安全を守るにはこれくらいの防備は最低限必要になるからだ。
その点ガンガニア王国の城壁は見事と言う他ない。数十メートルにも及ぶ城壁が都市全てを囲い綺麗に積み上げられている。更には城壁の所々に穴が空いていて大砲のようなものまで設置されている。
城壁から少し離れた場所で止まった俺達は騎士の中の一人に手紙を渡して向かわせた。ーー兵力の多くをリビングアーマーで誤魔化しているとは言え騎士団の人間には指揮官として同行して貰っている。
ここなら大砲などの兵器の射程範囲外であり、向うからしても行動したとしても余裕を持って対処できる距離でもある。あらかじめ伝えてあるとは言え現状ではお互いに会った事すら無い相手なのだ警戒するのは当然だ。
そしてここから先は少人数で向かう事になる。武装した未知数の存在をそのまま中に入れてくれるほど相手も甘くはない筈だし、それは俺も了承している。
だが、こちらからしても最低限俺の身を守る程度の戦力は持ち込ませて貰うつもりだ。それさえ認めないようならそもそも相手は敵対する事を前提で動いている事になる。そうなったらもう交渉の余地など無くなしとして敵対する事になる。まあ相手も新たな戦力に対しての情報が欲しい筈だから、いきなりそんなを真似をする事はないだろう。
「……来たな」
一時間程が経つと向うからの返答が帰って来た。堅苦しい文章だったので簡単に訳すと歓迎の準備が整ったので入って来ても構わないだそうだ。
連れていい戦力についてはこちらの希望が通った形だ。犠牲を考えなければ何とか俺とノワールだけは逃げ出させることが可能に見える……と見せかけて実際には中枢に十分なダメージを与える事が可能である戦力、俺が一瞬で数百のモンスターを召喚出来るなど普通は考えないだろうからこそできる手段だ。
俺としても何事も無く終わるならそれに越した事は無い。サンドニア王国と敵対が確定している現状、ガンガニア王国とも敵対する事は避けたい。向うにその意思があるとしたら……その時は相応の被害は覚悟して貰うつもりだ。
「さて、行くか」
「ええ」
俺とノワール、それと数人の騎士と世話役としてハンナを連れて歩き出す。ハンナは実はある程度の護身も出来るらしく普通に戦えたりする。ただ最低限そう言った技術を修めてると言ったレベルなので普通の兵士よりも弱いらしいが。
他の人達はこのまま待機だ。俺に危害を加えたら攻撃を仕掛けてくると相手に思わせる位置で待機して貰い。牽制の役割を果して貰うのだ。
戦力的には撃退されてしまうだろうが、相手も交渉の形を取っている以上は下手に迎撃の準備をする訳にはいかない。そうすると即座に戦争まで発展してしまうからだ。敵勢力が正確に分かっていない現状でそんな下手は撃たないだろう。読み間違える可能性はあるがそうなったらそうなっただ。
城壁を潜り抜け門番にあらかじめ渡されていた紙を渡して通して貰う。ガンガニア王国に入ると直ぐに王からの遣いと思わしき人物に声を掛けられ馬車まで案内される。そしてそのまま王城まで迎えられるのであった。
王宮内を先導に従って歩いていく俺達のへステア王国からの代表団の人数は二十名程度、俺を中心として婚約者としての立場でノワール、そしてその護衛として騎士団から十八名、ただその全てが達人と呼んでいい実力の持ち主なので敵対すれば厄介だと思われる程度の実力は兼ね備えている。
俺も威厳を出すために少しだけ魔力を放出して周囲を威圧する。感情が込められた魔力と言うのはそれだけで圧迫感にの似た重圧を感じさせるので少しは外面を取り繕えるだろう。
王宮の内観は荘厳な雰囲気に包まれていた。壁には壁画、床には赤い絨毯が敷かれていて。所々に置かれている数々の調度品は素人である俺ですら感嘆の気持ちが湧きあがってくる程だ。
しばらく歩き、辿り着いた先に豪華な衣装を纏った一人のドワーフが待ち受けていた。体格は小柄で身長は150センチ程度しか無い。ドワーフは総じて似たような体格をしていてこの王様もその例には漏れないらしい。
「まずは自己紹介と行こうか。余はガンガニア王国四代目であるガンガニア四世である」
「へステア王国初代国王、ゼロだ」
頭は下げない。従属するために来たのでは無いのだから。あくまで各国の代表同士の対面、同格だと言うスタンスは崩さない。その際顔を顰めた人の事は覚えておく。後々何が役に立つかわからないからな。
ガンガニア王国は世襲制で時代の王となった人物がその名前を継ぐ、王の名を継ぐ前は違う名を名乗っていたのだろうが、まあそれ程興味湧く事でも無いので構わないだろう。
まずは挨拶を交わしながらガンガニア王を観察していく。ドワーフ特有の低身長にがっちりした体格はこの際いいだろう。俺の威圧に対する反応は面白そうに口元を歪めただけ、全力なら兎も角この程度では興味を引くだけだったようだ。
俺が観察しているように相手もまた、俺の事を見極めようとしているようだ。その強い眼力は俺の振る舞い全てを見透かされているようにすら感じる。
