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第一話 交渉への準備


 ガンガニア王国、ドワーフの国で主な産業は武具などの製造、輸出など、魔剣と呼ばれるような武具を人の手で生み出す事が出来る唯一の国である。正確には俺の能力でへステア王国も生み出せるので唯一だっただが。

 単純な国力は大陸で三番目、種族柄戦闘が得意な種族では無いのだが、技術の高さはそのまま戦争での強さに繋がる。兵の質では他国より劣るが装備の品質の高さで防衛戦に優れた国である。

 また、ガンガニア王国は首都となる主要都市とそれを守る様に幾つもの砦で構成されているのだが、その砦には大砲などの火薬兵器が大量に配備されている。一般的な用兵で攻め落とそうと考えるとかなり難しい。まさに鉄壁と呼ぶに相応しい国である。


 そしてそんな国と俺達へステア王国は微妙な関係にある。事の始まりはサンドニア王国からの挙兵を俺が各地に配置していた使い魔が発見し、それを伝える為に使者を出した事に始まる。

 当然ながら善意のみによる行動では無く、他国との繋がりを作りたいが故の行動であるのだが、ガンガニア王国に送り出した使者がガンガニア王国で捕らえられてしまったのだ。無論へステア王国としては抗議せざるを得ない。間違った情報を広めたなら兎も角俺が集めた情報はかなり正確なものだ。それを伝えた結果が捕らえられる理由と言われても納得する事など出来はしない。だがへステア王国はまだ一般にはそれ程周知されているとはいえない国である。最近だと地上で楽園などと呼ばれ噂されている様だがその真偽はかなり不確かなものなのだ。

 楽園などと噂されているのは国力を増すための政策としての難民の保護が理由なのだが……今はいいだろう。


 重要なのはガンガニア王国との関係だ。使者が捕らえられたことにより俺は抗議文を送った。だが正式に認められていない国の言葉など一蹴されてしまう。国と認められていないと言う事は同じ土俵に立つ権利さえ無いのだ。

 だが、それでも何度も接触を行い交渉を重ねた結果、なんとか直接対面しての交渉の場を設ける事が可能となったのだ。ここまで辿り着くのも大変だったがガンガニア王国側としてもへステア王国を名乗る新興勢力の情報を欲っしていたのだろう。体裁を整える為に表面上は渋っていたもののへステア王国に対して『そこまで言うのなら』といった感じで交渉の場が成立したのである。



 そして日程が決まってからも俺は奔走した。

 ガンガニア王国との関係以外でも考えなければいけない事は多い。受け入れた難民しかり、それに伴う治安維持のための政策しかり、ただでさえ人手が足りていないにも関わらず今回の件は俺が国を離れなければならない。へステア王国が国家として他国と関わる初めての出来事なのだ。俺が代表として顔を出さなければならない。

 そして俺が国を離れるとなるとその間の統治を誰に任せるかと言う問題も出てくる。一番の適役はノワールだがノワールには出来れば交渉の場に着いて来て貰いたい。立場としても俺の婚約者なので問題は無いし、エルランド王国の元姫君と言う存在はそのまま牽制にもつながるからだ。

 だがそうなると本格的に代役の問題が生まれてくる。クリストンは政治面での能力は微妙だしアルテリオは俺以上に威厳が無い。クルトは勉強の甲斐もあって一応何とか……といったレベルには達してるのだが、クルトに代役を任せると変な所で助長した人族が出てきかねない。難民の多くは人族で彼らの統制をクルトに任せ続けた結果、彼は人族の代表とも呼べるような地位にまで至ったのだった。

 本人は地位とかにそこまで興味があるようには見えないので彼に任せる事も考えなくは無かったが、下手に人気があるクルトに任せると周りの人間が変に助長をし兼ねない。そういった意味でクルトにも代役を任せる事は出来ないのだ。

 そうして悩み抜いた末に選んだのは彼ら全員で会議を行い、合意によって決定する議会形式だ。執務能力が足りないクリストンと威厳が足りないアルテリオ、周囲に問題児がいるクルト、誰か一人に任せると問題が起きるのであれば、全員で協力して乗り切って貰おうと言う事だ。

 このやり方ならば変に組織内でのバランスが崩れる事は無いだろう。彼らはお互いに顔を合わせる機会も多いので、問題が無いように立ち回ってくれるはずだ。一応俺と連絡を取る手段も用意しておいたので何かあったら連絡できるようにしておけばいいだろう。



