エピローグ3 ~悪意の影~
「では出発前に、これまでのこの島での調査結果について報告したいと思います」
ギルド派遣隊のまとめ役をしているプードルが、卓上に分厚く積まれた資料の中から、一束を持ち上げた。
現在、ギルドがシスト商会から借り受けた魔空船の中で、帰還前の最後の打合せが始まったところだ。議場となった船内の一室には大きな円卓が置かれ、参加者がその周りに着席している。
主な参加者は黒の翼全員、ギルドからはプードルとコーギーと他数名、そしてシスト商会代表のレフィーだ。室内には他にも数名が入っているが、彼らはプードル達やレフィの部下らしい。レフィーの背後には秘書(アマンダという名らしい)が控えていた。
席順としては、入口側から反時計回りにリオン、ミリル、アル、ギルド職員が2名、プードル、コーギー、レフィー、ファリン、ジェイグ、ティアの順である。
そうして始まった会議では、ビースト族との協力関係や今後の浮遊島での活動基盤となる町づくりの計画と今後の展開、ビースピア資源の把握状況、リオン達が発見した研究所の調査結果などがプードルの口から次々と報告された。
「例の研究所にあった魔術陣ですが、やはり座標の法則が解明できない限り、詳細の解析及び実用化は難しそうです。またそこから逃げたと思われる者についても、獅子帝殿達が見つけた手記以上の手掛かりはありませんね」
一通りの報告を聞いたリオンが頷く。本当は自分への呼称が完全に『獅子帝』で落ち着いていることにツッコミたいところではあったが、真面目な場なので自重している。すでに何度も注意しているのだが、一向に聞く気が無いようだ。犬みたいな顔しているくせに、意外にも頑固者らしい。
「また、獅子帝殿達が交戦した『狂戦士クラッド』他二名についても、島全体を隈なく捜索しましたが、残念ながら発見には至っていません」
「冒険者や商会の派遣隊リストも確認したんですか?」
「ええ、もちろん。ですがリストに記載された冒険者は全員身元の確認が取れました」
「商会の方も同じくですわ」
ティアが発した問いには、コーギーとレフィーが答えた。
リオンから見て円卓の斜め向かいに座るレフィからは、先程までの恋する暴走乙女の雰囲気は皆無だ。凛とした気品を放ちながらも、しっかりと商人の顔になっている。その放たれるオーラは、さすがは大商会の副会長を務めるだけはある。
「俺達四人も全員と面会して確認している。やはり隊の中に紛れ込んだ可能性は無いだろうな」
「じゃあその人達はどうやってこの島に来たのかしら……」
リオンが情報を補足すると、ティアが考え込むように顔を俯かせる。
「可能性としては、やはり密航というのが一番現実的だろう。あいつらの実力なら、密航も決して不可能とは言えないからな」
「我々としては、あまりその可能性は認めたくないところですがね」
プードル以下、ギルドの職員達が苦い表情を浮かべる。ギルドとしては、自分達の船に不審人物が紛れ込んでいたなどということになれば、やはり面子が立たないのだろう。
「商会としても、同意見ですわね。出発前に船内は検めていますし、積荷も全て確認済み。それにこの島へ来るまでの五日間、百名以上の商会員の目を盗んで船に潜み続けるなど、いくらなんでも難しいと思いますわ」
レフィーとしても同意見らしい。ギルドと違い、こちらは従業員への信頼もあるせいか、自分達の船の方への密航は疑っていないようだが。
ちなみに万が一に備えて、変身魔術への対策もしっかり行っている。まぁ変身魔術で完全に他人に成りすますことができるのは、ファリンのようなイレギュラーな才能を持った一握りの人間だけなのだが。
「あたし達の方でも出発前に簡単な船内チェックはしてるわ。そもそも荷物の積載にはあたしとアルが立ち会ってるし、それ以外の時はあの船の出入り口は全て封鎖していた。だから密航は不可能だと考えて問題ないわけよ」
