エピローグ3 ~大いなる空へ~
本日3話目。2章エピローグはこれで最後です。
次章以降に繋がる幕間を1話投稿して、本日の投稿および2章は完結です。
「ミリル達、遅いわね」
ガルドラッドからほど近い湖。その畔で、ティアが東の空を見上げながらそう呟いた。
今日はリオン達がガルドラッドを出発する日だ。それと同時に、改造した魔空船のお披露目の日でもある。
改造作業のほとんどはミリルとジェイグに任せきりだったため、リオン達も船がどのような変身を遂げたのかは知らない。船自体はガルドラッドから離れた場所に泊めてあり、依頼で忙しかったので船を見に行っている余裕もなかった。
ミリルに船を魔改造されるのでは? という不安はあったが、事前にティアがよーく言い聞かせていたので、とりあえずは大丈夫……のはずだ。
なお船のパーツの多くは、ギルムッドの工房で作成し、荷馬車で船まで運んでいた。作業効率は悪かったが、外装を最初に全て剥がしてしまっていたので、町の近くに移動させることができなかったのだ。
一応、船内に簡易的な工房があったので、酷い苦労ではなかったようだが。
そして今はこの場所で、リオン達四人はミリルとジェイグの迎えを待っている。別に全員で船まで歩いて行っても良かったのだが、二人から「せっかくのお披露目は派手にしたい」との要望があったので、こういう形となった。
「ジェイグと嬢ちゃんなら、もうすぐ来るだろうよ」
ティアの呟きに答えたのは、禿頭の鍛冶師、ギルムッドだ。わざわざここまでリオン達の見送りに来ている。
ギルムッドだけではない。この場にはエクトルとアネット、そしてギルムッドの弟子全員が勢揃いしている。当然ギルムッドの店は臨時休業だ。わざわざ見送りは必要ないと言ったのだが、聞き入れてはもらえなかった。
ちなみに、出発にこの場所を選んだのは、単純に町の近くに離着陸が出来そうな広い空き地が少なかったからだ。アネットにとって、この場所は女帝に捕らえられた忌まわしい場所のはずだが、本人はあまり気にしていないらしい。「ここを避けてたら生活できませんから」とは本人談。どうやら思っていた以上に逞しいらしい。
「ギルムッドは完成した船は見たのか?」
「外装まではな。中の方はほとんど魔導具なんで、俺には専門外だ」
ということは、船の中はミリルの独壇場というわけだ。
……不安が高まる。
「着いてからのお楽しみ、ってことで詳しくは言わねぇが、なかなかの出来栄えになってると思うぜ。まぁ俺からしてみれば、もう少し強そうな見た目の方が好みなんだがな。例えば龍の形してるとかよ」
「…………」
特に他意は無いのだろうが、その発言にリオン達の表情がわずかに強張った。あの船の原型を知っているはずがないので、杞憂に過ぎないのだが、やはり少し焦る。
もっとも龍は空の王者であり、魔空船の外装にも一番人気なので、彼がそう言いだしたとしても不思議ではないのだが。
「私はティア達の船を見るのは初めてだから、とても楽しみ」
「僕も製造に携わった身として、どんな船になったのか気になるよ」
アネットとエクトルも同じように空を見上げている。
アネットは鍛冶はやらないし、エクトルは工房での作業には関わっていたが、足が悪いので魔空船の停泊場所までは行けていない。なので、リオン達と同様に船のお披露目を心待ちにしているようだ。
なお、アルとファリンは待ちくたびれたらしく、湖で魚を取って遊んでいた。
「……来たみたいだな」
そうして待つこと十分後。ようやくリオン達の耳に、魔空船の飛行音が近づいてくるのが聞こえた。
その場にいた全員が顔を上げて東の空を見上げる。遊んでいたアルとファリンも急いで戻ってきて、同じように魔空船の到着を待った。
やがてそびえる山の向こうから、それは姿を現した。
「あれがリオン達の……」
「素敵……」
真っ先に驚嘆の声を上げたのは、エクトルとアネットの夫婦だった。
船の完成した姿を知っていたギルムッド達は、それが無事に飛行している光景に満足げな笑みを浮かべている。
しかし肝心の船の持ち主である黒の翼の四人は、悠然と空を駆る船の姿――そのある一部を見つめ、ただただ言葉を失っていた。
その形状は、海を行く船――それも帆船ではなく、前世にあった大型フェリーのような船だ。その両側面に、大きな翼が生えている。船と言うよりは、大きな鳥のようにも見える。とはいえ、機械的なギミックが所々に見える以上、あれを鳥と見間違える者はいないだろうが。
船全体は黒地に所々に白のラインが入っており、それが素材として使われているミスリルの輝きと合わさって美しい光沢を放っている。
その壮大な姿と美しさを見れば、確かにリオン達のように息を飲み、感動に言葉を失っても不思議ではない。
だがリオン達が――黒フクロウの家の子供達が心を震わせる原因は、そこではない。
