幕間 ~暗躍する者達~
本日4話目の投稿。前に3話投稿してますので、もしご覧になってない方はそちらを先にどうぞ。
「行ったみたいだね」
ガルドラッドギルドの最奥。自身の執務室の窓から一人空を眺めながら、シルヴェーヌが溜息混じりにそう呟いた。エルフやダークエルフの特徴である尖った長耳にかかった銀髪をさらりと掻き上げ、憂いの表情を見せる。
窓から覗く空には、今は雲一つない。ほんの少し前は、空へと旅立つ大きな魔空船の姿が望めたのだが。
「あれがあの子達の船かい。なかなかに立派な船じゃないか」
船首に見えた女性の像のデザインは少し珍しいが、元々の黄金龍の外装よりはよっぽどシルヴェーヌの好みに合っていた。あの船を作ったのは魔導技師の娘とバカっぽい鍛冶師だったはずだが、あのデザインを考えたのは間違いなく娘の方だろう。爆裂姫なんて物騒な二つ名の割に、なかなか繊細そうな感性をしている。
あの船で、あの連中はどこまで行くのか……
窓に薄らと映る自分の顔。それがまるで息子の成長を見届ける母親のようで……それに気付いたシルヴェーヌはつい失笑してしまう。
「やれやれ、年は取りたくないねぇ……」
見た目二十代中頃の妖艶なダークエルフは、自嘲するように大きな吐息を溢した。
そうして空を見上げながら、一人静かに物思いに耽るシルヴェーヌ。
そんな静寂を破ったのは、荒々しい男の声だった。
「ずいぶん物憂げな顔してるじゃねぇかよ。そんなにあの連中が気に入ったか?」
自分以外誰もいないはずの部屋に響いた声。からかうようなその声にシルヴェーヌが振り替えると、そこには入り口の扉を背に立つ一人の男がいた。
パッと見の印象は、声の印象通り粗野で荒々しい。蛮人のような服装。露出した腕や顔には大小様々な傷痕が残っている。背には身の丈を遥かに上回るバトルアックス。体格はそれほど大きくない分、斧の大きさが際立って見える。首の後ろ辺りを適当に縛られた髪は、血のように紅い。
狂戦士。
この男に二つ名を付けるとしたら、それが相応しいだろう。
「……レディーの部屋に入るなら、ノックくらいするもんだよ」
突如現れた男に、しかしシルヴェーヌは特に驚くこともなく苦言を呈す。
歴戦の戦士でもあるシルヴェーヌの鋭い視線を、男はハッと鼻で笑って受け流した
「レディーって年かよ、ババア」
「口の利き方がなってないね、坊や。それに、ダークエルフの寿命から見れば、あたしはまだまだレディーだよ」
「百過ぎりゃババアで十分だ」
「やれやれ、あんたみたいな狂犬に、いっぱしの女性の扱いを教えても無駄みたいだねぇ」
ピリピリと、室内の空気が刃のように研ぎ澄まされていく。もしここに他の職員がいれば、この空気に呑み込まれ、最悪気を失っていただろう。
「それで? あんたみたいな物騒な男が、こんな町までいったい何の用だい?」
一触即発の空気の中、シルヴェーヌが男の目的を問い質す。
「決まってんだろ? 仕事だよ、仕事。しかも飢え死にしちまいそうなくらい退屈なやつだ」
「仕事、ねぇ……」
つまらなそうに肩を竦める男。だが、言葉とは裏腹にその目は血に飢えた野獣のようにギラギラと光り、口元は堪えきれない笑みに歪んでいる。
その男の様子から、シルヴェーヌは何か感づいたようだ。彼女の切れ長の瞳が鋭さを増す。
「なるほどね……あの子達に付いた監視があんたってわけかい」
「お、よくわかったな」
「わかるさ。あんたの性格と実力を考えればすぐにね」
自分の目的を見抜いたシルヴェーヌに、実に軽い口調で称賛を贈る男。
男の態度と肯定の意思表示に、シルヴェーヌは心の中で毒づいた。
この男は先のシルヴェーヌの言の通り、狂犬だ。戦闘狂と呼んでもいいかもしれない。血と争いを何よりも好み、強者との戦いを生きがいとする。そのうえ実力は折り紙付き。この上なく面倒で厄介な男だ。
