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エピローグ1 ~波乱(?)の予感~

「あ~、ティア? 心配かけたのは悪かったから、そろそろ機嫌直してくれないか?」


 冒険者パーティー『黒の翼』所有の魔空船『大いなる母の愛(リリシアズアーク)』。


 六人で使うには多すぎる部屋の一つ。月明りとわずかな室内灯の光に照らされたリオンの自室にて、その部屋の主であるリオンは実に居心地の悪そうな声を出しながらベッドに横になっている。


 居心地の悪さの原因は今の発言通り。最愛の恋人であるティアのご機嫌が魔空船から見た地上並みの高さまで落ち込んでいるからだ。


 『禁域』に隠されていた研究所内で、謎の三人組との戦いに敗れたリオン達は、その内の一人を追っていたアルとファリンと合流した後、この船へ帰還した。


 幸いアルとファリンの方は、特にケガも無かった。追っていた少女には逃げられてしまったらしいが、それも仕方ないだろう。ミリルが予測した通り、敵は研究所までの道でミリルが破壊したり停止させたトラップを修復していたらしい。そのトラップに足止めを食らった以上、二人の実力云々ではなく、敵の方が上手だったというだけだ。


 それにリオンとミリルが敵に敗北し、他の死体も何体か回収されてしまった以上、たとえ少女が持ち去った死体を取り返したとしてもあまり意味はなかったのだから。


 もっとも敵を取り逃がした事実よりも、リオンとミリルが敵に敗れたうえ、リオンが大怪我を負ったことの方が、アル達にはショックだったようだが。


 そうして戻ってきた四人だったが、帰ってきたリオンの姿を見て、案の定ティアは思いっきり取り乱した。


 何せ特に危険も無いだろうと思って送り出した恋人が、全身ボロボロでファリンに肩を借りながら帰ってきたわけだ――ちなみにファリンに肩を借りたのは、他の三人の中で一番リオンに身長が近かったから。さらに辿り着いた瞬間、内臓へのダメージが響いて盛大に吐血。実際はともかく、パッと見は完全に瀕死だった。心配性なティアでなくても、取り乱すのは仕方のないことだろう。


 そうしてすぐに船内に運ばれたリオンは、ティア自身のちょっと過剰過ぎる回復魔法によって完全に治療された。体力や抜けた血液は戻らないので体は重いが、命に別状はないし、普通に動いたりする分には問題ないだろう。


 目下の問題は、治療を終えた後でも未だに戻らない恋人の機嫌を回復させることだ。いつもならば頭をなでなでしたり、優しく抱きしめたりするのだが、今はその本人から絶対安静を言い渡されているので起き上がることができない。逆らえば逆に機嫌を損ねることになる。


 そのため、「恋人の機嫌を直す回復魔法とかないかなぁ。あ、でも俺属性違うわ」と、頭の中でそんなことを考えながら、必死に言葉でご機嫌取りをしているというわけだ。


 まぁ実は、怒った顔でそっぽを向いているのに、右手はリオンの左手をニギニギ、空色の瞳はウルウル、時々鼻をスンスンしているティアを見て、ちょっとホッコリもしているのは内緒だ。


 ちなみにそんな二人のやり取りを、ジェイグとアルとファリンが後ろでニヤニヤしながら覗いているが、今はそれどころではない。もちろん後で仕返しすることは確定だが。


 あとミリルがいないのは、リオンの代わりにギルド派遣隊のリーダー、プードルへ報告に行っているからだ。もちろんリオンが回復すれば、改めて詳細な報告をしに行くことになる。


(さて、どうしたもんかなぁ……)


 正直なところ、今回の件は色々と予想外の展開が重なった部分が大きいため、リオンに非があるわけでもない……と思うのだが、心配かけたのは事実のため、開き直ることもできない。かといって、こんな状態の恋人を放って眠るのも精神衛生上難しい。眠いのは間違いないが。


