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虎の誇り

 時間はほんの少しだけ遡る。


 リオンが森長へ向かって駆け出すのとほぼ同時に、ダルルガルムも動き出した。


 先程の攻防から、リオンを相手の方が有利に運べると判断したのだろう。走り出したリオンの背中を追う動きを見せる。


「させるかよ!」


 その進路を遮るように、ジェイグが立ち塞がった。両腕を広げ、ここから先へは行かせないと揺るがぬ意思を示す。


「てめぇの相手は俺だぜ!」

「邪魔、するな!」


 獲物に飛びかかる虎のごとく身を屈め、ダルルガルムが疾駆した。さらにジェイグの攻撃の間合いギリギリで斜め横に跳び、横から襲い掛かる。闘儀開始直後、正面からの突進をジェイグに難なくいなされたことを警戒したのだろう。その荒々しい咆哮と姿とは裏腹に、冷静さは失っていないらしい。単に戦士としての鍛えられた反応、あるいは野生の堪かもしれないが。


 ビーストとしての身体スペックをフルに活かした動き。同じビーストの戦士の中でも、ダルルガルムの今の動きに反応できる者はそうはいないだろう。


「あめぇっての!」


 だが彼の目の前にいるのは、彼の知らない外の世界の人間。それもその中でも上位に連なる実力者。それも相手の動きを見極め、後の先を取ることに関しては、すでに一流冒険者であるリオンに勝るとも劣らない。


 加えて言うなら、魔力によって強化されたリオンやミリル、アルの動きはダルルガルムの数倍。そんな相手と普段から訓練をしているジェイグにとって、たとえ魔力による視覚や身体強化がなくても、ダルルガルムを捉えることは容易い。


 相手の攻撃を上半身の動きだけで躱し、その反動も利用したボディーブローを叩きこむ。


「ぐぅっ!」


 天性の反射神経のお陰か、直撃寸前に横に跳んで衝撃を逃がしたようだが、それでもダメージは少なくない。ダルルガルムがわき腹を押さえて苦悶の声を漏らす。


 動きを止めた敵を前に、ジェイグは追撃を仕掛けることはない。ジェイグは自分がダルルガルムよりも俊敏さで劣っていることは自覚しているからだ。


 一対一の闘いであれば、ジェイグから仕掛けても負けることはないだろう。


 だがもしこちらから動いて万が一自分が抜かれれば、リオンを二対一の状態に追い込んでしまう。いくらリオンと言えど、魔法抜きの状態では身体能力で勝るビースト二人を相手に勝つことは難しい。ジェイグとしては、真っ向から思いっきりぶつかり合いたいところではあるが、相棒に背中を任された以上、熱くなり過ぎるわけにもいかないのだ。


「どした、おい? まさか今の一発でもう降参か?」

「なめ、るなぁっ!」


 あからさまな挑発に、牙を剥き出して吠えるダルルガルム。彼が熱くなればなるほど、意識は目の前のジェイグに向き、こちらの望む形(タイマン)へと持っていきやすくなる。


 再び突進を仕掛けてくるダルルガルム。その俊敏さを活かした左右への動きや、フェイント攻撃を織り交ぜ果敢に攻めてくるが、ジェイグはその尽くを受け流し、的確な反撃を加えていく。


「がはぁっ!」


 幾度と続いた攻防の結果は、ジェイグの圧勝だった。ジェイグの体には傷どころか、汚れ一つもない。


 対して度重なる反撃を受けたダルルガルムの全身はズタボロ。顔は腫れ上がり、体毛でわかりにくいが剥き出しの腕にもあちこちに痣が見える。口や鼻から零れ落ちた血液が、簡素な貫頭衣を汚していた。


