第三十八話 戦後処理と政治
「怪我人は纏めて治療所に送ってくれ。動かすのも危険なようなら治癒魔法が使える人が応急手当を、時間との勝負だ。急げ!!」
戦いを終えた俺達は休む暇なく即座に動き始めた。
まず最初にしなければならない事は怪我人の手当だ。あのブレスによって重傷を負った人間はそれなりに多い。まずは彼らの傷を癒し安静な場所に移動させなければならない。
それと城壁が半壊した際に生き埋めになった人の救出も急務と言える。彼らも出来る限り早く助け出さなければならない。
戦いを終えた直後にも関わらず半日掛かりもの時間を掛けて救助や治療を行った。誰もが疲労を顔に浮かべていたが文句を言う事無く従ってくれた。
そうした早急な対処のお陰で幾人かは間に合わなかったものの、多くの人を助け出すことに成功したのだった。
こうして街の危機は去った。初の本格的な戦いがドラゴンなのは不幸な我ながら不運だとは思うが、この世界は現実で、現実は不条理の連続だ。襲い掛かる敵が順に強くなるなんて事は無いのだから仕方が無い。
そして戦いを終えてからは忙しい毎日を送っていた。戦争とは戦うよりもその前後の方が大変だったりするのだ。
まず早急に行わなければいけないのはあのドラゴンの作り上げたダンジョンの把握だ。ダンジョンが同士が戦うとその空間は統合される。そこにはあのドラゴンが作り上げたであろうダンジョンが存在し、そこにどのような生物が潜んでいるかは調べてみないと分からないのだ。
ダンジョンと言うとそこまで広大なものでは無いとに感じてしまうかもしれないが。考えてみて欲しい。ダンジョンマスターが作り出すダンジョンは外の世界と並行するようにして存在している。逆に考えれば外の世界と同じだけの広さが存在していると言えるのだ。
まだ中程度の規模でしかない俺のダンジョンでさえ既に一般的な都市などと比べても遜色がない程の広さとなっているし、前に調べてみた巨大ダンジョンなどはそれこそ国に匹敵するような規模である。ピンキリではあるがダンジョンとの戦いは国との戦いに匹敵するような規模になりかねないのである。
今回のドラゴンはダンジョンの規模で言うのなら最小クラス。ダンジョンマスターであるドラゴンこそふざけた強さであったが、生まれて間もないダンジョンであるからして広さで言うのなら小さな街くらいの規模でしか無いのだ。
だが小さな街程度の規模であっても、独自のモンスターが生息している。しかも傾向からしてドラゴンなどの近似種、強力なモンスターが多いとなればその調査と対処は必須だろう。これらの対処は危険性の高さから高い戦闘力を持った妖精族と騎士団の人間の合同任務となる。戦闘力なら妖精族だけでも構わないのだが、報告書にまとめて報告して貰う必要性を考えると妖精族だけには任せる事が出来ない任務である。
他にも城壁の修理、これは能力を使って一瞬で終わらせてしまったが、これも本来であれば人手と材料を用意しての長期的な仕事となってしまっていただろう。改めてダンジョンマスターの能力の有用性に感謝しなければいけない。
他にも戦果を挙げた人間に褒賞を与えたり、逆に規則を破った人間に罰則を与えたりしていく。軍事おいて命令順守の思考の徹底は必須である。雇われた人間に高い水準でのそれを求める事は不可能であるが、それでも目指さなければいけないものでもある。
今回の件で正式な軍隊の必要性を高く感じさせられた。ダンジョンの性質上戦いを仕掛けられる機会はそれなりにある筈だ。その度に今回みたいに国民から人を募るのでは問題も多くなってくるだろう。
現在のへステア王国の常備戦力は騎士団が数十人のみ、人口数が300程度しか居ない現状では比率で言うのならかなり高い数値ではあるが、それでも外部の戦力との対比して考えると些か以上に心許ない。
俺の能力で数を補えう事も可能だが、そうすると今度はDPの問題が出てくる。ある程度の備蓄はあるが、それでも考え無しに使ったら早々に底を尽きてしまうだろう。やはり人口の増加、それによるDPの獲得量の上昇は早急に改善しなければならない問題である。これに関しては根気よく勧誘を続けていくしか無いだろう。不謹慎かもしれないが戦乱の世では食うに困る人は数多く存在する。彼らと食料を盾にした交渉を行えばそう難しい事では無い。
それから、今更ながらドラゴンの一撃を喰らってしまったクリストンについて話そうか。彼はその一撃により重傷を負ったものの幸いにして一命を取り留めた。