そんな戦闘狂が飢えと退屈と、そして抑えきれない狂喜を感じる仕事――それは血を滾らせるような強者の監視だとシルヴェーヌは睨んだ。おそらく何かしらの事情が無い限りは、監視対象に手を出さないよう厳命されているのだろう。この男にとってその命令は、最高級のご馳走を目の前に、いつ終わるかもわからないお預けを食らっているようなものだ。極上の獲物を前に、牙を剥き出して、合図を待ちわびているところなのだろう。
そして、この町でこの男の飢えを満たせそうな強者。シルヴェーヌ自身を除けば、思い付くのは一人しかいない。
「まさか、あんたみたいなのがあの子達の監視の任に就くとはね」
「ずいぶんと不服そうだな。まさか本気で惚れたか?」
「バカを言うんじゃないよ。まぁ気にいってるのは間違いないけどね」
「あいつら強いからな。良いよなぁ、あんたもあいつと闘ったんだろ? あ~オレも早く闘りてぇな~」
あんたみたいな戦闘狂と一緒にするな、と言いたかったが、言っても無駄なので飲み込むことにした。
「本当ならあたしが殺してやりたいところだけどね、さっさとあの子らに返り討ちにされてくるといいさ」
殺気と敵意を込めたシルヴェーヌの皮肉。どうせ適当に流されるだろう。
「へぇ……あいつら、オレよりも強いのか」
しかしそれを聞いた男の反応は顕著だった。
露わになった感情は、怒りでも失望でもない。
愉悦だ。
紛れもない強者である戦士が、自分では返り討ちにあうと評した。それが堪らなく喜ばしい。酷く歪んだ笑みが、言葉よりも如実にその感情を表していた。
この男がわざわざシルヴェーヌに会いに来たのも、きっとこれが理由。あの黒髪赤眼の青年と手合せをし、その実力を直に感じた者の評価を聞きたかったのだろう。
「あ~、マジで次にあいつらに会えるのが楽しみになってきた……ハハ、ハハハハ――」
狂気に染まった高笑いを上げながら、目的を果たした男は部屋を後にする。
「ちっ……あいつらも、何であんな奴を寄越すかねぇ、まったく……」
静寂と平穏を取り戻した執務室で男が出て行った扉を睨みつけながら、その部屋の主は憎々し気に舌を鳴らした。
「あの子らも面倒な奴に目を付けられたもんだ……まぁ空にいれば、しばらくは大丈夫だとは思うけど……」
再び窓の外へ視線を向ける。
さっきまで澄み切っていたはずの空には、少しずつ雲がかかり始めていた。
「ん~、やっぱり全部焼けちゃってるわねぇ~」
黒く積みあがった炭の山を前に、二人の人影。
一人はフード付きの外套を被っていた。顔はわからないが、声と体型から女であるのがわかる。今はフードに隠れた顔をきょろきょろと左右に振って、炭山を見渡している。
ここはかつて女帝の城が立っていた場所……なのだが、今ではその城が燃え尽きた灰と炭が残るだけの地と化していた。量が量だけに、二カ月以上経った今もそれらは風化されずに残っている。
「ここまで徹底的に燃やさなくても良いのに~」
「……燃やしたのはキマイラ」
あっけらかんとした声音で文句を言うフードの女。
それに囁くような声で反応を返したのは、女の隣に立つ人形のような少女だった。長い銀色の髪の奥から覗くルビー色の瞳が、無感情に女を見上げている。
二人は数カ月前、リオン達が脱出した後のエメネア城から、王国に秘匿されていたアーティファクトに関する書類を持ち出した連中だ。
もっとも、派手に魔空船を乗り逃げしたリオン達と違って、その情報が盗まれたことは知られていない。新政府を設立中のエメネア革命軍でさえ、アーティファクトについて知る者は一人もいないのだ。
「まぁそ~なんだけどねぇ~。こうして無駄足になっちゃうと、文句の一つも言いたくなるじゃない? せっかく珍しい魔物について、何かわかるかもしれなかったのにねぇ」
顔の辺りで立てた指をクルクルと回して、フードの女が愚痴る。もっとも口では文句を言っているが、それほど気にはしていなかったのだろう。すぐに指のクルクルを止めると、名案を思いついたとばかりに、パンッと両手を打ち合わせた。
「そうだ! せっかくガルドラッドまで来たんだし、色々宝石とかアクセサリーとか見ていこっか! あなたに似合うアクセサリー、お姉さんが見繕ってあげるわ!」