 闘儀の勝敗条件の中にもし、立会人によるレフェリーストップがあれば、間違いなく既に勝敗は決しているだろう。それだけの実力差があることは、誰の目から見ても明らかだ。


 だがこの闘いは相手の意識か闘う意思を折る以外に終わる手段はない。


「まだやんのか?」


 数メートル先。荒い呼吸を繰り返しながらも、未だ鋭い眼光を向けてくるダルルガルムに、ジェイグは真剣な表情で問いかける。


 その問いは、決して勝てない勝負を挑み続ける相手を嘲笑ったものではない。ジェイグは真剣勝負の相手を侮るような男ではない。


 しかしそれは同時に、どれだけの実力差があろうと、たとえ相手が満身創痍であろうと、真剣勝負において決して手を抜くことはないということ。それでもまだ向かってくる覚悟があるのかと問うているのだ。


「当り、前だ! こんな、無様な、姿のまま、終われない!」


 本人は無様と言うが、リオンやジェイグからすればこの結果は当然だ。


 確かに彼らの身体能力は優れているし、実力もある。他のビースト達と比べれば、森長とダルルガルムが抜きんでた実力を持っていることもわかる。


 しかしそれはあくまでこの浮遊島という狭い世界でのこと。魔力を持たない生物しかおらず、危険な外敵もいない彼らが、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたリオン達に敵う道理はない。仮に互いの相手を変えたとしても、多少時間がかかる程度で勝敗は変わらなかっただろう。


 むしろ数発とはいえリオンに攻撃を当てたり、森長がジェイグを捉えただけでも十分な成果だと言える。二人とも魔法無しの闘いが久しぶりなうえ、ビーストの身体スペックを測り切れていなかったとはいえだ。特にそれなりの痛手を負わされたリオンは、おそらくこの後猛省することになるだろう。


 もっともそんなことは、ダルルガルムの側からすれば関係ないのだろうが。


「なぁ、何でそこまでムキになるんだ? そりゃあ確かに余所者は信用できねぇかもしんねぇけどよぉ、俺達と協力しないとヤベェってのはおめぇも理解できてんだろ?」


 ダルルガルムには、魔法の脅威を見せている。そしてバレアスという敵が迫っていることも説明した。そしてリオンの提案を森長が受け入れた理由も、闘儀を挑んだ理由も理解できない程、ダルルガルムは愚かではないはずだ。


 だからこそダルルガルムがこの闘儀に参戦し、ボロボロに打ちのめされてなお立ち向かってくるのかがわからなかった。


 そんなジェイグの問いに対し、ダルルガルムは固く拳を握り叫ぶ。


「オレ、森の戦士! 森の戦士、強くない、ダメだ!」

「戦士としてのプライドが許さないってか? 気持ちはわかるけどよぉ、それだけで俺達と敵対するってのは――」

「違う!」


 ジェイグの反論を、ダルルガルムが遮り否定した。


 これまでと違う空気と迫力に、目を丸くするジェイグに、ダルルガルムが言葉を続ける。


「森の戦士、この村、守る! 村のため、戦う! 戦士、弱い、みんな、不安、なる!」


 おそらく森長もダルルガルムも、戦う前からわかっていたのだ。


 自分達ではリオン達には敵わないことを。


 だからこそ森長は、その事実をビースト達に知らしめ、リオン達に協力することを納得させようとした。


 しかし森の戦士のリーダーであるダルルガルムは、それとは別の可能性を危惧していた。


 すなわち、強大かつ不可思議な力を操るリオン達やバレアスの連中を前に、仲間達が牙を、戦う意思を折ってしまうのではないかと。


 戦えない者達が、不安を感じてしまうのではないかと。


 だから――


「だから、オレ、闘う! 戦士の牙、絶対、折れない!」


 どんなに強い相手にも、最後まで抗う勇気を、意思を、誇りを見せるために。


 そう勇ましく吠える男の、戦士の姿に、ジェイグの胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。


 それは同じ男として、闘いに身を置くものとしての心の共鳴だ。


「……へっ、カッコいいじゃねぇか」


 自然と笑みが浮かび、昂る感情に任せてジェイグは両の拳を打ち合わせた。


 闘う相手にここまでの敬意を抱いたのは、身内を除けばこれが初めてかもしれない。


「ならこっちも、最後まで本気でやらせてもらうぜ!」


 ダルルガルムと対峙して初めて、ジェイグから攻撃を仕掛ける。


 さっきまではダルルガルムをリオンへと向かわせないために見に徹していたが、今はもうその必要はない。


 ここまで自身を打ちのめした相手から、ダルルガルムが逃げを選択するなどあり得ないからだ。


 そしてジェイグも、この男を全力で打倒したいと思っている。


 もはや二人の眼には、互いしか見えていない!


