第三十七話 VSドラゴンー後編ー
放たれたと同時に岩槍は俺に認識から消えた。否、消えたと感じる程の速度で飛び去ったのだ。音速を超えるような速度の攻撃を俺が肉眼で視認する事などできないが故の結果だ。
普通一つの魔法を使うのに必要な魔法陣の数は三つか四つ、習熟した者は一つの魔法陣に幾つもの効果を含めたりするが、単純な……それこそ俺が今使おうとしているような魔法を使う時はそれほど多くの魔法陣を必要としたりはしない。
何故かと言われれば単純に効率が落ちるからだ。例えばある魔法の効力を二倍にしたいとする。そのために必要な魔力はどれくらいかと言われると、三倍から四倍といった所だろう。
術式に手を加えると言うのは複雑化させる事と同義である。単純に出力を二倍にしようとした場合、それを望んだ効力で安定させる為の術式が必要となり、結果として効率が悪い行動となってしまうのだ。それならば単純に同じ魔法を二発撃ってしまった方が効率が良いからだ。
だがそういった魔法が必要無いかと聞かれるとそうでは無い。単純に二倍、三倍の威力を要求される状況と言うのは存在する。
そしてそれは今だ。普段使う魔法の二倍では話にならない。三倍でもまだ足りないだろう。四倍五倍……十倍でようやくといった所だ。
ドラゴンとの距離は目算でも100メートル以上はある。それだけの距離を直線に飛ぶ攻撃で、高い飛行能力と防御力を持った相手に当てるとなるとそれだけの攻撃が必要となるのだ。
撃ったと同時に当たるような速度で、威力はドラゴンの強靭な肉体をも簡単に貫通しうるもの、それが今回要求される威力の下限値だろう。
それだけの効力を持たせるとなると他の効果まで持たせることは俺の力量ではまだ不可能だ。既に魔力制御に限って言うならば一流と呼べる力量に達しているものの、ダンジョンマスターの莫大な魔力を十全に生かすためには一流程度では足りないのだろう。
だが、それでも今回に限って言うならば十分な戦果を上げる事が出来た。
GAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
魔法で精神を安定させているにも関わらず、全身が委縮してしまうような絶叫が響き渡る。城壁が半壊したことによって崩壊していた戦線はこれによって更なる混乱を巻き起こした。頭を抱えて座り込む者や、自ら自傷する者、恐怖のあまりに失神したり、錯乱する者、失禁してしまうものもいた程だ。
俺も多少は怯えはしたものの、自らに掛けていた魔法のお蔭で醜態を晒すことなく攻撃の結果を見守る事が出来た。
……少しズレたが、十分だ。
狙ったのは胴体、ドラゴンの身体の中心部だ。理由としては単純に最も狙いやすく、また外したとしても他の部位に当たる可能性が高い場所だからだ。
魔法がまっすぐ飛ぶとは言っても、その角度を調整するのは俺なのだ。100メートルも離れているとなれば少しのズレが決定的な失敗に繋がる。ならば下手に欲張らず、より当てやすい場所を狙う事は必然と言っていいだろう。
そして実際に当たった部位は左翼の付け根、ドラゴンの巨体をして飛行能力を得るに足るだけの著しい発達をした箇所である。半ば砕けるような形で片翼の機能を失ったドラゴンは叫び声を上げながら地上へ高度を落として行った。
「現状戦える者は名乗り上げろ!!」
ドラゴンから視線を変え、周囲を見渡してから声を上げる。ドラゴンの飛行能力を奪ったが、まだ仕留めたと言えるような状況では無い。落下の衝撃で少しでも弱ってる内に追撃の為の戦力を投入する必要があるのだ、その為にも現状でも正気を保ち戦える人間が必要になる。
直ぐに参戦の意を上げたのはクリストンを始めとする騎士たちだ。普段からの訓練は伊達では無く、あの声を聞きつつも大半が正気を保っている。先程のブレスで怪我を負った者もいるが、半数以上はそのまま戦闘に参加してくれそうだ。
逆に他の人族の方は無理そうだ。先程のドラゴンの絶叫で大半がパニックに陥っている。あのドラゴンからしたら攻撃を受けた際の悲鳴なのだろうが、普通の人にとっては本能に直接死を予感させるような叫び声だ、悲鳴に近い状況で放った声であってもその効力は変わらない。
俺が正気を保てるのは精神を落ち着かせる魔法を自らに掛けているからだ。指揮官である俺がパニックになったら戦線は崩壊する。それを防ぐためのものだったのだが、思いのほか役に立つ。
だが妖精族までパニックになってしまってるのは完全に予想外だ。ドラゴンの声を聞いて正気を保つには精神力が重要になる。妖精族は魔法の力量は高くとも精神的にはお世辞にも強靭とは言えない存在でしかないの。子供の様な精神と生まれながらの強者である事から、精神的にあまり強くは無いのだ。
