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師弟

 幼い頃から鍛冶師を目指してきたが、ジェイグ本人は鍛冶師の血筋に生まれたわけではない。


 ジェイグは商家の生まれだ。エメネア王国のとある町で交易を行っていた。


 扱う商品は鉱山で採れた金属や魔石、そしてそれを材料にして作られた武器防具類。町の外には魔物が蔓延り、冒険者という危険な職業が必要とされる世界だ。武器防具の需要は多く、ジェイグの家はエメネアではそこそこ名の知れた家だったらしい。


 そんな家で生まれ育った幼いジェイグは、剣や武具そのものに強い興味を見出した。幼い子どものいる自宅に商品を持ち込むことはなかったが、それでも父の執務室や応接室などには剣がいくつか飾られていた。それは実戦よりも、展示用の装飾剣であったが、それでも幼いジェイグを魅了するだけの輝きを放っていた。父に内緒で、こっそり店の倉庫に忍び込み、そこに置かれた数々の武器を見て過ごしたこともあったくらいだ。


 もちろんそのあと、こっぴどく怒られたが……


 仕事柄、家には鍛冶師の出入りも多く、父と馴染みの深い鍛冶師達からジェイグはよく可愛がられていた。ジェイグも彼らによく懐き、色々な話をねだったものだ。特に自分の仕事に誇りを持つ鍛冶師達にとって、自分達の息子とも呼べる作品を見たがり、自慢の逸品をキラキラと目を輝かせて見つめるジェイグは、お得意先の息子ということを抜きにしても構いたくなる相手だったのだろう。


 商人ではなく鍛冶師に憧れたジェイグだが、家族仲は至って良好だった。


 父親は見た目大柄な偉丈夫だが、性格は商人らしく理知的で温厚。ジェイグの鮮やかな赤毛や大柄な体格は父親譲りだ。


 逆に母親の見た目は、煌めく銀色の髪に赤い瞳をもつ深窓の令嬢……だが性格は少々大雑把と言うか豪快、そして優しく温かい肝っ玉母ちゃんだった。ジェイグの今の性格は母親と可愛がられていた鍛冶師連中の影響だろう。


 そして三歳の時には可愛い妹も生まれた。心優しく面倒見の良いジェイグは、新しい家族の誕生をとても喜び、自ら進んで妹の面倒をよく見ていた。それこそ目に入れても痛くないほどの可愛がりようだったらしい。


 妹は赤子の頃から、“外見だけ”は美人と評判の母親によく似ており、将来は間違いなく美人に育つと期待されていた――それと同じくらい性格だけは似ないで欲しいと願われていたが……


 しかし、ジェイグが孤児院である『黒フクロウの家』に預けられたことからもわかる通り、その幸せは長くは続かなかった。


 それはジェイグが五才になって少し経ったある日の事だ。


 多忙な父が久しぶりに長期の休暇を取れた。そしてその休みを利用して、家族全員で魔空船旅行をすることになったのだ。


 当時はまだ一般庶民が気軽に空の旅をできるほど、魔空船が普及してはいなかった。しかし、いくつかの大きな町ではそれぞれを結ぶ空路が開発され始めており、ある程度以上の財を持つ富裕層であれば、空の旅を楽しむことも可能だった。そしてジェイグの家も、その富裕層のカテゴリーに含まれている。


 残念ながら、ジェイグの住む町には空港設備は無く、船に乗るにはもう少し大きな町に行く必要があった。家には家族専用の馬車もあったため、家族四人でそれに乗り込んだ。幼いジェイグは久しぶりの家族四人でゆっくり過ごせる時間と、魔空船という未知の乗り物、そして初めての空の旅に心を躍らせ――


 ――そして絶望に叩き落されることになる。


 馬車での道中の事だった。大きな川を渡る橋の途中で、ジェイグ達の乗った馬車が賊に襲われたのだ。


 その場所は町と町を結ぶ街道の途中であり、国によって道は整備され、定期的に警備の手も入るため、盗賊や魔物に襲われる可能性は限りなく低い。おそらくジェイグの一家がその日、その場所を通ると知っていて待ち伏せされていたのだろう。


 ジェイグの両親も最低限の護衛を付けてはいた。両親もそれなりに腕に覚えがあったらしく、ジェイグに娘を預けて馬車の守りに加わった。だが、相手は数が多く、徐々に押し込まれていった。