ミリルの方でも、密航の警戒はしていたらしい。そもそも見知らぬ土地で、身内以外の船の出入りを警戒するのは当然だ。密航じゃなくても、妙な魔術を仕掛けられないとも限らないのだから。
「もちろん研究所のアーティファクトのように、俺達の知らない移動手段という可能性もある。だが身元を確認したとは言っても、所詮はただの冒険者。奴らの手引きをした連中がいたとしても不思議ではないしな」
「……確かに、その可能性は否定できませんね。一応、人員は実績や評判等を考慮して選抜しましたが……」
言葉を濁すプードルだが、彼もベテランのギルド職員だ。冒険者には金や力に従う者が多いということは理解しているのだろう。
もちろんそれはシスト商会にも同じことが言えるのだが……それを口にしても意味は無い。むしろレフィー達との関係に、無駄に波風を立てるだけだろう。
それに……無いとは思いたいが、奴らが属しているという組織自体が、冒険者ギルドあるいはシスト商会という可能性も、わずかだが考えられる。
ただその場合、わざわざリオン達と敵対した理由がわからないが。
なぜならあの連中がどちらかの組織に属する者だったならば、わざわざ敵対などしなくても、リオン達が死体を燃やすのを止めることは容易だったのだから。
あそこの死体はギルドにとっては貴重な情報源であり、犯罪の証拠品でもある。リオン達は実験の被害者達を想って死体を燃やそうとしたが、それは冒険者ギルドに知られる前だったからだ。さすがにギルドとの関係を危うくしてまで、彼らに義理を尽くそうとは思っていなかった。
無論、ビースト達の許可もなく禁域までリオン達の後をつけてきたことは問題だっただろう。だがリオン達を殺したくないというなら、ギルド、あるいは商会の人間として、堂々とリオン達を止めればよかったのだ。そうすれば、リオン達は死体を隠滅することはできず、大した苦も無くあの死体を手に入れることができたのだから。
「念のため、出発前に船の中をチェックした方が良いでしょうね」
「もちろん。すでに帰還組の冒険者及び職員で、船の中を確認しています。確認は常に複数人で行い、組合せも同じパーティーメンバー同士にならないようにしていますよ」
帰りも密航される可能性があるので、警戒は厳重にするべきだろう。密航を手引きした者がいた場合も考慮して、確認には違うパーティーメンバー同士で組ませているらしい。
「黒の翼の方は……」
「もちろんこっちも出発前に確認するわ。リリシアズアークの構造はあたしが全て把握してる。あの船の中であたしの目を逃れるなんて不可能なわけよ」
今回の旅では、リリシアズアークには身内以外を乗せない。全ての構造を把握しているミリルがいれば見落としは無いし、いくら奴らでもあの限定された空間の中で、リオン達から逃げ続けるのは不可能だ。
「となると、奴らに我々の船での脱出は不可能ということになります。他に脱出の手段がなければ、遠からず奴らを発見することはできるでしょうが……」
ビースピアは、直径二十キロ程の島だ。浮遊島としてはそれほどの広さではないが、それでも十分広大な敷地面積を有する。おまけにその大半が、身を隠しやすい森林地帯。バレアス軍の焼き討ちにより一部が消失しているが、その広さはかなりのものだ。いくら数百人規模の冒険者がいるとはいえ、たった三人の賊を発見するのは難しいだろう。
しかしそれも捜索が長期に及べば話は違う。捜索網は徐々に狭くなっていくだろうし、相手が少数とはいえ、人間が潜伏を続ければ生活の痕跡を全て消すのは不可能だ。黒の翼と、冒険者達の帰還組がいなくなれば、脱出手段は残りの一隻の強奪しかない。それも残留組の冒険者百人以上を相手に、だ。こちらも不可能だろう。