さっきまでのグチグチはどこへやら。嬉々とした様子で隣の少女へ話しかけるフードの女。
そんな女を相変わらずの無表情で見つめていた人形少女。まったく女の話に興味が無さそうに見えるのだが……
「ネックレス……ルビーの」
「ルビーならイヤリングにした方が良いんじゃないかしら。あなたのその赤い瞳と銀髪によく似合うと思うわ」
「……それでもいい」
そうでもなかったらしい。傍目には全く分からないが、むしろノリノリである。
「なら、こんな燃えカスの山、さっさとおさらばしちゃいましょ! せっかくの可愛い服が、灰まみれになったら大変だもの」
フリルの付いた白いシャツを着た少女の小さな手を引いて、女がこの場を離れようとする。
「ん、どうしたの?」
しかし少女と繋いだ手に、微かな抵抗があった。
女が首を傾げて振り返ると、そこには感情の見えない赤い瞳で炭と灰の山の一点を凝視する少女の姿が。
「何かあったの?」
「……聞こえる」
女の問いに、少女が意味の分からない返事をする。いや彼方を一心に見つめている様子からして、もしかしたら質問が聞こえていないのかもしれない。
「聞こえるって何が――って、ちょっと!?」
改めて訊き直すフードの女だったが、その途中で少女は女の手を放して走りだしてしまった。途中で何度か転びながらも、何かに引き寄せられるように足場の悪い灰と炭の山を真っ直ぐに駆け抜ける。
そして目的の場所まで辿り着くと、その場に膝をつき、その人形のように白い両手で地面を掘り始めた。服が汚れるのを気にも留めずに、一心不乱に灰と炭と土を掻き分けていく。
「ちょっと、どうしちゃったのよいきなり」
「聞こえるの……声」
「声?」
「声、泣き声……この下」
慌てて追いかけてきた仲間に、少女が短い言葉で理由を説明する。
少女の様子から、止めることは不可能だと判断した女は、少女の言葉に戸惑いながらも掘り起こすのを手伝い始めた。本当は短剣を使いたかったが、下に埋まっているのが声を発する生物だと考えると、それもできない。二人がかりで手による掘削作業を続けていく。
やがて十分ほど掘り続け、穴も結構大きくなってきたところで、少女がその手を止めた。
「いた……」
小さくそう呟いた銀髪赤眼の少女は、すっかり汚れきった両手を穴の中にそっと差し入れた。両手をお椀型にして、土の下から出てきたそれを優しく掬い上げる。
「あらまぁ……」
紅い口紅の付いた口元を手で押さえ、フードの女が驚きを露わにする。
だがその驚きの表情も、すぐに妖艶な笑みへと替わる。
「フフッ……こんな場所まで来たかいがあったわね」
少女の掌の上で微かな泣き声を上げるそれ――頭から双葉の生えた掌大の赤子。薄黄緑色の肌をした女の子だった。
埋もれていた場所が、女帝の城の中央部近い地面ということから見ても間違いない。
これは深緑の女帝の子供だ。
それも作戦中に出現したという小さな女帝とは違う。おそらく女帝の真の力を受け継いだ、真の後継者。
母親を失い、栄養も満足に取れていなかったのだろう。かなり弱ってるようだが、確かにまだ生きている。
「残念だけど、お買い物は中止ね。この子を連れ帰って保護してあげないと」
「……うん」
自身の掌の上の赤子を感情の見えない瞳で見つめる少女に、女が優しく告げる。
少女の方も、特に異存は無いらしく、女帝の子どもに振動を与えないようゆっくりと灰山の外へと歩き始めた。
「アルルーンカイゼリンの子供、ね……」
そんな少女の背中を見つめる女の、フードの中の表情が喜悦に歪む。
「生物兵器、魔物被害の防止、魔物の労働力利用……そして研究が進めば、いずれは……フフフッ、夢が広がるわぁ」
災厄の種は静かに蒔かれる。
その不吉な囁きが、幼い少女の耳に届くことはなかった。
グタグタ、長々と投稿が遅れ、ようやく2章完結です。
今後は、一章ごとに投稿するのが自分に合ってる気がするので、
そんな形で話を進めていこうと思います。
次の章はいよいよ浮遊島突入です。