ビーストとの交渉
「では、遠からず奴らが戻ってきて、我らを侵略すると言うのだな」
大きなウッドチェアに腰かけたビースト達の長――森長が、肘をついた両手に顎を乗せ、重々しい声でそう呟いた。
森長は顔や体の大半はゴリラのビーストだ。ゴリラらしい分厚い胸板と、丸太のように太い腕。ダルルガルム達森の戦士が長と呼ぶに相応しい実力の片鱗を感じさせる風貌だった。
また、片言のダルルガルムとは違って、流暢な言葉遣い。発声能力には個人差があるのか、年齢によるものかは不明だ。もしかしたら森長のベースの動物が、人間と同じ類人猿だからかもしれない。
「ええ、まず間違いなく。交渉も難しいかと」
「奴ら……バレアスと言ったか。そ奴らの目的は何だ?」
「おそらくこの島の資源だと。彼らの滞在していた場所の近くには、彼らが渇望している鉱物資源が発見できました。他にも、この島には俺達のいる地上にはない動植物も多い。研究対象としても十分以上の価値があります」
リオンの答えに、森長だけでなくダルルガルム達森の戦士の五人も怪訝な顔をした。ずっとこの島で暮らしている彼らには、この島の何が地上人の関心を引くのか理解できないのだろう。
「正直、突然の話で分からないことも多い……だが、仮にそ奴らが攻めてきたとして、そなた達はどうするのだ?」
こちらの反応を探るような視線がリオンを射抜く。
ビースト達からすれば、リオン達もバレアスの連中も怪しさでは変わらないだろう。奴らの仲間と思われても仕方ない。仮に奴らの仲間ではなくても、地上の人間が欲する物があるなら、リオン達も同様にビーストに敵対する可能性だって考えられる。
そんな疑いの視線を前に、しかしリオンは臆することなく自身の方針を告げる。
「阻止します。奴らがこの島を手に入れるのは、俺達としても無視できませんから」
「我らに力を貸す、ということか?」
「それはあなた達次第です。できれば協力していきたいとは思いますが、最悪俺達だけでもやれるだけのことはやるつもりです」
今後のことを考えると、ビースト達とは協力関係を築きたい。この場は、そのための交渉の場でもある。
とはいえ、交渉が決裂したとしてもリオン達の方針は変わらない。リオン達が所属する組織の方針でもあるし、せっかくの夢の冒険の舞台を守りたいという思いもある。
まぁ無理だと判断したら躊躇わず撤退するが。
「正直、奴らの欲する物はよくわからないが、奴らにとってはよほど価値があるようだな」
「そういうことになりますね」
ため息とともに吐き出された森長の言葉をリオンが肯定する。自分達には価値が理解できずとも、それを欲する敵がいること自体は納得したらしい。
だがバレアスを敵と自覚することが、イコールこちらを味方と認めることにはならない。むしろ更なる疑いの色を強くして、リオンへ視線を向ける。
「だがそれは、そなた達にとっても同様に価値があるのでは?」
鋭い視線を向けられても、リオンは怯むことなく淡々と森長の問いに答える。
「ええ、おっしゃる通りです」
額に刻まれた森長のしわが、さらに深みを増した。
「ずいぶん正直に答えるのだな」
「隠しても無意味ですから。それどころか悪手にしかなりません。資源の獲得や研究は同意の上で行いたい。それもしっかりとした対価を支払うことを前提にね」
「力づくで奪おうとは思わんのかね?」
「それは俺達のルールにも信条にも反します。それに探索をするにしても研究をするにしても、あなた達の助けがあった方が何かとやりやすい。研究のためには支配や略奪よりも、友好、共存の方が、結果として俺達にも利があります」
これはギルドの方針である『浮遊島先住民族との友好関係の構築』や『貴重な、あるいは希少な動植物の保護』とも合致している。
友好的な関係を求めるリオンの答えに、しかしビーストの森長は警戒を緩めることはなかった。むしろ逆にリオン達を見る視線に剣呑な雰囲気が混じり始める。
