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その頃、地上では

 『海洋都市ミラセスカ』。


 ペルニカ大陸西方の商業国家『セルスバイア』のさらに西端に位置する、人口一万人ほどの都市だ。


 かつては国一番の港町として漁業と海運業で栄えていた。しかし魔空船による空路の開発により、海路の需要が減ったことで海運業の方が衰退。仕事を追われた海の男達が溢れかえる事態になりかけたが、この都市を治める市長がとある事業に乗り出したことで、これまでとは別の発展を遂げた稀有な例だ。


 そのため、今では都市の呼び名も少し変わっている。


 『観光都市ミラセスカ』。


 安全かつ快適で陸海に比べて時間もかからない空路の発展により、人の移動が活発になり、国外国内問わず旅行を楽しむ者が増えた。魔空船の運賃は割高とはいえ、一般人にも決して手が届かないと言うほど高額ではない。富裕層以外でも、お金を貯めて数年に一度の旅行を楽しむ者も多い。つい先日まで滞在していたガルドラッドなども、豊富な鉱山資源やそれを使った武具や装飾品を求めた観光客で更なる発展を遂げている。


 そんな中ミラセスカは、大商会の名誉会長でもある市長の元、どこよりも早く都市の観光地化に着手した。ホテルや旅館、料理屋や観光客向けの大型商業施設などを次々とオープンさせ、仕事を追われた者達を様々な形で雇い入れた。さらには近隣の小島を別荘地として開拓したり、施設もグレード別にいくつも設けたりすることで、一般から富裕層まで多くの者が利用できるように趣向を凝らした。


 元々、ミラセスカは温暖な気候、キレイな海と砂浜、海を一望できる自然豊かな丘、豊富な海産物とそれを使った数々の郷土料理など、観光地としての目玉が豊富だったこともあり、その試みは大成功を収める。今では一般市民だけでなく、各国の王族貴族や富裕商人なども訪れる世界一のリゾートとして名を馳せることになった。


 当然そんな大都市であれば、冒険者ギルドへの依頼も多い。ギルドの建物自体も五階建てと他の都市に比べてもかなり大きなものになっている。


 そんな大ギルドの最上階。ギルドマスターの執務室のソファーには、黒の翼の魔導技師ミリルと、切り込み隊長アルことアルノートの姿が。今回、リオンの指示によりギルドに浮遊島の件を報告するにあたり、浮遊島の今後の進路やギルド規模などを考慮したうえで、このミラセスカのギルドを選んだのだ。


 現在は、その報告を一通り終えたところだ。


「獣に近い新たな種族と宗教国家、聖バレアス教国、ですか……確かに面倒な組み合わせですね」


 二人の対面に座り報告を聞き終えたギルドの長オラルドは、微笑みとともにそう言って既に温くなっていた花茶を一口飲んだ。穏やかな口調や雰囲気とは裏腹に、眼鏡の奥の眼光は鋭い。おそらく彼の頭の中では、今後のギルドとしての対応や問題点など、様々な事柄が目まぐるしく処理されているのだろう。


(のんびりした顔してるけど、これは相当な切れ者って感じね……まぁこんな大ギルドのトップなんだし、当然っちゃ当然か……)


 思えば、あのガルドラッドのエロダークエルフもそんな感じだったし……と、無表情の裏でそんな失礼なことを考えながら、ミリルは静かにオラルドの考えがまとまるのを待った。


「面倒ではありますが、ギルドとしては当然放置するわけにもいかない問題です。至急ギルドから調査団を派遣しましょう」


 オラルドが傍に控えていた秘書らしき女性に視線を向けると、女性は「すぐに手配します」とだけ告げて部屋を後にした。さすがは大ギルド。秘書も優秀そうだ。


「準備ができ次第すぐに出発します。が、事態が事態だけに、ギルド職員だけでなく冒険者も集めることになります。必要な人数が集まるまで、数日はかかるとは思いますが」

「それは承知の上よ。バレアスが動くまで、おそらくまだ猶予はある。もし先に向こうが動いても、島に残った仲間が時間を稼いでくれるわ」

「噂に名高い『獅子帝』『流星の女神(ミーティア)』『黒影こくえい』の三人がいるのであれば、実に心強いですね。それに『爆裂姫ばくれつき』と『若獅子』のお二人も、我々と同行していただけるのでしょう?」