これは勝てないな。内心でそう嘆息する。俺とガンガニア王では王としての完成度が違い過ぎる。長年国を治めていた王と、まだ一年と少ししか歴史を重ねていない俺、そもそも勝てる道理が無いのだ。長期に渡る経験を覆す事が出来るのなど一部の天才でしかない。そして俺は間違っても天才と呼ばれるような器では無い。
だからこそ勝てないと一目見て分かってしまう。確かに俺の方が結果を出せるかもしれない。だがそれは能力によるものであって、俺の力では無い。同条件で勝負したとすれば確実に俺が負けるだろう。
だがそれでも戦わない理由にはならない。王が、国の代表者が、相手の方が優れているなどと言う理由で諦めていい筈が無いのだ。それに勝負で勝つのは優れている方では無い。勝負とは何が起こるか分からない物なのだ。何でもないような些細な理由で負ける事も十分に考えられる。今回で言うのならスタート地点でこちらの方が先にいるのだ。競技が短距離走で足の速さで負けていたとしてもリードがあれば十分に勝利は狙えるのだ。
「ふむ、へステア王国か……聞いた事のない名だがそれは何処の国だ?」
「サンドニア王国の領土内にある隠れ里の様な物だ」
「隠れ里か……そのようなものがあったとは初耳だ」
「こちらもサンドニア王国とは良い関係が築けているとは言い難いのでな。表に出るような事は極力避けていた。とある事情から本格的にサンドニア王国と敵対する可能性が高まって来た事によりそちらに使者を送ったのだがな……」
少しだけ非難するような意図を混ぜて言葉を告げる。それを聞いて理解しながらも全く意に介した様子を見せない図太さは流石と言えるだろう。まあ非難されて謝るような愁傷な心の持ち主が王様になんかなったら簡単に心が折れてしまうだろう。
「それは悪い事をした。だがこちらとしても何処とも分からぬ勢力から知らされた情報故、信用する事など出来はしなかったのだ。そちらも一国を背負う立場ならそれは理解できるだろう?」
「そうだな。こちらとしても信用されなかったと言うのは仕方が無い事だと考えている。だから今回の件は使者を解放してくれれば不幸の行き違いだと考える事にしよう」
「うむ、そうだな。彼女に関しても直ぐにでも引き渡そうでは無いか。元々正しいと分かれば直ぐにでも開放するつもりではあったのだ。だが事が事だけに即座に開放する事にはな……」
それらしい事を言っているが、用は俺を引きずり出すための名目に過ぎなかったのだろう。思いのほか簡単に身柄を返す事を約束してくれた。情報の秘匿の為に色々対策はしていたので引き伸ばしても意味が無いと考えても行動かもしれない。
ガンガニア王が目配せすると控えていた文官であろう者の一人が頭を下げてこの場から立ち去った。捕まっていた妖精を連れてくるために下がったのだろう。
そして連れて来られた妖精は俺の姿を見ると同時に笑顔で飛び付こうとして、魔法障壁にぶつかった。……どう自体が転ぶか分からないから常時展開していたのが仇となったな。
「……大丈夫か?」
「いひゃい……」
「少し今は忙しいからノワールと一緒に待っていてくれ」
「わはった」
回復魔法を掛けながらそう告げるとふらふらした動作でノワールの方まで飛んで行った。
「ははは……随分と仲が良いみたいだな。あの気難しい妖精族とどうしたらそこまで仲良く出来るのだか……」
「特別な事はしてない。偶々利害が一致しただけさ」
ガンガニア王は笑いながらそう言うが目が笑って無い。本気で疑問に思って居る様だ。利害だと妖精族は味方にできない。中身は子供で完全に感性で動く存在だかだ。俺はできれば味方になって欲しい程度の考えだったからこそ仲間にできたのだろう。味方になってから国になったから上手く行ったのであって、逆に王となり立場が出来てからなら共存は出来なかったと考えてもいい。当然、それを教えてやる義理は無いが。
ここまでは予想できた流れだ。そしてこれからの何を言われるかも大体予想が着く。
「そうか……まあお互い初めて会った身だ。今後の為にも友好を深めていこうではないか」
「そうだな。こちらとしても表舞台に立たなくてはならなくなった以上、仲良く出来るならそれに越した事は無い」
ガンガニア王都の対面は表面上は穏やかに終わった。だが少しでも多くの情報を欲しいガンガニア王は俺を引き留めようとするだろう。情報戦は俺が優位でもここはガンガニア王国内部、主導権は彼方にあるのだから。
必要な情報を秘匿しながら上手く交渉を纏める。お互い相手に望んで居るものがある訳では無い以上、今回の交渉はお互いの関係性を決める物になるだろう。交渉とは武力を用いない戦いだ。一瞬たりとも気は抜けない。何とも切り抜けなくてはいけないのだ。
俺達は王宮の一室を宛がわれてそこでの生活を始めた。ドワーフは気取ったパーティーよりはどちらかと言うと豪快な催しを好むようでダンスなどが必要な状況にはならなそうなのは幸いだった。一応練習してはいるが付け焼き刃の技術を人前で披露するのは避けておきたい。