全身複雑骨折に 内臓の幾つかに著しい損傷、生き残ったのが奇跡と思う程の重体であったのだが、既に完治し戦線に復帰している。
これもエクリサーのお蔭である。死に瀕した怪我であっても死んでさえ居なければ完治させてしまうまさに伝説の薬、まさに万能の秘薬であった。
だが生き残る事が出来たのは、まさしく本人の功績である。ドラゴンの一撃を喰らった人間は普通この程度では済まない。即死してしまって当然なのだ。ドラゴンの人では生物としてそのくらいの差が存在している。
クリストンは攻撃を受ける直前、魔剣と称される程の業物を盾にし、更には防御魔法と衝撃を軽減する魔法を同時に使ったのだ。これが無ければ当然の様に即死していただろうし、更に言うなら当たり所が良かったなどと言う要因も存在する。どれか一つが欠けて居たら死んでしまっていた。クリストンが諦めなかったからこそ起きた奇跡なのだ。
今回の戦いで最大の功労者が居るとすれば、俺は彼を指名するし、その判断には多くの人間が共感してくれる筈だ。命懸けで勝機を生み出した彼こそが俺よりよっぽろ英雄の名に相応しい人物だと俺は思って居る。
……そう英雄だ。何を間違ったのか俺はあの戦い以降『英雄』などと言う分不相応な呼び名で呼ばれるようになってしまった。俺がしたことはドラゴンを空中から叩き落とした事と、止めを刺した事だけなので正直勘弁して欲しい、俺は戦っていた時も前線に出ていた中で最も安全な位置から攻撃を仕掛けていた。命の危険ならあの時前に出た人間で一番低かったというのに。
この世界での英雄の名は重い、一騎当千、常識では測れないような理不尽な存在、それが英雄だ。数の暴力を単騎でねじ伏せ戦術的な勝利を捥ぎ取ってくるくる。兵器にも似た扱いをされる単体最強戦力、それが英雄だ。そんな名、荷が重いにも程がある。
俺の実力は一流未満がいいとこだ。莫大な魔力こそ持っているもののそれ以外の戦闘技能が低すぎる。多くの武器を手にしたがどれも二流か三流で、一流と呼べるのは魔力の操作技術くらいだろう。
結果を出してしまったと言えばそれまでだが、他者の献身と後付けされた才能《魔力》によって得た成果を自分の物だと思える素直な性格を俺はしていない。
それに何より、俺の思慮不足により何人もの人が死んだ。
「……………………………」
思考に没頭しながらも辿り着いた墓標の前に無言で立ち尽くす。墓標だ。死んだ人が入るその墓標なのだ。
覚悟していた事ではある。戦いに参加する以上誰かが死ぬのは当然だ。それが分かりながら俺は志願を募ったし、そのことについて間違っていたとは死人が出た今でも全くもって思っていない。
だが、それでも思う所が無いかと言われればそれは違う。ああすれば良かった、こうするべきだった、そんな今となってはどうしようもない後悔がこうして頭から離れないのだ。こうして墓標に訪れるこの行為はただの偽善でしかない。そうと分かっていながら折を見てこうしてここに訪れてしまう。
『勇敢なる十八の魂ここに眠る』
墓標にはそのような書き出しに始まり、今回の戦いで死んでいった人全員の名前が書かれている。あの戦いで死んだ18人の名、その内の何人かは友人とまでは行かなくとも顔見知り程度の間柄ではあったのだ。彼らの死は確かに俺の心に大きく残っている。
あらためて言葉にするが志願を募った事に対して俺は全く後悔していない。それは誰を前にしてもハッキリ断言できる。生活する場所が襲われたのだ。防衛に協力するのは当然の事だと俺は考えている。確かにダンジョンマスターの能力は優秀だがだからと言って、それを理由に守るのが当然だ。などと言われたら俺はふざけるなと返したい。しかし今回に限って言えば、その過程に俺の失態とも言えるミスが存在している。責任を感じずにはいられない。
「またここに居たの?」
「ん、まあな」
背後からの問いかけに短くそう返す。このようなやり取りは初めてでは無い。あの戦いが終わってからこうして何度もここを訪れているのだから、今のようなやり取りの何度も行われている。
「まだ後悔してるの?」
「してるさ。俺がもっとはやく気が付いていれば彼らが死ぬ事にはならなかったかもしれないのだからな」
「でもゼロも忙しかったじゃない。それに気が付かなかったと言うなら私も同罪よ」