「おらぁっ!」


 ジェイグの剛腕が唸る。


 傷ついた身体でそれでもなお機敏にその攻撃を躱し、ダルルガルムが反撃を加える。


 当然、その動きも正確に追っていたジェイグは、空いた腕でそれを防ぎ、ダルルガルムの腹に強烈なボディーブローを叩きこんだ。


「がふっ!」


 ダルルガルムの口から血の塊が吐き出される。


 振り抜かれた攻撃は、そのままダルルガルムの体を弾き飛ばす――


「おおおおおお!」


 ――ことはなく、その場に力強く踏みとどまったダルルガルムが放ったアッパーが、ジェイグの下顎を思い切り打ちあげた。


 この闘いで初めてもらった一撃に、ジェイグは物理的なダメージ以上の衝撃を受ける。


 だがそれも一瞬の事。


 すぐに気持ちを切り替えると、体勢を立て直して反撃を繰り出す。


 ジェイグの右腕が弧を描き、相手の横顔を殴りつける。


 威力、角度共に申し分なく、相手の意識を刈り取って不思議ではない一撃。


 しかし、それすらも耐えた戦士は、決して退くことなく攻撃を繰り出してくる。


 さっきまでの俊敏さを活かした闘い方とは真逆。足を止めての超接近戦インファイト


 肉を切らせて骨を断つと言わんばかりの、捨て身のファイトスタイルだ。


 決死の闘いを挑んできたその覚悟を前に、ジェイグの笑みが深くなる


「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」」


 虎の咆哮を上げながらの猛ラッシュ。


 ジェイグも受けて立つとばかりに声をあげ、攻撃を続ける。


 一撃の重み、攻撃を受け流す技術はジェイグの方が上。


 だが手数の多さではダルルガルムが優勢だ。


 数メートル四方のステージの上で、一進一退の激しい攻防が繰り広げられる。


 壮絶な闘いを前に、観客の歓声もヒートアップしていく。その中には、ダルルガルムだけでなく、名も知らぬ異郷の民を応援する声も含まれていた。それは一人の戦士として、ビースト達がジェイグを認めた証でもあるのだろう。


 ちなみに観客と一緒に闘いを見守っていたティアは、男臭い殴り合いを始めたジェイグに呆れと心配がない交ぜになったような視線を向けていた。ファリンは白熱した闘いを前に、「そこニャ!」「踏ん張るニャ!」「ニャアアッ!」と手を振り回しながら観客と一緒に盛り上がっている。


 そして森長との闘いに勝利したリオンは――






「……何やってんだ、あいつは」


 闘儀の目的も忘れて闘いに興じている相棒に、呆れた視線を向けていた。


 ジェイグの実力を考えれば、あんな風にこちらもダメージを受ける闘い方をしなくても、スマートに勝つ手段などいくらでもある。それをあえて封じて、殴り殴られを続けているのだから呆れもする。


 一応、同じ男として相棒の心情は理解しているし、リオンの中にもそういう熱さがないわけでもない。だがジェイグほど、そういった感情に真っ直ぐに生きられないだけだ。


 まぁ周りの様子を見る限り、結果として当初の目的である『ビースト達に認めてもらう』ことは果たせそうなので、手を出すことなく傍観している。万が一ジェイグが負ければ、闘儀のルール上、ダルルガルムを相手にしなければならないが……そんな心配は欠片もしていなかった。