ゆえに遅かれ早かれ、奴らは逃げ場を失うと考えられるのだが……それを告げるプードルの顔色は優れない。というのも――
「相手はあなた達獅子帝や爆裂姫に勝利した連中です。この島に残る冒険者にも上級ランクの者がいますが……その者らを相手にすれば、こちらの被害もまた甚大なものとなるでしょうな」
上級冒険者のミリルや、一流とカテゴライズされる二級冒険者リオンを負かしたという事実が、ギルド職員の懸念事項となっているというわけだ。実際、敵が冒険者の各個撃破という戦術を取れば、少なくない犠牲者が出るだろうし、敵も長期で逃げ続けることは可能だろう。
もっともそんな抵抗をすれば、ギルドも本腰を入れて討伐に乗り出すことは明白。地上から高ランク冒険者やパーティーがわんさかやってくることになるので、奴らの末路は決まっている……はずなのだが……
「あの戦闘バカはともかく、あの仮面の女が考え無しに行動するとは思えない。どこかの組織に属しているらしいし、何か脱出の手段があるのかもしれないな」
ギルドはリオンを倒した狂戦士クラッドの方を脅威と判断しているようだが、リオンはあの仮面の女の方が厄介だと考えている。戦闘の実力だけを見れば、確かにクラッドの方が上かもしれないが、あの女には蛇のような狡猾さと計算高さを感じたのだ。あの女が無策でリオン達の前に姿を見せたとは考えにくい。きっと脱出のための策があるはずだ。
「念のため、全体に向けて今以上の警戒を行うように注意喚起をお願いします」
「承知しました。そのように手配いたしましょう」
リオンの要請にプードルが頷き、隣に座る記録係と思わしき職員に目配せをする。彼の手元の資料に喫緊の対応事項として今の要請が記録されたのだろう。
「……それにしてもよぉ、俺ぁ未だに信じらんねぇよ……リオンとミリルが組んで負けるなんてよ……」
奴らへの対応方針についての話が一区切りついたところで、難しい顔で腕を組んだジェイグが、円卓に視線を下ろしたままそう呟いた。
アルとファリンも同意見なのだろう。状況的に仕方なかったとはいえ、敵を取り逃がした事実もあってか、重苦しい表情で顔を俯かせている。
一方、その当事者二人はと言えば――
「あのなぁ……別に俺もミリルも世界最強ってわけじゃないんだぞ? 世の中、上には上がいる。シルヴェーヌさんにだって勝てなかったし、俺より強い奴なんて世界にはいくらでもいるさ」
「もっとも、次があればコテンパンにしてやるけどね」
呆れ半分の苦笑いを浮かべて己の敗北を語り、より強くなる決意を述べる。そこには己の非力さへの嘆きも、敗北への苦悩も無い。そんなものはあの日の夜にはとっくに消化済みだ。クヨクヨしているくらいなら、次に向けて自分の腕を磨いた方が良い。五年前の悲劇に比べれば、誰も失うことなく乗り切れただけ遥かにマシ。その程度の切り替え、二人にとっては造作もない。
だがアルとファリンはともかく、ジェイグの発言の意図は少し違ったらしい。
「いや俺もよぉ、“今は”リオンより強い奴がいるのも仕方ねぇと思うぜ? まぁリオンなら、いずれ世界最強も夢じゃねぇって信じてっけどよ」
「……それはどうも。で? だったら何が疑問なんだ?」
当然のように口にされた信頼による気恥ずかしさを隠しつつも、リオンはジェイグの真意を問い質す。
「俺が言いてぇのはよぉ、家族の命が掛かってもいねぇ状況で、リオンとミリルが自分より強い相手にケンカ吹っ掛けたってのがどうも腑に落ちなくてな」
ジェイグの発言に、リオンとミリルが「あぁ……」と納得する。
黒の翼は、他の何においても家族を優先する。中でも、リオンとミリルは特にその誓いを順守しており、もし家族の身が危険に晒されれば、たとえそれ以外の全人類が滅んでも家族を守ることを躊躇わないだろう。
だからといって守れるもの、救えるものを何もせずに切り捨てるほど非情にはなり切れない。だからその判断を下すときには冷静に、冷徹に、慎重に状況を見極める。二人はその分析能力にも優れている。