会食、武闘会、品評会、など様々な催しに招待されて表向きは友好を深めていった。実際にはお互い腹の探り合いで裏が無い出来事を探す方が難しいほどで精神的には直ぐにでも帰りたいと何度も思った程事か……
立食形式のパーティーではガンガニア王以外にも俺達に興味を持った多くの人間が接触を図って来たりもした、当然ながらガンガニア王国も一枚岩では無いらしい。多くの派閥や勢力が存在しひきめしあっている。彼らの事を知る事も今後の関係にもつながるだろう。
更に数日の月日が流れる。こうも豪華な食事が続くと脂肪や健康が気になるがそれを口に出すのは流石に空気が読めていないだろう。それよりも友好を深めるといった名目で食事中に話題を振られるのはどうにかして貰いたい。こちらの方針としては悪く無いのだが人前で語るなど慣れていないどころか全く経験が無いのだ。視線が集まるのも煩わしく感じるし精神的にストレスが溜まる。
「なんと! ではそなたはその若さで英雄と呼ばれるような偉業を成し遂げたのか!!」
「少し前に俺が統治する地がドラゴンの襲撃を受けたのだ。その脅威から街を守るための多くの人間が立ち上がった結果だ。俺には過分な評価だと俺自身が感じてるのだがな……」
だが、俺の内心とは別に、へステア王国の戦力を過大評価させると言った意味ではドラゴンの討伐は最適な話題と言えるのだ。ドラゴンは天災にも例えれる強力なモンスター、それを討伐したと言う事実は大きな意味を持つ。
それにドラゴンの討伐となればその素材を持ち得てると言う事になる。ドラゴンの素材は滅多に流通しない貴重品だ。ドラゴンの生息数が少ない上に狙ったように設備が整った街で迎撃出来るなど本当に稀である。ガンガニア王国は武具の生産に優れた国、超一級の素材と言えるドラゴンの素材を欲しがる人間はかなりの数になるだろう。
この話をした時に目の色を変えたドワーフ達の顔を目に焼き付ける。彼らはこちらの味方になりかねない人物たちだ。協力は可能だろう。
俺を除いたこの国の面子だけでこそこそと会議をしていたのは知っている。この話題がそこでどう扱われるのかは分からないが味方になる人間は増えるだろうか……
だが当然の如く全てが上手く行っている訳では無い。いくら気を付けても失言と言うのは生まれてしまう。連日交渉尽くめで精神的に消耗するとすればそれは尚更だ。
思考を働かせると言うのは消耗するし、消耗すればミスも生まれる。失礼にならない様に、それでいてこちらを消耗させるように質問を重ねされるガンガニア王は非常に厄介な相手だとこの数日で理解させられるのであった。
「これが無いとどうなってた事やら……」
蓋を開けたエクリサーを一口飲む。それだけで不自然な程に体調が良くなるのだから辞められない。最近だとぐっすり眠れた日の方が少ない身としてはエクリサーの存在は重宝している。
「伝説の薬が栄養ドリンク扱いね……」
「俺に取ってはただの消耗品に過ぎないからな。あまり頼り過ぎるのは身体に良くないがこういう時は重宝するよ」
「まあ分からなくも無いけど……私も一口くれない?」
「ほら」
「ありがと」
夜、宛がわれた客間の一室で防音の魔法を使った俺達は体調を回復させた後これからの事について打ち合わせを始めた。
接する相手の違いから得た情報を共有し合い、意見を交わし合う。俺もノワールも基本的に考え方が似ている為方針が衝突する事は殆ど無い。ただ持っている知識の違いから意見が変わる事は多々にあるのでお互い参考になるのだ。
「ガンガニア王は俺達の戦力や技術力を知りたがってる様に感じたんだがノワールはどう思う?」
「そうね、それは私も同感よ。ただそれとは別にゼロの感性……考え方も知ろうとしてたわね。どういった手法を好むか、何処まで許容が出来るのか、それを知る事で動きを予測しようとしてるのでしょうね」
「そうか……どう対処すればいいと思う?」
「完璧な対処は難しいと思うわよ。特定の対処法を選んだだけでゼロの考え方の傾向が浮き彫りにでるのだから……もう知られる事を前提として動いた方がまだマシね」
「そうだな。後これからの事だが狙いは他の領地を持ったドワーフ達にしようと思ってる。色々喰いつきそうな情報は持っている事だしそれを上手く使えば同盟を結ぶ方向へ誘導することができそうだ」
「前に言っていたあの計画ね。まさかゼロ、この事を予測していた?」
「いや、流石にそこまでは考えてなかった。今後のへステア王国の特産品程度に考えていただけだ」
武具の生産で大きな勢力を築いているガンガニア王国にとって俺の能力との相性は良さそうに思える。モンスターを生み出す能力は上手く使えばモンスターの素材に変える事も可能だ。それを利用して前から考えていたあの計画実行するのはそう遠くない未来の事になりそうだ。
これからの事を考えて思わず頬が釣り合あってしまう。反撃の時だ。溜まりに溜まったストレスを吐き出させて貰おうか。




