第三十六話 VSドラゴンー前編ー
遠くから小さな影がポツポツと浮かび上がってくる。ここ数日でもう見慣れた光景だ。小さな影の正体はワイバーン、翼竜とも呼ばれる下級の亜竜だ。少し前に戦いを仕掛けて来たダンジョンから攻撃でもある。
ダンジョンマスター同士の戦いとはリソースの奪い合いである。より少ない戦力《DP》で効率よく敵を倒し自らの戦力《DP》とする戦い。
そういった意味ではこれまでの戦いは完全勝利と言ってもいい結果である。あらかじめ生み出しておいた古城兵器を用いて一切の人的被害を出すことなく近づく敵を撃ち落としているのだ。こちらのDPは増える一方で相手は召喚に必要なDPを消費し続けている。
やはりと言うか当然と言うか知能の差が戦いの趨勢を左右している。戦場で戦力を逐次投入するだけでは意味が無い。戦術も何も無い無造作に放り投げる様に投入されるだけの雑兵など万全の態勢で迎え撃てば脅威では無いのだ。
ワイバーン一体倒すと60ptが入る。敵ダンジョンマスターが召喚したモンスターを倒すと六割がDPとして換算されることを考えると召喚に掛かるコストは一体100pt、向うの場合同種族で必要なDPが少なくなる事を考えると80〜90pt程だろう。一回の襲撃で20~30体のワイバーンが襲撃してくることを考えると既に消費したDPは1600〜2700pt。まだ生まれたばかりのダンジョンにしては決して少ない消費では無いだろう。一方こちらの消費はほぼ皆無、防衛に参加している人々の疲労は隠せないが、それでも戦術的勝利を重ね続けてる事により士気は高くこのまま続けば先に限界を迎えるのは相手の方だろう。
城壁に立ち号令を掛ける。それだけで100近いバリスタ弾が放たれてワイバーンが堕ちてゆく。こちらの士気は高い。
村育ちの人間にとってワイバーンとは、たった一匹で村を壊滅させかねない存在だ。そんな存在を相手に一方的に勝利し続けているとなれば士気は下がるはずが無い。
第一陣を壊滅させたことで再び号令を掛けて弾の補給をさせる。戦いが始まってから一日一回は襲撃をされ、既に五日で1万ptは消費している筈だが後DPはどのくらい残っているのだろうか?
一方的な戦いだがこれは前哨戦に過ぎない。俺達に取っては相手のDPが尽きてからが本番だ。ダンジョンマスターであるドラゴンとの戦い。それはワイバーンとは比べ物にならない程の強敵だろう。例えDPが尽きたとしてもその存在一つで容易に戦況をひっくり返されかねない化け物、数多く存在するモンスターの中でも最強に限りなく近い存在、それがドラゴンだ。
だが勝つための準備は既に整っている。事前にドラゴンとの戦闘経験があるクリストンが居たのが大きかった。ブレスなどの射程距離、肉質の硬さ、攻撃手段など。強いといっても知る事さえできれば対策は可能である。
その為に大量のバリスタ弾や大砲を揃え、騎士達には魔剣と称されるような武器類を与え、魔法に優れた妖精族にも協力を要請しているのだ。
「敵影発見しました!! ドラゴンです!! ドラゴンが来ました!!」
高台で双眼鏡を握った男が声を上げた。
「……ついに来たか」
とうとう決戦だと自分に言い聞かせるように呟いてから自らに魔法を掛ける。精神を落ち着かせる鎮静の魔法、身体能力を向上させる強化の魔法、状況を俯瞰する為の監視の魔法、俺に出来る全ての手段を取るためのありったけの魔法を重ね掛けていく。
思考がクリアになり、視界も広がった気がする。身体も軽くなり全能感にも似た感覚が自らを包み込む。
見え始めた敵影はワイバーンが50体程とそれより何回りも大きいドラゴンが一体、姿かたちはワイバーンによく似ており形状としては翼竜に酷似している。ただワイバーンとは違いその全身を赤黒い鱗で覆われていてその存在感はワイバーンなどとは比べ物になりそうにない。
先行しているワイバーンが街に向かって接近してくるがそれはバリスタ弾で撃ち落とされる。巨体だが並外れて強靭な鱗に覆われている訳でも無いワイバーンは一撃当てれば簡単に落ちる相手でしかない。今も急所を外したようだが片翼を負傷し、当分飛ぶことが出来ない程度には傷を負った筈だ。