そんな彼らが敵の実力を見誤り、悪用の恐れがあるとはいえたかが哀れな死体のためだけに、強者相手に避けられる争いを挑んだ理由がジェイグにはわからなかったのだ。
それは仕方のないことだろう。何せリオンやミリルにとっても、あれはかなり想定外の事態であり、あの場にいた二人にしか理解のできない出来事だったのだから。
「そこについては俺の洞察力不足というか、まぁ未熟が原因なんだろうな。まさかあんな感情一つで能力を跳ね上げる、規格外のイレギュラーがいるとは思っていなかった」
「どういうことだ?」
怪訝そうに眉根を寄せるジェイグに、リオンがあのクラッドという男の脅威を説明する。
あの場に現れた三人は、確かに紛れもない強者だった。特にクラッドと仮面の女は、万全の状態のリオンが一対一で戦っても勝率は五分といったところだっただろう。
だがあの時は、数的有利はこちら側だった。おまけに一人は離脱。こちらもファリンとアルを追撃に向かわせたが、問題ない。黒の翼の最強コンビであるリオンとミリルならば、ン凝りの二人を相手にしても八割方勝てる……はずだった。
しかし結果としては、リオン達は敗北。生き残ることができたのは、運が良かっただけだ。
そしてその原因が、クラッドという狂戦士の異常性にあったのは間違いない。
この世界での人間の強さは、魔法によるものが大きい。身体能力では勝るビーストも、魔法を使われれば新人冒険者にすら勝てないかもしれない。それほど魔法の力とは強大だ。
魔法の強さは、魔力総量、魔力操作技術、大気中のマナへの干渉速度などで決まる。生まれ持った才能にもよるが、それらは日々の鍛錬によっても向上させられる。戦いに身を置く者は、身体能力や戦闘技術だけでなく、魔法の技術も磨く必要があるのだ。
だが人間や魔物が体内に持つ自己魔力――アウラは、使用者の精神状態に多大な影響を受ける。
精神とは、すなわち人間の感情――喜悦、悲哀、憤怒、快楽、後悔、羞恥、嫉妬、希望、絶望など様々だ。そこに正も負も関係ない。様々な心の動きによって、魔法は強くも弱くもなる、酷く不安定な力なのだ。
だから戦いにおいて安定した強さを求めるならば、自分の心をコントロールすることが必要となる。心を乱されれば、どんなに強い者でも窮地に陥りかねないのだ。
「だが奴はそんな安定した強さとは真逆……そういった感情を爆発させることで、魔力を大きく増幅させていた」
あの時は、リオンがクラッドから仮面の女へ狙いを変えたことが引き金だった。強者との殺し合いを楽しむ狂人にとって、自分をないがしろにされるのは我慢ならなかったのだろう。その怒りが、まるでドーピングのようにクラッドの魔力を爆発的に増大させたというわけだ
「……でも、よくそんな魔力使いこなせるわね。普通、そんな急激に魔力を増幅させたら、身体が付いてこないと思うんだけど……」
ティアの疑問は、リオンとミリル以外のこの場にいる全員が感じたことだろう。実際にクラッドと対峙していない以上、そう考えるのが当然だ。
感情による魔力の増大は、多少であれば実力を引き上げることができる。
だが過剰に増幅した魔力を使用するのは危険だ。本来の総量以上の魔力の行使は、魔力の枯渇の原因になるし、危険薬物によるドーピングのように身体への負担も大きい。そして何より、急激に向上した身体能力に、認識が追い付かなくなるのだ。
例えば魔法の使えない生身の人間が、突然車並みの速度で走れるようになったら……どこかに激突して死んでしまうだろう。握力が突然ゴリラ並みになった人間が握手をしたら……無意識に相手の手を握りつぶしてしまうかもしれない。強大過ぎる力をコントロールするにも、相応の訓練期間が必要なのだ。