 こういう時、自分の恋愛経験の無さが浮き彫りになるなぁ、とリオンは心の中で小さくため息を吐いた。冒険者としては一流になっても、恋愛の方では未だに初級を抜け出せないらしい。


 そんな風にリオンが頭を抱えていると、ティアが心を落ち着けるように胸に手を当てて小さく息を吐いた。


「もういいわよ。今回は全面的にリオンが無茶をしたってわけでもないみたいだし。それに、冒険には危険が付き物だってわかってるし。むしろ八つ当たりみたいに怒っちゃってごめんなさい」

「いや、さっきも言ったけど、やっぱり心配かけたのは事実だから……悪かったな」

「うん。でもあんまり自分から危ないことに首を突っ込むのは程々にしてね」


 少し憂いの滲んだ微笑みを見せるティア。改めて、恋人に心配を掛けてしまったことへの罪悪感が込み上げてくるが、これ以上謝罪を続けてもどうしようもないだろう。


 リオンは「ああ、気を付ける」と苦笑いを浮かべたあと、その視線を窓の外に向けた。


「……今回の事で改めて思い知ったよ」

「何を?」

「長年の悲願を遂げて、俺も強くなった気でいたけど……世界にはまだまだ上がいるんだってことだ」


 改めて口にするまでもない、至極当然のことだ。リオンは確かに、エメネア王国最強の騎士シューミットに打ち勝ち、国を相手にした復讐劇を完遂させた。だがそれは用意周到に仕組んだ作戦の結果であり、力強い仲間達のお陰だ。リオン自身が世界最強になったわけではない。


 いや、そもそも全盛期に比べて年老いて衰えていたはずのシューミットを相手にさえ、ようやく互角に戦えた程度だ。無事に勝てたのは、様々な幸運が味方した結果に過ぎない。


 一度だけ手合せしたガルドラッドギルドのマスター、シルヴェーヌにもリオンは引き分けている。しかもリオンも刀を失った状態ではあったが、間違いなくシルヴェーヌは手加減をしていた。もし本気で戦っていれば、間違いなくリオンは負けていたはずだ。


 世界はまだまだ広い。今回負けたクラッドだけでなく、もっと強い者達が世界にはゴロゴロといるだろう。


 別にリオンも世界最強を目指しているわけではない。戦わなくていい相手なら戦わないし、状況によっては、逃げるという選択肢を選ぶことにも躊躇いは無い。今回のように、家族の命が掛かっていないのであれば尚更だ。


 だがそれは決して、弱いままで満足するということではない。冒険に危険は付き物だ。これから先も六人で旅を続けるなら、リオンももっと高みを目指さなければならない。


「ミリルにも言ったけど、俺ももっと強くならないとな……少なくてもティアにこうして心配を掛けなくても済むくらいには……」


 窓の外に見える空を――銀色に輝く月を見上げて、リオンは改めて自身の決意を言葉にする。


「……それなら私も、リオンを助けられるくらい強くなるわ。それならもうこんな風に不安になることもないし」

「……頼りにしてる」


 そんな力強い言葉をくれたティアに視線を戻して、リオンはフッと笑みをこぼした。


「オレももっと強くなる!」

「俺もやるぜ!」

「馬鹿アルに馬鹿ジェイグ! そんな大声出したら覗き見してたのがバレちゃうニャー!」


 ……大丈夫。もうとっくにバレてるから。


 騒々しくなった廊下に呆れ半分の苦笑いを浮かべるリオン。ティアはちょっとだけ頬を膨らませていたが、すぐにリオンと向き合うと、どちらともなく噴き出した。アル達も、リオンの敗北に色々と落ち込んでいたようだが、この分ならもう大丈夫だろう。


 そうして一通り話を終え、場に穏やかな空気が流れた。


 すでに疲労困憊なうえ、血も不足気味だったリオンはその空気の中でゆっくりと微睡みに落ちていき――


「失礼致しますわ」


 コンコンと軽やかなノックオンと共に聞こえたそんなお上品な挨拶に、一気に睡魔が吹き飛んだ。仲間内の誰でもないその声に、リオンの頭の上に「!?」というマークが飛び出す。


(何故彼女がここに!?)