 幼く、まだ戦う術も知らないジェイグは馬車の中で恐怖に震えていた。それでもまだ二歳の妹は守らなければと、必死に妹の小さな身体を抱きしめ、涙だけは我慢していた。


 だがそんな抵抗も空しく、悲劇は起こる。


 激化する争いの中、誰かが放った魔法に驚いた馬が暴走。幼い子ども二人を乗せたまま、馬車は川へ落ちた。


 小さな妹を抱きしめたまま、ジェイグは衝撃に意識を失い……目を覚ました時には全てを失っていた。


 両親は護衛と一緒に橋の上で死体となって発見された。


 そして、確かに腕の中にいたはずの最愛の妹は行方不明……遥か遠くまで流されたか、水棲の魔物に呑まれたか。手掛かり一つ見つかることはなかった。


 こうしてジェイグは家族を失った。ジェイグには他に親戚もおらず、知り合いと呼べるのは父が商売で関係のあった者達だけ。


 最初はジェイグの両親と仲が良く、ジェイグを可愛がっていた鍛冶師達の誰かが引き取ろうかという話もあった。だが残念ながら彼らは独り身が多く、妻帯者は逆に子どもが多く、ジェイグを引き取るだけの余裕がなかったらしい。


 だがそのうちの一人が、かつて冒険者だったリリシア先生と親交があり、彼女が孤児院を始めたことも知っていた。その縁で両親が残した遺産などと一緒に、ジェイグは黒フクロウの家に預けられることとなったというわけだ。


 そしてリリシア先生やリオンをはじめとする仲間のお陰で、家族を失った悲しみから立ち直ることができた。再び家族を失う悲劇に見舞われながらも、持ち前の明るさと母親譲りの豪胆さ、天性の鍛冶の腕前で黒の翼を支えている。


 生き残った黒の翼の中では最年長。面倒見の良い性格で、孤児院の年下の子ども達からは良く慕われていた。その点は他の年長組の三人も同じだが、子ども達から向けられる感情はそれぞれ少し異なる。


 ジェイグよりも年長の出身者を含めて、誰よりも強く、落ち着いた雰囲気のあるリオンは憧憬と敬意を。


 誰よりも優しく、ある意味大人であるリリシア先生以上の母性を感じさせるティアは、子ども達にとって姉でもあり、母のような安らぎを感じていたのだろう。


 ミリルは少々怒りっぽいので、若干の畏怖が……でもそれ以上に頼りがいのある良き姉御であった。


 そしてジェイグは年上でありながら、それを感じさせない気さくさと親しみやすさで、子ども達にもよく懐かれていた。ジェイグ自身も子ども達を“チビ達”と呼び、とても可愛がっていた。


 まるで“本当”の妹や弟のように……


 ちなみにミリルやリオンが、同じように呼ぶようになったのも、ジェイグがそう呼び出したことがきっかけだ。二人と違い、人との精神的な距離をあっという間に縮めることができるのはジェイグの美徳であり、リオン達もそれに助けられていることがある。


 特に幼い子どもが相手だと、その傾向が顕著だ。おそらく守ることができなかった実の妹と重ねてしまっているのだろう。そのこと自体は特に問題もないし、黒の翼のメンバーは大なり小なり皆お人好しでお節介なので、あまりジェイグのことをとやかく言える立場でもない。


 だが他者と心の距離が近いというのは、常に危険と隣り合わせの冒険者にとっては時に足枷にもなりかねない。


 だからこそリオンやミリルは、家族とそれ以外の他者との間に明確な線引きをし、家族以外には一定以上の感情を持たないように割り切っている。


 ティアやファリンも同様だが、元々の心根が優しすぎる分、迷いを見せることもあるが、それでもいざとなれば決断を下すだろう。


 黒の翼の中では、アルが一番ジェイグに似ているだろうか。ただジェイグと違って少々人見知りするきらいがあるため、旅の中でそこまで他者と心を通わせる可能性は低いだろう。