「おそらく奴の天性の才……いや、野生の本能みたいなものかもしれないが、奴は爆発増幅させた魔力と身体能力を、全てコントロールしていた。正真正銘の化け物……紛れもない狂戦士だよ」
おそらくリオンが同じように魔力を増幅させた場合、間違いなく弱体化するだろう。そんな実力を超える身体能力で、多彩な技を操ることなどできるはずがない。
きっとそんな芸当ができるのは、世界中を探してもクラッドくらいのものだろう。リオン達のように熟練した冒険者であればあるほど、クラッドの異常性が理解できる。
「まぁそれも奴の戦い方があってこその芸当なんだろうな」
「完全な力押しだったものね。まぁ逆に言えば、力だけでリオンを圧倒したってわけだけど」
実際、クラッドの技量自体はそれほどでもない。技の競い合いであれば、アルやファリンにすら劣るだろう。
つまりはほとんど魔力と身体能力、そして闘争本能だけであの強さを持っているということ。『狂戦士』という二つ名に、これほどピッタリな男はいないだろう。
もし次に戦うような事態になれば、リオンは魔力増幅した状態のクラッドすら圧倒するだけの力を身に着ける必要がある。それは口で言うほど簡単なことではないのだが……
(まぁやるしかないだろうな……あいつらがこの島に来たのが、偶然とは思えない。厄介な奴に気に入られたようだし、いつかはまた戦うことになるだろう)
クラッド自身も再会をほのめかしていたし、リオン達と何らかの繋がりがあるのは間違いないだろう。
それに……
(あの仮面の女……どこかで……)
気のせいかもしれないが、あの仮面の女の声をどこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。リオンが思い出せないということは、深く関わった相手ではないだろうが。
(まぁこれ以上考えてもどうしようもない。気にはなるが、今は置いておこう)
少し脱線してしまった会議を本筋に戻すべく、リオンは思考を切り替える。
「そういえば、あの研究所にあった死体……ギルドの方で身元に心当たりは?」
「いえ、今のところは……ギルドに戻れば、何か情報があるかもしれませんが……」
あの死体保管室に残されていた合成実験の被害者達は、ギルドに預けることになった。さすがにクラッドもあの場にいた全員を連れて行くことはできず、半分以上の被験者達があの場に残されていた。
最初は、彼らがこれ以上利用されることの無いよう埋葬しようと思っていたリオン達だったが、敵であるクラッド達に死体を奪われた。もしこれでクラッド達がギルドの冒険者に見つかれば、死体の事は遅かれ早かれギルドに知られることになる。そうなればリオン達が死体を埋葬したことがギルドに知られ、リオン達の立場が悪くなる。
ゆえに残された死体は全て、ギルドに預けざるを得なかったというわけだ。
「あそこにあった死体だけでも二十体以上。おそらく犠牲者はもっと多いでしょう。それだけの数の人間を攫っている以上、地上のどこかに必ず痕跡があるはず……」
「そうですね……この島への移動にあの転移魔術を使う以上、各地から人を攫ってくるのは難しいですし……ですが、少なくとも私のところには、大規模な行方不明事件の情報は入っていません。行方不明の冒険者が増えたなんて話もありませんし」
危険と隣り合わせの生活を送る冒険者には、依頼に向かったまま行方不明になる者も多い。魔物に食べられて死体も残らなかったというケースがほとんどだが。
しかし冒険者はギルドに全員登録されており、依頼に出て死亡確認が取れない行方不明冒険者の情報はギルドでしっかり管理されている。深緑の女帝事件の時は、ギルドが気付く規模になる前にリオンが女帝の出現を察知したが、そうでなければ行方不明者が不自然に増加した段階でギルドが気付くだろう。
そもそもあの死体の中には、ギルドの登録年齢に満たない子供もいた。全員が冒険者とは考えにくい。
