第十九話 二人の茶会
難しい話が終わったと嬉しそうな表情で仲間の元へ向かうフェスカを見送った俺は、記憶に新しい内にさっきの話し合いで決まった内容を紙に纏めていった。そしてそれらを優先度順に分けてからダンジョンコアを取り出し必要なDPを調べて書き込むのだ。
フェスカに聞いた所、妖精族は物々交換に近い取引しかしてこなかったみたいなので貨幣経済に関しての理解は乏しいようだった。ある程度の人数が集まった社会を作るにあたって共通の貨幣と言うのは必須ともいっていいものなので、妖精達にそれを理解して貰うのは必要だろう。だが、興味が無い事に関しては全く覚えようとしないのも妖精族なので上手く興味を持って貰う事も必要だろう。
差し当たり人生ゲームなどの貨幣経済の概念を含んだ玩具で遊んで貰い、広い目で見ていくしか無いだろう。唯一貨幣経済への理解がありそうなフェスカは割と協力的だしどうにかなると思いたい。
必要な情報を一通り纏め終えた俺はペンを置き軽く伸びをする。余り褒められた行動では無いのだが、既にそれなりの時間同じ体勢でいた事もあり少しばかり身体が固くなっていたのだ。
それを見たノワールも手伝いで行っていた作業を終えて、紅茶を入れて来ると言って立ち上がった。そしてカップとポットをテーブルまで運んで注いでくれる。自分の分も入れた所を見ると一旦休憩にするらしい。
「まだ二週間弱しか経って無いのだけど本当に長く感じたわ」
「それにしても」と、前置きをしてノワールがそう呟いた。確かに変化しない日が無いとさえ言える怒涛の二週間だったからその気持ちも分からなくはない。
「だがこれからだ。やらなければならない事も考えなければいけない事も山ほどある。何よりノワールの仲間を助け出さないとな」
ようやく終着点が見え始めた。当初は無理、無謀だと思い続けていたが、妖精族との接触を期に面白いくらいに事態が好転している。
いや、よく考えると俺からしたら妖精族との出会いが期だがノワールからしたら俺との出会いが期だったのかもしれない。人類種のダンジョンマスターとはノワールは初めて存在を知ったと言う程度には珍しいみたいなので、そんな俺と知り合い、続いて妖精族と出会う。これ以上無いくらいの幸運だ。それこそ行く当てもなく逃げ出した姫君としてはあり得ない程に。
「分かってるわ。でも無理にモンスターを狩る必要も無くなったのは大きいわよ。モンスターと戦う為に使っていた時間も他の事に当てられるし、みんなを受け入れる準備とかをするのもいいわね」
「住居や衣服、食料の用意などか、確かに早めに用意しておくに越した事は無いな」
未だ助け出す前なのに成功させた後の事を考えてるノワールに内心苦笑しつつも話を合わせる。それ程までに嬉しいのだろう。普段の冷静な顔をかなぐり捨ててそれこそ見た目通りの……それこそ十代半ばの少女のような表情をしている。
「ええ。それに街の設計図を作るのなんかも面白そうね。日本の知識についても色々学んだし、他には真似できないような凄い街になるかもしれないわよ」
ここまで無邪気に喜ぶノワールを見ているとこちらまで嬉しくなってくる。仲間を助け出す約束したが最初の頃の俺は少し冷めた思考をしていた。成功する見込みが無ければ協力しない。との言葉がそれを如実に物語っているだろう。勿論これまでの事で手を抜いたりはしていない、全力で協力した。だが何処かで無理だと思っているいた事も否定は出来ない。
だが仲間の救出の為に身体を張って色々しているノワールを見て徐々に感化されていった。言い方を変えれば情に絆されたとも言う。徐々にノワールに協力して上げたいと思うようになり、今ではノワールが喜ぶ様子を見るだけで報われた気持ちになってしまうくらいだ。
口元を緩めて笑みを浮かべているノワールを見てふと、悪戯心が湧いてくる。
「楽しそうだな……」
「そ、そう?」
「ああ、今までで一番楽しそうだぞ」
柄にもなく感情を顕にしてるのを見て、率直にそれを伝えてみたのだ。ノワールはそれで初めて自分の表情が幼げな、見た目相応の笑顔を浮かべてるのに気づいたのか戸惑ったような様子を見せた後、改めて微笑んだ。
「……ありがとう。それならそれはきっとゼロのお蔭よ。私一人だったら確実にこんな早くにみんなを助けだす目途が立つことは無かったわ。運良く森から抜け出せても私一人だったら隠れるだけで精一杯だったと思うしね」
「……あ、いや、こっちも色々と助かったからお互い様だよ」
その微笑み一瞬思考が奪われてしまうくらい見とれてしまった。普段冷静な、大人びた性格をしているノワールの見た目相応の、それでいて様々な感情が込められた微笑みにやられてしまったのだ。
何と言おうとしたのかも忘れてしまい。咄嗟に頭を浮かんだ言葉を口にするが正直、自分が何を思ってこの言葉を言ったのかも分からない。
ただ、ノワールの頭の中では上手く処理してくれたのだろう。特に疑問に思う事も無く言葉を返してくれた。
「いいえ、正直助けて貰ってばかりよ。あ、そう言えばもし、私の仲間を助け出せたなら私に出せる物なら何でも上げるって約束はどうする? 何でも言っていいわよ」
「別にいい。そもそもそれは当初ノワールが出した条件で、俺が出来ないから断っただろ」
「それでも結果的には出来る見込みが見えて来たじゃない。ほとんど私にしか得が無い約束だったしこれまで協力してくれたのだから少しくらいゼロにも得があっていいでしょ」
「……なら、今後も俺に協力してくれ。俺一人だとまともに街を運営出来る気がしないからな。それに俺はダンジョンマスターだ。簡単には信用されないだろう。その時にノワールが居てくれるなら大きく違う」
「それは最初から手伝うつもりだったから構わないけど……そんなのでいいの?」
「別に構わない。これでも俺も色々と感謝してるんだ」
ノワールが居てくれたお蔭で、俺は生きる上での目標と指標を得る事が出来た。
最初の考え通りに防衛を繰り返していたら、そう遠くない将来俺は人を殺す事に何も感じなくなっていたかも知れない。
記憶喪失による不安定な精神、ダンジョンマスターとういう力、人類滅亡の命令、現実感の無いゲームにでも出て来そうな存在、正当防衛と言う大義名分。
これだけの要素が揃っていたら、俺は俺を殺そうとしてやって来た人を返り討ちにする事に躊躇しないだろう。最初にダンジョンコアに説明を聞いた時も死なない為なら仕方が無い。そう考えていた。
だが長い年月それを繰り返して居たら人を殺す事に罪悪感を感じ続けるか?返り討ちにする事に涙を流し後悔するか?
