雷の落ちる孤児院
「「ただいまー」」
孤児院の扉を開いたリオンとミリルが、声を揃えて帰宅を告げる。
今の時間なら、先生も子ども達もキッチンで食事の準備中か、準備を終えて二人の帰宅をお腹を空かせて待っている頃だろう。
そしてその予想が間違っていなかったことが、実に騒がしい声とともに証明された。
「おっそーーーーい!」「二人とも何やってたのー」
「今日の狩りはどうだった?」「ミリルお姉ちゃん、魔術の宿題教えてー」
「リオン勝負だ!」「お腹空いたー!」
帰ってきた途端にこれである。わらわらと食に飢えた亡者と、好奇心の猛獣たちが一斉に襲い掛かってきた。あっという間にリオンとミリルの周りには、子ども達の輪ができてしまう。
若干一名、妙に闘る気満々の奴がいたが。
「はいはい、わかったからちょっと落ち着きなさい。そんなにいっぺんに言われたってわかんないから。あとティセル、魔術の勉強はご飯のあとね」
ミリルがいつものように淡々と子ども達を宥めていく。リオン達の前では乱暴だし、魔導具が関わるとすぐに暴走するが、子ども達の前では実に良いお姉ちゃんである。
「食らえ、リオン!」
片やリオンはといえば、両の手に木剣を握りしめ、狼みたいな勢いで飛びかかってきた男の子を片手で軽くいなしていた。
周りを子ども達に囲まれて動けなかったので、咄嗟の判断で氷の棒を作って応戦。これくらいの魔法なら、今のリオンなら一瞬で可能である。
「落ち着けアル。あとで相手してやるから、まずは荷物くらい下ろさせろ。あとここじゃ危ない」
木製の双剣を手に勝負を挑んできた少年の名はアルノート。
親しい孤児院の仲間からはアルと呼ばれる、狐の獣人の血をひく男の子である。
年齢は十歳だが、小柄なため見た目は六、七歳程度に見える。癖のある茶色い髪の間からピョコンと生えた狐耳が、何ともチャーミングな男の子だ。
しかし薄紫色の瞳には、幼いながらも強い意志が籠っている。男の子らしい、強さに憧れる真っ直ぐな眼だ。
猪突猛進過ぎて周りが見えなくなったり、少々無茶をし過ぎたりするところがあり、剣の腕前もまだまだ未熟だが、いずれ大物に化けるのではないかとリオンは密かに期待している。
「くそっ、こんな簡単に防がれるなんて!」
自分の渾身の一撃が軽々と防がれたことがショックだったのか、アルはリオンの言葉を完全に聞いていない。なおも攻撃を継続しようとしている。
周りに小さい子もいるこんなところで、これ以上木剣二本も振り回されるのは危ないので、多少力尽くでも止めようかと思ったのだが……その必要はすぐになくなった。
「やめないか、このバカ者が!」
孤児院を揺るがすような力強い一声とともに、小さな雷撃がアルの頭に落ちたのだ。
「ぷぎゃっ!」という何とも可愛らしい悲鳴を上げて、雷撃を浴びたアルが力なく倒れた。
倒れるアルを受け止めようかとリオンは一瞬思ったが、自業自得なので別にいいだろうと考え直し、半歩横にズレてアルを回避した。「ムギュゥ」という何とも滑稽な声がしたが、聞かなかったことにする。
「まったく……玄関でいきなり戦闘を始める馬鹿がいるか」
ため息まじりにそう呟くのは、暗赤色の髪に茶色の眼、褐色の肌を持つグラマラスなスタイルの女性。
見た目は二十代後半といった感じだが、実年齢は不明。十五年以上も前からこの孤児院を経営している以上、四十超えていてもおかしくないはずだが、その若々しい姿を見る限り、とてもそうは見えない。
もっとも、最近は白髪としわの数が少し気になりだしたらしいが。
褐色の肌はエメネアでは珍しいというほどではないが、数はそれほど多くはない。どこかの少数民族の出身らしく、その証である幾何学模様の入れ墨が、腕まくりした左腕の上腕から少し顔を覗かせている。
と、ここまでがこの孤児院の先生、リリシア先生の特徴であり説明だ。そして現在、そのリリシア先生が若干険のある眼差しでこちらを見ている……ように見えるが――
「……何をやってるんだ、ファリン?」
「ニャ!? 何でばれたニャ!?」