 聞き覚えのある声。だが身内以外に乗る者のいないはずのこの船で、どうして彼女の声が聞こえるのか?


 混乱と驚愕。嫌な予感がヒシヒシと込み上げ、リオンの背中に嫌な汗が流れる。


 そしてそんな予感は、すぐに現実のものとなる。


「あ、リオン様、起きていらしたのですね。お怪我の方はもうよろしいのですか?」


 シスト商会のご令嬢、レフィーニアがやってきた。ベッドで横になるリオンの姿を認めると、嬉しそうにパタパタと足音を鳴らして駆け寄ってくる。動きに合わせて、腰まで伸びた赤茶色の髪がフワフワと揺れる。


 服装は到着時に見た深紅のドレスではない。それよりはもっと質素な白のドレスに、薄紫色のショールを羽織っている。時刻はすでに深夜と呼んでも良い時間なので、おそらく室内着に着替えたのだろう。全体的に防御力が下がっている……何の防御力かはご想像にお任せする。


 そんな無防備な姿で深夜の男の部屋に一人でやってくるお嬢様。ちなみにリオンに会うのは二度目である。何を考えてるんだ! とリオンは頭を抱えたくなった。


 で、そのお嬢様だが、部屋に入ってきた時は不安に満ちた表情だったのに、今はホッと安堵の滲む微笑みに変わっている。リオンの無事を喜ぶ声に、どことなく見え隠れしている緊張の色。リオンに視線を向けられて、魔導灯の薄い灯りに照らされた頬が薄っすらと赤く染まっているのがわかる。


 その姿は、誰の目から見ても完全に恋する乙女である。ホント、どうしてこうなった。


 あと隣でポカンとしているティアのことはガン無視――というか、目に入っていないらしい。入り口からの位置関係上、絶対視界には入っているはずなのに……


「あ~、レフィーニアさん、でしたよね? どうしてここに?」

「レフィーとお呼び下さい。リオン様が大怪我をされたとお聞きして、わたくし、その……とても心配で……」


 それで一人で様子を見に来てしまったらしい。こんな浮遊島まで来るだけあって、さすがの行動力の高さだ。勘弁してほしい。


 あとさりげなく呼び名で距離を縮めようとしていらっしゃる。さすが大商会の副会長。抜け目ない。


 ちなみに彼女がどうしてこの船に乗れたのか、そして何故リオンのいる場所が分かったのかは、ギルドに報告に行っていたミリル辺りが案内したのだろう。今も外から部屋の様子を出歯亀しているし。


「……ご心配をお掛けしてすいません。ケガの方はもう大丈夫なので……わざわざありがとうございます」

「いえ、そんな……でもご無事で本当によかった……」


 夕陽色の瞳を潤ませて、儚げに微笑むお嬢様。ほのかな光に照らされるその姿は、実に絵になる光景だ。


 ……その隣でだんだんと不穏な空気を醸し出し始めた女神様がいなければ。


「それと、先程は危ないところを助けて頂きありがとうございます。正式なお礼については、日を改めてさせて頂きますが、今一度お礼を言わせて頂きますわ」

「いえ、その言葉だけで十分です。改まる必要はありませんよ」

「そういう訳には参りませんわ。私個人の気持ちとしても、シスト商会の副会長としても、受けた恩には相応に報いなければ。商会の信用にも関わりますので」


 リオンとしては大げさな礼など困るだけだが、彼女にも立場や体面などがあるのだろう。レフィーニア個人の感情の割合の方が多そうだが、あまり頑なに拒むのも失礼かと、肩を竦めつつも渋々了承する。


 そうして用事を済ませたレフィーニアだが、何故かすぐに部屋を出る様子は無い。頬を染め、そわそわモジモジしながらもリオンへ熱のこもった視線を向けている。なんとなく気まずい。


