第二十七話 吸血鬼救出作戦⑥〜侵入編〜
「こっちはゼロよ。立場は……とある場所の代表ってとこかしら。逃げた先で運よく出会えて協力してくれることになったのよ」
「は、はぁ……そうなんですか」
ノワールにそう説明され、吸血鬼の男性は一先ず納得した表情を浮かべた。
事前に聞いていたが何とも詐欺臭い説明だよな。とある場所ってのがダンジョン、そこの代表=ダンジョンマスター、嘘は言って無いけど本当の事も言って無いってのはこういうのを言うんだろうな。
まあ、正直にダンジョンマスターだと答える訳にも行かないのは分かるが。
俺が思考に沈んでる間にも話は進んで行く。ノワールが作戦を説明して
「取りあえず怪我をしている人には優先的にこれを飲ませなさい。残ったら疲労が大きそうな人から順に飲ませて行けばいいわ」
そう言ってノワールが取り出したのはここまでの道中でノワールの風邪を治すために召喚したエクリサー。疲労回復薬として使うには高価だが逃げ出すためにも体力の回復は必要だろう。
受け取った吸血鬼の男はエクリサーを怪我人の所まで持っていき飲ませた。
「こ、これは……」
効果は劇的だ。何とか歩けると言った感じの怪我が一瞬で治ってしまった。俺も飲む瞬間を見るのは初めてだがこれ程とは……これで稀少なら高くなるのも仕方が無いな。
怪我が酷い人から順番にエクリサーを回して飲ませて行き一通り飲ませ終わった所で一息つく。
「静かに……私たちが合図をすると大量のモンスターがこちらにやって来るようにしてあるわ。その時に便乗して逃げる予定なのだけど……その為にも首輪をどうにかする必要があるわ」
この場にいる全員が真剣な顔でノワールの言葉を聞いている。このまま連れて行かれると奴隷にされるの。しかも今回は助けに来た姫君も一緒に、真剣にもなる。
「足の確保は出来てるわ。後はここの指揮官をどうにかして無力化するだけ。それに協力して欲しいの。今の時間帯なら見張りも最低限だしここから指揮官のいる場所までそう離れて無いわ。だから……協力してほしいの」
「喜んで」
片膝を付いてノワールに頭を下げた。この人は騎士団に所属していた人なのだろう。恰好が様になっている。
吸血鬼が捕まってるテントは一つでは無い。なにせ三百人以上いるのだ。とてもじゃ無いが一つのテントでは収まりきるものではない。
その中でこのテントを選んだのはここに真っ先に協力して欲しい人物がいるからだ。
オルス・ハートン、ノワールの居た吸血鬼の国で騎士団長を務めていたと言う男だ。彼がいるかいないかで作戦の成功率が大きく変わるとノワールは言っていた。
見た目はごく普通の二十代前半の男性だ。短く切った茶色い髪に平均より整った容姿、長い間騎士団長を勤めていたと聞いた通り身体中に傷跡があるがそれだけだ。見た目で言うならそこまで印象に残りそうな人物とは言えない。
だが、目の前に立つと分かる。この人は凄い。特に威圧されてる訳でも無い自然体だが自然と背筋を伸ばしてしまう。会ってすぐに根拠の無い無条件で頼りにしてしまうそうになる。
これがオルス・ハートン、吸血鬼の英雄か……
英雄……個で集団を食い破る人間の総称。人の形をした兵器、ダンジョンの天敵、呼び名は多数あれどすべてに共通する点として挙げられるのは圧倒的なまでの強さだ。
弱肉強食、群雄割拠なこの世界で名を馳せた人物の一人。長い戦乱が続く世界で国を守り続けた実力は疑いようが無いだろう。
……そもそもこの人、エクリサーを飲む前は腹に穴が空くほどの重傷だったのだ。そんな状態で行軍であるかせる敵も、生き残っているこの人もどちらもまともじゃない。
「では私はが指揮官をどうにかしますので姫様は脱出を」
「いえ、私も「姫様」……何よ」
「私たちにとっての勝利は生きて再び安住の地を得る事です。そのためにも姫様は必要不可欠なのですよ。ゼロ様と言いましたよね。あの方の統治する地で暮らすことになるなら、ゼロ様との関係は重要です。そして今現在、最も親しく、皆を導くことが出来るのは貴方様だけなのですよ」
「……分かったわよ」
自らも参加しようと告げようとしたノワールを諫める。見た目は若いが長寿種故それなりに歳を重ねているのだろう。ノワールを見つめる目は厳しくとも優しい。孫を見つめる祖父の様だ。
視線が俺に向かう。
「ゼロ様と言いましたね」
「あ、ああ」
「協力に感謝を。あなたのお蔭で私たちは再び希望を得る事が出来ました」
そう深々と頭を下げられる。
「……いや、俺にも理由があっての事だ。そんなに畏まった態度を取らないで欲しい。あなたはノワールの部下であって俺の部下では無いのだから」
「いえ、例えそうだとしても感謝をしない理由にはなりません。それに私からしたら貴方は目上の人になるのですから」
「そうか、なら俺からも協力を頼む。出来るだけ多く生き残るためにも協力してくれ」
「はい、もとよりそのつもりですとも」
オルスさんの協力を得て作戦はさらに進んでいった。他のテントの見張りをオルスさんが手際良く気絶させていき。その後は協力を申し出てくれた何人かの吸血鬼にエクリサーを飲ませ行って貰う。そんな作業を吸血鬼たちが捕まっている全てのテントで行ったのだ。
「……後の事はよろしく頼みます」
「このような装備まで用意して貰ったのです。任せてください。必ずやあの男の首を取って差し上げましょう」
オルスさんが着ているのはここの兵士のと似たような見た目の鎧だ。もちろん本物ではない。俺が似せたような見た目で召喚した偽物だ。
だが性能は本物以上だ。生半可な攻撃など弾き、全身鎧の欠点であるその重量も軽減されている。遠目で見て真似たのでよく見ると所々違うのだが暗い仲では見分けが付かない程度には似ている。パニック状態ならばまず気付けないだろう。
そして、武器、当然ながら魔剣の類だ。オルスさんなら十二分に扱ってくれるだろう。
「……ここから真っ直ぐ言った先に騎乗用のモンスターを用意してある。指揮官を仕留めたらどうにかそこまで逃げてくれ」
「何から何まですいませんな。後の事は私にお任せください。姫様の事、よろしくお願いします」
「……ああ、分かった」
ハッキリ言って指揮官を殺した後、生きて帰るのは難しいだろうと思っている。オルスさんの首元を見る。鎧に隠されているがそこにはあの首輪が付いている。主の命令一つで絞め殺されてしまう首輪が、敵は腹に穴が空く様な大怪我を負わせながらもこの人の事が怖かった様なのだ。出会った時には意識が朦朧とするような大怪我にも関わらず。
だが本人がやれると言っているのだ。それに他の全員が可能であると全く疑っていない。俺よりオルスさんの事を良く知っている人がそう言うのだ信じないでどうする。
この役目は俺がやる気でいた。ダンジョンコアは持っている。それなりに強力なモンスターも召喚出来るし、妖精の魔法に頼ってもいい。だが、それでもオルスさんは引いてくれないだろう。
これだけは自分の役目だとその視線が語っているのだ。俺にはどうにも出来そうに無い。
「では、ご武運を!」
背を向けて歩いていくその姿を俺は見つめる事しか出来なかった。