 そうして出立を控えた前日、明日からは長旅になる事から英気を養うといった意味合いも込めて仕事は最低限に抑えた状態で疲れを取っていた。

 最近毎日のようにしていたポーションで身体の体調を無理矢理維持するなど当然身体に良くはない。疲労は気付かない内に身体に蓄積されていく。本番を前に俺が体調を崩すわけにも行かないので必要な休みと言えるだろう。


「今回の交渉の目的はガンガニア王国との関係をどうするかだよな……」

「そうね、今回の件に関しては非があるのはガンガニア王国、でも下手にそのことを責めたりして対立してしまうと問題なのよね……」

「それに使者の件もある。色々と複雑だな……」

「今回は過去の柵や第三者の介入を考えないで言い分随分楽なほうよ?」


 だが休みとは言っても自然と会話の内容はガンガニア王国についての話になってしまう。一種の職業病とでも言うのだろうか、適度に頭を働かせる事は好きなのでこう世間話の体で話すくらいならそう疲れる事も無いのだが。


 いっそ頭の中で今回の交渉について改めて纏めておこうか。

 今回の交渉で最低限達成しなければいけない事はガンガニア王国と敵対しない事である。へステア王国はサンドニア王国との対立がほぼ決定付けられている。ノワールの仲間の救出の為サンドニア王国軍に襲撃を掛けたのはそれ程古い話では無い。あれに関しては国家間の思惑など無視してノワールに請われるままに行った行動であるので、それによって被害を被ったサンドニア王国が襲撃を行った俺に対して悪感情を抱くのは当然の事だろう。

 そしてそんな人物が国家の樹立を宣言し、王を名乗る。しかもそこの住民が奪われた捕虜や奴隷であったなら俺に対する感情は端的に言って最悪と言ってもいいだろう。

 今はまだ不明けの森と言う天然の防波堤に加えてダンジョン内で静かに暮らしている事から、直接的な対立は起きていないがそれもどこまで持つか微妙な所だ。

 大陸最大の強国との敵対が確定しているのならせめてそれ以外の国とは事を構えたくはない。防衛戦に限って言うのならへステア王国はかなりのものなので、そう簡単には墜ちはしないがそれでも発展の妨げになるし、物量差で押し切れれる可能性も考えられなくもない。

 可能であるとすればば滅びてしまったエルランド王国の後釜として四カ国同盟に加わるのもいい。同盟に加わる事で発生するデメリットもあるが、それ以上にメリットもある。同盟間の不戦条約と言うのはその中でも最たるものだろう。

 ダンジョンと言うある種の別次元に領土を持つ俺は他国と争わなくても領土を増やすことが可能だし資源に関しても能力でどうにかなってしまう。へステア王国にとって不戦条約と言うのは利点しかない内容なのだ。

 問題なのは戦力的に他国より劣っているへステア王国が同条件で同盟に加わるとなると言うのは難しいという事だ。一応手は考えているのだが、現実として成功する事が出来るかと言われると中々に難しい。


 それにダンジョンマスターの性質上、他のダンジョンから戦いを仕掛けられる危険性がある事も考えておかなければならない。地上に比べて政治的な駆け引きなどは存在しないがその分戦争まで発展しやすい。知性が無く互いのダンジョンを潰し合うのが基本で拒否も出来ない事から定期的に戦い続けなければならないだろう。

 前回のドラゴンの襲撃から数か月と経たないうちに既に二つのダンジョンから攻勢を仕掛けられている。斥候を放った結果、かなりの格下のダンジョンと分かったので、二つのダンジョンがそれぞれ潰し合う様に誘導した上で放置しているのだが、折を見て討伐に向かわなければならない事も確かなのだ。


「最近は色々考える事が多すぎて嫌になってくるな……」

「そう? 私は楽しいけど。発展していく街並みを見ると気持ち良くない?」

「確かに国を発展させる事自体は楽しいけど、それだけって訳にはいかないだろ。こんな時代だから敵を殺す命令をする事もあるし、陥れる為の策を考えなければならない時もある。綺麗ごとだけでは済まないのは分かってるが、いざ自分がそれをやる立場になると色々複雑なんだよ」


 そこまで考えてから思わずため息を吐きたい気持ちになり少し愚痴っぽくなってしまう。

 王様の仕事と言うのは大変だ。したくは無い命令をしなければならない事もあるし、俺の命令によって人を死なせてしまう事もある。

 幸か不幸か俺はかなり割り切った考え方を出来る人間で、他人の死にはそこまで思い悩むことは無く、敵対している人間を殺す事にも躊躇する事も無いのだが、それでも好き好んでやりたい事では無い。