対策として俺と同じように自らに魔法を掛ける様にとは言っていたのだが、何度も放たれるブレスを防ぐのに手一杯となり、それらの魔法の効果が切れてしまったのかもしれない。
ドラゴンは地に落ちた衝撃で地面が揺れる。もう猶予は無い。早々に決着と付ける為に動き出す必要がある。
「動ける人間はバリスタ弾の準備をしてくれ。後は重症な人間の応急処置なども頼む!!クリストン、俺達は行くぞ!!」
細かく伝える余裕は無い。一説にドラゴンの生命力の高さは数時間もすると致命傷でも治ってしまうとも言われている。ドラゴンを確実に仕留めるたいなら頭を潰すしかない。ダメージを受け動きが鈍ってるだろう今が最後のチャンスだ。対ドラゴン用に用意しておいた魔法による強化を施しあるバリスタ弾の援護を頼み出陣だ。
俺の言葉に従い鎧を着込んだ騎士達走り始めた。吸血鬼の騎士たちは剣も魔法も一流と呼べる使い手ばかりだ。家柄の問題で全員がそれなりの地位にまでしか上がれなかったらしいが、その腕は十分に信頼する事が出来る。
魔力で全身を強化しバラバラになって走る。ドラゴンの方を見ると落下の際にかなりの衝撃を受けたにも関わらずもう体勢を立て直し俺達を迎撃するべくブレスを吐こうとしている。
「自己判断でブレスを回避!!接敵し隊列を組め!!」
クリストンの指示が飛ぶ。
ドラゴンのブレスが放たれるがその先には誰も居ない。いくら強力でも発射台が動かない攻撃に当たるほど騎士たちの動きは鈍くはない。顔の向きで飛ぶ方向は予測でき、口を開いてから一瞬の為の時間まであるのだから。
俺も負けてはられない。魔力を集中し背後に魔法陣を構成する。動き回りながらなので大した威力は出せないが牽制程度にはなるだろう。
放たれた魔法はドラゴンの頭部に直撃し、その部位を凍らせる。視界を奪って他の皆に接近するための隙を作り出す為だ。
片目が凍らされたドラゴンは煩わしいような動作で首を振る。その間に騎士たちは剣の間合いまで辿り着き斬りかかった。ただ一斉に斬りかかるような真似はせず一撃入れたらその場から離脱し、背後の者が追撃を入れるような形でだ。
常にお互いをフォローし合いながら致死となる一撃に神経を尖らせるのだ。ドラゴンに限らずモンスターは自らに攻撃を仕掛けて来た人間に敵意を燃やす傾向にある。それを利用し代わる代わる攻撃を仕掛ける事で注意を分散し、攻撃を搾らせない様にしているのだ。
俺にはそれに混ざれるほどの練度は存在しないので背後に回る様に立ち位置を変えて魔法で様々な部位を凍らせてドラゴンの動きを阻害する。ドラゴンの体表は異様にまで頑丈で先程から何度も攻撃を仕掛けられているにも関わらず、表面の鱗を多少削る程度にしか傷ついていない。
俺の魔法による足止めも徐々に対応し、凍らされた部位を砕くのが、早くなり始めたので追撃の為の武器を取り出す。
魔法銃、そう呼ばれるこの世界では骨董品として扱われている武装だ。引き金を引くと使用者の魔力を衝撃波に変換し撃ちだす。シンプルだがそれ故に使い勝手がいい品物だ。中の構造の部分に直接魔法陣が刻まれおり、作るには武器の対する深い造形を持つ人物と魔法に対する造形の深い人物の両方が必要になる事から生産された数が少なく。また軍事的側面から考えても制作に掛かる費用と効果が見合わない……定期的な点検が必要かつ、魔力量が少ない人には満足に扱えないなどと言った事からあまり評価が高くなく、知名度も低い武器となっているのだ。
俺からすれば火薬を使わない事から反動も少なく、連射も利く。他の武器に比べて必要な技術的難易度も低いと、それなりに気に入っている武装の一つなのだ。
「下がれ!!」
そう声を掛け、引き金を引き連射する。パンパンパン軽い発射音と共に物理的な破壊力を伴った魔力弾が炸裂しドラゴンの上体を僅かながらもよろめかせる。
一撃一撃の威力は魔法に劣るがそれでも連射を重ねられるこれならばは相応に打撃を与える事が出来る。
「ゼロ様はドラゴンを倒せるだけの魔法をお願いします!!私たちが足止めを!!」
クリストンからの指示が聞こえる。確かにこのままだとジリ貧だ。ドラゴンの体表が固すぎるのだ。前情報ではクリストンを始めとする騎士の上位陣ならばどうにか攻撃を通せると聞いていたのだが、先程から表面を多少削る程度しか通ってはいない。剣で体表を叩くと火花が散るってどんな硬さだよ。
