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異種族間交流

「ココと、ココと、ココ、仕掛け、終わった」

「ご苦労さん。これで何とか間に合ったな」


 森長の家の客間。


 ダルルガルムの報告を聞いたリオンが、木製のテーブルの上に広げられた地図上につけた×印を丸で囲っていく。これで全ての目標箇所への仕掛けが完了したことになる。


 地図を作成してからさらに五日が経過していた。バレアスが設置したマーキング用の魔術のリミットまで約一週間。いつ戻ってきてもおかしくはないが、幸いにも奴らの船が空に現れることはなかった。


 一方、ミリル達が呼びに行ったギルドの調査隊も、未だに到着していない。こちらは想定通りだ。冒険者を集めるだけでなく、魔空船や物資の手配などもある。あと数日くらいはかかるだろう。


 できることなら、バレアスが戻ってくるのはリミットギリギリの方がありがたい。リオン達四人とビースト達だけでは、バレアスの軍勢相手をするのは難しい。リオン達が逃げ回るだけなら簡単だが、ビースト達を守りきるには、やはりギルドが応援に来てくれるのが確実だ。


「これで準備は完了。あとは奴らが来るのを待つだけだ。見張りの連中を除いて、あとはゆっくり休んでいてくれ」


 感じている懸念を内に隠したまま、リオンがダルルガルムに休息を促す。彼ら森の戦士達にはここ数日、罠や金属武器、魔力が無くても扱える魔導具――他者が半起動状態にしておけば使えるもの等――の扱いを覚えてもらった後、罠の設置に走り回ってもらった。訓練は続けてもらうが、身体を休めることも必要だ。


「奴ら、本当に、戻ってくるか?」

「まぁ戻ってこないならそれに越したことはないんだがな。戻ってくる可能性は高い。いつでも動けるよう、準備だけは怠らないようにしてくれ」


 ダルルガルムは真剣な顔で頷くと、仲間を連れて森長の家を出て行った。


「ふぅ……何とか間に合ったな……」


 リオンが小さく息を吐いて隣を見る。


 そこではリオンと同じくダルルガルムの報告を聞いていた森長が、地図を覗き込んでしきりに頷いていた。


「いやはやまさか、短期間でこれだけの情報をまとめ、ここまでの作戦を考えるとはな」


 感心した様子を見せる森長だが、それも仕方ないだろう。


 そもそもビースト達にはこれまで、敵というものが存在しなかった。武器や罠を使うのは日頃の狩りだけ。森と山しかないこの島では、地図を描くこともない。地上では当たり前の戦術も、ここでは未知の技術だ。


(まぁ罠と言っても、ビースト達が設置した原始的なトラップばかりだが)


 魔導具技術が発達している地上では、罠も魔術を用いた物がほとんどだ。


 足元に突如出現する落とし穴や、踏むと電撃が飛び出す地雷、一帯を闇で覆う、毒の霧を運ぶ風、幻影を作り出して敵をかく乱する等、様々な魔導具が存在する。


 対してビーストの罠は、単純な落とし穴、捕獲網、糸を切ると飛んでくる槍や矢など。とてもではないが、バレアスの兵士を倒せるような代物ではない。


 まぁそれらの罠はあくまで時間稼ぎ。作戦の要は他にあるので、それほど期待してはいないのだが。


「それに、あのキラキラした石だ。キンゾク、と言ったか。あれを使った武器も凄い。戦士達が皆喜んでいたよ」


 森長が新しいおもちゃを与えられた子どものような笑みを浮かべた。


 ビースト達の戦力補強のため、前線で闘う戦士達には金属製の武器を渡してある。


 魔力を持たない彼らだが、野生に生きてきたためか気配を消す技術は優れたものだ。魔力を持たないゆえに、魔力を察知される心配もない。


 それため彼らに渡した武器は、矢尻を鉄製にした矢と、暗殺者が好んで使うような軽い短剣ばかりだ。直接的な戦闘は避けて、罠と死角からの奇襲を用いて戦ってもらうつもりだ。念のため弓の扱いはティアが、短剣を用いた奇襲戦闘はファリンがそれぞれビースト達に教えてくれている。