リオンが目の前のリリシア先生を『ファリン』と呼んだ瞬間、厳しい顔のリリシア先生が一瞬で滑稽な驚き顔に変わり、さっきまで少し低めで凛々しかった声が、騒がしい少女のものへと百八十度方向転換した。
ついでに言葉遣いも男っぽい口調から、猫言葉が混ざった子どもっぽいものになった。
「おかしいニャ~……このファリンちゃんの変装が、こんな簡単にばれるニャんて」
リリシア先生の姿のままで首を捻り、ムムムと唸る偽物に、リオンがフッと口元に不敵な笑みを浮かべて指摘する。気分はミステリードラマの探偵だ。
「まず、先生の声にしてはまだまだ迫力が足りない」
「ニャんと!?」
「次にさっきの雷撃だが、先生のはもっと容赦がない。さっきの雷撃は速度も威力もまだまだだ」
「ぬぅ~、まだまだ練習不足ニャ」
リオンが証拠、というか変装を見抜いた根拠を突きつけるたび、偽物がオーバーなくらいのリアクションを返してくる。声だけは可愛らしいが、リリシア先生の姿でそれをやられると、酷く滑稽だ。
「そして、最後に」
「まだあるニャ!?」
狼狽えるリリシア先生の偽物に、リオンが「犯人はお前だ!」とでも言うように指差して宣言する。
「この間増えた白髪としわが無い!」
「ニャ、ニャんだって~!」
偽物は「ででーん!」と効果音が聞こえてきそうなくらい大げさに驚いたあと、次々と証拠を叩きつけられた犯人が罪を認めたときのようにガックリと崩れ落ちた。
これであとは動機なりなんなりを語って、事件は解決だ。たとえ隣でミリルが「何やってんのよあんたたちは……」と呆れていても関係ないのだ。
「ふっ、さすがはリオン……このファリンちゃんの変身を見破るニャんて……完敗にゃ」
「ふっ、お前もよくやったさ」
お互いを讃え合うリオンと先生の偽物。そんなやりとりを最後に、立ち上がった偽物の体から淡い光の粒がこぼれ始める。その光とともに先生の偽物の体が小さくなった。前世で見た魔法少女アニメを思い出すような光景だ。
そして光が収まった時には、そこにグラマラスな大人の女性の姿はなく、同じ場所には小さな猫耳の女の子が立っていた。
彼女の名はファリン。
髪は明るい水色。肩下くらいまである長さの髪を右上の方で束ねた、いわゆるサイドテール。金色の瞳と、笑うと見える八重歯が特徴的な、九歳の女の子である。
このファリンはいたずらが大好きで、時々お得意の変身魔術を用いて、今のようないたずらを繰り返している。
もちろんリリシア先生にばれたときに雷が落ちる、というのも孤児院ではお馴染みの光景だ。
もっともいたずらといっても可愛らしいものばかりで、人が傷つくようなことは絶対にしないが。
ちなみに変身魔術はこの世界に何年も前から存在するが、他人そっくりに変身するのはかなり難しい。ほぼ不可能と言ってもいいだろう。
魔術で変身する場合、変身したい姿を忠実にイメージする必要がある。しかし変身する人間の容姿を完璧にイメージすることができず、大抵の場合、その変身は歪なものになる。
ゆえに本来の変身魔術の使い道は、自分の容姿を少し変えることで、身元を割り出させないようにするというもの。変身というよりは変装という方が正しいのかもしれない。
しかしファリンは違う。類稀な記憶力とイメージ力、そして声や仕草までも完璧に真似る演技力で、他人成りすますことができるのだ。
もっとも、声や仕草まで真似るにはそれ相応の練習と、観察期間が必要なため、今のところは近しい人物しか完璧に変身することはできないのだが。それに今のように、ちょっとした切っ掛けで気付かれる可能性もあり得る。
他にもファリンの変身魔術の弱点は多いが、やはりその力は稀有なものなので、変身魔術を孤児院関係者以外の前で使うのは固く禁じられている。
余談だが、この前ティアの格好でリオンを悩殺しようとした結果、孤児院にティアの本気のブリザード(魔法ではない)が吹き荒れた。
何故か誘惑に引っかかったわけでもないのに、リオンまでとばっちりで叱られたのは、正直今でも納得がいっていない。
「次こそは……次こそは絶対に勝ってみせるニャ!」
拳を力強く握りしめ、力強く宣言するファリン。
そもそもいたずらに勝ち負けがあるのかどうかはともかく、リオンもその真剣な眼差しを受け止め不敵に笑う。
