第二話 吸血鬼の少女
世界が揺れたような感覚がしたが周囲の景色に変化は無い。無機質で真っ白な部屋のままだ。だが変わった点もある。真っ白な部屋にひとつの扉が出来たのだ。多分目の前の扉の先にさっきの映像の光景が広がっているのだろう。
覚悟を決めて扉に手をかける。少し震えてる気がしたが無視して扉を開いていった。
まず感じたのはかなり暗いと言う事。時間はまだ昼過ぎだというのに夜と見間違えそうなほどに薄暗い。
映像で見た時はここまで暗く感じなかったんだがな……
それでも近くでさっきの映像に映っていた光景があるのだと言い聞かせ急いで視線を巡らす。自らの命を優先すると決めたにも関わらずも咄嗟に取ってしまったこの愚行、せめてあの少女を助ける事で意味が無かったとはしたくは無いものだ。
……居た。
ここから十メートルも離れていない場所で映像に映っていた通りの光景が再現されている。体格差を利用し細かく逃げている少女と、地形など関係ないとばかりに辺りの木々をなぎ倒しながら追いかける恐竜のような見た目をしたモンスター。
そしてそれを見ると同時に半ば叫ぶように告げた。
「召喚オーガ!!」
ダンジョンコアが光輝き目の前に二メートル越えのオーガが生み出される。 慣れれば言葉に出す必要も無いらしのだが、練習する時間も何も無かったので全力で叫んだ。
「いけっ!!」
驚愕に目を見開く少女を無視してオーガに命令を下す。内容は簡単。目の前のモンスターを殺せだ。俺が命令を下したと同時にオーガは雄叫びを上げて恐竜擬きに襲い掛かる。
恐竜擬きの注意がオーガに行った隙に俺は少女の元に向かう。戦力外である俺がすべき行動派は早くこの少女を連れて戦いの場から離れる事だ。
「えっ、あれってオーガ!?」
少女がなんか言ってるけど今はそんな場合ではない。少女の手を引いて二匹のモンスターの争いに巻き込まれない様に距離を取る。
「くっ、駄目か……」
距離を取ってから振り返るとオーガが劣勢のようだ。人など容易くミンチにするかのような力で殴っているがオーガは恐竜擬きに喉元を喰いつかれてしまっている。オーガは今召喚出来る最強のモンスターなんだがあの恐竜擬き相手は少し荷が重かったらしい。
「くそっ……召喚オーガ」
二体目のオーガを召喚して応援に向かわせる。これで既にDPは使い切ってしまうが今ここで死ぬよりはマシと考えるしか無いか……色々考えていたくせに実際行動すると色々とダメだな。
そんな俺の思考とは別に二体のオーガと恐竜擬きの戦いは熾烈を極めた。喰いつかれてるオーガとは別のオーガはもう一体のオーガを助けることなどせずひたすら恐竜擬きに殴り掛かる。だが恐竜擬きは避けもせずにオーガに喰らいつく。どうも深く食い込み過ぎた為抜く事が出来ないらしい。
噛みつかれていたオーガが悲鳴を上げて絶命する。強靭な筋肉に守られた喉元だが、恐竜擬きの顎の力には勝てなかったようだ。恐竜擬きは身体中に怪我を負いつつも今だ健在、放題殴ってくれたオーガに恨みの籠った視線で睨み付け襲い掛かる。
再びオーガと恐竜擬きの戦いが始まった。恐竜擬きも流石にオーガの攻撃を受けつ続けて弱ったのかさっきよりも心なし動きが鈍い。
オーガを召喚し、他に出来る事が無い俺は戦いを見守る事しか出来ない。下手に移動して他のモンスターに出会う訳には行かないからだ。
横にいる少女も息を殺して二匹の戦いを見守っている。なら、俺もそれに倣うべきだろう。
オーガの拳が恐竜擬きの首元に当たる。うまい具合に当たったのか首の骨が折れた音がここまで聞こえた。……がそれが限界だったのかオーガも倒れてしまった。
「ふぅ、なんとか助かったか……」
「……そうみたいね。それよりそろそろ離してくれる?」
「あっ悪い……」
戦いを見守るのに集中する余り手を握ったままになっていたを指摘され素直に手を離した。少女は汚れてしまっているドレスをはたいてから静かにこちらを見据えて来た。俺もようやく少女の顔を見た。
殆ど視界に入れる余裕が無かったがこうしてみると幻想的と言った表現が良く似合う容貌の少女だ。見た所の年は十四、五歳くらいだろうか。腰まである若干ウエーブの掛かった金髪に人形のような顔立ち。見た目の年齢でいうなら可愛らしいといった表現が似合うはずなのだが、年不相応に落ち着いた表情と整い過ぎた容姿で思わず視線が吸い込まれるてしまう。
「取りあえず貴方は何者なの?追手にしては行動が変だし、ここまで丸腰ってのもあり得ないわ?」
「追手?」
どういうことだ? 誰かに追われてたのか?……咄嗟に助けたからな。普通に考えたらこんな場所に一人でいるのはおかしいか。
「……取りあえず俺にも色々聞きたい事がある。出来ればついてきて貰えるか?」
追手の事とか気になるが、こんな危険な場所に長居したくは無い。ゆっくり話せる場所があると言ってあの白い部屋の方を指差した。
「あれもなんなの?急に現れたわよね?」
「まあそれも含めて話すよ」
少女としても危険な場所で長話したくは無いのか此方を警戒しながらも思いのほか素直に付いて来てくれた。
『ダンジョンに侵入者が現れました』
「……ダンジョン?」
そして部屋に入った瞬間手元のダンジョンコアからそんな音声が鳴り響き、少女に胡乱げな表情で見てきた。
……そんな機能あるなら先に行って欲しかったな。
初っ端からダンジョンマスターだとばれてしまうというアクシデントがあったが幸い戦闘になることはなかった。
どうもさっき俺がやった事……オーガを召喚したのを見て戦闘になったら勝てないと考えたみたいだ。
実際はDPが無いからオーガを召喚することは出来ないのだが。教えて殺しに掛かられたら困るので黙っておく。
「まずはお互い自己紹介と行きましょうか。私の名前はノワール。まあ吸血鬼の国の元王女よ。あなたの名前は?」
取りあえず初っ端から少女……ノワールが爆弾発言をした。王女……聞き間違えじゃ無ければ王族だ。もしかしなくても厄介ごとに巻き込まれる可能性は高い。
「……ダンジョンマスターのゼロだ。それで、元王女が何故こんな場所に?」
「簡単に言うと戦争で負けて捕まっていたのだけれど、隙を見て逃げ出したのよ。そっちころどうなの? ダンジョンマスターが何故私を助けたの? そもそもここって本当にダンジョンなの?」
「出来たばかりのダンジョンだからだよ。どこから始めるか悩んでた時に襲われてたノワールを見つけたんだ」
「それで後先考えず助けに来たの? 随分お人好しのダンジョンマスターね?」
「ほっとけ……」
自分でも馬鹿やったとは思ってる。だが咄嗟に身体が動いてしまったのだ。
「まあ俺の事はいい。これからどうする気なんだ? 追われてるんだろ?」
「そうね……取りあえずは身を隠す気でいたのだけど……」
探るような視線でこちらを見てくる。そして何かを決めた様な表情をし頭を下げてきた。
「正直に言うわね助けて欲しい。……報酬は私に払えるなら何でもいいわ」
「……取りあえず話を聞こう。受けるかはそれからだ」
取りあえずダンジョンマスター初日。
元王女に出会った。