 一応、ビースト達にも畑作文化はあるようなので、ジェイグが金属製の農工具一式をプレゼントしたのだが、こちらも非常に好評だった。


「気に入ってくれたなら何よりだ。バレアスとの一件が片付いたら、金属加工の技術も教えてやれると思う」

「それはありがたい。期待しているとしよう」


 これまでに探索が進められた浮遊島でも、文化・技術レベルが地上より低い島はあった。そういった島へ技術を伝えるのもギルドの役割の一つだ。


 もっとも各国の領土の空を通り過ぎるという浮遊島の特性上、魔空船技術や兵器開発に繋がりそうな技術は教えられないので、ギルド側もその辺りは慎重を期しているが。


「とにかく、あとは奴らの到着までやれることは訓練くらいだ。まぁあまりやり過ぎて疲れを残しても、本番に支障をきたすからほどほどにな」

「わかった。そうしよう」


 リオンからの指示に、森長が笑みを浮かべて頷く。


 あの闘儀以降、一度拳を交えた森長とリオンは比較的気安い関係を築けている。森長曰く、「闘えば相手の心根はわかる」だそうだ。他のビースト達に微妙に畏怖されているリオンとしては、実にありがたい話である。


 そんな話をしていると、ティアの呼ぶ声が聞こえた。どうやら昼食の準備ができたらしい。


 ビースト達の集落に居る時は、ビースト達との交流も兼ねて外で食べるようにしている。ビースト達は体の構造が人間に近いからか、ベースとなる動物が草食・肉食かに関わらず、食事は何でも食べるらしい。


 外に出ると、見覚えのある大型の鳥が丸焼きにされていた。普段の食事では、切って炒めたり煮たりとするらしいが、大人数で食べる場合は丸焼きにするのが楽なのだとか。


 安全が確認されるまで、この島独自の動植物はまだ口にできないが、あの鳥は地上でも普通に食されている渡り鳥だ。どうやら旅の途中で羽を休めるために浮遊島にやってくるらしい。


 その他にも、ティア達が作りかたを教えたスープや、肉の蒸し焼き料理なども食卓に並ぶ。料理は全てこの島と地上、両方で存在を確認された食材で作っているらしい。独特の動植物が多いこの島だが、全てが未知の存在というわけではないということだ。


 ちなみに大鍋などの調理器具は、ジェイグに作ってもらった。包丁はともかく、鍋などの器具は専門ではないため、ちょっと苦労していたみたいだが。


「リオン、こっちよ」


 ビーストの奥様方と一緒に料理をしていたティアが、笑顔で手を振ってくる。


「お疲れ、ティア。ジェイグとファリンはまだ来てないのか?」

「ファリンは森で戦士の皆と訓練をしてるわ。ジェイグはさっき戻ってきたんだけど……」


 ティアが苦笑いを浮かべて後方へ視線を向ける。


 リオンがその視線を辿ると、そこには――


「だぁ~り~ん! 捕まえた!」

「は、離せこらっ! 俺はダーリンじゃねぇ!」


 体長二メートルを超えるゴリラに襲わ――求愛される相棒の姿があった。


 彼女の名前はマリアンヌ。森長の娘で、屈強な森の戦士の一人だ。リオン達には見た目でゴリラの性別を見抜くことはできないが、れっきとした乙女である。たとえ腕が丸太のように太くても! 胸板が巨大な岩のようでも! 声がおっさんのように野太くても! 全身を黒い剛毛に覆われていても! マリアンヌは恋する乙女なのである!


「これ、あたいが狩ったウサギの丸焼きよ。ダーリンのために愛を込めて仕留めたの~。はい、召し上がれ♪」

「だから無理だっつうの! こんなもん食えるか!」


 クネクネとその巨体でしなを作るマリアンヌが差し出したのは、頭からお尻まで木の枝で串刺しにされ、こんがりと焼かれたウサギのような生物。奇怪な動物の多いこの島らしく、体は風船のように丸く、ウサギなのにサメのような牙を生やしているが、垂れ下がった長い耳はウサギで間違いないはずだ。


 ただし、頭は鈍器で殴られたようにひしゃげており、実にグロテスクだ。毛皮もそのままだし、内臓などを取り除いた様子もない。本当に仕留めたときの状態のまま、丸焼きにされたらしい。