その光景はさながら怪盗と探偵。ミステリーの世界では切っても切れない永遠のライバルのようであった。
ただし……それはあくまでファリンとリオンの間のことであり、変身された当事者にとっては全く関係のないお話なのだった。
「ファリン……またお前は……」
「ニャニャッ!」
ダイニングに続く扉から怒りのオーラを纏って現れたのは、先ほどの偽物と全く同じ格好をした人物。リリシア先生その人である。
さっきのファリンの変装とは違う、この圧倒的な迫力。間違いなく本物である。
「いたずらに魔術を使うなと、何度言ったらわかるんだお前は!」
「ご、ごめんなさいニャー!」
ズガンッという派手な音とともに落ちた雷撃が、ファリンのいた場所の床を撃つ。雷が落ちた床は焦げて黒くなってはいるが、とりあえず穴が開かなかったようだ。
リリシア先生の魔法の腕前はかなりのものなので、しっかり威力を調整したのだろう。当然、他の子どもには被害がいかないようになっていた。
ちなみにいつも雷撃を食らっているファリンは、攻撃を事前に察知したのか、直前に大きく飛び退いてその場を逃れていた。
現在はガタガタと震えながら、リオンの頭にしがみついている。その姿はまさに怯える猫そのものであった。
「ファリン、俺を盾にしようとするのはやめろ」
「いやニャ! 時には相手を守るのもライバルの義務にゃ!」
「ライバルといっても、所詮は敵だろう」
「敵と書いて友と読むニャ!」
どこの少年漫画だ、とリオンは心の中でツッコミを入れた。
「そして先生」
「何だ?」
「どうしてファリンと一緒に俺まで狙われているのでしょうか?」
何故か、怒れる先生の頭上に漂う雷の矛先が、リオンの頭にしがみつくファリンだけでなくリオンの胴体にも向いていた。
「リオン、お前はさっきとても面白いことを言った」
「は?」
「誰のしわと白髪が増えたって? え?」
バッチリ聞かれてたらしい。リリシア先生にこめかみに青筋ができ、頬が怒りでピクついている。すでに怒りのボルテージはマックスだ。先生の周囲に青白いスパークが迸る。
「ファリン」
「リオン」
「逃げるぞ」
「了解ニャ! 私を連れて逃げて~ニャ」
リオンの頭にしがみついたファリンが、駆け落ちを決意したお姫様みたいなことを言っているが、ツッコんでいる場合ではない。
素早く踵を返すとともに玄関扉までの距離を一瞬で詰め、真っ暗な世界へと逃避行を始める。
「逃がさん!」
しかし、リリシア先生の方が早かった。
身体強化を施したリリシア先生は、一足飛びで子ども達の頭上を飛び越えると目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、リオンの肩を凄まじい力で掴んだ。
「くそっ、捕まったか」
「くっ……リオン、あなたの死は無駄にはしない……ニャ」
敵に捕まったリオンを、あっさり見捨てて逃げ出そうとするファリン。役になりきるあまり猫語を一瞬忘れているが、今はそんなことはどうでもいい。
「逃がさん」
リオンの肩を蹴って宙へと跳ぶファリンの足を、リオンが素早く掴む。
「ニャ!? 裏切るニャ、リオン!?」
足を掴まれ、宙づりになったファリンが逆さまの状態で抗議の声をあげた。
「それはこっちのセリフだ、バカ猫。そもそもの原因はお前だろうが」
フシャー、と猫のような威嚇をしながら睨み付けてくるファリン。
対するリオンは冷たい視線。一見落ち着いてるように見えるが、内心はさっきから掴まれた肩が痛い。
あと顔は見えないが、後ろから感じるプレッシャーがヤバい。ドラゴンよりも怖いかもしれない。
リオンはドラゴンなんて見たことないが。
「お前たち……」
ギャーギャーと口論を続ける二人の耳に、地獄の帝王のような声が届く。
ピタリ、と口論どころか身動きの全てを止めるリオンとファリン。まだ雷撃を食らってもいないのに、体はまるで感電して麻痺でも起こしたかのように動かすことはできなかった。
「仲良く反省しろ、バカ共が」
無情な死刑宣告とともに響く雷鳴と稲光。
その日、一組の男女の悲しい悲鳴が、夜の孤児院に響き渡ったのだった。