「……その名前で呼ぶのは止めて」


 渋い顔で、ミリルが苦言を呈する。仰々しい称号を付けられたこと自体は既に諦めているが、あまり堂々とその名を呼ばれたくはない。


 逆に若獅子と呼ばれた今回の相方は、実に誇らしげだが。


 ちなみに浮遊島にはもう一人の仲間、ジェイグもいるのだが……一人だけ称号もなく、図体の割にあまり目立たないので、オラルドにはスルーされている。ミリル達もわざわざそれを指摘する気もない。


 ……遠い浮遊島の地で、ジェイグの嘆きの声が聞こえた気がした。きっとまたリオンに足蹴にでもされているのだろう。


「我々としてはギルドの宣伝のためにも、せっかくの称号は大々的に広めて欲しいんですがね」

「いくらギルドのためでも、客寄せの道化になるつもりはないわ」


 それは残念です、とオラルドは再び花茶のカップを口に運んだ。


「ちょっとよろしいかしら?」


 話が一区切りついたところで、三人以外の人物の声が聞こえた。凛とした響きの女性の声だ。


 その声の主は、この部屋で話を聞いていたもう一人の人物だ。さっきまで窓の外を見ていたのだが、今は振り返り、こちらに体を向けている。


 年のころは多分二十前くらい。赤みを帯びたブラウンのロングヘアに、夕陽色の瞳。真紅の絹のドレスに、白に近い薄桃色のショール。身に着けたアクセサリーの数々は、一目でその価値がわかるほどに洗練されている。しかし、それらが決して華美に映らないのは、それらを身に着けた彼女の類まれな美貌ゆえだろう。


 彼女の名はレフィーニア・シスト。シスト商会の副会長だ。この観光都市ミラセスカを治める市長の娘であり、都市の治政で忙しい元会長の父に代わり、現会長の兄と共に若くして大商会を取り仕切る才媛である。


 今回はたまたまミリル達の前に、ギルドマスターであるオラルドと面会をしていたらしい。用事は終わったはずなのだが、本人の強い意向でこの場にそのまま同席することになった。高ランク冒険者パーティー『黒の翼』の名前が、鋭敏な商人の嗅覚を引き寄せたのかもしれない。


「何でしょうか、レフィーニア嬢」

「その浮遊島調査派遣の話、我がシスト商会もぜひ協力させて頂くわ」

「……それは、調査隊の中にあなたの商会の人間も加わるということでしょうか?」

「ええ、そうね。冒険者への報酬も、商会が半分負担いたしますわ」


 人形のように整った美貌に強気な笑みを浮かべて、大商家の娘がそう提案をした。


 オラルドはその突然の申し出に、しかし特に驚きもせずに聞き入れていく。おそらく彼女が同席を願い出たときから、こうなることは予想していたのだろう。


 まぁそう予想していたのはオラルドだけではないが。


「狙いはやはり浮遊島の資源の売却権利ですか?」

「もちろんそれも理由の一つ。でも一番の理由はそこではありませんわ」


 そう言ってレフィーニアは、黙って話を聞いていたミリルとアルに熱い視線を向けた。


「浮遊島は商人にとって宝島も同然。ですが探索隊を組織するのはリスクも高い。その点、今回の話はまさに渡りに船。なにせ新進気鋭の冒険者パーティー、『黒の翼』が主導しているんですもの。話に乗らない手はありませんわ」


 話題の中心が自分達に向けられる中、ミリルが代表して話をする。


「こちらとしては、派遣が遅れたり人員の質が下がったりといった問題がなければ、別に構わないわ。浮遊島の利権とかそういった話は、そっち側でまとめてくれればいい」

「商売は信用が命ですもの。仕事はきっちりさせて頂きますわ」


 それなら結構よ、と簡潔に返事をするミリル。大都市の長の娘であり、商業国家の中でも指折りの大商会の責任者を相手にするには随分と事務的な対応だが、レフィーニアの方は逆に楽しそうに笑みを深めた。