 だが、世間一般的な感性で悪と言われるような手段を平然と思いつき、必要とあらば実行する事を躊躇わないのだから我ながら矛盾した思考の持ち主である。


「愚直な人間が王様になっても騙されるだけなのだから、適性がある事は悪いことじゃ無いでしょ? それにゼロの考えは自国を優先しつつも相手に対しても十分に配慮した作戦を立てているのだから悪質って言えるほどじゃ無いわよ」

「いや、頭に思い浮かぶだけで十分最悪な性格をしてると思うんだが、敵国に麻薬をばらまいた場合どうなるかとかを真剣に考えて検討する時点でもう十分にアウトだろ」


 そんな俺だが色々と考えた末に表向きは善性の王を演じている。俺自身が偽善だと感じていても多くの人間は綺麗ごとを好むのでその方が都合が良いからだ。

 俺自身かなり腹黒い自覚はあるが、それでも他人の不幸よりは幸福の方が好ましいと感じる正常な感性をしているし、身近の人間には幸せになって欲しいと考える程度の善性は持ち合わせている。ただ自身の為になら他を犠牲にする事も仕方が無いと考えてしまうだけなのだ。……我ながら最低だな。


「まあでもそう間違った考え方でも無いのよね。ゼロの場合基本的にその犠牲は敵にしか向かないし、自国民に取っては敵を倒して国を富ましてくれる存在ですもの、自分の為に他者を犠牲にすると言っても満足する基準がそこまで高く無いから問題も生まれないし」

「普通に心を読まないで欲しいんだが……」

「今のはカマを掛けただけよ」


 俺の考え方自体はノワールも知っている。話した際に、俺から距離を取る所か『安心した』などといった感想を言い出すノワールはやはり一般の感性からは少しズレているのだろう。

 俺の考え方も魑魅魍魎が蔓延る王宮ではそう珍しくは無い。むしろかなり健全な方だと告げられた日には王宮とはどれだけヤバい場所なのかとドン引いてしまった。エルランド王国の王様であるノワールの父はそんな人間を纏め上げ国と統治していたのかと素直に尊敬してしまう。


「そう言えばノワールから見てガンガニア王国の王はどういった人物なんだ?」

「そうね……まあ優秀な人物である事は間違いないわよ。疑い深くて狡猾、利益に敏感で計算高い、長年国をまとめ上げている事からして無能な訳は無いのだけどね」

「俺が対峙した場合はどうなると思う?」

「今回に関してはゼロの勝率が六割と言った所ね。情報面では優位に立っていると思うけど、ゼロは今回が実質的な初陣、その差は大きいわ」

「まあ、そうだろうな」


 へステア王国が表舞台に立っていなかった事から情報面ではこちらが有利だ。情報の秘匿についてはかなり徹底していたので彼方は俺がダンジョンマスターである事を知っているかすら微妙である。

 分からないと言うのはそれだけ交渉で不利に働く。交渉の八割は事前情報で決まると言っていい、それだけの有利があるにも関わらず俺が四割負けると言うのはそれだけガンガニア王国の王が優秀な証拠だろう。経験不足の自覚はあるが俺が無能なせいとは思いたくない。


「そうなるとやっぱりノワールにも交渉の席に同行して貰って助言を貰った方がいいな」

「そうね、ならその時の立場はどうするの?」

「……今更言う必要があるか?」

「直接言葉にして欲しい時もあるのよ?」


 楽し気な表情でノワールはそう言って来た。前にハンナに頼んだ件の報告は既に報告を受けていて、その事についても既に話し合いが済んでいる。だが改めてその事について話せとなると気恥ずかしい。

 『好き』と言う言葉は思ってはいても直接言葉にするのは難しい。言えた方がいいのかも知れないが、それには少しばかり恋愛面での経験値が決定的なまでに足りないのだ。

 20を超えているだろうにこんなに純情なのは我ながらどうかと思うが、こればっかりは仕方が無い。思考や性質は一日や二日では変える事はできないのだから。


「……俺の婚約者としてだ」


 たった一言、これだけで思わず顔を背けたくなるほどに恥ずかしく感じてしまう。これだと直接思いを言葉に出来るのは何時になるのだろうか……。

 鍛錬や勉強の方がまだ簡単だ。それらは一定の作業の繰り返しで、ここまで恥ずかしい思いをすることも無いのだから。

 楽し気なその表情を見ていつかやり返す事を決意する。こうして俺をからかってきているがノワールも恋愛面に関しては俺と似たり寄ったりだったりだったりする。少し前に話が拗れてしまった際には、お互いかなりしどろもどろになりながらの会話になったりして周りに迷惑を掛けた事もある。