「……ゼロ様、あのドラゴン。私が知るそれよりも翼が一回り大きいです」
視線をドラゴンに向けていると近くにいた騎士の一人が俺に声を掛けてくる。俺はその言葉に反応してドラゴンから視線を離してしまった。まだこの距離だと射程から遠くなられていると聞いていたが故に。
「どういうことだ?」
視線を逸らしてしまった。戦場では何が起こるか分からない。それを理解しきれなかったからこその愚行だ。そしてその安易な行動は悲劇をもたらす。
「気のせいかもしれませんが、もしかしたら……」
その言葉を最後まで聞き終える前に視界が暗転した。
爆撃、轟音、何かが崩れていく音……周囲を煙が覆い、悲鳴と呻き声が聞こえて来る。
何が起きたかは分かっている。視線を離した一瞬に誰かが声を荒げて叫んだのを覚えている。確か「ブレスが来る!!」だったか? その声に反応して咄嗟に障壁を張った筈だ。
俺以外にも魔法を使える面々が一斉に張ったそれとドラゴンの放った火球、それらがぶつかり合い……爆発した。その時の余波だけでこのような死屍累々の自体になってしまったのだ。
だが、何故だ? どうしてなんだ? まだ射程距離には届いていない筈。多少の誤差なら個体差といってもいいが今回はそれどころの話では無い。視線を逸らしてしまったとしても、それはほんの数瞬、攻撃の動作を見せた距離は事前に話を聞いていた距離の二倍以上はあった筈だ。
だが考えている暇はない。まだドラゴンの脅威が過ぎ去った訳では無いのだから。
「痛ッ……」
歯を食いしばり立ち上がる。その際に全身に痛みを感じるが大丈夫、五体満足だ。至る所が煤汚れ、擦過傷や打撲による痛みがあるが、魔法で強化しておいた事に加え、様々なマジックアイテムで身を固めていた為全て軽症と呼べる程度に収まっている。
それにしても馬鹿げた威力の火球だ。俺の障壁は大砲を正面から打ち込まれても難なく防ぎきる防御力を持っているのにいとも簡単に破壊された。
前情報と違いすぎる事は気になるが……考えてる時間は無い。直ぐにでも態勢を立て直しドラゴンをどうにかしなければならない。
あらかじめ用意していた対策では足りない。ドラゴンの位置はバリスタ弾の射程範囲外、それすらも前情報とは違っていた。そうなるともう事前の情報は宛にしない方だいいのかもしれない。
「ゼロ様!!無事ですか!?」
「大丈夫だ。クリストンの方はどうだ?」
「大したことはありません。それよりもドラゴンがまた……」
視線を上げると再びドラゴンは顎を開きブレスを吐く準備を終えていた。……運がいい。俺が態勢を整える前に撃たれていたら死んでいた。
「あれは俺がどうにかする。それよりもフェスカを呼んできてくれ」
まずは状況の把握だ。先程のブレス、手応えから言って障壁との接触時には十分に防げそうな威力だった。問題なのはその後に爆発した事だ。理由は分からないが何かしらの条件によりブレスは爆発する。最も可能性が高いのは衝撃だがそれも確実ではない。魔力に反応したという可能性も捨てきれないし、あのドラゴンの意思次第。と言う場合もあり得る。
だが今の時点で分かっている事として魔法障壁で防いだ際には爆発したのだ。その爆風の範囲は大きいが何となく把握する事が出来た。爆発は防げないがその場所さえ選べれば……
魔法障壁を設置する位置を変える。先程よりも遠く。此方にまで被害がいかないように……
「くっ……」
激しい轟音と共に俺の設置した障壁魔法とドラゴンのブレスがぶつかり合い爆発する。先程と同じように障壁は砕かれ、かなりの風圧がこちらを襲って来るが城壁は無事だ。
……予想通り、これなら防ぐだけなら何とかなる。
二撃、三撃、次々と着弾する火球を全て防ぎきっていく。爆発で視界が防がれるが爆発が終わると同時に新たな障壁を張っていくのだ。ドラゴンの位置さえ見誤らなければ失敗する事はまず無い。
だが、俺の魔力は膨大ではあっても有限だ。相手もダンジョンマスターであるのなら、俺よりも魔力が少ないとは考えにくい。このまま長期戦になれば体力の差でいずれ防ぎきれなくなる事が目に見えている。