あのドラゴンが異様なまでに強い個体である理由、それはあのドラゴンがダンジョンマスターだったからだ。そしてダンジョンマスターの能力は大きく分けて三つ、モンスターを含めた召喚能力とダンジョンを創り出す能力、そして……スキルを付与する能力。
三つ目の能力を十全に使えば、かなりの強化が可能となる。スキルを付与すると言う事は、技能を、特技を、能力を、新しく後付けする事に他ならない。翼が一回り大きいのも、ブレスの過剰なまでの威力もその恩恵の結果だろう。
そしてそのスキルの付与に関して情報を共有していたのは俺とノワールのみ、俺が終わるまでその可能性に気付けなかった様にノワールもまた気が付かなかったのだから確かに同罪と呼べるかもしれない。
「だけど、これは俺が背負うべき事だと思うんだ。俺の命令で戦い死んだ。だからこそ、俺が……」
英雄の名も、王の地位も正直俺には荷が重すぎる。俺は自らを利己的な人間だと思っている。他者の為に命を賭ける事など出来ないし、自己犠牲などもってのほかだ。一見他者の為に見える行動も全て何かしらの理由があっての行動なのだ。
だがそんな俺でも最低限結果を受け入れ背負うくらいはしなくてはいけない。そうで無ければ他でもない俺自身が俺を許せない。
ノワールはそんな俺に対して何も言わなかった。ただ無言で俺に着いて歩いてくれただけなのだが、そんなノワールの存在が、今の俺にはありがたく感じるのだった。
「ゼロ様、姫様、お帰りなさいませ」
「お、お帰りなさいませ」
屋敷に戻ると最近屋敷で働き始めたシンディとミティの二人に出迎えられた。屋敷の仕事は忙しくとてもでないがハンナ一人では限界だと相談され二人を紹介したのだ。屋敷には機密情報に当たる情報も存在し信用できるかどうかが重要視されるが、俺の正体を知っても黙っていた二人なら大丈夫だろうと考え推薦しておいた。
最初はハンナに関係を邪推され、浮気者を見るような視線で見られた事には堪えたが、雇用主と雇われと言う関係で接し続ける事でどうにか信じて貰ったのだ。
「ああ、二人とも仕事の調子はどうだ?」
挨拶一つ取っても前より洗練されてるので成長はしているのだろう。俺も経験した事だから分かるが身体に染み付いた動きを改善するのはかなり大変だ。ふとした拍子に出てくる。癖のようなものなのだから。
「ハンナさん仕事中は厳しい……普段は話しやすいのに……」
「ああ……」
シンディの言葉に思わず納得の声を上げてしまう。仕事中は真面目で優秀なのに、プライベートではかなり茶目っ気を出してからかってくるハンナは色々と対処に困る相手である。
「私の場合は完全に公私に分けて貰ってるからそこまでは困って無いわね。普段の対応を私室でもされたら流石に疲れるわよ」
ノワールが会話に混ざる。
「そうなのか?」
「ええ、でも素を見せ始めてくれたって事はそれなりに認められって事だから悪い事では無いわよ?」
「それでも真面目に話してる途中でいきなり雰囲気を変えられると色々やりにくいんだが……」
「一応伝えておくわ」
会話をしていてふと、居心地が悪そうにしているミティに気が付く。かなり人見知りする性格をしていて、人が集まった場での話などは苦手みたいなのだ。
だが仕事が出来ない訳というでは無く、家事なら人並み以上にできるようだし、割と数字に強かった事もあり。色々重宝しているのも事実だ。
ただ俺が声を掛けると逆に委縮してしまうので困りものだ。人見知りと言うのは異性の方がより避ける傾向にある。ミティもその例には漏れなかった様である。
嫌われている訳では無いと思うのだが、不意に出会ったりすると顔を赤くして逃げられてしまうので困りものである。故郷にいた頃、男性に言い寄られて嫌な思いをしたとシンディから聞いたのでその辺は仕方が無いと考えている。
「ほら、ミティも隠れてないで会話に混ざりなよ。この二人なら怖く無いでしょ」
「う、うん……えっと、その……」
おっかなびっくりと言った様子で会話に混ざろうとすぐがどうにも硬い。これは一日二日ではどうにかならなそうだ。思わずノワールと顔を合わせて苦笑いしてしまう。
軽く雑談を挟んだのち二人と別れ執務室に向かう。部屋に入ると山積みされた仕事に内心嫌気がさしてくる。いくらやっても終わらない仕事と言うのは精神的にかなり辛いものがある。それでもやらない訳にもいかないので、ため息をついて仕事を始める事にした。
「なあ、これはどうすればいいんだ?」
「ああそれは……」
