第十話 吸血
次からは一日おき投稿になると思います。
ダンジョンマスター生活五日目。
とうとう魔法を使う事に成功した。
成功したのは種火程度の火を起こす簡単な魔法だ。殺傷能力はほぼ皆無で正直戦闘には役に立たない。だがそれでも俺は嬉しかった。一日十時間以上、それを三日間やり続けてようやく成功したのだ、少しばかり興奮してしまうのも仕方が無いだろう。
「これでようやく、外のモンスターを倒す目途が立ったわ」
「いや、正直これだと戦闘の役には立たないだろ」
「いえ、魔法を使えるまでに魔力の扱いに慣れたなら簡単な身体強化くらいなら使えるようになるのよ。比較的簡単なものだし、それ一本に絞れば後数日で何とかなると思うわ」
「だが、俺に使える武器は無いんだが……どれか一本に絞っても数日だと厳しいだろ」
「別に戦える必要は無いのよ。気を引いて私に集中する時間さえくれれば、どうにか出来るし……要は囮になって欲しいのよ」
「囮か……それならどうにかなりそうか?」
前回見たドラゴニス、アレを仮想敵として想像してみる。……普通に怖いな。
「取りあえずノワールが魔法を放つまでの時間が知りたいな。その時間によっては俺には難しい」
「そこまで長くは無いけど……一撃当てて離脱してくれればいいくらいよ」
言葉だけでなく一度見せて貰うことにした。三つの魔法陣を素早く展開し矢として放つ。かなりの速さだ。これくらいならどうにかなりそうだな。
「だがこれなら最初からノワール一人でどうにかなったんじゃ無いのか?」
「私は練習してただけで殆ど実戦経験は無いのよ。集中出来れば早いけど避けながら撃ったりするのは苦手だし。動き回ってる相手に当てるのも難しい。周囲一帯を焼き払うような魔法もあるけどそれだと逆にゼロが危険だしね」
どうもノワールは魔法自体はそれなりに得意だが戦闘は苦手なようだ。使えるのと使いこなせるのが違う様に戦闘中に避けながら魔法を使う。などと言った事は難しいらしい。
魔法使いとは魔法を使う人物の総称で全員が全員魔法を使った戦闘が得意な訳では無い。寧ろ魔法の研究が得意と言った人物の方が多いらしい。ノワールもどちらかと言えば後者にあたり、戦闘は専門外と言う。威力のある魔法は撃てるのだが上手く当てるのは苦手と言う。
それで俺が足止め役を熟せるようになるのを待っていたのだという。身体強化が使えれば単純な運動能力だけならそれなりの物になる、そして一撃離脱に専念して貰えればどうにかなるかも知れないと考えた様だ。
「後、もう一つ問題があってね……私って魔力の総量自体はそれなりに多いのだけど、回復が遅いのよ。一度使い切ったら数日でも回復しきれない程にね。逃げる際に殆ど使い切ったから未だに全快とは言えないのよね」
「と、言う事は……」
「連戦は難しいのよ。定期的な収入としては少し難があるわね……まあ解決策はあるけど」
「で、俺の血を吸わせて欲しいと」
「そう言う事になるわね」
特に断る理由も無かったから俺の血を提供する事になったんだが……
「なあ、首筋じゃ無いとダメなのか? ここは無難に腕とかだと……」
「首筋からの方が楽なのよ。私も初めてだから静かにしてなさい」
「いや、初めてってどういう事だ……痛ッ」
俺の言葉を無視して首元に手を回し首筋に牙を突き立ててくるノワール。首筋にチクリとした痛みを感じて。そして少しずつ血の気が引いていくような感覚がした。……色々思う所はあるが、素直に終わるまで待つしか無いか。
「ん……」
……長い。吸血ってどのくらい待てば終わるんだ? もうかなりの量吸われてる気がするんだが……
「お、おい」
「ん……」
流石に血の気が引いて来てヤバいと感じたのでノワールの背中をポンポンと叩くが反応しない。
「まだ終わらないのか?」
「ん……」
このままじゃ不味い。感じて多少力づくで引き離す。するとそこには熱に浮かされたような表情をしたノワールが居た。頬は上気し目はトロンとしていて、いつもの冷静そうな様子とは百八十度違う。何かイケナイものに目覚めてしまいそうな表情だ。
一瞬思考が止まるがどうにか正気に戻り、ノワールに声を掛ける。すると意識が半分くらい飛んでいたらしいノワールも気まずげ表情をしながら謝罪を口にした。
「……ごめんなさい。初めてで加減を間違えたわ」
「いやまあそれはいいんだが、吸血すると毎回なんというかその……ああなのか?」
「そ、そんな訳無いわよ!?」
まだ赤みが抜けきらない顔でそう否定するノワール。聞くと吸血は食事と変わらない感覚で出来るものらしくあんな状態になる事はまず無いらしい。
どうも俺の魔力は濃すぎたのだとか、食事と変わらないと言っても吸血は魔力を得る手段で、濃すぎる魔力が魔力酔いを引き起こしたのだとか。ちなみに魔力酔いとは急激な魔力の低下や回復により意識が朦朧とする現象らしい。
「だが毎回これだと流石に問題だな。今度からは控えた方がいいか?」
「……いえ、魔力に余裕はあるならやるべきよ。ようやくモンスターを倒せる目途が付いたのに、私が戦えなくなったら困るもの」
「それもそうか、だが毎日だと逆に俺が辛いな。一日か二日おきにするのが無難か」
「そうね……でも初めてで少し加減を間違えたからああなっただけで、慣れれば問題ない筈よ」
「初めてか……そういえば血を吸い始める前にそんな事言ってたな。あれってどういう事なんだ?吸血鬼って言うんだからもっとこう日常的に血を吸うものだと思ってたんだが……」
「別にそんな日常的に行うものでは無いわよ。一部の嗜好者か、戦時での魔力の補給元、或いは眷属を作るため場合くらいかしら?」
「眷属?」
「ええ、極稀に《眷属化》と言うスキルを持ってる人がいて、その人は吸血中に相手を操り人形みたいにすることが出来るのよ」
「ちなみにノワールは?」
「持って無いわ。でも血とかは呪術の媒介になったりもするから気を付けた方がいいわね」
「……分かった。もう少し注意するようするよ」
少し警戒心が足りないと忠告された。この世界に対しての常識が欠けているからこそ、警戒すべきだと。余りにも正論で俺に反論の言葉は無く、素直に同意せざるを得なかった。