その理由は、その船の先端にあった。
「リオン……あ、あれ……」
「ああ……間違いない」
四人が見つめる船の先。
かつては龍の頭部があったその場所には、美しい女性の像があった。
凛々しくも優し気な表情。長い髪を前に垂らし、豊かな胸元で結んでいる。身に纏う服にも見覚えがある。そして船を守るように佇むその姿。像は上半身だけだが、見間違えるはずはない。
四人にとって、誰よりも尊敬する恩師であり、そしてかけがえのない母でもある女性――
――リリシア先生の姿が、そこにあった。
「あぁ……」
「……せん、せぇ」
「先生が! リリシア先生がいるニャ!」
ティアが口を覆って歓喜の涙を流す。アルは溢れ出す涙を堪えようと、口を引き結び、肩を震わせている。ファリンは大好きな先生を迎えるように、大きく両手を振っていた。
(まったく……あいつらは……)
この最高のサプライズを演出し、今もあの船の中でドヤ顔を決めているであろう二人の家族の姿を思い浮かべて、リオンは頬を緩めた。
やがて船はゆっくりと下降を始め、リオン達の目の前に着陸した。程なく魔力の反応が消え、船が完全に停止する。
「待たせたわね」
船の甲板に当たる部分から顔を出したミリルが、颯爽と船から飛び降りた。
すぐあとから同じように顔を出したジェイグが、呆れた様子で甲板から階段を下す。どうやらミリルは完全にフライングしたようだ。
「どうよ、このふ――わぷっ!」
予想通りのドヤ顔で「どうよ、この船の出来栄えは?」とでも言いかけたミリル。
だがその言葉は、感極まったティアの抱擁により強制キャンセルされた。
「ありがとう……ありがとう、ミリル……また、先生に会わせてくれて……」
胸の中のミリルに、感謝の気持ちを告げるティア。その感動の分だけ、抱きしめる腕にも力がこもる。
まぁ身長差の問題で、ミリルの顔はティアの豊かな胸に完全に埋もれているわけだが……
そしてバシバシとティアの背中を叩くミリル。
その光景を微笑みビジョンで見れば、「いいのよ……喜んでくれて嬉しいわ」と姉を労わっているようにも見える。しかし実際に伝えたいのは「ギブギブッ! ティア、ギブッ!」だろう。
まぁせっかくなので、もう少しティアの好きにさせてやることにした。
「ったく、一人で勝手に突っ走りやがって」
ようやく階段を下したジェイグが、女性陣二人の仲睦まじい様子を見下ろしながら降りてくる。
「ご苦労だったな、ジェイグ」
「おう、リオン。どうだ、この船? 気に入ったか?」
「ああ、最高だ」
いつもの軽口を叩く気も起きない程気持ちが高ぶっているリオンが、ジェイグと拳を合わせる。
「ジェイグ~♪」
「うぉっと!」
ピョンと軽やかにジェイグの頭にファリンが飛びついた。ジェイグのツンツンとした赤毛をものともせずに、ゴロニャ~とじゃれつく。よっぽど嬉しいらしい。
女性としては平均的な身長のファリンを驚きながらも平然と受け止め、肩車状態を保つジェイグ。髪をワシャワシャされてもされるがままだ。
すぐにアルも寄ってきて、リオンと同じようにジェイグと拳をぶつけ合う。まぁ強がって必死に涙を堪えていたのが、何とも微笑ましかったが。
「ずいぶんと気に入ったみたいだな」
しばらくして、ギルムッド達が寄ってきた。どうやら気を利かせて、リオン達だけで話をさせてくれていたらしい。
「ああ、あんた達も色々と手伝ってくれてありがとう。お陰で最高の船ができた」
「礼なんてよせ。こっちはお前らに受けた恩を、ちょっと返しただけなんだからよ」
代表して感謝の言葉を口にしたリオンが、ギルムッドと固い握手を交わす。
ちなみにその間、アルとジェイグは二人がかりでミリルの救出に向かった。「ティア! そろそろ落ち着け!」「ミリル姉が死んじゃうからぁ!」と慌てふためく男二人(しかも一名は頭に猫娘を乗せている)の姿は、その目的も相まって何とも滑稽だった。
「ど、どうよ……ゼェ……ハァ……こ、この、船の、出来栄え、は……ゼェ……」
「どうしても言いたかったのか、そのセリフ」
ティアの歓喜の抱擁からようやく解放されたミリルが、必死に酸素を取り込みながらも先ほどキャンセルされたセリフの続きを口にする。
魔導技師として、自身が改造した魔空船の出来を誇りたいというのもあるだろう。だがミリルが一番見せたかったのは、やはりリリシア先生の像だろう。
リリシアを恩師と慕う六人の中でも、ミリルが一番先生への思い入れが深かったのは、他の五人も認めるところなのだから。
「いつから考えてたんだ? こんなデザイン」
「初めからよ」
「初め?」
「あんたと一緒に旅に出るって決めた時からってこと」
あっけらかんと答えるミリル。彼女がリオンと旅に出ると決めたのは、五年前の誓いの日よりもずっと前だという。そんな頃から変わらず船のデザインを決めていたらしい。