だから俺は攻撃を防ぎぎながらもフェスカが来るのを待った。この状況をどうにかするには彼女の助けが必要なのだ。
「ゼロ、来たよ!!」
「フェスカか……俺がしていたようにドラゴンのブレスを障壁魔法をぶつける事で相殺してくれ!!」
「え、アレを?」
「全員で力を合わせて一つの強度が高いものをつくれ。距離がある場所で防げば着弾と同時に爆発するからこっちにまでは被害が出ない」
「わ、分かった。ゼロはどうするの?」
「……アレを落とす」
バリスタ弾が届かない以上、他の方法であのドラゴンを地上まで引きずり降ろさなければ戦いにすらならない。そしてこの場でそれが出来るのは俺だけだ。
だが守りはフェスカ達に任せたが、フェスカの魔力量ではそれ程長時間守り切る事は出来ないだろう。技量自体は高くても彼らの継戦能力はそれ程高くはない。何かを守るために足を止めて戦うというのは妖精族にとっては苦手分野に当たるのだ。
それでも彼らに任せたのは複数人で一つの魔法陣を張るなどと言う離れ業をやってのける事が可能だからだ。他の人では相殺する事すら難しい。あの火球は爆発の前段階でも生半可な守りでは防ぎきれないような威力をしているのだ。
「……ふぅ」
軽く息を吐く。自らに精神を安定させる魔法を掛け直し再度ドラゴンに視線を向ける。ドラゴンが吐くブレスはフェスカを始めとする妖精族の面々が頑張って相殺してくれている。かなりパニックになってるみたいだがどうにか形になってるのだ後少しの間頑張って貰おう。
魔法の準備する。より早く、より強く、ここまでの努力をここに示すのだ。
常日頃からひたすらに魔力の制御ばかりの練習していた。それは今回のような時により強力な魔法を撃つためにだ。強力な魔法の使い手は戦略級の価値がある。他の戦闘技能など俺に取ってはただのおまけである。割と器用で様々な武器を扱える素質を持った俺だが、最も効率的で強力な戦い方は遠距離からの火力戦なのだから。
背後に魔法陣が二つ、三つ、四つ……数えきれないほどの数の魔法陣を展開されていく。俺の魔力の制御能力だけは既に一流に近いレベルとの評価を受けている。四六時中、寝ても覚めても仕事中も全て魔力の制御訓練を並列して行った結果だ。代わりに知識面、使える魔法のバリエーションなどはまだまだといった所だがな。
補助用の魔法陣の設置が終わった所で次は直接的な攻撃手段の準備だ。先端の尖った巨大な岩を生み出し、用意した魔法陣を重ね合わせていく。強化、圧縮、固定、様々な効力を持った魔法陣が岩槍に重なり合い吸い込まれていく。
そして最後に属性を付与する。ドラゴンを相手に単純な物理攻撃では効果が薄い。かと言ってドラゴンの中でも火竜に属するであろう相手だ。熱に対しては高い抵抗力を持っている事が予想される。
なので俺が選ぶ属性は氷、対象を氷点下以下にまで冷却させる一撃でドラゴンの強靭な鱗を凍結させ砕くのだ。ドラゴンの常識外の硬さはその身に宿る魔力が自然と強化の魔法を掛けているのと同じ効力を発揮しているからだと言われている。それを打ち破るには生半可な攻撃では足りない。
火竜に属するドラゴンの魔力は火属性の魔力を帯びている。属性とは相反するもので、一つの魔法に二つ以上の属性を混ぜようとするとお互い干渉し合い、効力を弱めてしまうのだ。
片方がよっぽど強かったりすると簡単にかき消されてしまうが、やらないよりはマシだろう。
普通のドラゴンならここまでしなくても攻撃は通る筈なのだがあのドラゴンは普通の固体ではない。強力すぎるブレスに一回り大きくなっている翼、ここまで来たら防御性能も普通でないと考えた方が妥当だろう。
だからこそ今の俺に出来る最強の一撃を用意する。不可避の速度と過剰なまでの火力、物理的に耐える方が難しい様な一撃だ。
代わりに狙いが手動の命中精度に欠けたものになってしまったが、それは仕方が無いだろう。それまで加えようとすると俺の制御能力を超えてしまう。
「……さて、外れるなよ」
そして、運命を決める一撃が放たれた。