 そういった面で、リオンはジェイグに一抹の不安を――というよりも、ほぼ確信に近い懸念を感じていた。


 しかし当の本人は、そんなリオンの内心など知らんとばかりに、今日もビーストの子供達を相手に声を張り上げていた。


「反応がおせぇ! 攻撃の後は隙もデケェんだ! いっぺん退くか追うか、悩んでる暇はねぇぞ! 考える前に動け!」

「はい! ししょー!」


 次! とジェイグが呼びかけると、ウサギビーストの女の子が木剣を手に駆けてくる。


「足を止めんな! レヴィの身軽さは武器になる! 弱点を補うのも大事だけど、まずは自分の長所を最大限に活かす戦い方を覚えろ!」

「わかりました! せんせい!」


 相手の実力に合わせて適度に攻防を繰り広げつつ、的確なアドバイスを与える。


「そこはもっとグッと踏み込んで、ズバッとやれ!」


 まぁたまにこんな擬音交じりの指摘が飛び出すのが実にジェイグらしいが。


 三日前、ビーストの子供達から指導を頼まれたジェイグは、空いた時間を利用して子供達に闘い方を教えていた。


 その訓練は結構好評であり、一部の子供達から自発的に「ししょー」や「せんせい」と呼ばれていることからも、その慕われぶりがわかる。


 まだ体も出来上がっていない子供相手ということで、基礎体力や筋力作りを適度に行いつつ、武器の基本的な扱いや型の指導、そして実戦的な訓練を施していた。


 なかなかにハードなトレーニング内容だとは思うが、子供達はよく付いて来ていると思う。ビーストとしてのポテンシャルに加え、森での野性的な生活で、体の動かし方についての基礎はかなりできていたというのがやはり大きいのだろう。


「二周したな。じゃあ次は、二人ずつだ」


 全員の相手を二回ずつ行うと、今度は複数人同時に相手をする。人数が多いので、効率を上げるという意味もあるが、様々な状況下での判断力を養うのが目的だ。あとは一緒に戦うことで、仲間同士の連帯感や連携の大切さを学んでほしいという意図もある。


「ディアン! 何度言ったらわかんだ! ちゃんと仲間を意識しやがれ! オメェの雑な動きのせいで、オルカスがやり辛そうにしてんのが分かんねぇのか!」 


 そんな中、子供二人を相手に訓練を施していたジェイグが叫んだ。これまでよりも強い怒気と声量に、模擬戦をしていた二人だけでなく、周りでそれを見ていた他の子供達までビクッと肩を震わせる。


 怒声の矛先は、一昨日の昼食時、ジェイグに真っ先に声をかけてきた猫顔の少年だ。教えている子供達の中でも、特に練習熱心で実力もあるのだが、強さに貪欲な分、闘いの場で少々冷静さを欠く傾向がある。今回の模擬戦も、仲間を無視して勝手な攻撃を繰り返していた


「で、でも、あいつよりオレの方が強いし……」

「オルカスは力があるし、防御も上手ぇ。ならオルカスが相手の攻撃をひきつけてる間に、オメェがその隙を突けるだろうが」


 小さな身体を更に小さくしながらも反論するディアンを、ジェイグが厳しい口調で叱責する。


「戦いにおける強さってぇのはな、剣や殴り合いの強さだけじゃねぇ。一番大事なのは、常に冷静に最善な判断をするってことだ。戦いでは一瞬のミスが命取りになんだ。心が熱くなっても、頭は常に冷静に。それを絶対に忘れんな」


 ジェイグに厳しく叱られ、ディアンは俯いてしまった。強くなる気概と根性はあっても、まだ十にも満たない子供でしかない。


 そういえば、自分も昔先生に同じように叱られたことがあったな……とジェイグは少し厳しくし言い過ぎたか、とボリボリと頭を掻く。


 そうして少し考えをまとめた後、少年の前に膝立ちになると、ジェイグはその小さな肩にポンと手を乗せた。


「顔を上げろ、ディアン」


 さらなる叱責を恐れたのか、ビクリと体を震わせ下を向いたままのディアン。だがジェイグの言葉に、恐る恐るその顔を上げた。


 不安に揺れる琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ、ジェイグは言葉を続ける。


「おめぇは確かに強ぇ。素質もある。それは俺も認めてるよ」


 自身を認めるジェイグの言葉に、少年の眼が丸くなる。


「でもな、どんなに強くても、やっぱ一人じゃ限界はあんだよ。どんなに頑張ったって、人は無敵にゃなれねぇ」

「……あんちゃんでも?」

「はっ、俺なんていつも仲間に助けられてばっかだよ」


 苦笑い混じりにそう答えるジェイグ。人によっては情けないとも感じるかもしれない発言だが、それを恥と感じる未熟さなど、とっくに卒業済みだ。


 もちろんそれに甘えるつもりはないが。


「いいか、ディアン。テメェ一人ではどうしようもないときはな、他の誰かに助けてもらえ。それは絶対に恥ずかしいことじゃねぇ。でも助けられてるだけ(・・)なのはダメだ。誰かに助けてもらったなら、助けてもらったのと同じくらい……いや、それ以上に誰かを助けてやれる……それをできる奴が、『強い奴』なんだよ」