「あっさりしてますのね。自分達の取り分は心配ではないのですか?」

「別に。あたし達はお金が目的ってわけじゃないし。さすがにタダ働きは御免だけど、最低限貰えるもん貰えれば、あとはとやかく言うつもりはないわ」

「噂の獅子帝様にはご相談しなくてよろしいので?」

「あいつが文句言う訳ないわよ。あいつはね、空さえ飛べればそれで満足って男なんだから」


 呆れるように肩を竦めるミリル。隣でアルが、(自分だって魔導具にしか興味ないくせに……)と思っていることは知らない。


「空を飛びたい獅子、ですか……」


 ミリルの言葉に、形の整った顎に手を当ててレフィーニアが何かを思案する。


 その内容に特に興味も持ってなかったミリルだったが、さすがに次のレフィーニアの発言には反応せざるを得なかった。


「ええ、決めましたわ。その調査隊には、わたくしもご一緒させて頂きます」

「…………はぁ?」


 このお嬢様はいきなり何を言い出すんだろう? と言うように、ミリルが声を上げる。隣ではアルも同じような顔をしている。


 オラルドだけは相変わらず落ち着いた様子で、花茶を静かに口に運んでいた。


「別におかしなことではございませんでしょう? 調査隊にはわたくしの商会の人間も参加いたします。支援もさせて頂く。でしたら、そこに責任者である私が同行しても問題ございませんわよね?」

「……まぁ別に問題はないけど」


 レフィーニアの言い分におかしなところはない。驚きはしたし、素人に現場を引っ掻き回されたくないとは感じているが、ミリル達にギルドや出資者側の人選については口を出す権限はないし、口を出す気もなかった。


「ただ結構危険もある場所に、シスト商会のお嬢様がわざわざ同行することにビックリしただけよ」

「これがただの浮遊島探索でしたら、わたくしも同行しようとは思いませんわ。ですが――」


 そこで一度言葉を区切ると、レフィーニアは真っ直ぐにこちらを見つめ告げた。


「あなた方『黒の翼』には、それだけの価値があります」


 新しいおもちゃを手に入れた子供のように嬉々とした表情でミリルとアルを見つめながら、レフィーニアが話を続ける。


「専用の魔空船を所有し、自発的に浮遊島の調査をする高ランク冒険者のパーティー……しかも目的はお金ではなく、未知への探求そのものにある。少々野蛮な方達が多い冒険者の中では、人格的にも評判が良いと聞いていますし。そんなパーティーと繋がりを持てるのでしたら、こちらとしてはお金も人手も出し惜しんだりしませんわ」


 商家の娘の語る熱のこもった持論に、ミリルの頬が引き攣りかける。


 というのも、ガルドラッドに居たときに、この手の話は嫌と言うほどあったのだ。あれだけ冒険者として名前も顔も売れれば、当然と言えば当然だろう。


 一応、以前から黒の翼の名前は評判にはなっていたらしいが、それまでは復讐を目的にしていたこともあり、あまり他の冒険者や依頼主と関わることはなかった。受けていた依頼も、強力な魔物討伐ばかり。それに一所に留まることも少なかった。そのため名前は知られていても、メンバーの外見までは知られておらず、余計な面倒に巻き込まれることも無かったのだ。


 まぁそれが謎の冒険者パーティーとして、更なる噂を呼ぶ結果になっていたわけだが。


 そしてそれがガルドラッドでの一件で、メンバー全員の名前と顔が一気に知れ渡った。そうなれば蜜に群がる蟻のように寄ってくる輩は増える。大商人やどこぞの国の貴族など、挙げればキリがない。


 当然、自由に空を旅することを目的にしている黒の翼が、そんな連中の誘いを受けるはずもなく、全て丁重にお断りしているわけだが、やはりそういった連中は色々と面倒なことも多く、一悶着も二悶着もあったりした。


 なので正直、また面倒なのに目を付けられたか……とため息を吐きたいところではある。一応ミリルも無表情は取り繕っているが、鋭い商人の眼は誤魔化せなったらしい。


「もちろん現場ではあなた方やギルドの指示に従いますし、あなた方の邪魔はしませんわ。我が商会の仲間は皆優秀な方達です。商売は信用が命。仕事はきっちりさせて頂きますわ」

「だから別に文句はないって言ってるでしょ。そもそも、そこら辺はギルドが判断する事。あたし達はあたし達にできることをやるだけよ」


 大都市の長の娘にして世界中に支店を持つ大商会の有力者を前にしても自分のスタイルを崩さないミリル。まぁ王国等と違って身分制度の無いこの国には不敬罪はないし、ミリルはこの町の住民でも商会の人間でもないので、特にへりくだる必要はないのだが。