 あとジッとこちらを見つめてくるティアの視線が痛い。空気を呼んだのか、会話に口を挟んでは来なかったが、やはりレフィーニアが抱く特別な感情には気付いているのだろう。心なしか、握られていた左手にかかる力が強くなった気もする。


 リオンとしては何一つ疚しいことなどしていないのだが、物凄く居心地が悪い。レフィーニアには悪いが、正直早く帰ってくれ、というのが口には出せないリオンの本音だった。


「……あの、レフィーニアさん?」

「レフィーと。口調も普段通りで構いませんよ」

「……じゃあ……レフィーさん?」

「…………」

「……………………レフィー」

「はい、リオン様!」


 リオンに名前を呼ばれて笑顔の花を咲かせるレフィーお嬢様。


 反対にティアの周囲の温度が急降下する。もういつ吹雪き始めてもおかしくない。あと握り締められた左手がちょっと痛い。


「レフィー、心配して来てくれたのはありがたいが……年頃の女性がこんな遅い時間に、そんな格好で男の部屋を訪ねるのは、あまり良くないんじゃないか?」

「え? ………………あ」


 さりげなくご退出願おうと、遠回しに今の状況のマズさを指摘してみるリオン。


 一瞬キョトンと首を傾げた後、自身の身体を見下ろしたレフィーが小さな声を上げる。どうやらリオンを心配するあまり、今の自分の状況にまで考えが回らなかったらしい。「ヤダ……わたくしったらはしたない……」と、さらに赤くなった頬を両手で挟んでモジモジしていらっしゃる。並みの男なら十回くらい理性を飛ばしそうな魅力を放っている。


 まぁリオンは、ついに出現したブリザードに軽く意識を飛ばしたくなったが……残念ながら左手が超高速でニギニギされているので、眠りに逃げることは許されなかった。


 そして口ではそう言いながらも、全然帰る素振りを見せてくれない突撃お嬢様。そんなに恥ずかしいならすぐに帰ってくれればいいのに……。


「……リオン?」

「……ナンデショウ」


 そうして苦悩しているリオンの耳に、初めて耳にするほど凍り付いた、だが聞きなれた声が届いた。


 そんな声に思わず片言の返事をしてしまうリオン。油の切れたロボットのようにギギギと首を動かして視線を向ける。


 そこには――


「この方はどなた?」


 背後に吹き荒れるブリザードの幻影を纏い、満面の笑み(ただし目は笑っていない)を浮かべる己の最愛の姿が。


「あら、リオン様のお仲間の方ですか?」


 ティアの声で、ようやくその存在に気付いたらしい猪突猛進お嬢様。この船にいる以上、黒の翼のメンバーであることは確信しているだろうが、ティアの放つ剣呑な雰囲気に不思議そうな眼差しを向けている。


 今のところ一触即発といった感じではないが、事情を知る者からしたらそれで安心できるはずもない。リオンの背中を大量の冷や汗が伝う。


 その姿は、まるで既婚者であることを隠して不倫をしていたが、偶然両者が鉢合わせになって慌てるゲス夫のよう。


 もちろんリオンに疚しいところなど何も無いのだが。


「……ティア。こちらは今回の浮遊島調査を支援してくれたシスト商会の副会長、レフィーニア・シスト嬢だ。レフィー、彼女はティアリア。黒の翼のメンバーで、俺の大事な(・・・)恋人だよ」


 両者を紹介しつつ、しっかりと“大事な”の部分を強調しておく。もちろんそれは紛れもない事実であり、リオンの本心である。だがただの支援者であるレフィーニア――レフィーにそれを告げたのは当然、リオンとティアの関係をさりげなく知らせることで、自分の事を諦めてもらおうと思ったからだ。同時にティアのフォローにもなる。


 リオンの狙い通り、ティアのブリザードは勢いを弱め――


「あら、そうでしたの。それは失礼を致しましたわ」


 ――あっけらかんとした様子で、レフィーがそう口にした。


 リオンの頭上に再び「!?」が浮かぶ。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございませんわ。改めて、レフィーニア・シストと申します。今回の浮遊島調査では、微力ながら我がシスト商会も協力させて頂きます。何かございましたら、どうぞ遠慮なく仰ってくださいな」