 少し間を置いてから、「わかったか?」と訊ねる。


 ディアンは少しだけ目を伏せて考えたあと、ジェイグの眼をしっかりと見て頷いた。


 その答えにジェイグは表情を緩めると、ディアンの頭を軽く撫でる。


「オメェらもそうだ。俺の言ったこと、今はまだ理解できねぇだろうけど、もうちょい大きくなったらわかるだろうよ。まぁそれまで、できれば忘れずに覚えていてくれや」


 立ち上がり、全員の顔を見回す。ジェイグの話に感銘を受けている者、まだちょっと戸惑っている者など反応は様々だが、全員最後には元気よく返事をしてくれた。きっと素直に聞き入れてくれたのだと思う。


 彼らとの付き合いはまだ一ヶ月にも満たないうえ、訓練を始めたのは三日前だ。ずいぶん懐かれはしたが、さすがに全ての教えを漏らさず覚えていてもらえるほど影響力があるはずもない。一人でも忘れずにいてくれたなら、話した甲斐があったというものだろう。


(まぁガキの頃に先生に言われたことと同じなんだけどな)


 もっと自分の言葉で伝えられればいいとは思うが……リオンやミリル、ティアなんかと違って、口下手な自分が少し歯痒かった。


「さぁ、それじゃ訓練を続けるぞ。次はグリングランとメルヴィ――」


 そうして訓練の再開を告げようとしたジェイグだったが……森の中からカンカンと拍子木を鳴らす音が聞こえてきた。


その最初の音を皮切りに、次々と同じ音が森のあちこちから響き始める。


「来たか……」


 その音を聞いたジェイグが、空を見上げて小さく呟く。


 今の音はリオンがビースト達に指示した合図だ。


 島の外側の空に大きな光る物体が見えたら拍子木を打ち鳴らせ、と。


 大きな光る物体とは、もちろん魔空船の事だ。魔空船のデザインは、持ち主の趣味嗜好により様々なので形で表現できない。ただ外装は間違いなく金属であり、雲の上を飛ぶ以上、陽光を反射して光り輝く。監視は島の全方位、森の戦士達が交代で行っており、禁域側の方角も山のふもとから行っているので死角はない。


 ちなみにリオン達の船『大いなる母の愛(リリシアズアーク)』の外観は伝えてある。もし大いなる母の愛(リリシアズアーク)が見えたら、煙で合図を送るよう指示を出している。


 煙での合図は、ジェイグ達だけでなく魔空船に乗っているであろうミリル達へも向けられている。煙が一条なら交戦中、三条なら問題なしなどの情報を知らせられる。音なら気付かないことはまずないが、森の中からは立ち上る煙に気付きにくい。だが味方の到着ならそこまで急を要するものではないし、逆に煙で敵に余計な警戒をされることもない。


 空を見渡す限り、煙は見えない。空に彼方に姿を現した船は、バレアスのものという可能性が高いわけだ。


 なお、あのリオン達の船のデザインはミリルのオリジナルだ。さすがにバレアスが似たようなデザインをしている可能性は低いだろう。


「やっと敵さんのご到着ってわけだな。待ちくたびれたぜ」


 ジェイグが、拳を打ち鳴らしてニヤリと笑う。


「あんちゃん、どこか行くのか?」


 そんな声とともにジェイグの上着の裾がクイクイと引かれる。


 顔を下に向けると、ディアンが不安そうな顔でこちらを見上げていた。


 いや、ディアンだけではない。稽古を付けていた子供達が皆集まってきて、ジェイグをジッと見つめている。


「わりぃ、ちょっと野暮用でな。オメェらを送り届けた後、俺らはちょっくら出かけてくる。わりぃが今日の稽古はここまでだ。家に戻ったら、ちゃんとかーちゃんの言うこと聞いて大人しくしてんだぞ」


 リオンは他のビースト達とともに、すでに前線に向かっているだろう。すぐに追いかけたいところだが、子供達をこのまま放っておくわけにもいかない。間違っても子供達がジェイグ達を追って戦場に来ないよう、親元へしっかりと送り届ける必要がある。