ドラゴンの背後から先程と同じように強力な魔法の準備を始める。だが準備を始めた直後にドラゴンはこちらを振り向き攻撃して来たので慌てて回避する。これだけ近いと魔力の動きで攻撃が読まれてしまうらしい。
仕方が無く方針を変え魔法銃と速度の速い魔法での攻撃を行う事にする。魔法銃の方はドラゴンの態勢を崩すために、魔法の方は凍結の効果を持たせた魔法により、隙を作り出すためにだ。
それをクリストンも理解してくれたのか、騎士たちの動きが変わる。今までは安全圏を維持しながら攻撃を積み重ねる動きだったのだが、より深くまで踏む込み、有効打を通そうとした動きに変えたのだ。
だがそれでもドラゴンの体表は硬い。一流の使い手が、魔剣と称されるような攻撃を使っても攻撃を通すことが出来ないでいるのだ。
だが高い集中力を維持する事で辛うじて維持されていた戦況、それにも終わりが訪れる。半ばから貫かれ、力なく垂れ下がった片翼、あれが徐々に力を取り戻し始めたのだ。まだ重症だろう。翼の付け根は深々と抉られとても飛び立てそうには見えない。相反する属性の残滓も再生を妨害する要因となっているはずだ。ぱっと見では明らかに飛べそうにない。無茶な行動だ。だがそれでも翼に力を入れ、飛び立とうとしている。
飛ばれたらもう勝てない。そんな焦燥が全員に表情に浮かぶ。
GAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
ドラゴンは叫ぶ。だが、騎士たちは止まらない。俺も一瞬硬直してしまうが直ぐに立て直し飛び立つのを妨げる為に全力で攻撃を行う。
騎士たちの斬撃が、俺の射撃や魔法が、ドラゴンの動きを止めようと奮闘する。だが、それでもドラゴンは無情にも飛び立とうとしていた。
「はあああぁぁぁぁぁ!!」
一閃、銀色の光が煌めいた。
クリストンだ。飛び立とうとするドラゴンを止めるべく全力で跳び上がりドラゴンの抉れた翼を斬り裂いたのだ。青色の魔力の残滓が空中を漂う。クリストンはそこまで魔力量が多い方では無いと聞いている。それこそ全力戦闘は十分も維持できないと、その切り札を切ったのだろう。クリストンに渡した魔剣は魔力を流すとそれだけ切れ味を増すというシンプルな能力だ。炎を纏ったり凍らせたりとする武器はそれだけ余分に魔力を喰うのでより、低燃費で使いやすい武器を望んだのでアレを与えたのだ。
そしてドラゴンは表皮は硬くとも内部まではそうでは無い。俺の攻撃によって出来た傷に対して全身全霊を掛けた一撃、それにより見事ドラゴンが飛び立つのを見事阻止して見せたのだ。
「グゥ……」
だがその代償は大きかった。クリストンは叫び声を上げたドラゴンの無造作な尻尾の一撃で吹き飛ばされていったのだ。地上から大きく跳び上がるあの行為、ドラゴンの反撃から逃れる手段を失うと諸刃の剣なのだから。空中で咄嗟に武器を構えて盾にしているが見えだが……
「くそっ!!」
直ぐに駆けつけて治療してやりたいのは山々だがこのチャンスを逃すわけにはいかない。クリストンの一撃は確かにドラゴンに手傷を負わせて隙を作る事に成功したのだから。
その献身を無駄にしてはいけない。即座に魔力を練り、全力の一撃を用意する。慣れ切った動作で魔法陣を構成していく。
ほんの数十秒でいい、それだけの時間があればドラゴンの防御を突破する事ができるだけの魔法を用意する事が出来る。だがそれだけの時間をドラゴンは与えてはくれなかった。ゆっくりと首を動かし自らを害する事が出来るだけの魔力を持つ存在……俺に向かってその首を向けて来た。
後30秒……いや、10秒で終わるのに……
口を開く、ブレスの準備だ。爆発するソレに対して今の立ち位置では既に避ける事ができない。直撃を避けたとしてもその余波だけで蒸発してしまうような距離なのだから。
一秒でも早く!!、そう念じて魔法陣を構成するも時間が足りない。他の騎士達も全力で気を引こうを攻撃するもドラゴンは俺を始末するのが先だと言わんばかりに視線を逸らさない。爬虫類によく似たの無機質な瞳なのに俺に対する怒りにも似た感情を感じる。
そんな時、タンッ、と軽快な音が鳴り響く。目の前にはブレスを吐く寸前、口元から火が吹き出ているドラゴンの横顔にバリスタ弾が突き刺さってるのが目に入った。間に合ったのだ!!
……今だっ!!
俺の背後に展開された魔法陣、それらが輝きを持って起動されドラゴンの胴体を突き破る。ドラゴンは断末魔の叫び声を上げて横たわった。しばらく全員が時が止まったように固まっていたが動かないドラゴンの姿を見て徐々に歓声が上がった。ドラゴンは墜ちたのだ。