「えっと、黒の翼のティアリア、です。よ、よろしくお願いします」


 リオンに向けていたものとは異なる凛とした笑みを浮かべて、質素な室内着で実に見事なカーテシーを決めるレフィー。優雅で気品溢れる動作に、挨拶を返すティアが気圧されている。


「……驚かないんだな。俺とティアが恋人って聞いても……」


 内心で、あっれれ~、おっかしいぞ~? とどこぞの小学生探偵のように首を傾げるリオン。レフィーの態度は自分の自意識過剰だったのだろうか。


 そうして探りを入れるリオンに向き直ると、それまでの優雅な笑みを恋する乙女の微笑に変えて、レフィーが口を開く。


「リオン様程の素敵な方でしたら、恋人の二人や三人、いらっしゃるのが当然ですわ」


 惚気を口にするような態度でとんでもない爆弾発言を放り投げるレフィーお嬢様。リオンもティアも開いた口が塞がらない。


「……いや、さすがに恋人は一人だけだと思うが……」

「あら、一流の冒険者ともなれば、複数の女性をお傍に置いている方も多いですわよ?」

「まぁそういう奴もいるが……女性からしたら、そういう男は嫌なんじゃないのか?」

「女性を囲うのも殿方の甲斐性ですわ。わたくしの父も、母の他に三人の女性がいますし、兄も二人の女性と結婚してますわ。仕事でお付き合いのある方々も、複数の女性と結婚されている方がほとんどですし。外に愛人がおられる方も多いですわね」


 住んでる世界が違う、とリオンは乾いた笑いを漏らした。


 確かにこの世界のほとんどの国では、重婚は違法ではない。王侯貴族ならば正妻の他に側室がいるのは普通だし、平民でも、お金に余裕がある者は複数の女性を妻に持つ者も多い。確かレフィ―のいたミラセスカのある商業国家『セルスパイア』も、身分制度はないが、重婚は違法ではなかったはず。


 そしてそれは冒険者でも同様だ。高ランクの依頼は報酬も高い。一流冒険者ともなれば、高額な指名依頼も多く、コンスタントに依頼をこなしていれば、そこらの貴族よりも金持ちになれるだろう。


 またそれらの依頼は、当然ながらかなり危険なものばかりだ。そのため常に死と隣り合わせの世界で生きている冒険者は、生物的な本能からか複数の女性と関係を持つ者も多かった。


 とはいえ、それはあくまでごく一部の人間だけであり、一般人は恋人も一人が基本だし、結婚も一人の女性とだけするのが普通だ。そもそもリオンの価値観は、前世で日本人だった頃に培われた部分が大きい。日本では基本的に二股や不倫などは悪しき行為であるし、リオンもそういった行為には忌避感があった。


 何よりリオン自身、ティア以外の女性を愛するなど考えられなかった。


 もちろんリオンもそういう連中がいることは知っている。だがこれまで復讐のために生きてきて、他の冒険者と関わることは少なかったし、指名依頼もほとんど受けてこなかったので、金持ちの連中と接することも無かった。数少ない関わった王侯貴族は、全て復讐対象だ。そのためそれが普通の世界だと解っていても、そういった連中の常識について、すぐに頭が回らなかったのだ。


「……まぁそういう人達がいるのは知ってるし、別にどうこう言うつもりもないが……少なくとも俺はティア以外の女性を恋人にする気は無いし、もちろんそういった関係を持つ気も無いよ」


 今のところレフィーがリオンへ明確な好意を示したわけではないが、このままではこのお嬢様がどんな行動に出るかわからないので、会話の流れ的にもちょうど良いと、あらかじめ釘を刺しておく。