また冒険者ギルドの加盟国では、人身売買は禁止されている。バレアスのように、他人種を奴隷化することも当然禁止だ。それは危険の多い生活をする冒険者を犯罪から守るためでもあり、様々な人種が所属する冒険者ギルドとしては当然のルールだった。
一応、加盟国には奴隷制度がある国もあるが、奴隷になるのは犯罪者のみ。
裏の世界では残念ながらそういった事件もあるが、敵の規模が大きく、ギルドもなかなか手を出せない状態らしい。それでも情報くらいはしっかり掴んでいるという。
バレアスのように、全ての国がギルドに加盟しているわけではないが、それでもある程度の情報は握っているだろう。
そして、これだけ大規模な派遣隊の責任者に任命される程だ。プードルはギルド内でも、それなりの地位にいる職員のはず。
そのプードルが情報を得ていないということは……この人達を集めた連中には、ギルドからも隠しおおせるだけの何らかのからくりがあるのだろう。
「失礼ながら、発言よろしいでしょうか?」
そうしてリオン達が被験者の収集経路について思考を巡らせていると、会議室内に凛とした声が響いた。全員の視線がその声の主――レフィーの秘書、アマンダに向けられる。
「アマンダ……何か気になることがあるの?」
上司であるレフィーが代表して、クールな表情のまま背後に控える部下に訊ねる。
アマンダは上司であるレフィーの補佐という立場のため、これまでに何度かあった会議でも自ら口を出すようなことはほとんどなかった。この会議の間でアマンダが口を開いたのは、レフィーに代わって商会側からの報告を読み上げた時だけだ。
アマンダはシスト商会副会長であるレフィーの秘書を務めるほどの人物だ。顔を合わせる機会は多くなかったが、頭も相当キレるようだし、レフィーからの信頼が厚いこともわかる。そんな彼女が自分から発言を求めたということは、その内容は貴重な情報である可能性がある。
「今の話に関係があるかは分からないのですが……」
「構わないわ。続けなさい」
そう前置きするアマンダに、レフィーが真剣な表情で先を促す。上司の許可を得たアマンダは、キリッとした表情のまま頷き、口を開く。
「商会の観光部門の者の話で、ここ数カ月、ミラセスカへの入場人数とホテル等への宿泊客数に乖離傾向があるそうです。また空路で来られたお客様が、帰りは陸路を使うというケースが、わずかですが増えているとも」
「そうなの?」
「ええ。どちらも数字にしてみれば極わずかな差ですので、報告は保留していたのですが……」
アマンダが言うには、どちらのケースもこれまでにも多少はあったらしい。前者の理由としては、ミラセスカに住む知人宅に泊まったり、宿を取らずに夜通し飲み明かしたりする者がいるから。後者は、ミラセスカから陸路で近隣の町を回って帰る客がいるからだそうだ。
なので多少その数が増えたとしても、誤差の範囲内として処理していたようだが。
「つまりアマンダさんは、ミラセスカに来た観光客が誘拐されているかもしれない、と?」
「可能性はあるかと。魔空船で帰国する場合は身元確認が厳重ですが、ただ街を出るだけならば、そこまで厳しいチェックはされませんので」
リオンの問いにアマンダがコクリと頷く。
確かに、魔空船はそのまま海外へ向かうことが多いうえ、乗船料も高いため、乗客の審査はかなり厳重だ。国境での入国審査と同レベルのチェックが行われる。
だがただ街を出るだけならば、そこまで厳しい審査は行われない。せいぜい名前を記帳するくらいだ。町に入る時と異なり、税金もかからない。観光都市である以上、近隣の町への乗合馬車などもあるだろうし、陸路で帰る者がいても怪しまれない。