 そんな一冒険者の態度に、市長の娘は逆に楽しそうに笑みを深める。


「でしたら問題ありませんわね。うふふ、噂の『獅子帝』様にお会いできるのが楽しみですわ」


 さらりと伸びたロングヘアをかき上げ、窓の外の空を見上げるレフィーニア。その夕陽色の瞳は、間違いなく空の先にいる誰かへ狙いを定めていた。


 ――のちに、ミリルの危惧したのとは全く別の方向で、このお嬢様が黒の翼を引っ掻き回すことになるのだが……今はその当の本人ですら知る由もなかった。







 ミリル達がギルドに浮遊島の情報を持ち込んだ日の夜。


 観光都市ミラセスカの大通りから路地に入った先。バー『明けの灯台』は、観光都市の夜を落ち着いて楽しめる密かなオシャレスポットとして、知る人ぞ知る名店となっている。


 弦楽器の四重奏がゆったりと流れる、そんなバーの一角。薄暗いカウンターの端に座る一組の男女がいた。


「面白い島が見つかったらしいわよ」


 カウンター最奥に座る女性が、琥珀色の液体が入ったグラスを揺らしながらそう切り出した。照明と男の影になっているので顔ははっきりとわからないが、赤く艶めくその口元は薄い笑みをかたどっている。


「面白い、ねぇ……また妙なアーティファクトでも見つかったか?」


 男の方は女の方に視線を向けることなく皿に置かれた魚の燻製を乱暴に掴み取ると、まとめて口の中に放り込んだ。落ち着いた店内と、隣に座る上等な黒のドレスを身に纏った女性を前にするにはあまりに品に欠いた行動だが、女の方は特に気にする素振りも見せずに話を続ける。


「今回はアーティファクトじゃないわ。なんでも、言葉を話す獣がいるらしいわ。新しい人種? ってことになるのかしら」

「へぇ……それで?」

「私達には調査隊に紛れて島に潜入し、独自に島を調査するよう指令が出たわ」

「はっ、気が乗らねぇな。んなの、テメェとあのガキの二人で十分だろうが」


 吐き捨てるように、女の話を一蹴する男。酒も飲まず、ひたすらカウンターの上のつまみを貪り続ける。店主は特に何も言わないが、マナーとしては褒められたものではない。


 一応、場の雰囲気に合わせて、声のトーンを抑える程度の分別はあるらしく、奏でられる音楽に掻き消されて周囲に会話を盗み聞きされることはないが。


 そんな男の態度に、しかし女は変わらない様子でグラスを弄び続ける。


「そういうと思ったわ。でもあなたもきっと興味が出ると思うわよ?」

「あ? どういうことだ?」


 女の言葉に、ようやく男がつまみを貪る手を止めた。その野獣のような目に怪訝な色を浮かべて女の顔を睨みつける。


 そこらの冒険者が泣いて逃げ出しそうな眼光を受けながら、もったいぶるように笑みを浮かべて琥珀色の液体を口に運んだ。そしてルージュの付いたグラスの縁を細い指で艶めかしくなぞった後、ようやく男の問いに答えを返した。


「ギルドにこの話を持ち込んだのは、あの『黒の翼』なのよ」

「……へぇ」


 奥に座る女の方を向いているため、他の客からは男の顔は見えなかったのは幸運だった。もしその殺気と闘気、狂気と狂喜に満ちたその顔を目にしたら、せっかくの観光旅行にトラウマものの体験が刻まれたことだろう。


「今回はただの監視じゃないわ。私達の目的の邪魔になりそうなら交戦も許可されている」

「……殺してもいいんだよな?」

「なるべくなら足止めや妨害だけにしてもらいたいところね。あの子達にはまだまだ利用価値があるんだから」

なるべく(・・・・)、な」


 再びカウンター上のつまみを乱雑に掴み、まとめて口に放り込む男。その態度を見る限り、こちらの思惑など毛ほどにも気にしていないのは一目瞭然だ。それは女もわかっているが、これ以上は言っても無駄なので口にしない。


(まぁいくら『狂犬』相手でも、そう簡単にあの子達が殺されるとは思えないし……それに……)


 残りの酒を飲み干し、店主におかわりを注文しながら、女の脳裏に浮かぶのは自身の相方。人形のような姿をした銀髪紅眼の少女の姿だった。


(あの子も喜ぶだろうしね)


 運ばれてきたグラスに口をつけ、薄らと妖艶な笑みを浮かべる女。


 黒の翼と、その活動の裏で暗躍する者達との邂逅は近い。

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