第三話 夢の世界
「はい私から自己紹介を始めちゃいます!名前はヨロイです。リビングメイルとして魔王様のお世話になりながら、お世話をしているヨロイです!」
金属でできた右手をあげながら自己紹介を始めたヨロイの横で、シャルロットは渋い顔でイスに座っていた。
「待てヨロイ。主人である私を差し置いて、なぜお前からなのだ。魔石を集めるのに、私がどれだけ大変な思いをしたかわかっているのか」
「私だって頑張ったのに……大体、魔王様はほとんど館の中でゴロゴロしていたじゃないですか」
配下の小声の抗議を咳払いをして聞き流すと、シャルロットは立ち上がって腕を組みいかにも魔王然として少女らしからぬ口調で堂々と語り始めた。
「私こそシャルロット・テレーズ・アンリエット・ド・オルレアンだ。魔王国の正当なる王にして、世界の覇者となるもの。そしてその野望を達成するために、お前をこの世界に召喚したのもこの私だ」
「ええっと、シャルロット・テレー……長すぎて覚えられねえ。魔王様?」
「シャルロットでいい。召喚したものとされたものとはいえ、実質的にはパートナーだからな。堅苦しい言葉遣いは抜きにしてくれて構わない」
「じゃあシャルロット。よくわかりませんが、世界征服頑張ってください。では話も無事終えられたことですし、今度こそおやすみ……」
突き放した態度の後、再び横になろうとする少年をシャルロットは揺さぶって制止する。
「待て待て。どこまでも他人事だな。大体、私たちが名乗ったのだから、名乗り返すのが礼儀というものだろう。それともそちらの世界では、その程度の常識もないのか?」
シャルロットのあからさまな挑発に少年は顔をしかめた。ただ、彼女の言っていることも筋が通っていないわけでもなかったので、求めに答えることにした。
「そうまで言うなら仕方ないな……俺の名はケンジ。長岐賢治。世界を救うために魔王からの召喚に応じたもの。そして15年後に魔法使いとなることを約束され高校生でありながら不治の中二病を患っている」
やけっぱちになっていた長岐少年は、出鱈目を言ってとりあえず彼なりに話を合わせることにする。眉間に人差し指と中指を当てて謎のポーズをするが、若干恥ずかしさのために頬が赤色に染まっていた。
「わ! やっぱりケンジさんはすごい人なんですね! でも世界を救っちゃ駄目ですよ! 一緒に征服しましょう!」
ヨロイは召喚された彼がただ者ではないと感じた。というのも彼の語る内容は、既に彼女の乏しい知力で賄える理解力を超えており把握できないからだ。
「ケンジ・ナガミチ・ケンジか。どうやら、ようやくやる気になってくれたようだな」
「あ、ケンジは一回だけで」
「ではケンジ・ナガミチか。紛らわしい言い方をするでない」
「ハイ、すんません」
「よし、ケンジ、ヨロイ。早速出陣だ。反乱軍が占拠した我が王都を奪還するのだ」
拳を振り上げ気合を入れるシャルロットだったが、ケンジは流れについていけなかった。
「ええ……いくら夢の中でも展開早すぎじゃね? もうちょっと順序っていうか段取りがあるだろ。この話考えたやつ誰だよ……あ、俺の夢だった」
「ふむ……段取りというが、では貴様は何を求めるのだ? この世界の成り立ちや歴史の説明か? それとも我が国や敵の戦力についての情報といったところか。あるいは戦うための強力な武器がほしいか」
「そうだな、とりあえず皆疲れただろうから今はとりあえず寝て朝に備えようぜ」
「またそれか……まあ良い。今夜のところはそうするとしよう」
どういった提案が出されるのか関心を寄せていたシャルロットだったが、あくまでもケンジが夢であることに固執しているので、諦めて一度彼の願いを叶えてやることにした。
「何もないが、今からこの部屋はケンジのものだ。自由に使って良いぞ。起きたら私のところに来い」
「おやすみなさい、ケンジさん」
腕を組んだまま部屋を出たシャルロットに続いてヨロイも手を振りながら扉を閉めた。それまで騒がしかった部屋が一気に静かになる。
ケンジはあまりきれいと言えないベッドに手足を広げた。
「さてと、さっさとこの変な夢からおさらばとするか。ああ、どうせ夢なんだからおっぱいでも触っとけば良かった」
先ほどまですぐ傍にいた赤毛の少女の躰を思い出す。そのしなやかな手足と、豊満な胸が特徴的な体の境目となっていた際どいビキニの甲冑は、防御を重視してのものではないだろう。つまり機能性ではなく、目の保養のためのデザインだ。夢の中でも、そのような少女を発現させる自らのいやらしい頭脳を褒めたたえるケンジだった。
「そういえば、あの鎧の子……ヨロイちゃんだっけ。あっちはどんな女の子が入ってることになってんだ。どうせこんなにリアルな夢なら、悔いを残さないように全部見てから起きればよかった……」
そんなあまりにもどうでも良いことを考えているうちに世界を征服するために召喚された少年は微睡んでいく。彼は夢の中と信じる世界で再び眠りにつくのであった。