 さすがに、普通の人間であるジェイグが、あれを丸齧りするのは色々と抵抗があるだろう。ゲテモノは平気だが、あれは絶対遠慮したい。


 よく見るとマリアンヌの黒毛が、右手の甲の部分だけ何かが付着したように赤黒く変色している。


 ……どうやらあのウサギを仕留めたのは、マリアンヌの()らしい。


「り、リオン、た、助けてくれっ!」


 リオンがこの場に現れたことに気付いたジェイグが、半泣きの状態で助けを求めてくる。首根っこをゴリラの剛腕でホールドされながらも必死でその手を伸ばす姿は、まさに猛獣に襲われる哀れな獲物。


 そんな悲痛な姿を晒す相棒の元へ近づいたリオンは、ジェイグにその手を差し出し――


「……幸せになれよ、ジェイグ」


 ――笑顔でサムズアップした。


 ジェイグは絶望した!


「この、はくじょうものおおおおおおおおおおお!」


 マリアンヌの怪力によって引きずられていくジェイグの叫びが、浮遊島の森に木霊した。


「ついに、あのジェイグにも春が来たか……嬉しいような、寂しいような……」

「言葉と表情が合ってないわよ、リオン」


 Sっ気と悪戯心に満ち溢れた満面の笑みを浮かべるリオンに、ティアが腰に手を当てて小さくため息を吐いたのだった。






 あの闘儀の日以降、黒の翼とビースト達『森の民』は良好な関係を築けている。


 野生に生きる彼らにとっては、やはり強さというのが互いを認める価値基準になっているようだ。森長とダルルガルムという、ビースト族最強の双角を相手に勝利したことで、他のビースト達からも温かく受け入れてもらえた。


 特に、ダルルガルムと熱い闘いを繰り広げたジェイグは、ビースト達から熱烈な歓迎を受けた。戦士達からは戦友か親友のように扱われ、女性達からもてはやされ、子供達からは英雄視される。完全にVIP待遇だ。当面の目標であった『ビースト達と共闘できるだけの関係作り』は達せられたと考えていいだろう。


 もっともあれだけ交渉に頭を悩ませ、身体強化無しでビースト最強の戦士である森長に圧勝した自分より、気ままに暴れただけのジェイグの方が扱いが上なことに、リオンが少し拗ねたのは仲間だけが知る秘密だ。


 まぁリオンが不人気だったのは、闘儀後のジェイグへの自身の行いによるものなので、完全に自業自得といえばそれまでなのだが……


 なおその翌日、ジェイグがマリアンヌから襲撃――求愛を受けたことで、リオンは溜飲を下げることになった。


 ちなみに闘儀には参加していないティアとファリンについては、ティアが弓による狩りで超絶技巧を披露したり、奥様方と一緒に料理をしたことで打ち解けたらしい。


 余談だが、黒の翼の中で料理の腕前はティアとファリンがトップだ。次いでジェイグ、アル、リオンと続く。


 ティアとファリンの料理の腕は、どちらもかなりレベルが高い。さすがにプロの料理人とまではいかないが、家庭料理としてはかなりのものだろう。どちらの作る料理も美味しいが、リオンとしてはやはり込められた愛情の分、ティアの料理の方が美味しく感じる。もちろん、ティアの方がリオンの味の好みを詳しく把握しているというのも理由だろうが。


 ジェイグは鍛冶をやっているだけあって手先は器用なうえ、大雑把そうな外見とは裏腹に、なかなかに繊細な味付けの料理を作る。それに対してアルの方は、味付けがいつも適当なため、同じ料理でも日によって味の濃さが変わったりする。


 リオンは基本的に、野営の時などに作る簡単なものしか作れない。料理の機会自体も、ティアと別行動の時に限る。ティアがいると、リオンの食事は必ずティアが作ることになる。別に甘えてるわけではなく、ティアが譲ろうとしないのだ。リオンとしても、ティアが作った方が美味しいのは間違いがないし、何よりティア自身に「リオンに美味しいって言ってもらえるのが嬉しいから」と少し照れた表情で言われてしまえば、それ以上何も言えるはずがなかった。


 なお、ミリルには絶対に料理をさせないのが、黒の翼の暗黙かつ絶対のルールとなっていた。味もさることながら、料理の過程で魔導具の実験を始めるからだ。どこぞの全員集合コントのように、爆発オチになるのが目に見えていた。