仕事を始めたはいいものの、実際問題俺では根本的に経験が足りない為、分からない事も多い。人間、経験が無い事は一から学ばなければならない。俺は記憶は無くとも知識は残っていたので大概の事は何とかなっていたのだが、流石に王様の仕事など記憶を失う前の俺も知識を持っている訳無く一から学んでいかないといけないのだ。
なので現状はノワールに頼って仕事を進めている。情けないが出来ない事は仕方が無い。今後少しづつでも改善していくしかないだろう。幸い覚えは悪く無さそうなのがせめての救いか。
「でもゼロも変な所で拘るわよね。教育施設を作るのは構わないのだけど、わざわざ全員が通えるようにする必要なんてあったの?」
「単純な気持ちの問題だよ。学ぶ学ばないは自由だとしても、学べないいってのは嫌だと思ったんだ」
「へぇ……でも実際に人が来ると思ってるの?」
「さあ? 別に来なくても研究機関として使うから問題無いと考えてるし、魔法に興味がある人はそれなりにいるみたいだから全く来ないって事は無いだろ」
「そうみたいね。でも魔法を広めるのは構わないのだけど急に力を得た人は暴走し易いから気を付けないといけないわよ」
「分かってる。そのために纏めて教える場所を作ったんだ。最初に上には上が居るって教え込めば簡単には暴走したりすることは無いだろ。後はその力を他の犯罪に使われる事だが……そこは警備の人間に目を光らせて貰うしか無いよな」
仕事中に、これから作ろうと考えている教育施設についての話になった。日本で言う大学にあたる機関で出入りは完全に自由、興味がある分野に自ら足を運ぶ形の施設とする予定だ。
仕組みとしては教員は研究などに興味があった人間を雇って好きな分野の研究を自由させ、貰い給料も出る。代わりに学校に来る学びたい人には授業を行うとった形だ。
給金は、研究成果が役に立つ、もしくは新発見などを出せる様なら研究ののみでも十分裕福な生活ができるが、普通は授業も行わなければ最低限の生活しかできない微妙なラインに設定している。
あらかじめ聞き取り調査を行ってもらった感じだと興味がありそうなのは全体の六割ほど、それだけ聞くと多いように見えるが、そのほとんどは吸血鬼で俺が学んで欲しいと考えている人族に関しては三割程度、しかもそのほとんどが教育施設で行われる魔法の授業にのみ興味がある。といったひとばかりなので俺としては少し頭が痛い問題だったりする。
教育の重要性と言うのは知らないと実感できないものだが、強制しても反発しか起きない事が目に見えているので環境だけ整えて長い目で見るかと考えているのだ。
基本給にスキルによる技能手当、後は成果を挙げた時のボーナスと言った成果主義に近い形で給料が決まる仕組みとなっているので、このままだと人族と吸血鬼、その二つの種族で格差が広がっていってしまいそうだ。
「そう言えばノワール。ふと思ったんだが吸血鬼みたいな寿命が長い種族ってどのタイミングで引退するんだ?」
「その辺は人によるけど……基本的には子供か親戚の人間が一人前になったらってのが一般的ではあったわね。でも人によってはいつまで経っても引退しない人もいるから色々と厄介な事もあるのよね……」
「ああ……やっぱりか。そうなると細かく任期とか決めないと不味いか。種族によって寿命なんてまちまちだし。要職が全員長寿種の人間で埋まってしまったりしたら困るしな」
「そうね。こうして仕組みから決められれば楽だったんでしょうけどね……」
「寿命が長いと柵とか色々厄介そうだしな」
「ホントよ。それに私が政治に参加するのも嫌だったみたいで色々嫌がらせも受けたわ。自分は前線に出る事は無い癖に若くて優秀な人は嫌いみたいで難癖付けて無理矢理出ざるを得ない状況に追いやったり、正直見てられなかったわ」
「……吸血鬼勢力を丸ごと引き入れるとそういった連中も仲間にしないといけないデメリットもあるのか。中々上手くいかないものだな」
「その辺はこっちでどうにかするから問題無いわ。今は元要職についていた人間でしか無いのだから。最後の仕上げはゼロにも手伝って貰うと思うけど」
にやり、とノワールが笑みを浮かべる。
「はあ……どんな手を使うつもりなんだ?」
「別に大した事は無いわよ。単純にこちらに引き入れる前に勢力を削げるだけ削いでおいて、実質的に無力な状態にしてから一般人に戻して上げるのよ。ゼロには最後に引き入れる際の条件に彼らを重要な地位に置けない様にって命令して貰えればいいから」