「やっぱり先生も……お母さんも連れていってあげないとね」
「……ああ、そうだな」
先生を象った像とその先の空を見上げて、リオンとミリルが穏やかな笑みを浮かべた。
「ところでミリル……先生が抱えているあの魔石って……」
ふと、先生の像の胸元に光る魔石の結晶が気になったリオン。像の両腕で抱きしめるように抱えられた半透明の魔石を指差して、ミリルへ問いを投げる。
「ん? ああ、あれは魔力砲の射出結晶よ」
「……やっぱりか」
予想通りの答えに、リオンが何とも言えない表情を浮かべた。
改造前の船の形状を考えれば、その結晶がある場所が、ちょうど黄金龍の口元に位置するのはすぐに分かった。だがたとえ理解していたとしても、実際に先生の腕からあの極悪な威力の魔導砲が放たれるという事実に、苦笑いを堪えることはできなかった。
さすが我等が最強の先生。先生の放つ雷撃の威力を思い出して、リオンの体を戦慄が走り抜けた。傍で二人の話を聞いていた他の四人のうち、ティアを覗く三人(二通りの意味で先生に雷を落とされた経験のある三人)も同様に身を震わせている。
「ねぇ、リオン……」
「ん?」
珍しくしおらしい態度で、ミリルのオッドアイがリオンの顔を遠慮がちに見上げてくる
「この船の名前、なんだけどさ……あたしが決めても、いい?」
申し訳なさそうに、だけど切実にそんな願いを口にするミリル。
自分の魔空船を手に入れるということがリオンの悲願であることは、ある意味ティア以上に理解しているミリルのことだ。船の名前もリオンが自分で付けたがると思っているのだろう。
「ああ、構わないよ」
不安げに見つめてくるミリルに笑みを返し、乱雑に切り散らかされたオレンジ色の髪をそっと撫でる。
「いいの?」
「ちゃんと良い名前を付けてくれよ?」
空を飛びたいとは願っていたが、別に船の名前まで自分の考えにこだわるつもりはない。それ以上に、これだけの想いのこもった船だ。製造者であるミリルに名前を任せるのは当然だろう。
それに、ジェイグと違ってミリルのセンスは悪くない。ましてや大好きな先生と共に行く船だ。きっと良い名前を付けてくれる。
しばしの間、恥ずかしそうに唸りながらも、ミリルはリオンに撫でられるままになっていた。やがてゆっくりと顔を上げると、大切な宝物を披露するような顔で自分が作り替えた魔空船を見つめて口を開く。
「もう決めてるわ……この船の名前は――!」
そうして新たな命を吹き込まれたその船に、リオン達は満足げな笑みを浮かべることになったのだった。
「ここら辺はあまり変わらないな」
「船の核だからね。すでに完成されてるし、手の加えようがないわ」
ミリル達の手によって造り替えられた船に乗り込んだ黒の翼一同。軽く船内を見て回った後、操縦室に集合していた
室内には前と変わったところは少ない。船長用の豪華な椅子が操縦席に移されたくらいだ。この部屋にいることが一番多いのは、操縦役であるミリルだ。一番座り心地の良い椅子を自分用にしたとして、誰も文句はない……が、
「サイズが合ってないな」
「うっさいバカ」
背もたれが大きすぎて、小柄なミリルの体が完全に隠れていた。足も床に届いていない。大人用の椅子に子どもが座っているような感じだ。座面が回転するタイプの椅子なので、余計に子どもが遊んでいるように見える。
「ミリル、カッコいいわよ」
クスクスと笑うティアに、ミリルが恥ずかしそうに唸る。ティアには強く出れないミリルが、八つ当たりのように船の起動キーを刺し込んだ。そのままキーに魔力を流すと、魔空船が光を放ち起動する。
「「おぉ~!」」
アルとファリンが歓声を上げる。この光景を見るのは二度目だが、そう反応してしまうのも仕方ない。リオンにとってもこの起動の光は、自分の船を手に入れたという実感を思い出させてくれる。
「おい、見ろよ。あいつらだ」
ジェイグが側面の窓を指差す。
そちらに目を向けると、湖の傍でエクトル達が大きく手を振っているのが見えた。この窓は外から中を見ることはできないが、彼らは操縦室がある位置は知っている。
見えないのにも関わらず、大きく手を振り返すアルとファリン。ジェイグとティアも窓の方に近寄り、別れを惜しむように目を細めて彼らを見下ろしている。
「さぁ、そろそろ行こうか」
名残惜しむ気持ちを切り替えるように、リオンが空を見上げた。青と白が眩しい空を、浮遊島が横切る。いつもと変わらぬこの世界の空だ。
「今度は先生と一緒に! この空の先へ!」
リオンの呼び掛けに仲間達の威勢のいい返事が返ってくる。
それを確認したリオンは、新たな魔空船の名と共に出発の号令をかけた。
「『大いなる母の愛』発進!」
その声を合図に、船はゆっくりと浮上を始める。
目指すは大いなる空。
天気は晴れ時々浮遊島。
リオン達の夢の舞台へ、船は翼を広げ飛び立っていった。