「……できない、とは言わないのだな」
「ええ。この場を誤魔化したところで、どうせすぐにバレますから」
言外に「自分達がビーストより強い」と告げるリオンに、森長の背後に控えていたダルルガルム達から殺気が漏れ出した。ビーストの戦士としてのプライドを刺激したらしい。
しかしそんな殺気を向けられた当の本人は、それを涼しい顔をして受け流している。
そしてそれは後ろのティア達も同様だ。牙を剥き出しにした獣の顔を相手に、全く怯むことなくリオンと森長の対話を見守っている。
もっともそれはビースト達と敵意以前に、交渉役のリオンへの信頼もあるのだろう。
ビースト五人分の殺気は、森の戦士と言うだけあってかなり濃密だ。そんな殺気を一身に受け続けているリオンは、平然と周囲を軽く一瞥した後、森長へ視線を戻すと困ったような微苦笑を浮かべた。
「先程も言いましたが、俺達が得たいのはあなた達からの信用と協力です。できれば力づくというのは避けたいのですが」
戦士の殺気に気圧されたのではない。彼我の力量を冷静に分析し、戦えば勝てることを確信したうえで、それでもできれば戦うことは御免だという意思表示だ。
そんなリオンの態度に毒気を抜かれたのか、森長は判断に苦慮するように顎に手を当てて渋面を作る
「森長、何、迷ってる?」
迷いを見せる自分達の長の様子に、後ろに控えていたダルルガルムが発言する。
「我ら、森の戦士、強い。そんな、奴ら、必要、ない」
「そいつら弱そう。奴らもそいつらと同じ。俺達だけで十分」
「足手まとい」
他の面々も、リーダーであるダルルガルムに追随してリオン達の協力を拒むよう進言する。中にはリオン達へ嘲りや怒りの視線を向けてくる者もいた。どうやら彼らの戦士としてのプライドが、余所者の介入を許せないのだろう。
次第にヒートアップしてきたのか、リオンを『貧弱な黒猿』、ジェイグを『頭の悪そうな赤ゴリラ』と罵倒したり、「こんな子猫を戦わせるわけにいかない」と猫獣人のファリンを子ども扱いしたり、兎の女戦士がティアの豊かな胸を指して「あの牛みたいな大きさ、きっと妊娠してる」などと、散々なことを言い始めた。そのせいで、先ほどから背中に三人分の怒気を感じる。特にリオンが罵倒された瞬間から感じるティアの冷気が凄まじい。明らかに自分が牛女と言われた時よりも怒っている。
「そのくらいにしておけ」
熱くなっていたビーストの戦士達を、森長の落ち着いた一声が制止する。
ダルルガルム達はまだ言い足りない様子だったが、森長が肩越しに一瞥すると、おとなしく口を噤んだ。
「見苦しいところを見せた。謝罪しよう」
代表して頭を下げて謝罪の言葉を口にする森長に、リオンは特に何を言うこともなくそれを受け入れる。罵倒された程度でいちいち腹を立てていては、交渉役などできない。
ティア達三人もひとまずは怒りを収めたようだ。
「だがこの者達の考えも理解できる」
しかし、続いた森長の言葉に、再び場が剣呑とした空気に包まれる。
「そなた達を侮辱するつもりはない。だが我らは森の戦士。そのような連中、そなた達の手を借りずとも、我らだけで返り討ちにしてみせよう」
ダルルガルム達の勢いに戦士としての誇りを刺激されたのか。あるいはリオン達への疑念をぬぐえなかったのか。他の連中よりは穏やかな言い方ではあるが、森長はリオン達との共闘を拒んだ。
(まぁすんなりと受け入れてもらえるとは思っていなかったが)
交渉決裂とも言える状況だが、リオンとしては特に焦ってはいない。
自分達が得体の知れない不審人物であるということは自覚している。出会って間もないが、ビースト達の民族性もある程度理解できたつもりだ。言葉だけで彼らを納得させることができるとは、リオンも考えてはいなかった。
(となると、次の手としては……)
リオンが高速で思考を巡らせる中、その場にいたビーストの一人が、一歩前へ出た。