 子供達を安心させるために、ジェイグもニィッと笑顔を浮かべてみたりするが、子供達の表情は晴れないままだ。リオンと違って笑うのは得意なのだが。


「あんちゃん……オレも一緒に行っちゃダメかな?」


 ジェイグの顔を真っ直ぐに見上げて、ディアンが同行を願う。よく見ると、他の子供達からも同様の視線を感じる。


「わりぃが、オメェらを連れて行くわけにはいかない。なるべく早く戻るから、家で大人しく待っててくれ」

「……でも、あんちゃんは、これから敵と戦いに行くんだろ?」


 ディアンの言葉に、ジェイグも思わず目を丸くする。


「知ってたのか」

「あんちゃんたちがいないあいだ、大人たちが話してるのきいたんだ」


 なるべく子供の近くでバレアスの話はしないように言っておいたのだが、さすがに情報漏洩を完全に防ぐのは難しかったようだ。


 まぁあくまで「なるべくは」程度の話だ。知られていることがわかった以上、対処のしようはいくらでもある。


「なら、言わなくてもわかんだろ? オメェらを連れて行くわけにはいかない」

「あんちゃんに特訓してもらったんだ! オレも戦えるよ!」


 ディアンの訴えに賛同するように、周りの子供達の何人かが頷く。


 意気込みは買うが、それはあまりに浅はかな考えだ。これから相手をするのは魔力を持った人間。魔力のないビーストの、しかも未熟な子供など戦力どころか邪魔でしかない。


 だがそれを伝えるのは愚策だろう。おそらく逆にムキになって反発してくる可能性が高い。あまり説得に時間をかけてもいられない。


 それにジェイグは、この子達の意思や真っ直ぐな心意気を否定したくなかった。


「だからこそ、オメェらを連れて行くわけにゃいかねぇんだよ」


 そう言って、ジェイグはディアンの肩に手を置いた。子供ながらに芯の通った真っ直ぐな目を見つめ返す。


「今回の戦いは、間違いなく敵の方が数が多い。それでも負けねぇけど、討ち漏らした敵が集落まで辿り着いちまうかもしれねぇ。そうなったときのために、オメェらには集落に残って皆を逃がしてもらいてぇ」


 もちろんそうならないように準備はしているし、集落に残る大人達にも話は通してある。だが集落には、ここにいる子供達よりも小さな子も大勢いる。この子達が避難を率先して手伝えば、それだけ大人達も動きやすくなるだろう。


「ディアン、オメェには確か妹がいたよな?」


 ディアンがハッとした顔をした。


「俺達は集落を守るために戦う。オメェも妹を守るために全力を尽くせ」


 ディアンの肩を掴む手に力を込めて、ジェイグが自身の誓いと想いを伝える。


「でも、父ちゃんは戦いに行くんだろ?」

「父ちゃん達のことも俺達に任せろ。全員生きて連れ帰ってやっからよ」


 力強く微笑むジェイグの言葉に、ディアンは少しの逡巡の後、「わかった」と頷いた。


 ジェイグはそんなディアンの胸に拳を当て、「頼んだぞ」と笑った。そうしてすぐに立ち上がると、自分の周りに集まった教え子達に、仲間を守ってくれと頼む。


 このくらいの年の子に言うことを聞かせるには『指示』や『命令』よりも、『信頼』が最も効果がある。実は、今の話の内容は子供達が付いてくると言い出した時用に言われていたリオンのアドバイス通りなのだが、口があまり上手くない自分でも何とか子供達を納得させられたと、内心で胸を撫でおろす。


 まぁ言葉で言い包めたようであまり気持ちの良いものではないが、子供達の未来を守るためには割り切るしかない。その償いの意味も込めて、これから始まる戦いは彼らを守るためにも全力でいく。子供達に気付かれないよう、ジェイグが拳を握り決意を固める。


 そうして子供達を村へと送って行こうと歩き出したところで――


『……あまり深入りはするなよ』


 ――不意に、三日前に言われたリオンの言葉が脳裏を過った。


 思わず立ち止まり、前を歩く子供達の背中を見つめる。


『最優先事項はいつだって俺達黒の翼六人の命と安全だ。もしも戦況が追い込まれ、どうしようもなくなった時は……』


 あの時、受け入れた言葉が、今になって胸の奥を重く締め付ける。


(こいつらを見殺しに、か……)


 前を歩く子供達の小さな背中を見つめる。右手には、先程ディアンの胸に押し当てた拳の温かさが、手を通して伝わる胸の鼓動が、何度も頭を撫でた子供達の柔らかな毛の感触がまだ残っているような気がして、ジェイグは自身の右手へ視線を移して握ったり開いたりを繰り返す。


(……くそっ、何を弱気になってやがる。始まる前から負けること考えてどうする)


 頭に浮かぶ考えを振り落とすようにジェイグは頭を振り、気合を入れるために両の手で頬を二度叩いた。


「ししょー?」「あんちゃん?」

「わりぃ、何でもねぇ」


 突然響いた乾いた音で驚き振り返る子供達に、ジェイグは笑みを返す。


 幸いなことに、その笑みに浮かぶぎこちなさに、子供達が気付くことはなかった。

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