 今の余裕ぶった態度は自らが優勢だからこそ出来るのであって、逆の立場になったら簡単に顔を真っ赤にしてしまうのだ。

 お互い好き合っている事は分かっているのに、未だにどちらも直接言葉にしたことが無い。二人そろって筋金入りの恋愛下手なのだから。

 だからこそ婚約者と言う関係になってもキスをしたことも無ければ、直接的な接触も殆ど無い。今思えばノワールの吸血行為もノワールなりの精一杯のアピールだったりしたのだ。

 立場などを考えれば、流石にもう少し関係を進めた方がいいのでは無いかと思ってはいるのだが、俺個人としては今の生温い関係を悪く無いと感じてしまっているのだ。時折非常に生暖かい視線を頂く以外は特に不満は無いし……いや、これは普通に恥ずかしいが。


 取りあえずは顔の熱を取るために顔でも洗いにいこうか。





 一旦、休憩を取り、顔の熱も引いたところで改めて会話を再開する。ノワールの方はまだ少しだけ楽し気な表情をしているが、真面目な話に戻るとあって再びからかってくるような事は無かった。


「それにしても冒険者制度か……今考えると参考になる部分もそれなりにあるんだな……」

「どうしたの急に?」

「前にサンドニア王国について聞いて回った事を纏めた紙なんだがここの部分を読んでくれ。サンドニア王国の冒険者制度について書いてあるんだが……」


 話題は冒険者制度について、マイナス面ばかりに目が言っていたが、改めて目を通していくとそれなりに理にかなった仕組みでもある事が分かるからだ。

 ノワールも興味を持ったようで俺の手元の書類が見える位置にまですり寄って来る。視線が資料の上から下に、一通り目を通した事を確認してから改めて考えを言葉にしていく。


「ーー素材を集めさせるだけ集めさせて安値で買い取る。最も利益が出る加工と販売に関しては国の息の掛かった人で構成されている。しかも一般に流れる情報はかなり制限されていてその事を疑問にも感じさせていない」


 危険な仕事にも関わらずその利益の殆どが国に徴収されている。素材の買取額自体は高いのだ。だがそれを実行するために必要な資金を含めると殆ど実利が出ていない。それでいて国が手を回した成功者を過大に広告する事で冒険者を目指す人間が減らない様にされている。

 他にも冒険者の仕事の一つとしてダンジョンの攻略と言うものがある。ダンジョンの中には大量のマジックアイテムなどが眠っている為、攻略する事が出来れば莫大な金銭を得る事が出来るのである。それを成し遂げた人物はその功績を讃えて領主の子……一般的に姫君とも呼べる人間を娶る事が出来るとされている。

 それは確かに成功者と呼べる例だろう、一生金に困らない金銭と手の届かない高貴な姫君を手に入れる事が出来るのだから。だが現実的に考えると成功者を身内に引き込むと同時に操るための婚姻だろう。それにダンジョンを攻略するとその付近はモンスターの数がかなり減る事になる。そこを開発する事で領主は領地を拡大する事が出来る。


 これらの事をノワールに伝えると感心したように息を吐いた後、疑問顔になる。


「それのどこが参考になりそうなのよ? 今の話を聞く限りだと確かに国に取って優れた仕組みかもしれないけどゼロが目指してる政治とは掛け離れていると思うのだけど?」

「その考え方だな。モンスターの素材は国の発展に必要不可欠だ。高温で熱しても変化しない鱗や他の自然物では考えられないような耐久力を持った素材も多い、それらを効率よく集める仕組みとしては参考になりそうだと思ったんだ」


 先程の例で言うとモンスターの素材の買取り額、あれは一定では無く保管されている素材の量によって変動するようになっている。他にも細々とした点で参考になりそうな箇所がチラホラ、先入観からあまりいい感情を持ってはいなかったのだが、何が参考になるのか分からない物だ。


「へぇ……確かに一理あるかもしれないわね。ーーねぇゼロ、もしかしてだけど、今とんでもないことを考えていたりしない?」

「そうだな。成功すればとんでもないことになるような事を考えているな」

「詳しく聞かせて欲しいわね」


 楽しそうにそう聞いてくるノワールに俺も似たような表情をして内心膨らませていた構想を語った。それにノワールは目を見開き……この日は出立の前日にも関わらず夜遅くまで俺の部屋から明かりが消える事は無かった。

 ただ思いのほか話し込み過ぎて、寝不足になった俺達を見てハンナが呆れた顔をしていたのは印象深かった。頼むから仕事中毒ワーカーホリックの称号は俺には付けないで欲しい。……今更無理か。




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