「話、これで終わった。余所者は、去れ!」
そう告げたのは狼のビーストだ。鋭い牙の覗く口を大きく開き、威嚇するように大声を上げる。
完全に交渉決裂の流れではあるが、一度この場を離れてしまえば、再び森長と話すのは難しいだろう。ならば少々乱暴な手にはなっても、この機を逃すわけにはいかない。
「本当に奴らに勝つ力があると言うなら、まずは俺達を相手にそれを示してもらおうか」
それまでの丁寧口調を止め、挑発するようにビースト達に向けて闘気を放つリオン。
豹変した態度と発言、そして静かだが濃密な闘気に虚を突かれた戦士達は、驚きに目を見開き、その場で立ち尽くしていた。
そんな中、真っ先に我に返った森長が、同じように闘気を発しながら重々しく口を開く。
「ずいぶんと肝が据わっているな。武器もなしで我らに勝てると思っているのか?」
「簡単に武器を預けたことが、その答えにならないか?」
リオン達の武器は、森長の家に入る前に全て預けてある。魔物の解体用ナイフなども全てだ。それは戦いではなく対話に来たということを示すためだが、同時に、たとえ武器など使わなくとも勝てるという自信の表れでもある。
それはもちろん、これまでの経験から相手の力量を推し量れるだけの実力をリオン達が有しているから。それとビースト達に魔力の反応が無いことだ。たとえビースト達がどれほどの身体能力を有していようと、魔力による身体強化を上回るはずはない。魔力の有無というのは、それほど絶対的なものなのだ。
まぁ当然、自身の強さに誇りを持った連中にしてみれば、そんな態度はむしろ火に油を注いでいるようなものなのだが。
「我ら、森の戦士に、キサマ、勝てる言うか!」
案の定、火を付けられたダルルガルムが、虎の牙をむき出しにして吠える。
「まぁそういうことだ」
そんなリオンの答えに、戦士達は一斉に腰を落として臨戦態勢を取った。
「なら、その力、見せてみろ!」
空気を震わせるほどの咆哮をあげて、ダルルガルムが襲い掛かってきた。他の戦士四人もそれに追随する。
だが飛びかかってきたビーストの戦士達へ、リオンは構えをとることさえしない。ただその場をピクリとも動くことなく、森長の顔を見つめている。
そしてそれはティア達も同様だ。リオンを庇うでも相手を迎撃するでもなく、黙ってリオンの背中を見守っている。
自分達の動きに、リオン達が反応さえできないと思ったのだろう。戦士達の顔に嘲りの色が浮かぶ。
そしてビースト達の攻撃が、リオンの身に届くかと思われた直後――
――ゴウッ! と唸るような音とともに、リオンに殺到していた森の戦士達が弾き飛ばされた。
五人のビースト達は、予期せぬ衝撃とその威力に、受け身すら取ることもできずに壁にその体を叩きつけられる。
「今のはいったい…………!?」
一瞬のうちに自分達の精鋭が敗れたという事実に、これまで落ち着いた態度を崩さなかった森長が狼狽えた様子でダルルガルム達を見渡す。そしてその視線をリオンへ戻すと、深いしわの刻まれた顔に驚愕の表情を浮かべた。
先と変わらず、リオンは自然体で立ったまま。しかしその体の周囲には、目に見えるほどの豪風が吹き荒れている。それはまるで小さな竜巻のよう。しかし激しい空気の渦はリオンの周りだけで完結しており、一番近くにいるティアの髪一本さえ揺らすことはなかった。
「これがあんた達にはない、俺達の力のうちの一つ。『魔法』だ。今はこの程度に抑えているが、その気になればこの部屋全体を吹き飛ばすこともできる」
風魔法を一瞬で解除し、淡々と今の事象を説明する。自分達の力を誇示するでもなく、相手を脅すでもなく、ただありのままの事実として。
突然の事態に呆然としつつも、森長が何かを言おうと口を開く。
だがそれよりも早く、リオンの背後から短い風切り音が二つ。それとほぼ同時に、二条の光の線が走り抜けた。