 それから数分後。


 闘いとも呼べないような泥臭い喧嘩を続けていた二人だったが、ついにそれにも終わりの時が訪れる。


「「はあああああっ!」」


 裂帛の気合とともに、両者が渾身の一撃を放つ。


 それは見事なクロスカウンターとなり、互いの顔面に深々と突き刺さった。


 そしてそれまでに蓄積したダメージと疲労に、倒れるジェイグとダルルガルム。互いにまだ意識はあるようだが、もう立ち上がることはできないだろう。絵に描いたようなダブルノックアウトだった。


「はぁ……はぁ……やるじゃねぇか……」

「……オマエ、もな」


 まるで前世地球でかなり前に流行った不良マンガのようなやり取りを繰り広げる二人。ダルルガルムの決意を、文字通り一歩も退かずに真っ向から受け止めたジェイグの心意気は、相手にもしっかり通じていたらしい。


 その後、倒れた二人は互いに戦闘不能を表明した。


 結果、森長を下したリオンが残っていたため、今回の闘儀はリオン・ジェイグ組の勝利となった。


 もっとも、舞台上を見れば立っているのはリオンだけなので、まるでリオンが一人勝ちしたみたいだったが。


 そして審判が試合終了の声を上げると、観客席から割れんばかりの歓声が沸き起こった。


 その歓声のほとんどは、白熱した闘いを披露したダルルガルムとジェイグに向けられている。これで当初の目的通り、ビースト達に認められ、これからの共闘関係を築くことが出来そうだ。


 目的を達成し、横になったままのジェイグが、ニッと爽快な笑みを浮かべてピースサインを送ってきた。


 リオンもそんな相棒に実ににこやかな笑みを返すと――


「ぐへぇ!」


 ――その腹を思い切り踏みつけた。


「な、何しやが……」

「バカか、お前は? 人のこと散々焚きつけといて、自分は引き分けだと? しかも自分より俊敏な相手に猪みたいに突進しやがって……あいつがお前を避けて俺の方に来たらどうするつもりだったんだ?」

「ちょっ、やめ、おぅっ、そこ、グ、グリグリしないでぇ!」

「事の重要性を理解できない程バカなのか? 俺達が負けたら、最悪ビースト達だけでバレアスにケンカを売る可能性もあったんだぞ」

「わ、悪かっごふっ! そこ、ケガして、あふぅっ、そ、そこは、そこはダメェ!」

「自業自得だ、バカが。気色悪い声出すな」


 額に青筋を浮かべ、絶対零度の視線で見下ろしながら、激戦を終えたばかりの満身創痍の仲間を足蹴にするリオン。


 その情け容赦ない攻撃に、ビースト達が戦慄の表情を浮かべている。


 せっかく闘儀に勝ったのに、ビースト達に畏れられては元も子もない。なのでまだまだイライラは残っていたが、それはどうにか呑み込んでジェイグに手を差し出す。


「ふん……まぁとりあえず当初の目的通り、ビースト達に認めてもらえたようだし、今日のところは大目に見てやる」

「…………お前にビビッて避けられなきゃいい――」

「あぁ?」

「――いえ、何でもないです」


 そんなお約束なやり取りをしていると、ティアとファリンもやってきた。


 戦闘のダメージ+リオンに追い打ちをかけられたジェイグが、ティアに回復魔法を頼んだが、リオンが却下した。嫌がらせが目的……ではなく、魔法の存在をビースト全員に明かすのは、もう少し信頼関係を築いてからにしたかったからだ。


 その決定に当然文句を言うジェイグだったが、勝手な無茶で心配を掛けた罰だとして、ティアにも注意されたので、従わざるを得なかった。


 結局その後、闘儀で素晴らしい闘いをした戦士を称える宴が終わるまで、ジェイグの治療はお預けとなった。


 なおその席で、黒の翼メンバーとビースト達はある程度友好的な関係を築くことに成功する。だがリオンだけは、ジェイグへの容赦ない仕打ちの影響で、主に子供達からは恐れられ、森の戦士達からは畏敬の念を持たれることになったのだった。

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