そして何より海外からの観光客なら、騒ぎになるまでに時間がかかる。人の出入りが多い観光都市の中では、客が数名いなくなったところで町の人間は気付かないだろう。長期の旅行なら、帰国まで時間がかかっても本国の人間は騒がない。
ましてやその観光客が冒険者なら、誘拐に気づく者はまずいないだろう。ギルドも依頼中でもない限り、冒険者の動向をいちいち把握することは無いのだから。
手口としては、魔空船でミラセスカに来た観光客が宿を取る前に誘拐。町の外に連れ出したあとで、別の人間がその人物に成りすまして町を出る。さすがに観光都市に遊びに来た客が、当日に陸路で帰れば怪しまれるので、日を置いてから町を出ているのだろう。そのため来客数と宿泊者数に乖離が出るというわけだ。
「……確かに、出来るだけ気付かれずに人を攫うなら、観光都市ミラセスカは絶好の狩場かもしれない」
アマンダの話を聞いたリオンがそう結論付ける。あくまで可能性の一つだが、検討する価値は十分にあるだろう。
リオンの意見には、プードル達も賛成らしい。アマンダからさらに詳しい情報を聞き出したあと、ギルドに戻り次第、本格的に調査に乗り出すと明言していた。
こうして不穏な空気のまま会議は終了した。
話にあった通り、船内の確認を済ませたあと、予定通りリオンは、レフィーやプードル達とともに浮遊島『ビースピア』をあとにする。
次なる目的地、観光都市ミラセスカに向けて……
「……お兄ちゃんに会えなかった……残念」
「仕方ないわよ。それに、仮に会ったとしても、あの場では正体を明かせなかったしね」
「……うん」
「まぁあの子達に関する情報はすぐに入ってくるし、また会う機会はあるわよ。それまで少し我慢して頂戴」
「……わかった。そういえば、あの話し方はもうしないの?」
「ああ、あれはあの子達に正体がバレないようにしてただけよ。まぁリオンって子には怪しまれてたみたいだけど」
「……あの話し方、好きだったのに……残念」
「……あなたの感性って、ホント、よくわかんないわ」
とある船の中、そんな二人の会話が繰り広げられていた。傍では蛮族のような格好の男がいびきをかいて眠っている。
「さて、とりあえずはゆっくり休みましょう。ミラセスカまでは数日かかるんだし」
「……ん」
やがて船はゆっくりと浮上した。世界の陰で暗躍する者達を乗せて。
その事実に気付いている者が、この船にいるのかどうか……それは今は謎のまま……
ここまで拙作をお読みいただきありがとうございます!
黒の翼 異世界の空 第3章はこの回で完結です。
第3章はようやくの浮遊島冒険ということで、未知の種族との遭遇や交流、
宗教や異種族差別、合成生物などファンタジー要素を色々と盛り込んでみました。
またこれまであまり目立った出番の無かったジェイグをメインにした章でもあります。
物語的には、今後の展開に向けて色々と伏線があったり、
これまで陰でいろいろ動いてた連中との初バトルがあったり、
リオンの敗北を初めて描いたりと、こっちも色々と詰め込んでおります。
主人公とヒロインに、それぞれライバル的なキャラが出てきたりと、
色々話も動いた章ですが、その分色々と頭を悩ませた章でもありました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
次章については、すでに内容は決まっており、すでに執筆も開始しています。
ただ自分の未熟さ故、書いているうちに話が膨らんだり、伏線や必要な情報を書き忘れたりしてしまい、
しっかり一つの章を書き終えてから投稿しないと、
度々修正が入ることになるでしょう。(誤字脱字などの細かいミスは気付いたら修正してますが)
なので、次の章を書き終えたタイミングでまとめて投稿することになります。
できるだけ早く書き終えて投稿再開するつもりです。
ここまで読んで頂いた方をお待たせするのは申し訳ないのですが、
投稿再開をお待ちいただければ幸いです。