それらはティアが放った光魔法。リオンの暴風壁で吹き飛ばされたビースト二人が、痛みを堪えながらも武器を取ろうとしていたので、ティアが先んじて武器を撃ち抜いてけん制したのだ。
それは敵のこれ以上の攻撃を封じるとともに、リオン以外のメンバーも魔法という攻撃手段を持っていることを示すための行動だ。さすがは最愛の恋人。リオンが何も言わずとも、リオンの意図を組み、最善の行動を取ってくれる。
まぁ一瞬先を越されたリオンの相棒が、使いどころを失った石礫を空中で持て余して居心地悪そうにしていたが。
「先に言っておくが、魔法は別に俺達だけの力じゃない。バレアスの連中も、俺達が呼んだ増援も同じ力を使える……ここまで言えば、あなた達の今置かれている状況も理解してもらえると思いますが」
口調を再び丁寧なものに戻し、静かな笑みを浮かべて、ビーストの長に決断を迫る。
正直こんな脅しのようなやり方は、リオンの好むものではない。だがバレアス到着まであまり時間がないことと、思ったよりも彼らの気が短かく、交渉が早々に打ち切られそうになったことから、このような乱暴な手段を取る羽目になってしまった。
まぁ早々に彼らには現実を見せておく必要もあったし、今回は目を瞑ることにしよう。交渉というのは言葉だけではない。力を前提した交渉というのも時には必要となる。
それに、獣の姿をしているだけあって、ビースト達は普通の人間よりも野生の本能に忠実な印象がある。目の前の森長も、見たところここにいる誰よりも強い。もしかしたらビースト達は、種の中で最も強い者に従う習性があるのかもしれない。
ならば、より圧倒的な力を目にすれば、こちらの話にも耳を貸してもらえるのではないかという意図もあった。
もしこれでもまだビースト達が協力を渋るようなら、リオン達の持つ金属製の武器の威力を見せても良い。ジェイグの傑作、それもミスリルやオリハルコン製の武器なら、彼らの石の武器など容易く切り裂ける。
森長は、目の前のリオンと、未だ隙を窺っている戦士達、そして彼らを油断なく牽制しているティア達を順に見つめて、小さくため息を吐いた。
「……そなた達の力は理解した。確かにその不可思議な力は脅威だ。そしてその力を持った敵がバレアスだというなら、我らにはそなたらの協力を仰ぐ以外に選択の道はないのだろうな」
森長の言葉に、ダルルガルムが何かを言おうと口を開きかけたが、森長はそれを視線で制して小さく横に首を振る。ダルルガルムは、虎の牙を悔しそうに噛みしめたが、それ以上は何も言わなかった。他の戦士達もダルルガルムに従い、矛を収めてくれた。
(まぁまだ油断はできないが、いきなり交戦状態なんて事態はひとまず避けられたかな)
もちろんリオンも、これでビースト達が完全に協力的になるなんて思ってはいない。ここでリオン達と敵対したときの被害を考え、ひとまずは様子を見ることにしただけだ。もしバレアスの方が取り入りやすいと判断すれば、すぐさま彼らはリオン達に牙を剥くだろう。
だが停戦状態とはいえ、ひとまずは協力を取り付けられた。戦士達の監視も継続されるはずだ。マイナススタートだが、信用や信頼はこれから築いていけばいい。
そんな感じでこの先を考えていたリオンだったが、彼らとの関係はこのあとの森長の発言で思わぬ方へと転がることになった。
「だが、このままではいくら私の決定とは言っても、彼らのように納得しない者も多い。特にこの場にいない者達は、そのマホウとやらを見ていないからな」
「つまり、外のお仲間にも納得できるだけの力を示せと? ですが、あまり得体の知れない力を見せつけると、逆に反発する者も出てくるかもしれませんが……」
森長の意図を先読みし、リオンが反論する。
しかし森長はリオンの発言に首を振ると、先程までの落ち着いた顔とは打って変わった好戦的な笑みを浮かべて、こう提案した。
「皆の前で、私と『闘儀』を行ってくれないか?」