俺はそうは思わない。仕方が無い。自分では無く相手が悪い。そんな風に考える可能性が高いだろう。
もしかしたら人恋しさに何人か閉じ込めたかも知れない。俺は肉体的にも精神的にもそんなに強くはない。そんな人間が永遠の孤立を強いられたらそれくらいやりかねない。
だが現状はどうだ。ノワールとの会話に心地よさを感じる。何気ないやり取りに幸せな気持ちにさせられる。一人でいるときにどうしようもない物足りなさを感じる。人は一人では生きていけない。そんな当たり前の事を改めて実感させられるのだ。
「もしかしたら人類に敵対するダンジョンマスターになってたかも知れないわね?」
「かもしれないな……そうなったらどうなる? 呆気なくやられるか?」
「むしろ人類最大の敵になったかも知れないわね」
「まあ今はこうしてノワールとこうしてるのだから、そんなifの話をしても仕方が無いか」
「それもそうね……」
お互い視線を交わして笑い合う。悪く無い気分だ……記憶が無く経験も浅い俺だがこの空間は心地よく感じる。
ノワールも似たような事を考えるのが何となく感じとれた。短くとも濃密な時間を共に過ごした仲だ。それ位の事は手に取るように分かる。
だがそんな心地よい時間もそう長くは続かなかった。
「ねぇ!!この人生ゲームってやつ直ぐに用意できる!?みんなにどんなのか説明したらやってみたい!?って……あれ?ごめん邪魔だった?」
勢い良く部屋に飛び込んで来たフェスカが乱入してきたからだ。……家の鍵を付けた方が良かったか?
「「ぷっ」」
思わず笑ってしまう。割と真面目な話をしてた気もするがそれもどうでも良くなった気がする。こんな日常が続けばいい。そんな事を思った。
いつまでも笑ってられないとフェスカに来た理由を尋ねると貨幣経済を理解させる為に選んだゲーム……
人生ゲームについて説明すると、やってみたいって意見が殺到したからだそうだ。流行ってくれそうで何よりだ。
「話は分かった。直ぐに用意するから待ってくれ……」
どうせ後で用意する予定だったのだ。多少予定が前後するくらいは問題無い。一個10pt、玩具の中では比較的高いものだが、妖精族への教材費として考えればそう高くはない。
取りあえず10セット、剣一本分に必要なDP分だけ渡しておく。
「詳しいルールについては説明書を読んでくれ。知らない名前や場所なんかもあると思うがそれはそういうものと理解してくれると嬉しい」
人生ゲームって知識にあったものだから当然ながら日本製だ。こっちには無い職業や土地の名前なんかも大量に混ざってる筈だが……お金についての概念さえ理解して貰えれば十分だ。
文字だけはこっちの世界の共通語に変えた、意外と妖精達は文字が読めたりするらしい。
「全然いいよー、じゃあもう行くね!」
受け取ったらもう用は無いと言わんばかりに出て行ってしまった。
「行ったか……ホント嵐のような連中だよ」
嫌いじゃ無いが一緒にいると疲れる。
「まあ休憩するにちょうど良かったじゃない。紅茶でも入れる?」
「頼む」
お互い料理をする人間でも無いので半ば、放置されている台所だが、ノワールの意見を取り入れて紅茶やコーヒー、などは常備するようになっている。休憩の際にはいい息抜きになるしノワールが淹れる紅茶が思いのほか美味しくて何度も頼んでしまうのだ。
少し待つと二つのカップを持ったノワールがやって来た。俺はテーブルの上にある資料を纏めて移動し紅茶の入ったカップを置くスペースを確保する。
席に座ったノワールは早速紅茶に口を付ける。俺もそれに習って口を付ける。うん美味いな。
「妖精たちの家を作るのだが今日じゃ無くて良かったのか?」
「無理に今日作ろうとしてもDPが足りなくなるわよ。確か世界樹のレプリカだけで5000ptも掛かるでしょ。それにそれだけの大きさの物を作るとなると今のダンジョンの広さでは足りないからダンジョンの拡張も必要だし余裕を持ってあたるべきよ」
「それもそうか……ダンジョンの拡張もどれくらい増えるか分からないからな……」
数回、もしくは数十回必要になったりしたらとてもじゃないけどDPが足りなくなる。ノワールは言って無かったが家具類なんかも必要になるだろう。料理をするようには思えないから最低限ベットやソファーを用意すればいい。
妖精たちの住居さえ用意出来れば後はノワールの仲間の救出だ。どんな人達かは知らないがノワールの為にも是非とも成功させたい。
次は三日後の15時予定です。