 リオン達に用意されたテーブルに着くと、ティアが四人分の料理の配膳を始める。


「ヒドイ目にあったぜ……」


 マリアンヌの求愛から辛くも逃げ出して戻ってきたジェイグが、生気の抜けきった声を漏らした。さっき見た時よりも、心なしか頬がやつれたようにも見える。


「その辛気臭い顔をどうにかしろ。せっかくのティアの飯が不味くなる」

「オメェのせいだろうが!」


 ウガーと吠えるジェイグに、リオンはすっとぼけた顔で首を竦める。


 それが気に食わないのか、さらに鼻息を荒げてジェイグがリオンを睨む。


「まさかあんな薄情だとは思わなかったぜ!」

「何が薄情だ。むしろ人の恋路を邪魔する方が、よっぽど情が薄いと思うが?」

「誰が恋なんか――」

「お前のじゃない。マリアンヌのだ」


 表情を少し真面目な色に変えて、リオンがジェイグの言葉を遮った。


 弟分のわずかな雰囲気の変化を敏感に感じ取ったジェイグは、渋い顔をして言葉を詰まらせる。


 そんな兄貴分の反応から内心を正確に見透かしたリオンは、表情を緩めて言葉を続ける。


「お前がマリアンヌだけでなく、ビースト達全員を俺達と同じ“人”として、そして友人として接していることはわかってる。口では文句を言いながらも、向けられる純粋な好意を嬉しく思っていることもな」


 ジェイグが相手のことを本当に迷惑で嫌悪しているなら、力ずくで逃げ出すのは簡単だ。純粋な腕力では適わなくとも、その程度は技術と経験で容易くこなすだろう。わざわざ魔法を使うまでもない。


 だがそうしないのは、純粋に好意を向けてくる相手を無下にできないからだろう。向けられる想いのベクトルは違えど、少なからず相手を大事に思っているからこそ、傷つけるのが怖いのだ。


「それもお前の優しさだとは思う。だが同時にそれは弱さでもある。彼女に気持ちが向いていないなら、容赦なくフッてやるのも一つの優しさだと思うぞ。少なくとも自分でそれができないからと言って、俺を頼るのは男らしくないな」


 結局ジェイグは、自分の中にある答えから逃げているだけだ。ずっとここに留まることはない以上、いずれ別れの時は来る。それまでのらりくらりと彼女の求愛を避け続けることはできるが、それでは彼女の気持ちも報われないだろう。


 いっそ、彼女を同じ“人”として対等に見ていなければ、ここまで悩むこともなかったのだろうが、それができないのがジェイグという男なのだ。


「まぁまだ時間はある。ゆっくり悩むといいさ」


 少しおどけた調子で話を締めるリオン。不器用な相棒を容赦なく突き放した形になるが、こればっかりはリオンが出しゃばるわけにもいかない。“人”の恋路に口を出して、馬に蹴られるのはご免だった。


「……ったく、ホント優しくねぇ弟だぜ」

「何を今更。これでもミリルよりは優しくしてる」

「そりゃ比べる相手が悪いぜ」


 リオンの本心はわかっているのだろう。ジェイグは少し拗ねたように笑いながらも、それ以上文句を言うこともなく、難しい顔をして後頭部をボリボリと掻くだけだった。


「? 何かあったのかニャ?」


 そこへちょうど訓練から戻ってきたファリンが、リオンとジェイグの顔を見て首を傾げる。


「いや、何でもない。さぁ飯にしよう」

「ニャ~、おなかペコペコニャ~」


 不思議な顔をしていたファリンだったが、リオンがそう言って食事に向き合えばそれ以上は詮索しなかった。というよりも食欲が勝っただけかもしれない。ティアが配膳した昼食に猫まっしぐら。一分ほどで平らげて、すぐさまお代わりを要求した。