 別にリオンとしては、仮に他の女性から誘惑されたところで心変わりすることなどないと思っているが、やきもち妬きで心配性な恋人に、余計な不安を与えるようなマネはしたくない。怒ると怖いし。


 しかし、敵は中々に手強いようで……


「愛情深い方ですのね。素敵ですわ」


 全然めげてませんでした。むしろますます熱っぽい視線を向けてくる。


 とはいえ、別に交際を申し込まれたわけでも直接的な誘惑をされたわけでもないので、これ以上こちらから何を言うこともできない。それにこれからの浮遊島での調査を考えれば、彼女とは今後も顔を合わせる機会は多い。その際にさりげなくティアとの関係の深さを見せれば、彼女の熱も冷めるだろう。


 またちょっぴりブリザードを放ち始めた恋人の姿を横目に見ながら、リオンは今後の事を思って小さく息を吐く。


「お疲れのところにお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。夜も遅いですし、名残惜しいですが、今日のところはこれで失礼致しますわ」

「……ああ、わざわざ来てくれてありがとう。一晩眠れば動けるようにはなるだろうから、今後の調査なんかについては、明日ギルドも交えて話をさせてもらうよ」

「承知致しましたわ。今日はゆっくりお休みになってください。明日からよろしくお願い致しますわ」


 そんなリオンの様子を勘違いしたらしく、切なげな微笑を浮かべながらも別れの言葉を述べるレフィー。この後でブリザードの沈静化作業が待っている身としては、これ以上波風を立てられることはないとわかり、内心で胸を撫で下ろす。


 しかしそんな油断を、リオンはこのあとすぐに後悔することになる。


「そ、それではリオン様! おおお休みなしゃいましぇ!」


 わずかにティアの方に意識を移したリオンの耳に、なぜか妙に緊張した様子のレフィーの声が届いた。


 そんな様子のおかしい彼女を不思議に思いつつそちらに視線を戻せば……


 チュッ


「「!?」」


 少し湿った音とともに、柔らかな感触が頬に触れた。


 二人分の息を呑む音が続く。


 最初のは、顔を真っ赤にしたレフィーがリオンの頬にキスをした音。後のは、リオンとティアがレフィーの大胆な行動に驚いた音だ。


 リオンとティアが呆然としている中、核爆弾を落とすがごときとんでも行動に出た猪突猛進お嬢様は、恥ずかしそうに両手で口元を隠しながら、パタパタと慌ただしく部屋を出ていった。


「「……………………」」


 薄暗い部屋に凍り付いたような沈黙が降りる。まるで氷に閉じ込められたような寒さを感じるのに、体中から汗が止まらない。今すぐベッドを飛び下りて、ここから逃げ出したい衝動に駆られるが、それをやっても話が拗れるだけなので、必死に堪えた


「…………リオン」

「ごめんなさい」


 極寒の声! 凄まじい反応速度で謝るリオン! 今ならクラッドの攻撃くらい容易に捌ききれるかもしれない。


 たとえ今回の件で自身に何の非が無くても、完全に引っ掻き回されただけでしかなくても、吹雪の女王と化したティアに敵う者など黒の翼には一人もいないのだ。


「まずは事情を説明してもらえる?」

「もちろんですとも」


 首を傾け、ニッコリスマイル――ただし目は笑っていない――のティアにそう問われれば、ノータイムで頷く他ない。若干リオンの口調がおかしくなっていたが、ツッコむ者はいない。外にいた出歯亀連中は、レフィーが部屋を出る直前に逃亡済みだ。あとで全員殴る、と固く心に誓ったのは言うまでもない。


 その後、レフィーニアに好意を抱かれた一件を説明した後、散々言葉を尽くし、傍から見ればイチャイチャしているようにしか見えない甘々な攻防を繰り広げた結果、どうにか恋人の機嫌回復ミッションは達成された。とりあえずリオンが、クラッドの相手をする以上に苦労したのは言うまでもないだろう。

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[気になる点] ~少なくてもティアにこうして心配を掛けなくても済むくらいには…… 少なくとも~ でしょうか。
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