「……最後のって必要か? ああいや、そっちにも色々柵があるのか」
「正解よ。今はかなりアレな人たちだけど昔はかなり優秀で功績もかなりのものがあったのよ。私は今しか知らないから功績の内容と今の人物像が繋がらないのだけどね」
最低限生きるに困らない程度にまで戦力を削いで、それでも何かしでかすようなら処刑ね。と一切の感情無く言い切るノワールに内心身震いする。まあでも特に興味がある相手でも無いし、どうでもいいかと頭を切り替える。……他人の死を気にしないって意味では俺も大分アレだな。
「後は、種族の代表としての仕事か……ノワールは手加減する気は?」
「無いわね。ゼロが頑張って代理を果してるのだから十分じゃない」
「はぁ、それだけで十分俺の仕事も減るんだが……ノワールが手加減してくれるなら交渉の仕事を全てクルトに丸投げ出来るんだが」
「クルトが切れるわよ? 彼も十分すぎる程仕事が振られていたと思うのだけど」
「量だけなら俺の方が圧倒的に多いだろ。それにこれは本来クルトの仕事だ」
「それなら直ぐにでも仕事を引き継いでも構わないでしょ?」
「だからノワールが手加減してくれないとクルトじゃ色々毟り取られるだろ」
「でも代表として動くのなら手加減出来ないわよ。代表同士が癒着して片方が一方的に譲るような真似を一度でもした前例があると後々不利に働くわよ? 今の身内同士で争う形でも割とギリギリなのだから」
「いや、理屈は分かるんだよ。だがノワールと長々と交渉していると終わった後に凄い言いようのない徒労感を感じるんだよ」
他種族国家となると内部でも色々と揉める事が目に見えているので、各種族に代表を決めて話し合う仕組みとなっているのだが、吸血鬼の代表はノワール、人族の代表は俺が代理で果たしている。元となった種族は限りなく人族に近いが種族的にはダンジョンマスターである俺が代理を果して居るのは、今の人族にはノワールとの交渉でまともにやり合える人間が居ないのだ。
だから現状では俺が代わりに揉め事が起きた時にノワールとの交渉を行っているのだが、終わった後の徒労感は何とも言えないものがある。お互い何となく終着点が見えているにも関わらず、長々とその議題で話し合わないといけないのだ。その時間が無駄に感じてしまうのも仕方が無いだろう。
しかもその相手のノワールは俺が油断していると吸血鬼が有利になる様に条件を勝ち取りに来る。真剣に交渉に望むと無難としか言いようが無い結論に達するのだから。まさに無駄な時間としか言いようが無い。
だが前例とは面倒なものでここで横着して、碌に話し合いもしないまま結論を出すようなら、それを理由に他も同じような真似をしてきかねないと言われたのだ。だからマジックアイテムでその徒労にしか感じないやりとりを録画しているのだが、やっているあいだアリバイを作ってる犯罪者染みた行動としか思えなかった。
まあ理屈は理解しているし納得もしている。ただ面倒だと感じているのは事実なので少し愚痴りたくなってしまう。ただある種の優遇なのは事実なので機会があったらクルトに丸投げするつもりだが……
「後はガンガニア王国の事か」
「とはいってもあの国に対しては向うの出方待ちとしか言いようが無いから大して話す事は無いけどね」
妖精族から使者を飛ばしたガンガニア王国からの返答は未だ来ない。奇襲を掛けたサンドニア王国を見事撃退した事は分かっているのだが、ガンガニア王国の国内に入っていった後の消息は途絶えてしまっているのだ。
俺が使者に渡した情報は敵軍の進行経路と規模、構成、などを情報を伝えておいた。下手に情報収集能力の底を見せてしまう事は避けたかったので上手く偽装し、当たり障りが無い定例分と共に送ったのだが、送った使者がいつまで経っても帰ってこないのだ。
降伏勧告を伝える使者や開戦を伝える使者などが殺されることはまよくある事とは言え、どちらかと言うと友好的な文を送って来た、しかも正体不明の使者に対して手荒な真似はしないと考えていたのだが予測が外れたかもしれない。
ガンガニア王国、大陸一の技術力を持つかの国に対してへステア王国がどのように立ち回るべきなのか、それを決めなければならない日が近づき始めていた。
これで第一章は終了です。この後は閑話を何話か挟んだのち第二章に入る予定です。更新は出来る限りは週一を続けたいと考えています。