 そんな元気いっぱいな光景を微笑ましく見つめつつ――リオンも食事を楽しむことにする。配膳を終えたティアもその隣に座った。


 絶賛お悩み中だったジェイグも一先ずは思考を中断して、一緒に食卓を囲む。


「訓練の方はどうだ?」


 少ししてから、ファリンが二回目のおかわり待ちのタイミングを見計らって、ビースト達への特訓の成果を訊ねてみた。


「みんな上達は早いかニャ。ただ魔力持ちの人間を相手にできそうニャレベルは数人だけニャ。ティアの方の弓の訓練が順調ニャら、そっちを多めにした方が良いと思うニャ」

「こっちは順調よ。最初は金属の重さに違和感があったみたいだったけど、今はかなりの精度になってるわ。元々弓の扱いに慣れてたからでしょうね」

「なら問題ない。元々、ファリンの方は攻撃のためじゃなく、撤退の際のリスクを下げるためのものだ。しっかりモノになっているならそれでいい」


 撤退の際の殿は、なるべくリオン達が担当するつもりだが、いかんせん人手が足りない。ビースト達自身で牽制が可能であれば、撤退の生存率は上がるだろう。


「それに今回の作戦の成功は、ギルドから救援が来るまでバレアスを食い止めることだ。リスクは少しでも抑えられる方がいい」


 調査隊の組織、物資の調達などを考えると、早くても二十日以上はかかるだろう。応援が来るまでは、残り数日くらいだろう。


 こちらの戦力はリオン達四人と、魔力の無いビーストの戦士たちのみ。なるべくリオン達が前線を担当するが、ビースト達の強化は必須だ。


「罠の設置は終わった以上、俺もビースト達の訓練を手伝おう」


 ビースト達の中には、未だにリオンを恐れる者もいるが、そこはまぁ我慢してもらおう。


 話がひと段落ついたところで、ファリンがおかわりをかっ込み始めた。すでに一人で三回目のおかわりだが、食事の量については問題ないようだ。この集落では畑作も畜産も行われており、また今食べている鳥のように、外からやってくる渡り鳥も多いようなので、食料には余裕があるらしい。


 なので、リオンも遠慮なくおかわりを貰い、食事を再開しようと――


「あん?」


 ――したところで、ジェイグが妙な声を上げた。フォークを口にくわえたまま後ろを振り返り、そのまま視線を下に向けた。


「お、どうしたオメェら。俺に何か用か?」


 相手を確認した途端、その表情を破顔させ陽気な声を上げるジェイグ。


 それに返ってきたのは、敬意と親しみのこもった複数の視線。小さくつぶらな瞳が、ジェイグの顔を見上げていた。


 彼らはビーストの子供達だ。おそらくまだ十歳前後だろう。テーブル越しに座るリオンからは、ジェイグとファリンがいて姿はほとんど見えないが。


「ジェイグのあんちゃん、いつになったら俺達に稽古つけてくれるんだ?」


 ジェイグの真後ろにいた猫顔の少年が、不満の滲んだ声を上げた。


 他の子供達も同様の言葉を放ち、猫顔の少年に追随する。


 どうやら以前から、ジェイグに稽古をつけてくれとお願いに来ていたらしい。


「あ~、わりぃ。ここんところずっと忙しくてなぁ。なかなか時間が取れなくてよ」

「あんちゃん、ずっとそう言ってばっかじゃん。そっちの姉ちゃん達は大人達に稽古つけてくれてんのによ」


 そう言ってファリンとティアを指さす少年。確かにティアは弓の、ファリンは金属武器の使い方を大人達に教えている。だがそれはジェイグがそれらの武器を全て準備してくれたからだ。ジェイグが子供達の面倒を見ている時間はなかっただろう。


 だがそんな事情を知らない子供達はジェイグにむくれた顔を向ける。


「だから悪かったって。でもよ、前にも言ったけど、稽古をつけてもらうんなら、俺よりこっちのリオンの方が絶対良いぜ」


 そう言って親指でリオンを指すジェイグ。肩越しに見えるその顔を見る限り、厄介ごとを押し付けようというのではなく、純粋にリオンに教わることを勧めているのだろう。


 確かにジェイグは理論的に喋るのはあまり得意な方ではない。戦い方もどちらかといえば理屈ではなく感覚で戦うタイプだ。同じ感覚派とは物凄く相性が良いが、そういった意味では、確かにリオンの方が人に教えるのは向いていると言えるかもしれない


 ただ、子供の扱いという意味だと話は変わる。


「え~、あんなひょろっとした奴より、あんちゃんの方が良いよ」

「そうだよ、それにあの人ちょっと怖いし」

「真っ黒だし」


 本人を目の前にして平然とリオンをこき下ろす子供達。一切悪気がないのが、余計にたちが悪い。それを聞いてた当の本人も、ジェイグ達も苦笑いである。普段はリオンへの悪口を許さないティアも、さすがに子供相手にはジェイグ達と同様の反応しかしない。


 まぁ子供受けが悪い自覚はあったので、特に腹は立たない。


 多少傷つきはするが……


「……言っとくが、俺よりリオンの方が強いんだぞ」


 さすがに気を遣ったのか、リオンをフォローしようとするジェイグ。だが、子供達は全く納得できないようで、声を揃えて「ええ~」と不信を露にする。


「いや、オメェらもリオンが森長を倒したの見てただろ」

『あんちゃんの方しか見てなかった』


 ここでも声を揃える子供達。


 思わず乾いた笑みを浮かべて空を見上げてしまうリオン。その肩にティアがそっと手を置いた。無性に空を飛びたい気分だった。


「まぁ、その、なんだ……俺の方もそろそろ手が空いてきたところだ。昼飯のあとで少し見てやれると思うけど……」


 フォローをあきらめたジェイグが、伺うようにリオンに視線を向ける。この後で子供達に稽古を付けに行っても大丈夫か確認しているのだろう


 空から顔を下したリオンは、軽く肩を竦めて返す。一通りの武器の作成は終わっている。大人達の訓練をしているファリンの応援に行ってもらおうかと思っていたが、別に必須事項ではない。それにジェイグが子供達の師匠として信頼されれば、有事の際にも言うことを聞いてくれるだろう。


 リオンからのOKを貰ったジェイグは、再度子供達に向き直ると、目の前の猫顔少年の頭にポンと手を置いて笑った。


「じゃあこのあとで稽古つけてやる。けどまずはしっかり飯を食ってこい。しっかり片付けも終わったら、広場に集合だ」


 ポンと最後に少年の頭を軽く叩いて話を切り上げる。


 猫顔の少年はジェイグの手が触れていた場所に少しの間だけ手を当てて頷いたあと、他の少年達と一緒に元気よく駆け出して行った。


「わりぃな、この忙しい時に」

「別に構わないさ。準備はある程度目途が立ってるからな」


 申し訳なさそうなジェイグに、リオンは軽く肩を竦めて見せる。今後のことを考えれば、子供達と触れ合うことは決してマイナスにはならないだろう。


 それにここ数日はジェイグには色々と頑張ってもらっていた。子供を相手にするのは、良い気晴らしにもなるだろう。


 そういったリオンの気遣いに気付いたのか、ジェイグが屈託のない笑みを浮かべる。


「……だが、あまり深入りしすぎるなよ」


 しかし、続いたリオンの言葉で、その表情が凍り付くことになった。


「俺達の目的は、ビースト達とこの島を守る事。それは間違いない。だが、最優先事項はいつだって俺達黒の翼六人の命と安全だ。もしも戦況が追い込まれ、どうしようもなくなった時は……」

「あいつらを見捨てろってことか……」


 リオンが良い含んだ部分を口にしたジェイグに、リオンが表情を消して頷く。


 それは黒の翼において絶対唯一の掟だった。


 かつて、他の何を犠牲にしても、家族六人の生存と復讐を誓った黒の翼。復讐の誓いは数か月前に果たされたが、もう一つの誓いは今も変わらずに継続中だ。


 別に、自分達以外の全てを見捨てるつもりはない。都合が良過ぎるかもしれないが、それでもそこまで堕ちる気にはなれない。


 それでも一度その手を無辜の血に汚した以上、その決意を今更反故にするつもりはなかった。


 もっとも今のジェイグの表情や、ミュンストルを守るために死にかけたティア達を思えば、その誓いを躊躇いなく遂行できるのはリオンとミリルくらいかもしれないが。


「……まぁ始める前から考えすぎるのもよくないがな。まずはそうならないよう最善を尽くそう」

「……ああ」


 空気を切り替えるように肩を竦めて表情を緩めるリオン。


 だが結局、食事の間、それに頷いたジェイグの表情が晴れることはなかった。

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